第153話 職人移住
「お集まりいただきありがとうございます。はじめての方もいらっしゃると思いますが、開拓村の代表となるカデュウと申します」
平穏なのかどうかはわからないが、気が付けば予定していた出発日の前日となっていた。
今はこうして勧誘した職人達を集めて、事前の説明と最後の確認を行っている。
クロスが勧誘した、古代ミルディアス様式の建築を受け継ぐ建築家と、建築作業を行う石工職人や木工職人もチームで来てくれていた。
すでに発展した大都市圏よりも新たな地を開拓する方に興味を持ったらしい。
餌付けしておいたはずのアイスがいつの間にか勧誘してきたのがほとんど漁師なのはどういう事だ、と思ったら裏表が無くて泳げて魚が好きな少女というのが海の男には受けたらしい。
それにマルク帝国に制海権が支配され危険過ぎるので、民間船は当面出航不可能となっていたらしく生活出来ないらしい。
海に関連する職人も多いのはそのせいであろう。
造船職人が数名いるので、漁船ぐらいはすぐ作れそうだ。
「開拓村へ移住の誘いを受けて頂いた方々ですので利点についてはご承知かと思いますが、今回は注意点について念の為にお知らせしておきます」
特にアイスあたりが勧誘した人達はリスクの説明などされているとは思えない。
……人斬りに査定されている時点でリスクがあるのだがそれは黙っておこう。
「まず、開拓をしているとはいえまだまだ不便なところも多いという事。金銭によるやりとりが今のところないので、それぞれがそれぞれの仕事をした上で他者の仕事を受け取る事が出来るという事。安全面については契約している傭兵団や警備をしている人達がいるのでそこらの村よりは遥かに安全ですが、それでも危険はあるかもしれないという事、このあたりはすでい聞いているか、想像できる範囲の話でしょう」
今まで住んでいて危険は特になかったが、一応未開の森なので保証までは出来ない。
だがそれでも、ろくな警備兵もいないそこらの村などより遥かに安全なので、ここで文句が出る事はないだろう。
そもそも開拓村だと伝えてあるのだし。
「しかし、この開拓村は特殊な形となっていますので、基本的に外部に出る事は当面は出来ないと考えて下さい。なるべく他所との交易も行いたいのですが、生活の安定がひとまず最重要となります」
この点はカデュウ達の開拓村アルケーならではの特殊さだ。
別に隔離しているわけではないのだが、とても気軽に外に出れる位置ではないし。
だが、普通の職人や農民というのは外に出たがる生態をしていないので問題はないだろう。
「また、傭兵団が共に住んでおりますが、この方々を怒らせたら命の保証は出来ないものと思ってください。とはいえ理不尽な事をしなければ、気さくに付き合える人達ですので通常は問題ありません。頼れる村の守り役とお考え下さい。私が雇っている形となるので少々特殊な立場にありますが、基本的には同じ村人です」
いきなり命の保証の問題が出たからか、少しどよめいている。
多少、血の気がある程度のやんちゃ者ならば殺される事はないであろうし、こちらも基本的には問題ないだろう。
「他に、とても特殊なお方がいらっしゃいますが、こちらも実質ただの村人です。害はないのでご安心下さい」
まだ村に来ていない時点で魔王などと言えるわけもないので、このような言い方になってしまう。
困惑するだけであろうが、一応先に知らせておかないと信頼に関わるかもしれない。
「たまに竜が現れたりしますが、地域の守護をして恵みをもたらす生き物なので村に害はありません。むしろ土壌を豊かにしてくれる良い竜です」
どよめきが強くなる。
そりゃあ竜とか言われたらびびりますよね。
「また、人間以外の種族なども多いので、差別意識のある方はご遠慮願いします」
普通はそんな者はいないのだが、たまに人間様至上主義みたいなタイプもいたりする。
でもエルフに否定的な人間というのは見た事がないので、世の中容姿が重要なんだなと真理を悟らざるを得ない。
問題はダークエルフの方だが、もめ事を起こすようなタイプは多分何らかの理由で早期に死んでいるだろうから、ある意味問題なしだ。
「それらの事に気を付けて頂ければ、家は村で作り無償で提供致しますし、日々の生活も問題が起きない限りは保証します」
誠意をもってリスクについても説明したからか、脱落者も出ずに全員移住に同意してくれた。
集まっている時点でリスクは承知の上であろうとはいえ、意思の統一がされているようで何よりだ。
家や家財を売り払った者もいるだろうし、残る家族や弟子などに譲った者もいるだろう。
親方の下を離れて一人来た者や、食うに困って参加しているような者もいるし、境遇は様々だが、全員この開拓に賭けているのは間違いない事であった。
「旅には慣れていないと思いますので、何かありましたら僕達の方にご相談下さい」
これまでに村に移住した人たちは、旅慣れた傭兵や訓練された兵士ばかりで、普通の村人だったアインガング村の住人達は転移陣がすぐそばにあり、旅をしていない。
数十人の規模の民を連れて転移陣まで旅をさせるのは、今までと違う苦労もある。
カデュウ達にとっても、配慮と準備が必要なのであった。