表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/270

第134話 幻術講義

 無駄にイスマまで注目されてしまったが、厄介な実習の授業は終了した。

 今日の授業はこれで終わり、となるはずだったが呼び出しを受けているのでカデュウはイスマと共に学院長室へと向かう。


「君の適正を見せてもらった。高度な幻術を軽々と使いこなすとは驚いたよ」


 やっぱり皇子殴り倒したから怒られるのかなと思いきや、至って学院らしい話でほっとした。

 ……え、まって? 高度なの?

 先生からは初歩の初歩だ、と教わったのだけど。


「不思議そうな顔だな。そうか、他所の者だからだろうか。その辺りの話もおさらいしながら語るとしよう」


 一拍置いて、学院長は特別講義を開始した。


「知っているとは思うが、幻術は創生系統に属し、他系統とも絡み合う複雑な術だ」

「いえ、初耳ですけど」


 そういえばどの系統に属するか、先生は何も言っていなかった。

 詳しく説明される事もなく、言われるがままにカデュウは魔術を覚えていったのだ。


「……そうか。……何故複雑なのかと言うと、それは幻影で見せるものの属性に影響されるからだ。火ならば冷熱系統、人ならば生体系統、というように。高度な術になってくると、こうして他系統とも絡むものが出てくる。特に光闇系統は潜在的に必要だろうな」

「ああ。それで高度な術、と」

「そうだ。つまり幻術とは前提がまず高度なのだ。そしてそれを違和感なく動かすには、詳細なイメージと術の精密さが必要になる。これは実際に使う君にはわかるだろう」

「はい」


 魔術で何かの姿だけをうつし出しても、そのままでは動かない。

 だから、動くように工夫が必要なのであった。


 カデュウの場合、元々の術式が動的なものに対応した、いわば自動化された幻影を生み出す術だというのもあるが、そこへイメージによる補完も加えている。

 これによって本人が動いているかのように見せかけるのだ。


「あの炎の幻影も同じで、あれが幻影だと見抜けるものは少ない。生徒となるとどれだけいるか。当然、ユルギヌスであってもだ。恐らく彼は、君の事を優秀な炎の術者だとしか考えていなかったのであろうな」

「あのー。あの程度の幻影、魔術師には見抜かれて当然だって、教わったのですけど」


「君の師はよほど偏った教え方をしていたようだな。そこらの魔術師では見慣れぬ幻術には気付けぬであろう。……冒険者の魔術師のような、日常的に戦いの場へとおもむく者ならば、確かに注意深く見るのであろうが。幻術の使い手というのは少ない。戦う者であっても大抵の魔術師は攻撃的な魔術を好むからな」

「少ない、のですか?」


「幻術というのは、仕組みとしては高度なのだが、言ってしまえば影響が極めて少ない魔術でもある。攻撃魔術ならば相手を倒す、などわかりやすいが幻術はそうではない」

「……つまり、系統的にも適性者が少ない上に人気もない、と」

「そういう事だ。古代の伝承では世界を変えたとも言われるが、少なくとも一般的なレベルにおいては、見せかけだけのものでしかないのだから当然だな」


 直接敵を倒す手段を持ちたがるのは当然だ。

 仲間を信頼してサポートに徹する術を選ぶ者が少ないのはよくわかる。

 これが付与のような前衛の助けになる術であったり、回復の手段ならば仲間達にとっても助かるものであろうが、幻術はそうしたわかりやすいものではないので、役立たせ方が難しい。


 何しろ確証が持てないのだ。

 相手が惑わされているかどうか、仲間はおろか術者にもわからない信用できない魔術という認識をされても仕方がない。

 そのくせに高度であり適性者が少ない、つまり教えてくれる師匠自体が少ないとなれば、皆がわかりやすく学びやすい他の術を選ぶのは自然の流れだろう。


「私の知る限り、好んで幻術を用いるものはニザリーヤとフドぐらいだ」

「どこかで聞いたような覚えはあるのですが……」

「……本当に知らないようだな。暗殺教団ニザリーヤ。ゴール・ドーンの隣国であり大敵であるマルク帝国、そこに本拠地を構えるその名の通りの暗殺者集団だ。フド傭兵団はその教団の外に出て、こちらの大陸で活動する組織となる」

「……ああ、あの噂の」


 どうやら本家アサシンの方々のようだ。

 先生がその辺りの出身ではないか、という話を何度かされたのだが確かに繋がりがありそうであった。


「正直に言えば、君達がマルク帝国に依頼を受けたニザリーヤの密偵ではないかと疑ったが、どうやらそうではないようだな。カデュウは技術のみはニザリーヤに連なるものであるが、逆に密偵であれば中途半端だ。印象付ける為もっと派手にやるか、あるいはまったくそぶりを見せないか、というのが定番だ。そしてイスマイリはそのような様子はまったくない」

「すみません、何もかも昔教わった先生のせいです。何もかも」


 学院長は紛らわしい、とでも言いたげに目を細めてカデュウを向く。


「……他にも冒険者ギルドの資料や、薬や素材関連では国内随一となるクニドス商会の紹介状をあわせて考えれば、君達への疑いは晴れた。すまなかったな」

「いえ、そのような事を疑われたとすら思いませんでしたし」


 イスマが魔術を使えない事やルゼの方がバレないかどうか心配していたが、言及されないのでそちらは無事乗り切ったようだ。


「皇子らしき人に軽く接触をしてしまいましたが、そちらは何かマズい感じのものに問われないのでしょうか?」

「学院の実習時の怪我だ。その程度で罪にしていたら戦いの練習にもならん。逆に遠慮する者が多いので助かるぐらいだ。怪我をさせない程度に存分にやりなさい」


 無表情でそう答える学院長は、どうでも良いという風に話題を打ち切った。

 確かにまともな練習が出来ないのでは困るが、本当に殺す気の生徒がいたらまずいと思うのだけど、その辺りは大丈夫なのだろうか?


 ……魔術師だから魔術を使う前に気付くし、それが大きな魔術ならば尚更か。

 そして学院長など、危険であればすぐに止められる術者がそばについている。

 皇子のような身分の高い子弟を守る為、という面も強そうだ。

 ……お貴族様達は平民が事故で死のうが知ったこっちゃないだろうし。


「学院内では皇族であろうと庶民であろうと他国の者であろうと、同じ生徒だ。だが、学院外で守ってやる事は出来ないので、身分差には気をつけなさい。他所から来た者ではわからぬだろうが、領地同士が仲の悪い貴族なども在学している。深入りしない事をすすめる」


 商人出身であり冒険者でしかないカデュウにとって、複雑怪奇な貴族社会の仕組みなど上辺だけしか知らない事である。

 まして行った事のない他国の貴族のそれぞれの関係性などわかるはずもない。

 皇子がいるぐらいなのだし、こうした注意を受けるのだから、学院には貴族の子弟が多いのだと推測できる。


「さて、話を戻そう。君の系統の話だ。君には様々な系統の蓋が開かれている。だが、どれも多大な出力を必要とする術には向かない微弱さだ。だがその中で才を見せているのが創生系統、魔化系統、生体系統、だ。それに光闇系統が続く」


「非常に多岐に渡り伝承もほとんど残っていない創生系統だが、君の場合は幻術を教わっているのでそれを伸ばすべきだろう。残りの系統については学院ではタルシア先生の専門となる、彼女に教わり自身に適した魔術を学ぶといい」


「イスマイリ、君は召喚という事だが、『それら』に関して教えられる事は何もない。だが、生体系統への適性が高く、風土系統の才もあるようだ。こちらもタルシア先生の専門となる、カデュウと共に励むが良い。私からの話は以上だ、では退室したまえ」


 こうして、適性による振り分けが行われ、ひとまず学院初日が終了した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ