第17話 怪物と呼ばれた男
野営地から少々南に離れた位置で、カデュウが見たものは壮絶な光景だった。
おびただしい程の血と肉の数。
10や20ではきかない人の死体が、ぐちゃぐちゃに転がっている。
死体の数から何らかの戦場となっているとみるのが妥当であろう。
しかし、闇夜の中、魔術を使って暗視を行っているのだが、多数を要する一方の集団に対し、その相手となっているのは1人しか確認出来なかった。
それもそのはず。
その死体を次々に作り出していたのは、1人の鬼のような大男であったのだから。
「俺ぁ屠殺業者じゃねえんだがよぉ……、しょうがねえよなぁ。……ええ? オイ?」
褐色の肌をしてドワーフのような体格とエルフのような長身に少し尖った耳の男。
その両手に持つハルバードとバトルアックスが、どちらも個別に敵を捕らえ、新たな肉を作り出していく。
心底面倒くさそうな表情で、圧倒的人数差の状況にあっても退屈そうに。
「早くそいつをぶっ殺せ! 数で押せ、一斉攻撃だ!」
後方から指揮官らしき男が焦ったように命を下した。
その号令に呼応し、次々に勢いづいていく。
「そうだそうだ、俺らはクースピークスだぞ! あんなデカブツ1人ミンチにすんぞ!」
「傭兵の厳しさを教えてやんぜ、おっさん!」
「戦いは数だよ。ぶわぁーか!」
「俺達が正義なんだよ、うひゃひゃひゃひゃ!」
罵声、罵声、罵声。圧倒的多数による数の暴声。
自分達が常に勝者で常に蹂躙する側、そう信じて疑わない声色で。
賊徒の類を上回る程に“人”を逸脱し、あるいはもっとも“人”らしい者達。
数の加護を受け、数に酔いしれ、数を絶対の指標とする、醜悪なる“人”の性。
彼らの強さの証明は、まさにその数の暴威にあった。
その数の怒号を浴びる、たった一人の大男は。
カデュウにまで伝わる、驚愕の咆哮を以って、それに答えた。
「家畜にも劣る人間もどきの分際で……。喋るんじゃねえよ!」
――放たれたる強烈な武威、斬撃の闘気。
その手に持つ獲物が剛速によって十字を描く、武技による遠距離攻撃。
放たれたその一撃は、数の暴威を誇っていた者達を粉々に斬り飛ばしていく。
勢いが衰える事は無く、多方向に枝分かれして、次々に飲み込んでいった。
「息が臭ぇだろうが、あぁ?」
――怪物がそこにいた。
その振りまく死の恐怖で、数を誇っていた者達は身動きすらも出来ない。
恐慌の場にあって、前に出てきたのは同じぐらいに背丈の高い長い髭の大男。
「調子に乗るのもそこまでだ、クリーチャー傭兵団のゾンダ。俺はクースピぶぇ――」
鬼の前に立ちはだかった隊長格と思われる長い髭の男は、髭ごと叩き斬られた。
「ああ? あぁ……、ごめんな。喋り終わる前にバラ肉にしちまうとこだったわ」
すでに切られているのだが、その怪物はまったく介さずその残骸に話しかける。
「おーい、もっかい立ち上がれー。やり直そうぜ、なぁ! 俺達まだこれからだろ」
「ほら、合体だ! 蘇生しろ、傷は浅いぞ! ……あれ、潰れちまった」
死体に語り掛け蘇れと言い、死体を合わせ潰す。
その狂気によって、数に頼っていた者達は完全に竦みあがっていた。
「んだよ、根性ねえなあ。ガッツで生き返れよ。……まあいいや、こんな雑魚。ほら、もっと強い奴いるんだろ? 早く出しなさい、良い子だから」
その怪物の狂える笑みに、残った者達は全てが散り散りになって逃亡した。
その戦いを離れた場所で覗き見ている者がいた。
「……怪物とは聞いていたけど、人間じゃねえだろアレ」
傭兵団クースピークスの総長、クース・ヌトレ。
悪逆非道、最悪の傭兵団と呼ばれる者達のまとめ役であった。
「いやいや。楽しいよぉ。あれがクリーチャー傭兵団か。怪物ゾンダ・ゼッテか!」
「念の為に連れてきたうちの傭兵団No.2のザンブレラが、一瞬でミンチとはな。……こりゃ、あの馬鹿共が後継者争いでまた殺し合いそうだ」
それが心底楽しい、と言わんばかりにクースは口元を釣り上げる。
「仲間同士で殺し合うんだからまさにクズ、それでこそ俺達クースピークスって奴だ」
「楽しいよぉ、楽しいよぉ。ああ、世界は、こんなにも美しい!」
両腕一杯に広げて満面の笑みを浮かべる、その光景は。
血と殺戮に塗れていた。
「……こそこそ覗いてる奴がいるな」
その言葉に、隠れて観察していたカデュウはギクリとした。
あの怪物に見つかったら、まずい。
「ッゴォイ! 殺されたかったら、すぐに出て来い! さもなきゃブチ殺すぞ!」
地獄の底から湧き上がるような咆哮が響き渡る。
――これ以上は危険だ。
そう判断し、念入りに幻影の魔術で囮も用意し、その場から離れようとする。
「……あれ? どっちにしろ殺されるな? それじゃあ出てくるわけねえか」
まったく笑えない冗談のような事を呟き、怪物は別の方向へと歩き去っていった。
そちらの方角に、まだ隠れた敵でもいたのだろうか。
「あれが傭兵団の戦いか……。はぁ~、怖かった」
まだ、夜明けには間があった。
少し待って、誰も来ない事を確認してから、思い付いた事を実行に移す。
「――【等価の浴場】」
死体を生贄に捧げて、呪いの力で浄化するという特異な浄化魔術を使う。
これによって殺菌消毒され、カデュウは綺麗になるのだが、今回の主目的は別だ。
「これで、効率良く、金目のアイテムだけ探せるね」
そう、生贄に捧げられるのは死体だけ。
この術における死体の定義は、死後数日程度のまだフレッシュな段階のもの。
生贄の対象とならないものは、当然その場に転がり落ちるのだ。
ごそごそと死体を漁る必要はなく、完璧である。
「ふんふふんふふ~ん」
「――【等価の浴場】」
「――【等価の浴場】」
次々に浄化していく。
武器防具の類は重いので除外する。高品質な物があれば別だが。
などと考えていたら、中々の業物が落ちていた。
先程、何か喋ってる最中に死んだ長髭の男の武器だろうか。
見事な長剣であった。
今の暗視状態でははっきりとはわからないが、高値で売れそうに見える。
他にも金貨銀貨を拾い集めていく。総額金貨20枚分ぐらいにはなった。
「これだけあれば、みんなに何か買ってあげられるかな」
そろそろ夜明けだ。朝食の調理に戻らなくてはならない。
思わぬ臨時収入を得て、ご機嫌な調子でカデュウは野営地へと帰っていった。