第148話 特に選ばれし勇者とかではない
夕暮れに別行動していた仲間と合流し宿へと戻ったカデュウ達は、夕食を食べた後に情報の共有を行った。
明日からの方針が伝えられ、カフェ運営をソト師匠がメインでやる事などが決まった。
シュバイニーがカフェのウェイターを担当し、ユディは空いている時間は諜報に出かけ、昼頃にはカフェの手伝いをしつつ客の話から情報を集める事に。
アイスはクロスについて行きつつ、上流階級と話す場所までは入らないで、おこづかいをあげて適当に美味しい店を探すように言っておいた。
実質野放しだが、食べていれば大人しくしてくれるだろう。たぶん。
「失礼致します、ご注文の品をお届けに上がりました」
落ち着いた頃を見計らったのか、実に丁度いい時間にトーラの店の執事ツゼルグが訪ねてきた。
「飛龍諸島産ガーベラ農園、同じくリブロフ農園、南ミルディアス産センシーニ農園、などの茶葉をご用意致しました。どれも自信をもっておすすめできる品でございます」
「ううん、どれも噂に聞くばかりで飲んだこともない極上の紅茶農園のものですね。凄く、お高そう……」
「ご安心下さい、それらの農園であっても当然茶葉の質はその年の出来具合によって変わります。こちらは最上位品とするには質の落ちる茶葉の品でして。当然、味わいの素晴らしさは保証致しますが、ずっと格安のお値段でお買い上げいただけます。……お客様はそれぞれの人生があり、それぞれに求める品、相応しき品というのは違うのですから」
「要するに好みや金額を考えてるってわけか……。出来る執事は違うなー」
感心した口ぶりのソト師匠だが、やや驚き気味の表情だ。
綺麗事っぽく言ってるけど懐具合を探ってやがるのか、えげつなー。という気持ちをうっすらと感じる。
「次にコーヒーでございますが、このヴァルバリアの港は封鎖されており、海上交易が不可能なのはご存じの通り。ですので、私共が道すがらに他の港で仕入れてきたカヌスア大陸イティオプス産の新鮮な豆でございます。珍品として、ゴブル島産ゴブアルクなどの変わり種も用意しました」
「紅茶ともども試飲してみたいのですが」
「お任せくださいませ。宿の厨房にてすでに湯のご用意をさせて頂いております」
言われる前に準備しておく見事な手際であった。
それぞれを順番に試し皆の意見も取り入れ絞り込んでいく。
「では、せっかくだから手に入りにくそうなものを。飛竜諸島のガーベラ農園とリブロフ農園の茶葉を100gずつ。コーヒーはイティオプスを500gでお願いします」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」
試飲を終えた後、ツゼルグは別の袋を取り出した。
「こちら、注文される事を見越してご用意致しました魔霊石でございます」
「頼んでもいないのに用意を!?」
「お客様が欲しているものを言われる前にご用意するのは使用人として当然の事でございますとも」
出来る執事風な事を言っているが、うちの執事ではなく他所の店の執事である。
「無論、お気に召さなければお買い上げいただく必要はございませんよ」
と言われても、この場にソト師匠がいる以上……。
「召す! 召すとも! メスだとも! よくわかってるじゃないかスーパー執事! これは、良い物だー!」
「なんて適格に弱点を抉るような売り方を……」
どの道魔霊石の補充は必要だったのだけれども、機を見るに敏というか……。
「そして、こちらが当店の在庫処分品の剣でございます」
次に取り出したのは、なんとも質素で飾り気のない小剣であった。
見た目では金属なのかすらわからない、剣の形をした謎の棒きれというところだが。
「こちらの品は、どうやら使い手を選ぶ剣のようでして……、少々失礼を」
取り出したる革財布を宙に浮かせ、白い棒きれのような剣で素早く斬りつける。
ほとんど見えなかったその鋭き一撃で、革財布如きはなまくらな刃であっても切り裂ける、はずであった。
――だが、真っ二つになるはずの革財布は斬られたはずの箇所がへこんだだけ。
つまりなまくらな刃よりもはるかに切れ味のない剣、という事になる。
「と、このように資格なき者では斬る事すらかないません。叩く事なら出来ますが」
確かに、通常の剣よりも切れなすぎる。ある意味マジックアイテムであった。
「なるほど。仕入れたものの、誰にも使えなくて売れ残ったと……」
「お察しいただければ」
そんなもの使える気がしないのだけど。
とりあえず物は試しと、差し出された白い刀身の物体を手に取ってみる。
すると。
――光が。ほのかなる光が刀身に線を走らせた。
「うわ、なんか文字が浮かんできましたよ。ソト師匠、これなんて読むんですか?」
「リデム・アンゲル・ネグラール……、と刻まれてるな。名前っぽいし誰だか知らんが、作った付与魔術師じゃないか?」
「んー……、以前英雄の記憶を使ってた時にそんな名があったような……」
「あー、あれか。まだ覚えてるのか?」
「多分、引き出した事のある英雄の記憶が、僕の記憶に残っているだけじゃないでしょうか? まあ、リデムって人は知らないけど、ネグラールといえば有名な付与魔術師ですし」
少し横道にそれたところで、ツゼルグが満足気な表情でうやうやしい礼を見せる。
「どうやら正しき使い手として選ばれたようですな。おめでとうございます、カデュウ様」
「どうやら選ばれてしまったようですが……、これはどのような品なんですか?」
「リデム・アンゲル・ネグラールとは古代ミルディアス帝国最初期の付与魔術師。歴代皇帝に仕えし鎧鍛冶師ネグラールの一族の中でも、謎多き不可思議な作品で知られる方です。代表作として“天槍”のスロートが愛用するドライという槍が有名でございますね。魔術のみならず様々な術を同時に槍に乗せる事が出来る、という話を聞いた事がありますな」
「じゃあ、この剣もそうした凄そうなものなのでしょうか?」
まあ、仮にそうだとしてもまともな術者がいないのだが……。
魔力代わりに金を消費する魔術師さんには予算的に頼めないし。
「さて、どうでしょう。リデムの作品は数が少なく、詳しい事はわかっておりません。しかし、付与魔術師としてはかなり異端な作り手だったそうです。持ち主であるカデュウ様が、その真の力を引き出す事を期待しております」
さらっと持ち主にされているが、まだお金を払ってはいないのですけども。
あれ、強制的に買わされる流れでは?
「さて、それではお値段の方ですが。伝説の付与魔術師の作となれば、金で買えるのならば幸運と言えるほどの代物なのはご承知かと思います。有名な話では城を代金として支払った、という例もございますな」
「え、そんなにお高いのです?」
そこまでの作品は冒険者や商人如きには無縁の品なので知るわけがない。
確かに古代帝国の皇帝専属付与魔術師の逸品ともなると、国宝級であっても不思議はないのだが。
「払えなそうですからお返しを……。あ、あれ? 手から放れな……ああ!?」
手を放しこの武器を返そうとしたところ、武器が流体のように溶け込んだ。
服の表面に吸われるようにして、すぐに消えてしまった。
「……服に、吸い込まれて消えた?」
慌てて、出ろー出ろーと念じてみたら、液体が袖から飛び出し、再び手の中に剣が現れた。
何、これ。
「素晴らしい。見事、使いこなしていらっしゃいますな。どうやら剣の方も離れたくないようでございます」
「異端な付与魔術師って……。呪いのアイテムでも作ってたんですか……」
使い手を選ぶ上に手放す事が出来ない武器を作っていたのでは確かに異端だ。
出たり消えたりする妙な機能も異端すぎる。
「で、それ斬れるのか? 斬れるんだろうけど、一応試しておけよ」
「では、こちらをどうぞ」
用意した小さいが太めの鉄の棒をツゼルグ構える。
斬鉄となると、なまくらでは厳しいが――。
ほとんど抵抗すら感じず、意外な程にあっさりと鉄の棒を斬り落とした。
「……斬った、っていう気がしませんね。なんか変な感覚です、いや凄い武器ですけど」
「おめでとうございます。そして、お買い上げありがとうございます」
……呪いの武器同然な上に十分過ぎるほど使い物になるのでは、買い取らないわけにはいかないだろう。
欲しいといえば欲しい。なので問題はおいくらなのかである。
「ですが、カデュウ様は当店の常連でいらっしゃいます。ですので、いずれ何らかの形で納得されたものを代わりにお支払いいただくという事でいかがでしょう。冒険者の方でいらっしゃいますから、何か珍しい物を手に入れる事もあるでしょうし」
「……双方同意の上でならば、それで構いません。要するに、出世払いですね」
「左様でございます。所詮は在庫処分品でございますから多くは望みませんとも、ご安心下さいませ」
優し気な笑みを見せるツゼルグ、その表情からは儲け話を前にした商人のような色はまったく感じられない。
心からそう言ってくれているようだ。ありがたい。
「在庫処分品で、まともなマジックアイテムと交換……さすが出来る執事は格が違った」
……本当にソト師匠の言う通りであった。