第128話 預かりどらごん
「……気配とかツッコミどころはありますが、ベルベを預かるんですか?」
唐突に表れたルチアに驚きつつ、さらにその提案にも驚かされたが、すぐに状況を受け入れてカデュウは現実と向き合わなければならなかった。
向き合うのは、幻想となのかもしれないが。
「そう。貴方達はしばらくイルミディム辺りにいるのでしょう? もう一人の主であるイスマイリとも過ごした方が安定するだろうから」
「安定、しないとどうなるんですか?」
「うっかり毒を撒き散らしたり、ちょっと痛みが出て毒を吐いて暴れたりするかも?」
「大惨事じゃないですか!?」
さすがに死の間際の呪いではないのだから、何百年も汚染し続ける毒とまではいかないかもしれないが、猛毒を持つ毒竜なのだ。
そんなものを撒き散らされては大変な事になる。
「やっぱり996年の熟成期間が長かったかしら? 思ったよりも不安定だったわね。2人がかりで組み合わせた奇跡っていう面もあると思うけど、原種だからかもしれないし」
説明する気もないのだろう、それらしい理由をルチアは淡々と並べていく。
「私もちょっと知り合いに会いに行ったり、他の用事があってね。ベルちゃんと別行動する事も多くなりそうだから、寂しがらせちゃ悪いでしょう?」
「そしてだなー。ルチアと旅してると自然だらけで落ち着くが、我もせっかくだし人間の暮らしも見てみたいのだ、魔王様のようにな!」
元気一杯な幼女のように、バンザーイと両手を伸ばすベルベ・ボルゼ。
「確認ですが、イスマの近くにいるなら、毒を漏らしたりはしないって事でしょうか?」
「私のそばにはしばらくいたから、私の力の分は安定しているわ。それに慣れぬ地での行使によって力が不足していたのはイスマイリの側だから、そこを補えばお漏らしは止むでしょう」
「……お漏らしどらごん」
なんだか情けない呼ばれ方であった。
「うーん、なるほど。……そうだ、イスマの使い魔って事にしたら、入学しやすくならないかな?」
毒の問題が解決するのならば、シュバイニーよりはよほど召喚物らしい存在だ。
竜を従えているというだけで、大きかろうが小さかろうが一目は置かれるだろうが、イスマの言動も相まって不思議ちゃんぐらいの距離感が予想される。
それに竜の召喚上の都合で休むとか旅にでるとか、それなりの理由も付けられるだろうと雑な思惑もあった。
しょっぱなからさぼる策を考えまくるとんでもない学生ではあるが、金に釣られて入学しただけなので気にしてはいけない。
「なるほどな。でも人間形態以外が、あの巨大な毒竜の姿じゃまずいんじゃないか?」
「というか人の姿が本来の我の姿なのだがな。竜の姿でも小さくなれるぞー」
「人の方が真の姿なんだ? ……竜なのに?」
「ふふーん。我は原種だからな!」
「原種? って何なの?」
先程ルチアも言っていた謎の単語にカデュウは首を傾げた。
「知らんのか? 神が生み出した種の原型を保持するもの、それが原種。我は毒竜の原種であるから人の姿なのだ」
「よくわからないけど……、最初の毒竜は人の姿なの?」
「まー、そういう事だ。人とは毒多きものであるからな」
えっへん、と謎に胸を張るベルベ・ボルゼ。
なんとなくわかるような、わからないような。
「ちなみにあの森に住んでいる豊穣竜の原種は虹蛇っていう神話時代の生物ね」
「へぇ~……。なんだか突飛な話になりましたけど。とりあえず、その人の姿よりも小さくなれる?」
「とーぉ。……こんな感じか? 小さいとあまり力は使えんがなー」
「おお、かわいい」
小型犬ぐらいのサイズの竜へと変化したベルベ・ボルゼはくるりと一回転を決めた。
腕で抱えて持ち運べそうな大きさだ。
思わずカデュウも笑みがこぼれるかわいさ。
「これなら、ペットみたいな感じだし警戒はされないんじゃないか?」
「うん、いいね。実にラブリー」
ソトやユディからも高評価、かわいいは正義なのだ。
毒吐くけども、液体で。
「人間形態でも可愛いし、受け入れてもらえそうだね」
「うちの空気にあってる見た目ね、カデュウやイスマとの組み合わせも良さそう」
「……意外とふさふさ」
毒竜の時に見た体毛は小さくなっても生えていた。
おかげで太めの鳥みたいに見えなくもない。
「竜っていうか、鳥だな」
ぼそりと漏らす、ソト師匠。
やはり同じ感想だったらしい。
「しかし、学院に連れて行くなら呼び方はしっかり考えないとな。ベルベ・ボルゼって名前から勘繰られて余計な厄介事を招く可能性もある」
「そうね。例え鳥に見えようとも、人の姿であったとしても、聞かれれば紹介が必要になる。その時に魔元帥の名ではね」
ソトの懸念にクロスも同意する。
確かにそのままの名前であったり、すぐ連想させる名前は避けた方が良さそうだ。
……少し考え、カデュウはベルベ・ボルゼの顔を見ながら案を出した。
「……じゃあ、後ろの2字をとって『ルゼ』ならどうかな?」
「おお、かわいらしい感じに。グッドセンスだね、カデュウ」
「2文字で覚えやすいですしね! 舌を噛み切りそうな名前はポイです!」
「おー、いいんじゃないか? 元の名前と繋げるには手掛かりにならなすぎるし」
仲間達からは好評だ。
後は本人の意思次第となるが、ベルベ・ボルゼは見るからに喜んでいた。
「我の名の一部だし、大歓迎だぞ! しばらくよろしくな、人間共!」
「とりあえずその人間共とかいうのはやめなさい」
常識的な部分はやはり色々と問題があるようだ……。