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第140話 職人フィーバー

「はじめまして、カデュウと申します。開拓村の村長を任されております」

「その村長さんが、何の御用でしょう?」


 老人がやや警戒したかのような、無意識の反応を見せた。

 初対面の庶民とは言えない恰好の若者が、突然開拓だの村長だのと普段聞きなれない単語を口にするのだ。

 いぶかしがるのは正しい反応と言える。


「率直に申せば、開拓村に来て家具を作っていただけないかという、お誘いです。当面の間は金銭のやり取りはありませんが、代わりに家や工房を提供し、日々の食料、他の村人からもたらされる様々な物資を自由に使えます。その中には、黒檀などの貴重な木材も含まれます。作るものや研究するものは注文者からの指定がなければすべて職人さんの自由で構いません。国や商会などによる面倒な縛りも制約もありません。やりたい事がやりたいだけ出来る環境、というわけです」


 特に口を挟まれなかったので、一気に主張を語り続けた。

 金銭が払われないというマイナス面、それ以外のサポートは出来るだけ行うというプラス面をしっかり説明していく。

 移住する事の利点、問題点がはっきりしなければ不安になるからだ。

 全て開示する事で、信用できる交渉相手だと安心感を提供した。


「……ほぅ。それはそれは」

「凄い! とても魅力的ですね。おじいちゃん、私やってみたい! 存分に腕が磨ける環境みたい!」


 見極めるような祖父の声を上書きするように、孫娘ヴァネッサは明るく感情豊かな動きを見せる。


「何しろ巨大な森の中なので、多種多様な希少木材がふんだんにある事は保証します」

「まさか……、エルフの……?」

「あの、古の大森林の中、なのか……!?」

「詳しくは秘密ですが……、ご想像の期待は裏切らないでしょう」


 驚く家具職人の祖父と孫娘のその目は熱を帯びていた。

 生涯でどれだけ扱えるかわからない希少木材が多種多様にあって好きに出来る、純粋な職人としては魅力的な条件だろう。


「……確かに、な。ここにおっても良い目にはあえないだろうからの……。儂はともかく、子や孫の未来が暗いよりは、話に乗ってみるのもいいかもしれんな……。何より、職人魂がたぎるわい」


 孫娘に誘導されるように、祖父も話に前向きになった。

 とても話が早かったが、これは恐らく現環境にかなりの不満があるという事である。

 他所から手を差し伸べられればすぐに掴むほどに、経済的にも精神的にも疲弊しているのだろう。

 仮面の店主イオニアスの言う通り、国の方針が魔術に偏りすぎて狂っているようだ。

 もし、職人達が厚遇され、資産家となるほど生活に余裕があれば誘いには乗らなかったと思う。



 後9日程で街を出発する予定や、出発が確定した時点で事前連絡を行う事、集合地点を現在の宿ホスピタリス・リーベルタースに指定、など決まっている事は伝えておく。

 思いのほかに交渉が早く終わったので、他の職人も探してみることにした。

 

 必要なのは、金銭よりも職人としての根源、ただ良い物を作りたいというクリエイターの矜持を持つ者だ。

 村の稼ぎから言っても平等性から言っても、当面の間、金銭は支払えないのだからその条件は不可能なのである。


 そしてもう一つ、村人達との協調性を持つ者。

 共存していかなければならない状況なのだから、家族的に付き合える者でなければならない。

 共に暮らす家族相手に、利権だのなんだのとくだらない事を言い出す輩は不要だと考えていた。

 やれ国だの、貴族だの、議員だの、商人だの、優れたモノの足を引っ張ってでも自らの利益だけを要求する厚顔なる者達。

 交易商人である父のそばで、先生の修行による旅の中で、幼い頃より様々な人の穢れを見続けてきた。

 外の世界のそうした面倒臭いものが、カデュウは嫌いなのであった。



「うちの村に来ませんかー」


 と、目についた職人に声をかけて、会話から問題なさそうなら先程と同じような勧誘をしてみたところ――。


「受け継がれた古代の技術に、色々な素材を用いて改良したいです! 楽しみです!」


 という染物職人シシリーが仲間に加わったり。


「服を仕立てる奴が誰もいないんじゃ困るだろ。身軽な俺が行ってやるとするかね」


 という仕立職人オリブルタスが加わったり。


「親方のとこ、もう人を減らすしかないって言うんです。食事と家の保証があって、好きなだけ研究していいって言うんですから、独立して最高のオイル職人を目指ます!」


 というオイル職人カサンドラが仲間に加わったり。


「この皮は凄いな、他にも色々と楽しそうな素材がありそうだぜ。俺も連れて行ってくれ」

「兄貴、当然俺もだよな。なめし皮職人が行くなら革細工職人も必要だろう?」


 という革職人の兄弟、クラススとペイウスが仲間に加わったり。


「おっと、皮を取る前に肉もあるんだぞ。食肉が先だ。……このままじゃしがない職人のまま終わっちまうからな。どうせ職人やるなら求められている場所で気分良くやりたいね」


 という肉屋のカリウスが仲間に加わったり。


「大丈夫なの、この国。職人さんが入れ食い状態だったけど」


 どれだけ職人を引き留める力が失われてるんだと、逆に心配になるほどに職人達の境遇は良くないようであった。

 カデュウの出身地である南ミルディアスでは職人は大事にされる傾向が強いので、引き抜きづらいのだが、この国では腕の良い職人であっても貧乏なままらしい。

 そりゃ、同じ貧乏ならもっと境遇が良さそうな開拓村にも来たがるだろう。


「傾向として、研究者肌だったり職人魂のある人、向上心の高い人達って事かな。こういうタイプの人達には魅力的な話だったみたい。この国への不満だけじゃなくて、職人さん達には興味深い環境なんだろうね」

「好きな事やってれば良いんだから楽ですしね!」

「逆に辛い環境であっても安定を望む人、変化を望まない人には受けが悪かったかな」


 開拓村の環境に適した人材、つまり心の冒険者が集まる、というどこかの怪しい仮面の人の言う通りであった。

 言ってしまえば、変人が好む場所、という事なのだろう。

 僕は普通ですけども。


「でも、子供のいう事なのに、ほとんどの人が信じてくれたのは不思議だったね」

「お姫様みたいな恰好ですから!」

「姫じゃないし姫は関係ない……ってそうか。服装でそれぐらいの事は出来そうだと判断されててもおかしくはない! 関係あったよ!」

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