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第163話 黒幕達はただ観賞す

 明け方の森の中、見晴らしの良い丘に立ち、死屍累々の光景を眺める者達がそこに居た。

 その場にそぐわぬ異彩を放つ絶世の美女と、奇妙な仮面をつけた小さき者。

 “幻想”と“店主”。

 二人は何かしらの約束があってここにいるわけではない。

 先にここで立っていた“幻想”に、それを見つけた“店主”が会いに来たというだけだ。

 見つけた、というのは正しくないかもしれない。そこにいると知っていたのだから。


「君も酷いねえ、未来ある若者達にあんなモノをぶつけるとは」


 心浮き立つ見物が終わり、“店主”が余韻の熱を残してぶるぶると震える。

 その仮面の奥では恍惚とした表情をしているに違いない、そう思わせる程の動きであった。


「私は何もしてないけれど。巨人が蘇ったのも幻想の地ゆえの自然の事だし。引き寄せやすいのだから、たまたまでしょうね。もう片方の吸血鬼は、――“店主”、貴方の仕業?」


 “幻想”の足元からつるが伸び、花を咲かせる。

 異常な事ではあるが、彼女が意識したわけではなく、何かをしようというつもりもない。

 花が咲き、緑が育ち美しき丘へと変わっていく。ただ、それだけの事だ。


「タイミングは絶妙だったけど、残念ながら違うね。……まぁ、間接的には関係はしてると言えなくもないけど。何しろ、ほら、私ってば手広いから」


 “店主”は天を仰ぐように両腕を広げ、手首を曲げておどけてみせた。

 そして、その姿勢を維持したままに話し続ける。


「アレは第四皇子派閥のエネディ伯が研究していた死骸でね。魔力至上主義の国だから、アレを使って皇子を強化するか、あるいは自身にか。たくらみはその辺りなんじゃない。いやはや、欲深き者は成り上がる為にとんでもない愚行でも平気でやってしまうらしい。見事、暴走させて復活してしまったよ! ……すぐ死んだけど」

「あの災厄の子の死骸をプレゼントしたのは貴方でしょうに」


 “幻想”の言葉に反応し、“店主”がくるりと無意味な回転をいれ、再び。今度は角度を変えて妙なポーズをとった。


「いいよねえ、欲深い人間って。大好きだなぁ、実に、実に、人間らしくて。きっかけを与えればいくらでも盛り上げてくれるんだからさ!」

「盛り上がる前に絶妙なタイミングで始末されたようだけれど」


「そ。少年少女の物語としては絶妙だったけれど、大局としては不運だった。うまくすれば第二の悪魔公誕生もありえたかもしれないけど、彼女にとっては絶妙に不運なタイミングだったよ」


 再び、今度は逆回転。

 くるりくるりと楽しそうに回り、毎回異なる不思議なポーズで止まる。


「後をつけているのが何人かいるけれど、貴方の差し金?」

「何でも私のせいにしないで欲しいなぁ。彼らはお国の為に不穏分子を探しているだけさ」

「ここに最高の不穏分子がいるというのに、滑稽な話ね」

「ははは。私のところに辿りつけた者はごく僅かだから。仕方ないんじゃない?」


「こんな怪しい者など他にいないというのにね」

「仮面は怪しくないよ! 謝って! カヌスア大陸の謎宗教の神官さんに謝って!」


 “幻想”はそこではじめて“店主”の方に身体を向けた。

 手をばたばたさせて、抗議しているのか遊んでいるのかわからない“店主”のその姿を見て、小さく笑みを見せる。


「貴方のせいで怪しくなってるのだから、貴方が謝るべきね」

「たまにコレの愛好家もいるんだよ? まったくもー」


「ま、後をつけてる怖い人達に見つかっちゃったわけだから、エネディ伯もやばいね。海中に隠してある施設がバレるのも時間の問題。追い詰められた伯爵がどう動くか、楽しみだよ。襲われた冒険者諸君には災難だったろうけど、国にとっては良い結果が出たわけだ」


「……それで。私に何の用事かしら、“店主”。悪だくみのご相談? すでにエドとも組んでいるのでしょう?」


「必要なとこだけはね。みんな、それぞれ方向性は異なるけど、重なる部分もあるからね。そういうとこだけさ。どうなろうと、面白くなればそれでいい。正直、私が看過出来ない事など、一つしかないのだからね」


 真面目な声色で“店主”は死屍累々の大地を向く。


「では、何を提供してくれるのかしら?」

「終焉を。人の滅びの幻想を。……これは我々の総意じゃないかなぁ」

「では、何を求めるのかしら?」

「物語を。人の輝く物語を。……ちょっとした黙認と、タイミングを任せてほしいだけさ」


 “幻想”は怪訝そうな表情を向けた。

 

「黙認?」

「いやあ、それは私にもどうなるかわからないんだけどね。物語の転がり具合で、ご迷惑をおかけするかもしれないから。関りはあるかもしれないけど、私の指示ではないんだよね」

「……程度次第だけれど。それでいいわ。でも、指示は出さないで任せるのが貴方やエルムのやり口。指示したかどうかなんて、何を望むかに比べれば些末な事ね」


 丘から見える、巨人の死骸がみるみるうちに大地へと崩れ、溶け込んだ。

 その大地からやがて草木が生え、小さな墓標のように花が咲く。


「怒られないように気を付けますとも。それじゃ、私はこの辺りで。この後はエルムと相談があってさ。いやーまったく忙しいねぇ」


「私を止める為の相談、ね」

「ははは、その通りさ。私も看過できない事態は、避けさせてもらうよ」


「どうぞ、ご自由に。無駄な事だと思うけれど」


 興味を失くしたようなそぶりで“幻想”が、美しい花に乗り森の奥へと消えていった。

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