第149話 お姉様と少年達
「御機嫌よう、お姉様」
「御機嫌よう」
聞き慣れないあいさつが飛び交う学院を、丁寧に返しながら教室へと歩いていく。
あいさつされてもその相手の名前すらわからないのだが、名乗られた覚えもないのだから仕方がない。
大体、年上の人からもお姉様呼びっておかしいでしょ、などとどうでもいい事を考えながらカデュウは無意識にイスマの頭をなでる。
「……むぎゅー」
別の方向からペタルがカデュウの近くへと小走りでやってくる。
緊張と喜びを織り交ぜた笑顔だ。
「ご、御機嫌よう、カーデさん」
「御機嫌よう、ペタル様」
こうして二人並び、優雅に教室へと……。
「……ですわおはよー」
「すぴーすぴー」
空気を読まない子達は今日も元気だった。
丸っこい鳥は抱きかかえられたまま寝ているし。
「だから私はですわではないと……」
「ごっきー、カーデさん。なんとペタルさんと仲良くなってしまったの?」
一人独特のあいさつをするアレイナ。
親切にしてくれているが、どこか掴みどころのない変なところも感じさせる。
「ええ、私達親友になりまして。ですから様などと言わず、親し気にお願いしますわ」
もう親友に!?
昨日はじめて友人になっていたような気がするが、クラスチェンジが早かった。
「わかりました、ペタルさん」
「ありゃ、めずらしいね。孤高主義を貫いていたのに」
「そんな主義になった覚えはありませんことよ。他の人と触れ合うのが面倒だっただけです」
「孤高だねー。私はどう?」
「他の人より面白味はありますし、カーデさんと似ているところもありますが、本質的にはやはり皆様方とご一緒ですわ。それに貴女が私に興味はないでしょう」
「さすが、よくご存じで」
ただの世間話といった淡々とした会話が終わり、すぐに学院長が教室に来て授業が始まる。
今回は基礎の重要性を示す授業内容であった。
すでに術に慣れているものには退屈なのだろうが、術の安定の重要性を知る実戦経験者としては身が引き締まる。
そんな授業も終わって周囲はくつろいで雑談に励んでいる。
次は特別授業でいつもより深い階層の教室に行くらしい。
講師を外部から呼んでいるとかで、休憩時間も長めとなっている。
と、そこへ年若い少年が近づいてきた。
「は、はじめまして。セフィルと、も、申します」
「はじめまして。セフィルさん」
この少年は記憶にある者だ。
話した事こそないが、何度か顔も見ている。
「ああ、ユルギヌス様と戦っていた所を覚えております。なかなかの技術戦でしたね」
「い、いえ。カーデさんには遠く及びません! 同じ冒険者として、尊敬します!」
「冒険者、なのですか?」
確かに、学院にも現役冒険者が何人か通っているとは聞いていた。
見たところカデュウ自身よりもさらに若そうに見えるが……。
「はい、新人冒険者として登録されたばかりですが……」
「指導者の方はいらっしゃるのでしょうか」
「まだです……。そ、それで、あの、カーデさんに指導者になっていただけたら、と!」
「あの、ごめんなさい。残念ながら私も同じ新人冒険者なんです。中級冒険者まではちょっと遠いので……、指導者となるのは無理ですね」
「ええ! あれほどの手練れなのに!?」
「手練れではないのですが……。冒険者として実績が不足してますから」
もう訂正するのも面倒だが、どうやら生徒全員にカーデという名前だと思われているようだ。
セフィルは冒険者になり立ての学院生、卒業までに良き指導者を探しているのだろう。
まともな指導者の当てがあるなら、そちらに頼むのが賢明なのだ。
冒険者ギルドにお任せだと、その時の運次第で決まるのは身をもって体験している。
包帯ぐるぐる巻きの露骨に見た目がやヤバイ人と共に旅をしかかったのは懐かしき思い出だ。
「ご挨拶はすみましたか、セフィル」
「あ、テオドゥス様……」
セフィルと同じような背丈の少年が優雅に歩み寄ってくる。
マントの下に着こむ服装からみて、かなりの家柄のようだ。
セフィルが大人しそうな美少年ならば、こちらは理知的な美少年であった。
「はじめまして、カーデさん。テオドゥス・ミルディアスと申します。華麗なる活躍のお噂はうかがっておりまして、是非お会いしたいと考えておりました」
「……ああ、ユルギヌス様の弟君の。第三皇子、でよろしかったですか?」
確か兄と弟がいるとユルギヌスは言っていたので、年も近いからその辺りだろうという推測だったが、テオドゥスは首をゆっくりと振りそれを否定する。
「はは、いえ。他所の方ならば無理もないですが、私は4番目ですね。2番目の兄がすでに亡くなっていますので」
「それは……、申し訳ありません。お辛い事を聞いてしまいました」
「いえいえ。こちらこそ、ユルギヌス兄様がご迷惑をおかけしまして申し訳ありません、という事で相殺しましょう」
にっこりと笑みを浮かべるテオドゥスに、ほっとするカデュウ。
小さくとも皇子、ご機嫌を損ねるのは避けたいところだ。
「セフィルの頼みは、どうやら適わなかったようですね」
「はい、テオドゥス様。指導者の資格がないとの事でして……残念です」
「ごめんなさい、ギルドの決まり事ですから」
ソト師匠を紹介できない事もないが、とても指導者として推せる人物ではないし、問題児だらけの中に純真そうな少年を叩き込むのは酷だろうと思い、黙っておいた。
そもそも、旅の冒険者である逍遥者になりたいのか、どこかの街のギルドに所属してそこを拠点に活動したいのかで変わってくるし。
「では、せめて僕達と仲良くしていただけませんか。セフィルは奥手でいけません」
「あ、あわわ。テオドゥス様にそんな気を使っていただくなんて……」
「ふふ。仲がよろしいのですね、こちらこそよろしくお願いします」
くすりと口元に手をあてて、カデュウはにこりと小さく笑みを見せる。
無難な返事をしたのに、テオドゥスとセフィルからの熱い眼差しが集まり、妙に居心地が悪かった。