第135話 ヴァルバリアの街中へ
学院から出て、販売の許可を受けた場所へと向かった。
ハーブティー屋は珍しさもあって中々に繁盛しているようだ。
カデュウがいないので食べ物の提供を止めて飲み物だけに絞った分、負担も減っているが、店員として働く人数も減っているので忙しそうであった。
優雅にハーブティーを注ぐクロスが、カデュウの姿を見て微笑んだ。
「戻ったのね。思ったより早かったじゃない」
「ユディは手伝ってるみたいだけど、他の人は?」
「ソトさんとアイスは情報収集ね。合流場所はここか、時間が遅くなれば宿という話になっているから、もう少しお店を続けましょう」
カデュウもそれに同意して、クロスの補助に回る。
「……のみものー」
「我も飲みたいぞー」
イスマとルゼにもハーブティーを淹れて、静かにさせておく。
特にルゼは店として考えれば何かやらせてもまともに出来なそうだし、大人しくしてくれるのが一番ありがたい。
「ほおー。あの草花がこんな飲み物になるのだなー。むしゃむしゃ食ってる奴らはこういうのを楽しんでいたのであろうか」
「そんな草食生物の気持ちはわからないよ……」
感想がアレだが、不満はなさそうなのでそのまま放って仕事を始めた。
客層をみれば、比較的身なりの良さそうな一般市民が主体のようだ。
都市の一等地らしき綺麗な場所で売っている影響に加え、茶器の美しさやハーブティーのちょっとお洒落な感じがうまくマッチしているのだと思う。
良い場所とそれに見合うテーブルなどを手配してくれたポエナに感謝しよう。
「ケーキやお菓子のような甘味も一緒に売るといいんだけど、僕達では手が足りないからしょうがないね」
「貴方、そういうのは作れないものね。他所から仕入れたものを売るだけなら簡単だけれども。そうした伝手もない上に、一時的な店でしょ?」
「そうだね。とりあえず持ってきた在庫をさばければそれでいいか」
しばらくたった後にソト達が戻って来た。
そこで営業を終了し、宿へ向かう。
ポエナから紹介された宿は外観内装共に、かなり新しく綺麗な所であった。
中々お高そうで普段ならそもそも選択肢にならなそうな宿だが、学院のコネのおかげで普通ぐらいのお値段となっている。
「この宿は入口にでっかい女神像みたいのがあるんだね。なんだっけ……、ティなんとか」
「ティアラだ、ユディ。慈愛や癒しを司る女神ティアラがこの辺りの主要信仰だからな。そうした影響じゃないかな」
「普段はリーズナブルな宿ばかりだもの。大理石の立派な像は合わないでしょうね」
宿の部屋も上品さを感じさせる綺麗な内装だ。
この宿に格安で泊まれるのだからありがたい事である。
きっと食事も美味しいに違いない、楽しみだなぁ。
「さーて、まずはお互いの報告といこうか。私達は職人を探しに東側の地区に行ってきた。そこで腕利きだと評判の奴らをスカウトしてきたぞ! さあ、褒めるのだ! さあ!」
「おお、もう見つけたんですか! すごいですねソト師匠。なでなでーっと」
師匠の褒め方って本当にこれでいいのかな、と思いつつ頭を撫でた。
「私も協力したんですよー、気の合う人達と仲良くなりました」
「アイスが……!? 人を斬らないどころか気が合って仲良くなった……!?」
「なんでそんなに驚くんですかー。カデュウ達とはすぐ仲良くなったじゃないですかー」
「そういえばそうだったね。……逆に言えば、アイスと気が合うぐらいだから僕らとも大丈夫そうって事かもね」
「ん。はやく撫でるのです。ん!」
「はいはい。よくがんばりましたーっと」
要求通りに黒い髪に触れて優しく撫でる。
アイスがこんなところで良い仕事をするとは予想外だった。
「私とユディはずっと店員だったから、客の噂話ぐらいね。帝位継承争いの話や、それに伴う派閥の情報。どうも水面下では次代の継承争いによってかなり険悪な状態みたい」
「ハーブティーカフェでそんな情報漏らしてる客も凄いね……」
「新しい店な上に露店だから、逆にそんなところで話すわけがない、っていう盲点狙いなんじゃない? 近場に信用できる店がなくて選択肢に入ったのか、身なりからして上流階級の奴らよ」
「私の方では馬大臣への愚痴が多かった。馬語なんてわかんねーよとか、臭いんだよとか」
「馬大臣実在してたんだ……。しかし予想以上に地位の高い人が客にいるみたいだね」
「政治関連の施設が近いのかもね」
「まあ、私らには全然関係ない情報でもあるけどな……」
しがない冒険者であり村を開拓しているだけのカデュウ達には、継承争いなど無縁の話なのだ。ついでに馬大臣も。
その意味では情報源として微妙な場所ではあった。
オシャレな雰囲気の店で職人の情報が出てくるとは思えないので、そこは仕方ない。
「俺は店の雑用で荷物運んで、合間に冒険者ギルドへ情報収集に行ってきた。どうも、近頃は街道の北側あたりで魔物が活発になっているらしい。俺らも襲われまくったろ、何かが起きてるのかもしれねえな」
「シュバイニーさん、ギルドの方で討伐の話などはあったんですか?」
「それが、街道北の奥の方は立ち入り禁止に指定されている地域らしい。悪魔公ラドゥっていうヴァンパイアロードが支配してて、手が出せんのだと」
「ああ。噂の引きこもりな魔王さんの配下……。強いのに手出しはしてこないから放置されてるんですね」
魔王曰く、領土の守護以外何もしなくなったというクソバカタレなヴァンパイアロード、だったか。
ヴァルバリアの北の奥ならば、その先はもう古の大森林と海しかない。
無視しておけば害はないのだから、わざわざ攻め込む必要もないのだ。
「そいつの支配領域自体はもっと奥の方なんだが、うっかり立ち入ると危ないから厳選された冒険者が調査に向かっているとか言ってたな」
魔王の配下ならば、魔王が活動している話をすれば協力してくれるかもしれない。
だが、魔王から聞いた話だけでもかなりの頑固者だと思えるし、恐らく魔王以外の言葉には耳もかさないのではなかろうか。
交渉失敗となった時のリスクが大きすぎるし、欲しいのはヴァンパイアではなくて職人だ。
「僕達は……。無事学院に入った、ぐらいかな」
「……カデュウが皇子をなぐりたおした、ぐらいかな」
「ちょっ……」
隠すつもりはなかったが特に言う必要もないかなーと思っていたら、イスマによって暴露されてしまった。
怒られそうだから隠しておこうなんて考えてないですよ、ほんと。
「何てことしてるの……、カデュウ」
「父さんと気が合いそうだね」
王殺しと一緒にされた。酷い。
「いやわざとじゃないし授業中のアクシデントと言いますかですね。学院長からもおとがめなしなのでセーフなんですセーフ」
「法的にセーフだとしても、皇子個人から恨まれるんじゃないのか? なぜそんな問題を起こしたんだ……」
「……カデュウが迫られて、皇子にキモって答えたら、恨まれた?」
「皇子に凄い暴言吐いたのね……、しかも殴り倒したなんて。でも迫られたというのは面白そう、そこをもっと詳しく……」
「そこは関係ないでしょ! ほんとキモかったのでやめてください」
まるで一人だけ問題起こした子みたいな扱いになって、いじられまくったのであった。
いやまあ、問題起こした子なんですけど……。




