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第156話 ヴァルバリア街道の夜

 明るいうちは平穏な旅であったが、夜になれば休憩と警戒の時間だ。

 昼とは異なり、職人達の長い列はなるべく固まって円形の陣をなしていた。


 テントを張ってキャンプがはじまれば、他の職人や冒険者達との交流が行われ、ようやくお互いが人間なのだと認識する。

 知る事のなかった人間はただの風景であり動物に過ぎないが、交流をもった人間は知人であり、その時限りかもしれないが仲間となる。


「さあ次は、探検家イル・ミリオーネとマガリャインスの話だよ。数々の古代遺跡や秘境を見つけてきた偉大なる冒険者の2人は互いにライバル意識むき出しで争っていた。ある日お互いに街を開拓しあう事になり……」


 吟遊詩人のタックが物語を聞かせてくれた事で、民間人である職人達も明るく過ごす事ができていた。

 冒険者も話題には事欠かないので数人なら盛り上げる事も出来るだろうが、大人数となるとやはり吟遊詩人の独壇場だ。


 ……人語を解する丸っこい鳥もどきも楽しそうに物語に夢中になっているようだが、静かで結構な事だ。


「嬢ちゃんの作る食事はうまかったぜ、息子の嫁に来てほしいぐらいだ」

「嫁には……ちょっといけませんね。でも美味しいと言ってくれて嬉しいですよ」


 漁師に食事の礼を言われ、ついでに不可能事を持ち掛けられた。

 大人数の分を一度に作らなければいけないので、料理は絞られるのだが、今回作ったのはミネストローネ。

 故郷でよく作られるトマトベースの野菜スープなのだが、そこに鶏肉やベーコンを入れて肉好きの方でも楽しめるようにしておいた。

 大量に作っておけば翌日も食べれるという楽ちんな優れものである。

 今回は向かう先々に街があり、補給がたやすいのだが、旅において足のはやい食材は早期に使うという鉄則に基づくものでもあった。


 ゴブリンであるディノ・ゴブは遠慮したのか、あまり中に入って来なかった。

 鎧兜姿であってもゴブリン面であっても、話しかけづらいだろうから仕方ないが。

 とはいえ道中は冒険者同士では少し会話もあったので、孤立しているわけではない。


 夜になり、冒険者達は民間人の周囲、前後左右に分かれ交代で睡眠を取っていた。

 次の行先であるエネディの街は西北西に位置するのだが、川沿いで分岐するまではカヴァッラから来た時と同じ一本道だ。


 隊列前方がシュバイニー、アイス、イスマ、ルゼ。

 隊列後方にカデュウ、タック、クロス。

 最も警戒している地図上の北側、隊列右方にはリヒトバウアー、ヌルディ、ディノ・ゴブ。

 海に近い南側にあたり、襲撃の心配が少ない隊列左方がセフィル、ソト、ユディ。


 今回の旅では、この魔物が活発だというヴァルバリア街道こそが一番危険な区域と予想されている。

 よってそちらに戦力を割いた配置になるのは必然であった。




 深夜となって寝静まり、わずかな物音がよく聞こえるようになった頃。

 北側の、やや離れた森と隣接する茂みから、ガサガサと草木に触れる音がする。


「クロス、起きて。タック先輩も」


 寝込みを待っていたかのように、北側の方から魔物達が姿を見せる。

 野営の焚火ぐらいしか明かりのない暗闇の中、数も種類もはっきりしない、が。


 続々と。続々と。

 増えているのは間違いない。


「ええ、少し前に起きてます」

「ふわ~ぁ。……早いねー、もう出番かい?」


 大声を出して刺激を与えれば職人達が混乱のまま一斉攻撃を食らうかもしれない。

 物音で起きる者もいるだろうが、基本的には民間人は寝かせたまま戦った方が安全なのだ。


「位置的には、正面から漏れた魔物の迎撃だね」


 持ち場を離れて加勢しては隊形の意味がない。

 状況次第では加勢するケースもあるだろうが、それは常にやるべき事ではない。


 その加勢する役目を担うのが機動力に優れるユディである。

 想定される戦いの上で後衛に配置し、遊軍となってもらう作戦であった。

 魔術師のセフィルは後衛に置いたまま無理なく出来る事をしてもらい、ソト師匠は緊急手段として待機させている。


「ヴァルバリアに来るときに倒した種とは異なりますね。ゴブリンのようですが」


 すでに北側では戦いが始まっていた。

 敵が現れた北側は、進行方向から考えれば右側面を突かれた形になるが、最初から右側面に最大戦力を置いているのだから予定通りだ。

 敵が漏れた場合の備えにリヒトバウアーが残り、ヌルディとディノ・ゴブが積極的に前に出る事になっている。

 ヌルディは優雅なたたずまいから、次々に魔物を斬り裂きつつ冷静に魔物を観察していた。

 くちゃくちゃ、という肉を噛みちぎる物音を横に。


「人々が寝ているならば、兜を外して食事が出来るな。……この味はゴブリンだが、少し違う。種たる者にあらず、地の底よりいでし魔物。すなわち、同胞にして同胞にあらず」


 目の前の敵を噛み殺したディノ・ゴブが、口から骨を吹き出す。

 敵と戦いながら、斬り続けながら、ヌルディがディノ・ゴブの方を向き、後ろにした敵を斬り捨てた。

 否。ヌルディにとっては、敵ですらない。ただの、生きているだけの的。


「ほう……。味でわかるのですか。他種族の方と話すと勉強になりますね」

「災厄と魔物の神バスコが捻じ曲げた地の精、起源の悪鬼。我らと共に遥か太古に分かたれし別種。イルミディムの地に巣食うと言われるカリカンジャロスであろう」


 襲い来る敵、カリカンジャロスと断じたそのゴブリンもどきをディノ・ゴブは次々に叩き潰した。

 決して生き残さぬように、全力で。

 カリカンジャロスが逃げ出そうとすれば、真っ先に殺す。

 ゴブル島で人と共存を目指す知恵と理性ある同胞のゴブリン達にとって、これら『ゴブリンもどき』は最大の敵だからだ。


「人族にはない伝承です、まさにゴブリンならでは。いや、本当に興味深い」

「つまりは、同胞達の面汚しよ。私の仕事というわけだ」


 “吟遊聖騎士”とゴブリン族の“勇者”。

 その2人は、淡々と、あるいは鬼の如く。

 両者戦いぶりはまったく異なるものであったが、決して討ち漏らしを出す事はなかった。

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