第136話 休日に交易を
夕食も朝食もとても美味しいものであった。
質のいい牛肉のステーキをメインに、ナスやジャガイモにミートソースとチーズを重ねて焼いたというグローディア風のラザニア、ムサカなど美味しいものが色々と出てきた。
朝食はハムチーズサンド、フルーツヨーグルトにケーキと、こちらも見事なものだ。
飲み物の選択肢に苦くて困るグローディアコーヒーも入っていたが、当然他のものを選択している。
「今日は実習の後だから学院は休みなんだって。僕も職人探しに行くよ」
「じゃあ、アイスを連れて行って。私はお父様のツテにあたってみるから、単独で行きましょう」
「さらりと問題児を押し付けたね……。カフェはどうしよう」
「護衛という重大任務をするお役立ちの子ですよ!」
斬りたがりの子が不満顔であった。
街中で危険があるとはあまり思えないのだが、店員には向かないし仕方がない。
「そうすると私がカフェだな。イスマもこっちを手伝った方がいいだろう、ユディも頼む」
「そうだね、ソトとイスマだけじゃ不安だものね、ちっさいし」
「ちっさいは余計だ」
「俺も昨日と同じで雑用だな」
「ああ、よかったらシュバイニーさん、交易品を運んでくれませんか? 磁器は素材じゃないから学院に売れなかったので、商会に持ち込もうかと」
「ああ、いいぜ」
「私の方にも少し分けてくれる? 手土産を持っていった方がやりやすいから」
「クロスのお父さんのツテだと上流階級だろうから、磁器は喜ばれるね」
庶民層は大抵食器にこだわらないので木器が基本となっている。
地域によっては陶器が行き渡っている場合もあるが、磁器は数が少なくまだまだ値が張るものだ。
まして芸術家が絵付けをした美しい一点物となれば資産家や王侯貴族以外は用いないだろう。
そして貴族層は資産がなくとも箔付けの問題もあって良い物を選ばざるを得ないという面があるので、貴族の多い大国の都ならば品物を捌きやすいし、プレゼントとしても喜ばれるというわけだ。
ゴール・ドーンには陶磁器を扱う有名な窯がないので、需要は高いと見ていいだろう。
「それじゃ、用事が済んだ奴はカフェの手伝いに来てくれ。遅くなるなら宿だな。集合場所は昨日と同じ、それでいいか?」
ソト師匠の言葉に特に異論はなかった。
話がまとまり、さっそく商会地区へと向かう。
まずは交易許可証の発行を申請するべく交易ギルドにいった。
交易許可証のあるなしで関税が大きく変わるのである程度その国に長居しそうならば手に入れた方が利益が大きいからだ。
「学院の方でしたら、特別措置として交易許可証が自動的についておりますよ」
「そうなんですか? 凄いですね学院って」
「ええ。国の方針でとても優遇されているのです。卒業生であっても同様ですので、それだけこの国では学院の信用度が高いのですよ」
交易ギルドは大陸全土に支部を持つ巨大互助組織なのだが、交易許可証に関しては関税と密接に関わるので国の方針に沿った形での決め事となる。
厳しい条件の国もあれば、この国のように特例で緩和される場合もある。
本来ならそれなりの代金と軽いテストが必要なので、手間が省けたというものだ。
「素材を持ち込む学院生もたまにいますからね。優遇するからもっといい素材を学院へ持ってこい、という事なのでしょう」
「なるほど」
上物素材は学院を通さなければならないという妙な国ならではの措置と言えよう。
交易ギルドでの用は済んだので、陶磁器類を扱う商会をいくつか教えてもらい、そちらへと赴いた。
当然、富裕層向けの商会となるので立派な店構えで、少々場違いな気もするのだが、そうした所の商会員はさすがの丁寧な対応であった。
「さすがカデュウですねー。お姫様だからものすごく丁寧にされてます」
「……そういうんじゃないと思うな、うん」
それはまあ、安っぽい恰好をしていたら対応は露骨に悪くなるのだろうけども。
行先に合わせて相応しく身なりを整えるというのは、とても重要な事だ。
人は身なりで他者を判断する。身分を、資産を、そして人となりを。
初対面ならば外見しか判断材料がないのだから当然であり、その印象はわずかの間に決定される。
相応しい者には相応しい対応を、そうでない者にはそうでない対応を。
まともな格好をせずに会いに来る者は、その場を重視していないとみなされるだろう。
服装とは礼儀作法なのだ。
つまり、ちゃんとした格好をしているだけの事であって、姫っぽいとかそういうんじゃないのです。はい。
……お嬢様扱いされてるっぽいのは気のせい。
「ようこそ、いらっしゃいませ。わたくし、パナディオス商会の商会長をしております、タクシスと申します。」
ふくよかな体型をしている髭面の中年男性がカデュウに向かってにこやかに礼をした。
人の好さそうな顔つきに品の良い恰好が合わさり、友好的でわきまえているという印象を受ける。
「カデュウと申します。お会いできて嬉しく思います、タクシス商会長」
失礼のないようにカデュウも優雅に挨拶を返し、同席しているシュバイニーが品物を机に置く。
磁器を売るための交渉が始まった。