第125話 結界都市ヴァルバリア
少々手間取ったが帝都ヴァルバリアの中に入る事が出来たカデュウ達は、早速魔導学院へと向かった。
もちろん道などわからないので街の人々に聞き込みをしながら進んでいく。
帝都というだけあって、広大なこの都市は街の構造からしてきっちり規則性のある計画によって建てられているようだ。
同じような通りと街並みが続くので、はじめてくるカデュウらにとっては迷いやすい構造であった。
遥か昔の建物と新しい建物とが混ざる、意外と混雑しているこの都市は、大陸最大級の都市でもあり、闘技場や競馬場などの大規模娯楽施設もあるという。
魔術大国というイメージが強いのだが、魔術は限られた才ある人にしか使えないものだ。
だからこそ歴代の王達が工夫を重ね、大国に相応しい文化もまた手に入れていた。
魔術大国というだけあって、どことなく街も落ち着いた雰囲気を保っている。
上品な優雅さよりも、知的な印象を感じさせる都市だが、当然人は多く静かとは言い難い。
「ふうむ。魔術大国の帝都という割に魔術的な仕組みはパッと見た感じ少ないな」
「今までの街もゴール・ドーンの領土でしたけど、基本的には大陸の他の都市とさほど違いはありませんでした。ですが――」
馬車から外を眺めるソトに、クロスが座りながらに答えた。
「お父様の話では、局所的に集中してそうしたものは作られているそうです。都市が巨大過ぎて、全体に恩恵を広げるのが難しいというのもあるでしょう。王侯貴族や教会、魔術師といった上流階級がその恩恵に与れる、と」
「魔術師を優遇するなんて素晴らしいじゃないか! ふふん、私も貴族待遇か」
「いえ……、さすがに民でもない流れ者では無理でしょう。そもそもソトさんは魔力が無いので特殊過ぎるというか……」
「差別! ホビック差別か!」
「実際差別されているそうです、ソトさんには居心地の良くない都市でしょうね」
魔術国家なのだから、魔術が使えないとされる種族は当然のように差別対象となるようだ。
でもソト師匠が魔術が使えると判明した場合はどういう反応になるのだろうか?
……差別意識が根付いているなら大差はなさそうだが。
「教会も優遇されるんだね」
「ええ。でもここは大陸の多くの国と違って、国教が慈愛と癒しを司るティアラ教なの」
「他の国は大抵ゼナー教だから、新鮮だね」
正式にはジオール教ゼナー派、ティアラ派、などと言うのだが一般的にはゼナー教と呼ばれている。
ゼナー教は厳しい戒律なのだが、ティアラ教は慈愛の神だけあって寛容らしい。
「しっかし、広いとこだね。魔導学院ってまだまだ先なのかな、それらしき建物は見えないけど」
「さっき聞いた話だと馬車なら1時間程度らしいよ。もうちょっとじゃないかな。おや、広い空間に――」
その場所は一見すると広大な、建物が一つもない舗装路だけの空き地だが、その中央には、――ありえない程の巨大な穴が地面にあけられていた。
――逆さの塔。
その名の通り、逆さに作られた大地を抉る捻れた塔がそこにはあった。
「なんですか、これ。すっごい穴の建物ですよ」
「……濃厚な魔の気配、……ここがカデュウの目的地?」
「多分、そうだね」
少々歯切れ悪くイスマに答えたカデュウだが、間違いなくここだろうな、という確信もあった。
特徴的過ぎて、ここ以外だったら逆に驚く。
「おや、そこに佇む馬車の若き少女達は、交易品の件でこちらに来たのかな」
背丈も胸も大きめな女性がカデュウ達の方に近づく。
眼鏡の似合う優し気な面立ちの妙齢の女性だ。
……若き少女ではないカデュウとシュバイニーもいるのだが、流しておく。
「あ、はい。学院の方でしょうか」
「そうだね。ささ、こちらへどうぞ、ご案内致しましょうか」
そう言って女性は背を向けて後ろに歩き出す。
逆さの塔に目を取られてしまったが、どうやらその周囲の建物も学院の施設だったようだ。
カデュウ達が最初に入って来た通路側にある、素材管理棟と書かれた建物へと案内される。
入口に『交易品などで御用の方はこちらへ』と書かれている紙が貼られていた。
……入った位置からは死角になっていて気付かなかったようだ。
「結構な人が気付かず過ぎて行っちゃうんだ、ここ。ちょっとわかりにくよね。ああ、馬車はその辺に停めといていいから」
「はい、わかりました」
「準備出来たら素材持って中に来て。私も準備して待ってるから」
テキパキとした指示が飛んでくる。
「はいはい。これが持ち込まれたブツね。どーれどれ」
眼鏡の女性は木箱を開けながら目を輝かせた。
「……うわ、凄いねーこれ。こりゃあうちに持ち込まれるわけだ。よくこんな極上の品々を手に入れたもんだよ。薬草類の品質良いねー。毒草毒きのこもあるとは驚くよ、あまり商人さんには持ち込まれないんだよね。……こっちの皮革ははじめて見るね、ふーんふん。魔力反応もある素材か、研究棟送りだねこりゃ。この箱は魔物素材が色々だね、反応によるとサイクロプスの骨と皮革か。こっちはレヒアリザードマンの鱗、っと。この箱は、その辺の近所の魔物かな。来るまでに結構襲われたようだね」
素材ごとに様々なやり方で、次々に査定を行っていく。
はじめてという素材でもその扱いは慎重かつ丁寧に、そしてスピーディ。
物凄く慣れた手つきに、驚くばかりだ。
「料理店じゃないからトリュフの加工品や、この辺の魔術的には使わない香草は引き取れないかな。書類出すから他所へ持っていくと良い。でも、ドッグローズの実は個人的にハーブティー用に一部買ってあげよう。ローズヒップティー好きなんだ」
ローズヒップティーは特に女性に人気のハーブティーだ。
バラの実から採れるもので、バラのように赤色のティーとなる。
「さて、査定金額はこんなところだ」
「金貨217枚と銀貨20枚……」
魔物の素材などカデュウにとっても相場のわからない品も少なくないのだが、リストを見ると希少素材が高く評価されているようだ。
逆に、はじめて見ると言っていた魔王鹿の皮革は値段が付けられていない。
「これの値段が付いていないのはどういう事でしょう?」
「こいつははじめて見る素材だからね、相場自体がないから別途交渉と行こうか。とりあえず他のはそれでいいかい?」
「……はい。十分高く評価されているようです」
「では、交渉だ。君達は魔術を使えるかい?」
「え? ……はい、僕は使えます、けど」
よしよし。と眼鏡の女性は力強く頷いた。
「よろしい。年齢も丁度良さげで資格十分。では、君が学院へ入学してくれたら、この素材を金貨100枚で買ってあげよう、どうかな?」
「……入学!?」