第169話 遠聴の間
ターレスと共に門の設計やデザインを考えていたソトに声をかけ、カデュウは遠聴の間へと向かった。
途中、共振の水晶を取りに馬車へ向かったところ、畑仕事へ行く恰好のパラドとリヒトバウアーが老人同士で雑談している姿、エルフの少年少女達に護身術を教えるディノ・ゴブの姿などが目に入った。
セフィルやヌルディは見かけなかったが、クロス達もいなかったので名所の見物か城の中の案内か、あるいは何かの手伝いか、といったあたりであろう。
「そういえばソト師匠。この前、魔霊石を消費してましたよね。後いくつなんですか?」
「……えと。6つぐらい使ったから、あと1個、だな」
「ふぁ!? なんでそんなに無くなってるんですか! 全部、お値段がお高くて大きい石でしたよね?」
難しい局面において一人で頑張ってくれた分、魔霊石の補充をしてあげようと話題を出してみたら想像を超えて消費されていた。
この間、トーラの店から購入した魔霊石は全部で金貨150枚、おおよそ大きめの魔霊石が1個で金貨21~22枚程度の換算だ。
本当は大きさがそれぞれ異なるので価格に違いも出るのだが、まとめ買い価格で安くしてくれたらしい。
交易その他で稼ぎがあるからまだいいものの、普通の冒険者だったら完璧に赤字で路頭に迷うレベルの使いっぷりである。
「襲われた時に使った分があるだろー? あとは、その……」
「襲われた時の分はわかります。あとは?」
「ターレスおっさんに頼まれて工事用のゴーレムくんをお一つ……、以前からノヴァドのジジイに言われてた門を作るのに一杯使った……」
村の建設に使ったという事ならば理解できる。
特に冬が来る前に食料の備蓄などの対策はなるべく早めにやっておきたい所だ。
他にも生産性を向上させる事ならば多額な費用が掛かろうとも必要経費と言える。
「……何故、村の建物すらあまり出来ていないのに門を?」
「あのジジイ、そういう備えにうるさいんだよ。陣地構築とかでいつも活き活きしてるタイプ」
「それで、門だか壁だかというのは完成したんですか?」
「するわけないだろ。ここの森どれだけ広いと思ってるんだ。村のすぐ手前だと計画変更があるかもしれないから後回しにして、先に優位を取れる地形のとこに設置してある」
つまりは街をぐるりと囲む城壁ではなく、自然を利用して局所に配置する形式のやり方だ。
壁や門というと、街を囲む定番のものを浮かべがちだが、極めて広大な大森林の中は、当然平地ばかりではなく、高地や低地、谷や川など様々な自然が含まれている。
これら自然を味方につけて、優位に守るのは基本であり合理的なやり方だ。
「今のところ凄く平和ですけどね。どうも魔物達って魔王城に近づかない傾向があるような印象です」
問題があるとすれば、優先すべきなのはどれなのか、という事だ。
冬の前にやるべき事は食料だけではなく、住居の建築もある。
魔王城の廃墟で雨露は防げてもあちこち穴が開いているのもあって防寒性は低そうだし、寒さが厳しいならば死者が出る。
皆が同じところに固まって暖をとるというのも、不満が出るだろうし何も出来なくなるので生産的ではないだろう。
守りは確かに大事なのだが、いまのところ魔物の襲撃があるというわけでもないので、ついつい効率面というか生産性を求めたくなる所だ。
「危険性の強い魔物集団、みたいのがそのうち見つかるかもしれないから、念の為だな」
「確かに。いずれ作る必要はあったものですね。とりあえずお疲れ様です」
とはいえ安全も大切な事であり、そのうち作る必要があるものだ。
そもそもすでに作ってあるのだから考えるまでもないか、とカデュウは思考を打ち切った。
「うむー。というわけで石の補充頼むぞー」
「行先で売ってたら考えますよ」
遠聴の間は何とも特別な雰囲気のある部屋であった。
手入れを全くしていないにも関わらず白を基調とした汚れのない様子、所々に黒い魔術文様が描かれ、それは円状に並ぶ6本の柱や、備え付けになっている机も例外ではない。
魔導学院にも似ているが、より高度な洗練を感じさせる空間だ。
「さて、遠聴の間に来たわけだ。えーと……、あったあった。この穴にこれを一つ入れてきてくれ、私では届かん」
「はい、ここですよね」
言われた通り、丁度、共振の水晶が入りそうな穴が開いている。
「よしよし。もう一つがこっち。で、これはお前が持っておけ」
ソト師匠はもう片方の共振の水晶を別の穴に水晶を差し込み、その付近に設置されている机から黒い髪飾りのようなものを渡してきた。
「黒曜石、ですか?」
「髪飾りでも何でもいいけど、それを身に着けておけ。そうするとこのように」
『(いやっほー、聞こえるかー?)』
「わ」
突然、頭の中にソト師匠の声が響く。
いきなりだから、びっくりした……。
「と、その机のとこから話が出来るようになる。もちろん、その逆も出来る」
「頭の中で声が聞こえる感じですね」
『(ソト師匠ーこうですかー)』
頭の中で思い浮かべ、ソト師匠に呼び掛けてみた。
ソト師匠はやはり驚いたような表情をしてから、コホンと取り繕うような咳払いを入れる。
「ほー、こんな風に聞こえるのか。うむ、問題なく使えているな。要するに、それを身に着けてる奴とここにいる奴で、遠く離れていても話が出来るっていう……。まあそれだけ」
「便利は便利ですね……。今のところ、旅に出ている時でも開拓の話し合いが出来る、ぐらいしか思いつきませんけど」
カデュウは小首をかしげ、頭を指で支えるかのような姿で考え出す。
「開拓地側からは、これが足りないだとか、こんなもの買ってきて欲しい、っていう頼み事はしやすくなるな。まー、それはそれとして、ここに誰か連絡役がいないと当然話が出来ないので、それは決めとけよー」
確かに役目を決めておかなければ意味のない設備となってしまう。
連絡役は誰が良いのだろうかと考えながら、カデュウはソトと共にその場を後にした。