第15話 ジオール教
寝所と食事を提供してもらってそのまま帰るのもよろしくない。
教会施設でお世話になったからには、ありがたいお言葉を賜るのが筋であろう。
そう考え、信仰心の薄いカデュウも普段参加しない礼拝にやってきた。
「おや、話に聞いていた御客人方ですな。丁度始まる所です。どうぞこちらへ」
声の主は枢機卿ではなかった。
服装から見るに、恐らく修道司祭だろう。
複数の修道士が参加する中、指示された場所に着席する。
「はじめての方々がいらっしゃいます。本日は創世神話をお聞かせしましょう」
秩序の神ゼナーが神々を統括し、創世が始まった。
自然の神ガウディが大地を創り、はじまりの地が生まれる。
精霊の神ケルズが世界を内より支える精霊を創る。
使えしものの神ジオールが天使を創る。
言葉の神エンリルが言語を創る。
光と闇の神アティラが朝と夜を創り、世界の営みは始まった。
運命の神クローズが偶然をもたらす。
災厄の神バスコが日常の幸福を知らしめる。
やがて世界の管理を巡ってゼナーとアティラが対立した。
神々の戦いが始まり、そして神々は消え去った。
大地には、人と精霊と魔物と、神々の遺産が残された。
唯一残った神ジオールによって世界の管理は続けられ、物語の神となった。
かくして、人の時代が始まった。
「さて、ここまでがクラデルフィア創世神話と呼ばれる最初の一節です」
この大陸の、恐らくほぼ全ての人が聞かされるであろうジオール教の創世神話。
ジオール教とはこの大陸の主要宗教で、主神ゼナーを信仰する大派閥を中心に他の神々の派閥も加わったものだ。
中でもゼナー派は、ここよりずっと北東の位置にゼナー派の総本山となる教会国家が存在し、各国家に対しても多大な影響力を持っているという。
「司祭様、ありがとうございました」
あまり信仰に興味が無かったカデュウは、こういう場とも縁がなかった。
交易商の父も、エルフの母も信仰心が薄かった影響もあるだろうが、先生の元で厳しい修行を積んでいた事が大きい。
教会の作法がこれで正しいかもわからないが、お礼を言うべきだと考えたのだ。
「この間に、人がはじまりの地より旅立つ章などもあるのですが、今日の所はここまでに致しましょうか。良ければまた、他の教会などにもいらしてください」
丁寧な司祭に、カデュウ達はお世話になった感謝伝えた。
そして身支度を整え、ゼップガルドの街へと歩き出す。
「……ねえ、カデュウ」
「どうしたの、イスマ?」
「……主神じゃないのになんでジオール教って呼ばれてるの?」
大変もっともな疑問である。
普通に考えたら主神の名になるか、もっと別の名称になる。
イスマの疑問にカデュウが答えた。
「それはこのジオールが神々の戦いの後に最後に残った神だと言われていて、この創世神話を伝えたから、らしいね」
「……もう神は、いないの?」
「神話の戦いでジオール神以外は消え去ったけど、それを嘆いた人々を救うために新たに生まれたのが慈愛と許しの女神ティアラがその後に生まれたって教わったよ。宗派としての大きさはゼナー派に継ぐ2番目になるのかな。教えの優しさと癒しの力で大人気だね」
カデュウの説明に、興味深そうに頷くイスマ。
相変わらず無表情ではあるのだけど。
「でも、変なところがありましたね? 戦いの経過とか無いんでしょうか?」
「戦史の記録じゃないからね、そこは別にいいんじゃないかな」
「戦いの内容が無いのは良いとして、勝敗でなく消滅となっているのはおかしいな」
アイスの疑問に答えるカデュウだが、ソトからもつっこみが入った。
「勝った側の神はなんで消えたんだ? って話だ」
「確かに……」
勝った側が平和に統治しました、という結末ではなく、何故か戦ったどちらも消滅している事になる。
「まあ、どうでもいいんじゃねえの? 神話なんか関係ないだろ」
多少疑問はあってもシュバイニーの言う通り、関わりのあるものではない。
細かい事は気にするな、とよく言われている事だし。
「そうですね。そんな事より、まずは目の前の旅の景色でも、楽しみましょうか!」
良く晴れた青空が広がっている。
心地よい冒険日和であった。