第137話 磁器交易
「おお、見事な美しい白磁……。どれも大変質の良い磁器ですな」
パナディオス商会の商会長タクシスは箱の中身のティーカップを、絹の布を使って丁寧に観察していった。
「お褒め頂き光栄です。特別な良い土を用いて作製された品となります」
「ほうほう。確かに良い土を使ったようですなあ、雑味がまったくない白の物もあれば、ほのかな白からやや青味を引き出した自然な色彩の逸品もある。釉薬の絵付けも精密な出来です。こちらはどのような由来の物でしょう?」
この言葉は要約すると、有名なのか? ブランド物か? という意味だ。
どこが作ったのか、誰が作ったのか、これは品質には無縁ながら重要な指標となる。
ブランドで箔付けされていれば商人としては売りやすい。
物の良さだけで判断できない素人であっても理解できる価値へと変わるからだ。
もちろん専門の品を扱う商会の長が目利き出来ないわけがないのだが、あえて語らせるのは、有名な名を騙って売り込む詐欺師かどうか、その人となりを見極めているのだろう。
人の好さそうな顔をしているが、貴族向けの高級商会の長ともなればさすがである。
「大陸随一の陶磁器文化を持つマーニャ地方において知る人ぞ知る総合芸術家ターレス・アルベルティ氏の作となります。それらの品を見ていただければ一目でその才は疑いもないものだとお気づき頂けるでしょう。他所では手に入らない希少な品となっております」
カデュウはターレスがどの程度知られる芸術家なのかなど知らない。
最初の村人志願者がたまたま芸術家だったというだけで、誰もが知る著名な人物というわけではないのだ。
だが、この売り文句は何一つ嘘はない。
マーニャ地方が陶磁器で有名で、大陸全土の王侯貴族が欲する有名ブランドな窯があるのは事実。
陶磁器で有名なのはマーニャ地方北部だが、マーニャ地方南部の一部の街でターレスが知る人ぞ知る芸術家なのも事実。
少なくとも冒険者ギルドでは頭のおかしい依頼主として知られてはいたし、ゼップガルドの街の住人もご近所ならばわかるだろう。
村でターレスの作品を見ているから、その才能に疑いはなくなったのも事実。
……いや、ある程度整えてくれれば別にいいかなというぐらいの期待だったのだけれど、思いのほかに才能ある芸術家だった。
もちろんこの土は開拓村アルケーのものなので、他所では手に入らないのも事実。
前半部分で少々意図的な箔付けがあるだけで、自信をもって推せる品なのは間違いないのだ。
「ふむう……。確かに、良い品なのは疑いようもありません。ところで、これらはどこで作られているのですか?」
タクシスは優しそうに目を細め微笑んだ。
その表情とは裏腹に、産地に探りをいれているのだが。
ここでうかつに漏らすようなマヌケならば、喰らいつかれ産地との直接取引をもぎ取られる危険があるわけだ。
「アルケー、という場所ですね。専売となっておりますので、是非、私共を通して頂ければ嬉しいのですが」
探しても見つられない地名は提供し、独占契約があるかのように伝える。
情報を与えることで礼と共に恩を売り、専売だと知らせて探りを入れても買えないし今を逃せばチャンスは失われる、と示したのだ。
本当に、商人というのは回りくどく面倒臭い。
「……なるほど。お美しいご令嬢とお見受けしましたが、いやはや見事な商人です。では値段の交渉をさせて頂きましょう」
……後は品物の価値を定めて双方納得のいく金額で取引を終えるだけであった。
全部で金貨63枚、持ち込んだ数に比べれば高く評価された額と言える。
この地の貴族達に売れる品物だと判断されたのだろう。
良い物には正当な金銭を支払うのだから、商人らしさも見え隠れしていたとはいえ、タクシスは誠実な商人と言える。
世の中には品質に関わらず騙してでも高く売って安く買えばいいと考える利益最優先の詐欺師のような商人も少なくないのだ。
特に素人相手に騙しにかかる輩を、カデュウもカデュウの父も嫌っている。
素人に良し悪しがわからないのは当たり前、だからこそ中継役となる商人が誠実でなければならないと考えていた。
「そいじゃ俺の仕事は終わったな。雑用に戻るぜ」
「はい、ありがとうございました」
荷を運んでくれたシュバイニーと別れ、カデュウとアイスは別の方向へと歩き出した。
アイスは期待に目を輝かせて両手でガッツポーズしているが、これはおやつと飲み物の要求だ。
商人と違ってとてもわかりやすい。好感が持てるほどに露骨であった。
「お金も入ったし、ちょっとそこらへんで休もうか?」
「わーい! いいですね、おやつと飲み物をお願いしますっ!」
そうして飲食店が並ぶ地区へと歩みを進め、大きな教会や貴族の邸宅が集まる豪華な通りで、思わぬ人物と遭遇した。
いや、場所から考えればさほど不思議もないのではあるが。
「このような場所で出会えるとは奇遇だな。丁度良い、俺に付き合え、カーデ」
――赤毛の皇子、ユルギヌス・ミルディアスが口元を歪め、カデュウの前方へと立ち塞がった。