第130話 魔導学院の授業風景
魔導学院の中はどこも一流の家具や建材を用いて、魔術的な装飾が施されるという豪華な内装のようだ。
それは教室の中でも変わらず、見事なものであった。
ミルディアス様式で作られたその部屋は、半円状に長机が並べられ後の席からも見やすいように段差がつけられている。
「はい、本日の新入生お届けにあがりました~。後はよろしくね、タルシア先生」
教室まで案内したポエナはそう言い残して帰ってしまった。
どうしたものか迷ったが、とりあえず挨拶をしようと考える。
「私の隣へ。皆に挨拶を」
「あ、はい」
講壇に立つ教師、タルシア先生と呼ばれた人であろう。
魔術師にはとても見えない、ごつくて太めのその人物に従い、カデュウ達はその隣に立った。
その声は女性のようなのだが、どちらかというと男性的な体型と容姿だ。
カデュウを見て、というより新参者を見て、生徒達がひそひそと隣の者へ何かを呟く姿が目に付くが、こうした反応はどこでも同じなのかもしれない。
「今日から魔導学院に入学する事になりました、カデュウと申します。未熟者でありますが仲良くして頂けると嬉しいです」
「……イスマだよ。同じくよろよろ」
……イスマも無難な挨拶に終わってほっとする。
ぶち殺すぞゴミ共とか言い出さなくて何よりだ。
さすがにそこまでの発言をした事はないのだけども。
「愚かなる人間共、よろしくしてやるぞー」
――はい。イスマの抱える丸っこい鳥のような生き物が、見事にやってくれました。
鳥の姿をしたルゼがやばい事喋り出すから生徒達がドン引きしている。
見事なデビューであった、ダメな方向に。
「ちょっとやんちゃな鳥もいるけど、皆さん寛大な心で仲良くしてくださいね」
こんなのでフォローになるとは思えなかったが、まだ傷は浅いはずだ。
「それでは席へ。好きな位置で結構」
淡々とタルシアが進行していくのもありがたい。
そそくさと近場の空いている席にイスマを連れて座る。
「……ん、ああ。ここ空いてたか。新入生さんいらっしゃい。カデュー、さんだっけ」
選んだ席の隣に座る女の子が反応を示した。
小柄で大人しそうな外見だが、ややフランクな喋り方だ。
マントを羽織った服装が魔術師らしさを引き出している。
「お隣にお邪魔しますね。呼び方はご自由になさって構いませんよ」
「……もしかして、良いとこのお嬢様?」
「いえ、普通の庶民ですよ?」
「そなんだ、……意外。私はアレイナって名前ね。んー、わからない事があったら面倒じゃなければ答えるよ」
「御親切にありがとうございます、アレイナさん」
「私なんかより他の人に聞いた方がいいだろうけどね、私も入学して日が浅いし」
「準備が出来たら、注目。授業を開始する」
魔導学院最初の授業は魔術の基礎理論であった。
やや応用的な部分も含まれるが、基礎から始めるのも途中参加とはいえ新入生がいるからなのかもしれない。
「次、魔力の流れ。直進、維持、分岐、合流、逆流、など。魔力の操作が重要」
「次、魔力の元。大別して内か外か。内とは自身。外とはそれ以外、物、環境」
独特の喋り方だが、要点を語るわかりやすいものにカデュウは思えた。
初歩的なのだが、大切な基礎だ。
下手にそこらの魔術師に教わると、抽象的だったり精神的だったりして、やたら難解な教え方になったりするらしい。
先生によれば、世に魔術師が少ない一因もそうした師の側にあるという。
そうした余計なものを省き、理論的に教えていくのはさすが魔導学院の教師であった。
「……あの、タルシア先生。質問……させて頂きたい……のですが」
「質問は授業の後。次、魔力の構築。流れを操り必要な形に整える。その為の術式、詠唱。詠唱とは型、先人より継承された結晶。しかし如何に魔力を操るかは個々の感覚に委ねられる。感覚は自身で掴め、日々研鑽すべし」
質問の声を却下して、テキパキと進めていく。
声をあげた女の子がしゅんとしょげている。
魔力のあるなしのみならず、タルシアの言うような感覚が魔術師には必要だ。
感覚が捉えられず、魔力があるのに魔術師に向かないというタイプもいて、聖職者には向いていたり、精霊術には向いていたり、人それぞれ適性がある。
中には武器術や格闘技のような戦闘術に魔力を生かすという人もいるだろう。
もちろん、魔力があっても生かせない場合も少なくはないのだが。
「以上、授業を終える。質問があれば受け付ける、なければ休憩、後に実習室へ」
最初の授業が終了した。
さっそく、先程の質問したがっていた女の子がタルシアに聞きに行っている。
よく見れば生徒は大体マントを羽織っているようだ。学院の制服なのだろうか?
「カデュー、さんは質問に行かなくてもいいの?」
「あ、はい。……無理にさんをつけなくても大丈夫ですよ?」
「そうだね。ええと、じゃあカーデちゃん?」
……好きに呼んでいいとは言ったが、何故その呼び方になったのか問い詰めたい。
「ちゃんづけもしなくていいですよ……」
「やっぱりカーデさんの方がいいかな……お嬢様っぽいし」
「……ああ、呼びにくいのは名前の方でしたか」
「……ん」
イスマがカデュウの袖を引っ張ってアピールする。
そちらを振り向くと、イスマやカデュウの周囲に他の生徒が集まっていた。
……ルゼには授業が退屈だったのか寝ているようだが。
「カーデさん、ね。私達もそう呼びましょうか! 私はアリッサよ」
「ネリダです、よろしく。授業難しかったですね、タルシア先生は厳しい方ですから」
「こちらこそ、よろしくお願いします。興味深い授業でしたよ」
「どちらの家の方か存じ上げませんが、あの程度ついてこれないとこの先大変でしてよ? 貴方に出来まして?」
人が集まり目立った影響だろうか、あまり好意的ではなさそうなお嬢様っぽい人まで寄って来た。
「ご心配頂きありがとうございます。所用にて学院を離れる事が多いと思いますが、なんとかついていけるよう努力致しますね。ぜひ、仲良くして頂けると嬉しいです。よければお名前をお聞かせ願えますか?」
波風を立てず控えめに対応する。
実際、あまり通えないので生徒としては空気のようなものなのだ。
その辺りを伝えて、敵じゃないよとアピールの為に笑顔を向けた。
「んなっ……。ペッ……! ペタル・マンディスです、覚えておきなさい!」
あれ? お嬢様のご機嫌が余計に悪くなった。
ペタルと名乗り、その場を去って行く。
……何か対応を間違えたのだろうか?
「……美しいな。気に入った」
カデュウが考えている所に、別の方向から力強い声が響く。
人の群れが割れ、高貴な格好をした赤い髪の男性がカデュウに歩み寄ってきた。