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第164話 そうだ、パスタを食べよう

「あ、あんたらのせいだ~! とか言い出して、責任転嫁する奴が出るかと思ったが、意外と職人の皆さんは冷静だったな」

「なんですか、その演技は」


 昼食休憩を終え、戦いの衝撃が少しは落ち着いた頃、ソト師匠が声色を使って一般人の演技をしだした。

 幸いにして、民間人からは死亡者も脱落者も無く、不満の声も出ていない。

 今までの環境を捨てて移住するという事は、すでに後に引けない状況に自らを追い込んだとも言える。

 移住を決めた理由も鑑みれば戻っても何も始まらないという現実が理解出来ているのだろう。

 それにカデュウ達は彼らを誘いはしたが、決断をしたのは自身らなのだ。


「人は、自ら選択したものは、それが正しい選択だと思い込みたがる。って知り合いの商人が言ってましたね」

「そいつ、悪徳商人だろ」


「父の友人です、自称。ぼろ儲けしてたやり手の人なのは間違いないです」


 人間の心理はともかく、自身らを守ってくれている冒険者に暴言をこぼすような事が無くて本当によかったと思う。

 物語で見かけるようなそうした光景は、人の醜さの象徴でもある。


「落ち着いた、良い人達で本当によかったです。漁師さん達なんか率先してみんなを元気づけてますからね」

「職人も漁師も、威勢が良くて親身になってくれそうな人種ってイメージだしなー。イメージ通りで何よりだ」

「うちの村に来る人は、儲け度外視でいい仕事がしたいって人が多いでしょうから、それだけ職人気質の濃度が高いのかもしれません。なるべくそういう人を選んでるっていうのもありますけど」


「ま、普通なら出ていきたくても他のまともな街に行くよな」


 結局、開拓などという冒険に乗りたがる時点でもう普通ではないのだ。

 ある意味、似た者同士が集まる村という事になるのだろう。


「にゃっはっは。道中の慰安は僕に任せるのだー。笑って歌って楽しく過ごせば、みんな明るくハッピーだじぇ!」


 手元の小さい竪琴をポロロンと鳴らし、タックが鼻高々に格好をつける。


「お前はいつでもハッピーな頭してるなー。天才の私にはある意味うらやましいよ」

「侮辱! 侮辱ですぞ! 遠まわしに馬鹿にしてるじぇ!」


 同じ種族だというのに顔を合わせればこれである。

 ……まぁ人もエルフもドワーフも、同じ種族だからといって仲が良いとは限らないのだが。

 ともあれ、うるさいので引き離しておこうと分断を試みた。


「……あー。タック先輩。楽しい歌をお願いしますね、頼りにしてますよ」

「おう、任せておくのだ! そこの口先ばかりのパツキンロリックとは違うのだよ! 僕は頼れる吟遊詩人だじぇ!」

「誰がパツキンロリックだ! ま、哀れなチビックのバラードでも聞いてやるか」

「チビの癖にチビっていうな! タック様のありがたい歌を聞かせてやんよー!」


 まったく実ににぎやかである。

 だが、こういう明るさと元気の良さで全体の士気が回復しているのも事実だろう。

 休憩時に奏でられるタックの歌と物語は聴衆を元気づけていた。




 出発後も、2日目3日目と魔物の襲撃は起きたが、その数は少なく問題にはならなかった。

 とはいえ、毎日のように襲撃されると徐々に疲労もたまっていく。

 ここの街道は首都へ繋がるものなのだから、もっと警備に力を入れた方が良いと思う。


「そろそろ分岐ね、ここからは橋を渡ってエネディへ行くわけだけど」

「うん、そこで孤児院の人達が合流する予定。食料その他は彼らが用意してくれるらしいけど、1日ぐらいは街で休みたいよね、みんなも」

「元気と威勢が良いとはいえ冒険者ではないから。旅ははじめての人ばかり、気づかいをした方がいいでしょう」

「散々襲撃があって精神的にも辛いだろうしね。うん、そうするよ」


「あー、カデュウ。漁師の人達が、海が見えなくなって手が震え出してるとか何とか」

「……病気か何かなの、その人達」


 ユディの報告を聞いたクロスが酷い事を言っているが、同意せざるを得ない。


「魔物に日々襲撃されていたのに、心配することがそれとは。ある意味、タフな人達だね」


 冗談めかしながらカデュウは苦笑した。


 エネディへと向かう西北西の橋を渡ってからは魔物の姿も見かけず、順調な旅となった。

 昼食時はカデュウが全員分の調理を担当している。


「もちろんパスタだよね。今日は、ちゃちゃっと簡単にペペロンチーノでも」


 いくつか香辛料も手に入った事で、作れる料理の幅は広がった。

 アーリオ・オリオ・ペペロンチーノはニンニクとレッドペッパーを使うオイルベースのシンプルな料理だ。

 料理店ではあまりメニューに載っていない故郷の家庭料理である。


「トーラさんの店で仕入れたパスタの麺が実に良かったんだよね~。レディスタでも屈指のものだよ、嬉しいな~。ソースも重要だけれどやっぱり麺の質はとても美味しさに関わるよ」


 誰も聞いていないのに独り言をいいつつお湯を沸かし麺を入れ調理を進める。

 シンプルな料理だけに、素材の中でも麺の質が特に影響する。

 麺の味を楽しむ料理とも言えるだろう。

 ソーセージやベーコンを焼いたものを別に用意し、好みでトッピングが出来るようにしておいた。

 気分次第で野菜を入れたり肉を入れたりと、色々な素材を足す事が出来る汎用性の高い料理でもある。


 作り方はいたって単純、オリーブオイルでニンニクとレッドペッパーを適度に熱し、パスタのゆで汁を混ぜてとろみをつけるだけだ。


「はい、出来上がりですよ。召しあがってください」


 パスタソースに麺を混ぜれば後は食べるだけ。

 職人達や漁師にもカデュウの作るパスタはとても好評であった。

 まだヴァルバリアにはあまり広まっていないらしく珍しがられていたが。


「カデュウさん、これ凄く美味しいです!」

「嬉しいです、セフィル」


 両手を口元で優しく握り、カデュウは微笑みを見せた。

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