第152話 特別授業の裏側
魔導学院逆さの塔の学院長室、その奥からのみ行くことが出来る、隠れた地下区画。
その区画に複数ある部屋のうち、大半は重要素材を置く為に使われているのだが、それとは別に極秘の会談を行うための部屋がある。
そこにゴール・ドーンの高位魔術師達が集まっていた。
「オールドマン学院長、生徒達の解答はいかがでしたかな?」
そう切り出したのはコール・ノーウィッチ。
“コールドハート”を自称するこの男は、魔道将軍にして防諜の専門家である。
平民生まれながら、その魔術師としての才能で上り詰めた向上心の高い努力家だ。
「我々の戦いの分析をさせ、密偵をあぶり出そうとは面白い試みです。つい学院生時代を思い出し、楽しくなってしまいましたが」
そこへホーティー・アレスター伯爵が冗談めかし笑みを見せた。
“火炎将軍”の名で知られる魔道将軍で、対マルク帝国の軍を率いる指揮官だ。
また、コールとは学院の同期にあたる腐れ縁であった。
「君達の戦いをきちんと分析出来た者は意外に多かった。全部で8名。だが、そのうち、密偵の疑いがあるのは2名だ」
この会談の主軸となるのが学院長オールドマン・ベルディアーノ。
魔力至上主義を貫くこの国において、皇帝以外の命には従う必要のない権限を持つ魔道大国ゴール・ドーンのNO.2である。
宮廷魔術師を辞した後に次代を育成する魔導学院の学院長となった為、政治とは距離を置いているが重要な議題には顔を出していた。
「他の6名を除外する理由を一応お聞かせ願えますかな、宮廷魔術師殿」
髭をたくわえた熟年の男性、アダルテ・チェリニキ侯爵が静かに声をあげた。
魔術大国ゴール・ドーンの軍を指揮する魔道将軍において最強の呼び声が高い者だ。
魔術師の中でも希少な魔術剣士で、かつての戦争ではゴール・ドーンを勝利に導いた名将でもあった。
「私はもう宮廷魔術師ではない、といつも言っているだろう、アダルテ将軍。……除外した者のうち、第四皇子テオドゥスは言うまでもなかろう。ペタル・マンディスも同様。諜報局を牛耳るマンディス公爵家の令嬢であり、実質的な長でもある。かの家はコールとも協力関係にあり、その彼女が幻術を知らぬはずがあるまい」
「そもそも我が国の皇子や公爵令嬢ですからな。マルク帝国の密偵であるはずがない」
「他の者も我が国にて爵位を持つ家柄であり、才能ある者もいれば推論で当てた者もいる。学院にも長く通っており私の魔術で才を見た時に幻術適正のない者達でもある」
「確かに。もっと怪しい者がいるのならばそちらを優先すべきでしょう」
先をうながすように、コールが手のひらをオールドマンへと向ける。
「まず1人目、セフィル・カルカティウス。近頃、冒険者ギルドに加入した者で家族もいない。学院ではテオドゥスと共にいる事が多い。幻術やニザリーヤの技を見せた事はないが、それは密偵ならば目立たぬが第一の為に当然と言える」
オールドマンの話を聞き、アダルテがいぶかし気に眉をあげる。
「ん? カルカティウスとはもしや、あの村の?」
「ああ。6年前にウッドウォート陛下が封印した、幻獣カルカトリスが眠っていた村だ」
「私も当時参加しておりました……。事態の悪化を避ける為、カルカティウスの村ごと封印せざるを得なかったが、生き残りがいたのか……。それを恨んでの事ならば動機は十分といえますな」
過去を思い出したアダルテの表情がやや悲しげなものへと変化した。
そして職務とは言え、その生き残りを疑わなければならない事も心に刺さる。
「2人目、カデュウ・ヴァレディ。冒険者ギルド所属の他国出身、ごく最近に学院へ入学した者だ。ニザリーヤの技をユルギヌスとの試合で披露した」
「そのような所で技術を見せたというのか、考えられませんな」
「間違いなくニザリーヤに連なる技を使うが、密偵と考えるには目立ちすぎている。私も当人と話したが、何も知らないようであったし、嘘は言っていない。だが、ニザリーヤの技は師に教わったと主張していた。師とやらが何も教えず指示を出している可能性はありうる」
「こちらの大陸にもフド傭兵団が出張しており、奴らの技を習得した無関係の者がいないと断じる事は出来ませんな……。どちらかの手の者と考えるが妥当でしょうな」
「だが、諜報局によればその経歴を洗っても関係は見つからなかったらしい。ヴァルバリアに来た理由も交易品を売る為だと言う。学院に入学させたのもポエナであるしな」
「あくまで疑惑の段階を出ない、という事ですか……」
暗殺教団ニザリーヤの証拠として、最も確かなその技を持つ者。
本来ならば密偵の最有力候補なのだが、他の証拠がそれを否定している。
「学院長。密偵が意図に気付き、あえて答えをごまかした、というケースもありえます」
調査方法の例外という、コールの指摘にオールドマンも頷いた。
「ああ、そのケースもありうるだろう。だが、これで候補者を絞り込む事は出来た。君達の協力のおかげだ」
「いえ、この程度たやすい事ですよ、オールドマン先生」
苦労のうちに入らない、とホーティーが笑みで答えた。
オールドマンは、ホーティーとコールにとって恩師にあたる存在だ。
まして国防上の話となれば彼らの職務の範囲である、頼みを引き受けないわけにはいかない。
「さて、担当者をどうするかですが。……俺はその手の活動には向いてないんで。オールドマン先生と共に、今回の調査から外れた疑惑の者を調べます」
「そちらもほぼ絞り込んである。よろしく頼む」
ホーティーは生粋の魔術師であり軍人だ。
性格的にも真っ直ぐな所が強く、裏での諜報には向かない人物だが、国内の様々な所に顔が利く人脈の広さを持っている。
貴族出身ながら信頼できる性格を好かれ一般層と親しい点は、生徒達の日常活動の洗い出しに適していた。
「では、私がカデュウとやらを……」
そう言いかけたコールを、アダルテが制した。
「いや、待ってくれコール。セフィルの方を君がやってくれんかね。私では少々因縁がある、私情が入るといかんのでな」
「わかりました、アダルテ将軍。ではカデュウの方の監視をお願い致します」
彼なりの思惑があったコールも、師オールドマンの同世代であり魔道将軍として大先輩にあたるアダルテの頼みは断れない。
私情が入るならば職務に差しさわりがあるのも事実である。
氷の男、とも言われるコールはその名の通り逡巡せず、二つ返事で了承した。
「それでは、諸君。よろしく頼む。……ああ、アダルテ将軍。ディアメリスマ侯と接触出来るだろうか」
「……ええ。用があれば承りましょう」
「アーキ海を臨む丘にて陛下との会食がある、と伝えてくれ」
その真意を受け取り、アダルテは静かに目を閉じた。




