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第161話 ヴァンパイアロードは宙を舞う

 ソトの思惑通り、右側に加勢に行ったユディが戻ってきた。

 ほっ、と一息ついて、ソトはいつでも術を行使出来るよう、新たな魔霊石を握りこんだ。


「おまたー。時間稼ぎご苦労さん、っと」


 高速で通りすがりに喋りながら、ゴーレムに肩の辺りまで埋まったヴァンパイア――エルモーサに向かって跳躍し――。


 ――その優れた直感によって、敵の口元にわずかな光を発する前に、縄付きの手斧を木に投げつけ空中にいる自身の軌道を逸らす。

 本来の軌道に赤い光線が射出され、回避したユディはエルモーサに向かって鎖付きの短剣を射出した。

 しかし短剣はエルモーサの首元で弾かれ、効いている様子はなかった。


「ありゃ? ずいぶんとお硬いようで。お姉さん、こりすぎ?」

「ユディ、そいつはヴァンパイアだ。普通の武器じゃ傷もつけられんぞ。時間稼ぎに徹するんだ!」


「ふん。人間風情が、私を倒せ――」

「で、こいつは出てこれないの?」

「――ると思っているのかって無視するな!」


「ん? ああ、ごめんね。どうぞどうぞ。お続け下さい?」

「……なんなんだこの妙な人間共は」


 最近の人間はヴァンパイアを恐れないのかと、かつての時代とのギャップを感じていた。

 単に例外的な変わり者と立て続けに出会っているだけとは知る由もない。


「ところで、エルモーサだったか。あんた霧になれるんじゃないのかなぁ?」

「……」


 嫌な所をソトに問われたのか、エルモーサは忌々し気に睨みつけた。


「あー、やっぱり? 霧になれるフリしてたんだ? いや、最初に捕まえた時から変だなーと思ってたんだよ。まー、そこも対策はあったけどな」

「つまり、この人出れないままなのかな」


 身動きの取れないエルモーサを指さすユディ。

 攻撃をしても無駄だと悟ったのか、エルモーサは苛立った表情をするだけで脱出に専念しているようであった。


「多分そろそろ出てくるなー、外側にヒビはいってきたから。動き出したらなんとしても私を守るのだ! 出来なければ石が失われ金が飛ぶ!」

「お昼のおやつと、おこづかいの量に影響しそうだね。がんばるよ」


「こやつら、ヴァンパイアロード相手にのほほんとした会話をしおって……。ホアァ!」


 奇声と共に、エルモーサは身体を覆っていたコンクレトゥスを吹き飛ばす。

 固まりつつあったコンクレトゥスが砕け散り周囲に散乱する中、怒気をにじませたヴァンパイアが立っていた。

 エルモーサの爪が伸びて、目前に落ちていた大きめなゴーレムの残骸が切り裂かれる。


「こうして出れた以上、覚悟は出来ておるのだろうなぁ? ここまで私を舐めてくれた奴らははじめてだぞ」

「やったね初体験! ……さーて。じゃ、真面目にいこっか」


 愉快なノリだったユディが、宣言と同時に静かな表情へと切り替わる。

 ここまで優位に立っているかのようであったが、現実的にはとても厳しい状況だ。

 攻撃はヴァンパイアの特性によって無効化され何一つダメージは与えていないし、与えられる手段をユディは持ち合わせていない。

 ソトの場合は魔力吸収という力があまりにも相性が悪かった。


「魔術を使ってやってもいいが……、やはりなぶり殺しだな。直接この手でぐちゃりと、感触を楽しもうじゃないか」

「よし、ユディ。後退だ、私を連れて後ろへGOだ!」


 即座にソトからの指示が飛ぶ。

 ユディはソトを荷物のように抱えてすぐに後退を始め、走りながら返事をした。


「ほいよ、りょーかい」

「……ああん? ……くくく、正しい判断、正しい反応だ。人間はそうでなくっちゃなぁ? 釣られる魚のように無駄で無意味な抵抗をしてみせろよ」


 今までの態度から考えてあまりに早い後退に少し驚いたエルモーサだが、すぐにそれが彼女の慣れ親しんだいつもの人間の反応だと思いなおす。

 いつだって、ヴァンパイアは狩る側で人間はただの獲物なのだ、と。


「……この私から、逃げられるとでも思ってるのかよォ!」


 追走が始まり、余裕をもって徐々に距離を詰めていくエルモーサ。

 地形を巧みに利用し逃げるユディ。


 しかし。

 ソトを抱えて走るユディが追い付かれるのは必然であった。


「――ユディ。反転迎撃、全力でやれ!」


 鋭敏なホビックの感覚によって、状況を把握したソトは、自身を抱えて逃げるユディに策を伝えた。


「らじゃった。ソトはここに捨てていく」

「あたっ。もうちょっと丁寧に扱えー!」


 ユディは一切迷わず瞬時に動く。

 ソトへの信頼と、自身の直感、そして気配。


「ああ? 死にに来たか、人間」


 無謀にも勝てない相手に向かってきたユディを、エルモーサは怪訝そうに、そして馬鹿にしたように出迎えた。

 跳躍したユディがその場にある木を足場にして、エルモーサへと一直線に飛んだ。

 エルモーサは切れ味鋭い伸ばした爪を振るいユディを切り刻もうとするが、ユディの鎖が別の木へと突き刺さり、そちらへ軌道がずらされる。

 そして、すぐに鎖を引き戻したユディがエルモーサの腕に鎖を巻き付け、軌道を標的に戻した。

 力強きヴァンパイアは腕の鎖程度ではバランスを崩さなかったが――。


 そこへ――。


「――【聖なるかな破邪の光サンクト・エト・ノミネ】」


 ――神聖なる輝き、神の加護がユディへと与えられる。

 導聖術(シクス・グラマト)による属性付与。

 ヴァンパイアの嫌う、神の力を纏った手斧がエルモーサを斜めに切り裂いた。


「グァあオぉぉ!? ク、カ、――神、の術だと?」


 自身が斬られたという事実にエルモーサは驚きながらも、巻き付いた鎖を振り回し、ユディを引き離す。

 それに即座に対応し、鎖を手放したユディは木を足場にして、聖騎士の近くへと着地した。

 エルモーサがその場に立つ聖騎士を見つけ、神の力の使い手だと確信する。


「間に合ってよかった。邪悪なるヴァンパイアよ、駆除させていただきましょう」


 月明かりに照らされ銀の鎧がほのかに輝く。

 “吟遊聖騎士”ヌルディが最も遠い北側から援軍に駆けつけていた。


「貴様……か」


 痛手をうけたエルモーサがヌルディを睨む。

 神の力を操るその騎士を、唯一の脅威と見定めエルモーサが闇の光を発した。


「――【深き闇の外套(スキア・クライナ)】」


 魔力を吸い闇を纏うその力は、神の光を打ち消すものであり、同時に、生命と魔力に反応するその闇は、どの方位からの攻撃をも感知するものであった。

 それだけ瞬時にヌルディの力量を見抜き、本気になった証拠でもある。


「喜べ、人間。貴様はこの私が全力で相手をしてやろう」


 しかし。


 ――トン、と触れるような静かな感触。

 左の辺りに痛みを感じたエルモーサが自らの身体を確認する。


 ――エルモーサの左胸から白い刃が生えていた。


「……あ?」


 突然の出来事に、エルモーサの思考は止められた。

 エルモーサの少し先に堂々と立つ騎士は動きを見せていない。――ならば何が。

 そう考え、後ろを振り向こうとして、――その首がはねられる。


「まあ、駆除するのは私ではないのですがね」


 ヌルディの言葉はエルモーサの耳には届かなかった。

 宙を舞う首が見たものは、自身の身体の背後に立つ、紫色の髪をしたハーフエルフの姿であった。


「誰……、反応、なか……、あ、れ?」


 何故、自分の身体を空から見ているのだろう。

 何故、自分の身体に首がないのだろう。


 空で回るエルモーサの首はそんな事を考え、やがて――。


「ああ……。釣り、……したかった、な」


 地に叩きつけられ玉のように転がったエルモーサの意識はそこで途切れた。

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