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第159話 期待値は裏切る

 最も静かだった南側、戦いの物音で起きた者達が比較的安全な南側へと避難してきたのは自然な流れであった。

 不安そうに体を震わせている者、有事に備え覚悟を決める者、明るい声で普通に話をしだす者、友人達とカードで博打をしだす者、気楽な表情で食事を始めた者、ふてぶてしく再び眠りにつく者。

 人によって反応は様々だが、通常考えられるよりも多種多様な反応を見せるのは、彼らの暮らしていたゴール・ドーンでは、自由な気風の強いティアラ教が主流であり、その文化的な影響が強いからだ。


 彼らは熱心な信者というわけではないが、そうした文化で育った者達ならではの民族的個性が確かに根付いている。

 意外な程に移住に同意する者が多かったのも、国からの干渉が強まり、自由への束縛が強まっていた事が一因だった。


 しかし、彼らが何をしていようと関りを持たない限り、事態には何の影響も及ぼさない。

 泣いていようが、笑っていようが、関係のない話だ。

 もしも関係があるのだとしたら、それは位置。

 たまたまその時、その場に居合わせ、その場に移動してしまった事に他ならない。


 本来ならば。

 本来ならば、間にある程度の陸地もあるとはいえ、海に面する南側は襲撃の危険性は低い。

 襲撃は北側を中心に排除され、何事もなく一夜を明ける、はずだった。

 だから、安全な場所への避難という動き自体は何も間違ってはいない。

 そちらが安全と思い込んだ事も間違いではない。

 ――ただ『危険』の方が、安全な場所へと向かってきただけなのだから。



 最初に気付いたのは、魔力の流れを感知していたソトであった。

 わずかな違和感を覚え、ソトは南方を細かく観察していく。

 海。

 月明かりがわずかな光源となって、ようやく少し離れたその場所が海であると見て取れる。 微弱な変化はあるが、海に異常はない。

 陸。

 海との間に挟まる、そこそこの広さの大地。

 暗闇でろくに見えない上に、一部には霧がかかっているようだが、月明かりの下で動く生き物は、その視界の中にはいない。

 しかし、ソトは強い違和感を覚えた。


「……なんだ? 魔力が、マナが、異常なまでに感じられない?」


 ソトは自身の手元に握られた魔霊石を見つめる。

 そこにあるのは強い魔力。

 魔力感知が異常を起こしているわけではないと、確認できたソトは再び視線を戻す。


 ソトは確信する。

 魔力のない魔術師であるソトだが、ホビックが持つ高度な感覚によって何度も危機を生き延びていた。

 その感覚が訴えている、これから起きる、と。


「セフィル、敵が来る。他の奴らに合図を送るんだ、急げ」

「え? ……は、はい」


 やや戸惑いながらも、セフィルは言われた通りに決められた合図の光弾を空に放った。


「よし、もっと後ろに下がって民間人を逃がし防壁を作れ。出来るか?」

「任せて下さい! 僕、頑張ります!」


 指示通りにする為に、セフィルが走り去っていく。


「(これで新人君の安全は確保っと。やれやれ、ユディに行かせるんじゃなかったなぁ)」


「《与えよ、さらば求められん》」


 詠唱。ソトは静かに魔術を構築する。

 いつでも対処出来るよう、魔術師としての構えを整える。


「《そは真理。そは胎児。術戒の律に従いて。汝、人なれば、人の形を成せ》」


 この場で戦力として数えられるのはソトだけだ。

 貴重な魔霊石だが、出し惜しむような状況ではない。


「《されど汝は盾なれば。人にして人に非ず。ならばその体、問うに及ばず》」


 問題は何を出すか、であった。

 敵の姿が見えず、特性も把握出来ないという事は、作るべきゴーレムの種類がわからないという事である。

 魔霊石には限りがあるのだから、1体で様々な事に対応出来るゴーレムこそが無難な選択肢であろう。

 ――だが。


「(ふん。最善など決まっている、無難を選ぶ必要など何もない)」


 魔術師としてのソトは、術の構築を最も得意とする。

 他の誰も真似できないそのゴーレム術は、極めて繊細で密度の高い芸術的な構築術によって生み出された術式だ。

 変態的とすら言えるその技巧によって、様々なオリジナルの術を自在に作り出す事が出来る、異端の感性を持つ魔術師。


「《人の生み出した盾よ、汝はただあるがままに》」


「――【標準なき規格の人形(ゴーレム・マゲン)】!」


 造られる。創られる。

 土が、砂が、石が、水が、魔力が。

 その場のあらゆる自然たるものが、人ならぬ人形、ゴーレムへと組み立てられる。


 ゴーレムの天才、“人形名匠(ゴーレム・マイスター)”が作り上げた芸術品。

 素材を選ばぬ、新機軸のゴーレム。


 それが作られるとほぼと同時に。

 ゴーレムの前に、霧が集まっていく。

 集まり、密集し、固まって。

 やがて、人の姿を成したソレもまた、人ならぬモノであった。


「……小娘風情が、私の姿を暴くとはな」


 牙。その口元には白き牙が生えていた。

 魔族(デボスティア)が一種、ヴァンパイア。

 物語の定番であり、あまりにも有名な吸血鬼達。

 強大な魔力と強靭な肉体を併せ持つとされる、人類の敵。


「おいおい。よりによってヴァンパイアかよ。なんで安全なはずのとこに出てくるかねぇ、空気読めよ根暗生物」


 ソトが目の前の女性らしき生物に口元を曲げ嫌そうな顔を向けた。


「ヴァンパイア? 何を寝ぼけているか。恐怖のあまり狂ったか? ……いや、そうか。それはそれは、済まなかった。私は復活したばかりであったな。ラドゥの奴めにやられ、しばらくぶりに意識が戻ったと思えば人の愚かな遊びに付き合わされ、……力の程も大分落ちているか」


「悪い事は言わんよ。そのまま寝て、やり過ごしておけ。もう少しだから。本当に。私の為に言ってるんじゃないぞ? 本当だぞ?」


 一応、戦う手段は用意したものの、ヴァンパイアは個体差が大きく、その口ぶりからしても、かつては上位種の力を持っていたとソトは推察した。

 なるべくならば戦わずに味方を待った方が勝率が高まる。


「そうか、そんなに恐ろしいか小娘。残念ながらこんなに大漁だというのに、獲物を逃す漁師がいるのかね? いや、いまい」


 溜息をついて、ソトがやれやれと手のひらを泳がせた。


「やっぱそうなっちゃう? いいよいいよ、天才の力をみせてやる。後悔するなよ、根暗」

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