第124話 門番は大切なお仕事です
「何事もないのが当たり前、そんな風に考えていた時期が僕にもありました。はい」
3日の旅程を終えて目的地へ到着するまでに、昼夜問わず7度の襲撃を受けたカデュウ達は、旅の危険さをやたら短期集中で味わう羽目になった。
対処できない魔物ではないのだが、数は多かったし、回数がこうも多いと疲弊しようというものだ。
「……ねむい」
「イスマは寝ててもいいけど、どうせなら宿まで我慢しとけ。ベッドが待ってるぞ」
「……がんばる、ふかふか」
目をごしごししながら、イスマが睡魔に抗っている。
戦闘で特にイスマに出番はないのだけど、どうしても物音で起こされてしまうのだ。
そんな苦労もあったが、ゴール・ドーンの帝都、ヴァルバリアに到着した。
他の都市とは一線を画す、あまりにも特異なこの街は、何も魔導学院の存在だけではない。
――結界都市ヴァルバリア。
都市全体を覆う巨大な結界こそがこの都市で最も有名な特徴であろう。
大陸に難攻不落の地は数あれど、中でも群を抜いて無敵とされるのがヴァルバリア。
アーノス海峡と呼ばれるクラデルフィア大陸とカヌスア大陸を分ける海の境界、その海岸沿いに建てられた海に囲まれるこの都市は幾度となく他国の軍勢を撃退したという。
古の情緒漂う、見事な巨大都市なのだが……。
「まだ入れんのか……」
守りの堅い都市だけあって、入り口の審査が厳重なのだ。
こうした厳しい審査があるのも、隣国であるマルク帝国と臨戦態勢にある事が影響していた。
大陸側の街にとってはヴァルバリアは大陸の端、陸路では交易上不便な位置で、昔から海上交易の都市として発展してきた歴史がある。
つまり、陸路には期待しておらず、交易の利便性よりも防諜の方を取っているわけだ。
「大きな街の割に、入り口が小さいんですねー」
遠方を眺めるようにして目の上に手の平を置き、アイスが馬車の中でぴょこぴょこ足を遊ばせている。
「大きな街の割に、こっち側から来てる旅人は少ないんだけどなぁ。あの魔物達のせいもありそうだ。それでも詰まるって、入城審査のシステムがおかしいぞ」
「ずっと昔から結界都市なんですよね? まさか昔からこんな行列が?」
「それこそ古代グローディアと同じぐらい古いイルミリアって王国がこの結界都市を建てたらしいが、いくらなんでもこんな出入りが億劫だったら不便過ぎるだろ」
「昔からこの状態だったらそういう情報が飛び交っているはずだからそれは無いと思う。お父様も過去に訪問したと言っていたけど、こんな惨状なら愚痴の一つも出ていただろうし」
「はい、次。……まだガキじゃないか。大人はお前だけか」
「へい、そうでございますよっと」
大人であるシュバイニーを代表者と思ったのであろう、そちらに横柄な態度で接する門番は、控えめに言ってもこの行列の原因にしか思えなかった。
「ここへ来た目的はなんだ? ガキ共の娼婦じゃないだろうな? あるいはマルクの密偵か?」
ハナから疑ってかかってくる上に、権力側の悪い癖を発揮して反撃のない煽りを満喫しているのだろう。
その表情からは優位に立つ者の驕りばかりが見て取れる。
こうしたチェックをする門番は何人かいるのだが、はずれを掴まされた感じがプンプンしてきた。
「俺はただの御者ですぜ。話は、こいつに聞いて下さいや」
「ここには交易で参りました。魔導学院でなければ買い取って貰えないと言われまして、……荷をあらためますか?」
「……お、おう。……と、当然だ。職務上の都合で見せてもらうぞ!」
馬車に乗っていた皆を降ろして、門番がずかずかと乗ってくる。
高い物だと理解はしているのだろう、この手合いにしては乱暴な乗り方ではなかった。
「こちらが皮革、こちらが各種ハーブや薬草類、また貴族の方が好みそうな磁器も用意してあります」
「そうか。……うん、まあ、あれだ。不審なものはないようだな」
よくわかりもしないのだろう、生返事でわかっている風を装う。
貴族、という言葉を聞いた途端に荷箱に対する扱いが露骨に丁寧変わった。
門番も危険物を探すのが仕事であって、商品知識など無くても何も恥ずかしくはないのだが、その仕草が人となりを知らせていた。
前向きに、壊したら自身に損害賠償が降りかかる、という事ぐらいは理解出来ている事を喜ぶべきだろうか。
「……ちっ、礼金も出さんとは。こいつらはハズレだな、……もう少し大人なら」
ぶつぶつ聞こえないように小声で言ってるつもりなのかもしれないが、丸聞こえの声量であった。
ハズレにハズレ扱いされてしまったが、お互い望む相手ではなかったという事だけは間違いない。
「よし、さっさと中に入れ。次! 早く来い!」
賄賂の類が貰えないという事だけが理由ではあるまいが、ねちねち絡まれるまではいかずに中に入る許可が出たのは喜ばしい。
「カデュウ、この人――」
「アイス、良い子だから喋らないでね。後でお菓子買ってあげるから」
「わーい、お菓子お菓子」
ふぅ。危険物が危ない発言をする前に防ぐ事が出来た。
相手の目の前で斬っていい? とか、そういう事を聞かないでいただきたい。
しかしアイスだけでなく、みんな先程の門番に怒りを覚えている気配。
馬車に乗って離れた時点でもうボロクソに言われていた。
「門番風情が権力者気取りとは……職務権限を自分の力と錯覚してる類のようね」
「クロス、静かに怒ってたもんね。私ならバレないように消せるけど、カデュウはそんな無駄な事は好まないよね?」
「うん、得にならないからね。……ユディも他人の好みをよく見てるんだね」
「気になる人だけね」
なんだか恥ずかしい事言われた気がする。
まあ、理解が深まるのは良い事だ。
「……下賤の者がジュースもよこさないとは、ふぁっきん」
……わけのわからない理不尽な怒りを抱いている子もいるようだが。
「ま、ああいうつまらん輩はどこにでもいるんだ、残念ながらな。こっち側でうまく流してやるしかないだろ」
「海に流すんです? なるほど証拠も残りません、まっぷたつにしておけば完璧です」
「殺意全開じゃねーか。気にしないで相手せずにやり過ごせって事だよ。やるにしても効果的な時と場合ってのがあるからな、そこを誤るとカデュウが苦労するんだぜ?」
「むー、よくわからないです。そういうのはカデュウに丸投げです、依存万歳です」
にっこりと、アイスがとても清々しい笑顔を向けてくる。
なんと答えるべきかわからないので、とりあえず頭を撫でておいた。
シュバイニーは呆れたという目付きでアイスを見て、頭を抱え溜息を漏らす。
「しかし、取ったばかりでまだ血が乾いていなかった魔物の素材には気付かないし、無駄に時間かかるだけで役目果たせてないんじゃないかなぁ……」




