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第122話 闇の組織の裏の顔

「じ、人身売買……ですか?」


 真っ黒な響きの商売の話がいきなり持ち込まれ、ドン引きしたところで交渉は始まった。

 交易商人でもありますけど、その商品は扱ってないのです……。


「正確に言えば、孤児養育院。親を失った身寄りのない孤児達を引き取り、育てる為の機関だ。その子供を引き取りたいという者がいれば、育てた結果に対し相応の養育費を払ってもらうので人身売買という事になるがね」

「あの、普通そういうのって建前を前面に押し出すものでは……」


 思ったよりまともな請求の話であった。

 確かに悪く言えば人身売買かもしれないが、奴隷売買とは大きく異なるものだ。



「我々が今更取り繕っても仕方あるまいし、誠実さのアピールとした方が利になるだろう」

「まぁ……大陸最大の闇の組織ですしね。でも意外です、孤児院まで運営しているとは思いませんでした」


「古い話だが、我らは古の時代の裏の互助組織に端を発する。その中の一つに孤児の保護があった。……もっとも、慈善団体ではないので養育費は引き取り手か孤児本人に払ってもらうがね」


 孤児院運営は教会や一部の国や都市でも行っているが、とてもそれだけでは足りないと聞く。

 裏社会側も組織の為にならないような安易な犯罪が多発するのは困るので、孤児の管理を行うのだろう。


 裏の組織といえど人が生きる場所、人数が増えれば食い扶持を維持する為に勢力拡大を狙わざるを得ない。

 そうして裏社会の抗争が勃発する事も多々あると聞く。

 規模が大きくなったり、住民に害が及ぶようになれば国や冒険者ギルドの治安回復活動がはじまってしまう。


 裏側の人間も決して好き勝手に出来るわけではない、と先生が言っていた。

 好き勝手に出来るのは我々だ、と付け加えるのが実に先生らしいのだが。


 しかし、エドの語った内容からすると孤児を助けるのには歴史的経緯があるようだ。

 “血の盟約会”設立に関わるような過去の盟約の話なのかもしれない。


「それ、引き取り手がいなかったらどうなるんですか?」

「そのまま組織や暮らしていた街で働いて返す事になる。また、引き取り手の審査も厳しく行っているので、奴隷売買のように誰にでも売るというずさんな取引でもない。孤児本人にも選択権を与え意思を尊重している」


 話を聞いた限りでは、とても真っ当な孤児院だ。

 審査というのがどの程度なのかはわからないが、そこらのダメな親元よりは余程良い環境に聞こえる。


「ただ、孤児養育院が不足していてな。君達の開拓地に置かせて欲しいのだよ。無論、建築に関してはこちら側で人員も資材も手配するので心配しなくていい」

「……大森林の奥地なんて、不便な所でいいんですか?」


「フェアに言っておくと、訳ありの孤児を養う場所に苦慮している。既存の土地では差別や偏見もあって健全な環境とは言い難いし、孤児同士の中でもそうした例があった。むしろ開拓地で生活した方が住人の役に立ち、受け入れやすい土壌が出来るだろう。いつだって出来上がった土壌では先駆者が幅をきかせ自己の都合を唱えるものだ。君達が開拓をする事も、その手のくだらないしがらみの影響を受けない為、という面もあろう?」


「えっ。……あ、いや。……そう、ですね。……うん、その通りです」


 最大の理由はどこぞの魔王様が『暇だから作ってくれない?』とかおっしゃられたせいなのだが。

 しかし、カデュウ自身でも確かに指摘通りの意図はあった。

 エドの言う通り、既にある街の、既にあるルールの中では、面倒臭いのだ。

 例えば、この孤児院の件一つとっても、あちこちに伺わないといけないだろう。


 しかし決定者が少数かつ親しい人ならば、話は早い。

 はじまりの苦労はあったとしても、それも楽しめるのだから問題はない。


 何故開拓をはじめたのか。それは極論すれば楽しそうだから、という事になる。

 つまらないしがらみを無視して、気の合う人達と暮らし、好きなように生きる為。

 こう考えるに至ったのも、クロスと先生のおかげだ。


「情報では君達も差別主義者ではなく、クリーチャー傭兵団はそうした訳ありの者達を積極的に受け入れてきた経歴がある」


 しかし、なんだか断ったら悪い奴になりそうな話の流れになってきた。

 最初から断るという選択肢は手打ちにしてもらう関係で無いのだが、思った以上にまともな条件だ。


「そして。我々は、『商人』ではない。速やかなる決断を望んでいる」


 『商人』、という言葉。その意味は恐らく、利を求めての交渉は望まないというメッセージ。 すでに好条件を出している強大な組織に対し、うかつに条件を引き上げようとすれば、その時点で決裂するかもしれない。

 そのまま二つ返事で承認するのが、最も無難で安全な対応だろう。


 しかし問題はある。

 まだ隠しておきたい部分の多い開拓地の情報が多かれ少なかれ流出してしまう事だ。

 他にも、案をそのまま受けるには不安な部分が……。


「2つほど、条件を加えさせて頂けませんか。まず、我々の情報を、我々自身が広めるまでは漏らさないで欲しいという事」

「……ほう」


「そして、孤児の受け入れについて。孤児院だけを優先的に作る契約で、特別扱いをした場合、現地住民が異質な物として受け止めはしないでしょうか」


 孤児の受け入れ自体は構わないと考えていたカデュウだが、この点が気になっていた。

 住人がサバイバルな生活をしている中で、契約だから孤児だからと優遇されるような光景は良い結果に繋がらないのではないだろうか、と。


「自分達の建物よりも先に孤児院が優先されるのか? という意識は多かれ少なかれお互いに良くない環境を作るかもしれません。孤児達自身も間違った価値観を覚えるかもしれません。良かったら開拓地の建築も手伝って頂けると……円滑に孤児院も運営出来るのではと思うのですが……どうでしょう」


「ふむ、……利ではなく、道理か。君の案は聞くべき点がある。確かに、住人よりも恵まれた環境にあっては孤児の養育に悪い影響があるだろう。私もなるべく配慮はしていたが、まだまだ上の立場の傲慢が抜けていなかったようだ」


 小さく笑みを見せるエドだが、その笑みも少々怖い。

 横で静かに座っているだけのビクトルに至ってはそもそも顔が怖い。

 裏の人間になると怖い雰囲気の能力でも付与されるのであろうか。


「ところで……、力づくに強制させる事など容易だったと思うのですが。そうした手段はとらないのですか?」

「我々は、盟約の護り手だ。裏の秩序を管理するものであって、世界を我が物にしようとする悪の結社ではない。話が通じる者にはフェアな取引を提案するさ」


 興味本位で聞いてみたのだが、やはり大物程そうしたところは筋を通すのかもしれない。


「では、話はついたな。――〈盟約の護り手たる我ら、“血の盟約会(クローズドワード)”が定め約す。“盟主”の名において“血の盟約”を締結せん〉」


 突然、始まる詠唱。少し驚くが、恐らくこれは契約の術。

 そのまま、静かに見守る。


「【盟約の秘匿書クローズ・シクスブック】」


 輝きと共に、宙に文字が記され浮かんだ。

 次々に次々に、見えないペンを走らせるように。

 ――ほんのわずかな痛み。

 血が。カデュウの血が宙の書類へと向かい、血判書を現した。


「“血の盟約会”ではこれが正式な盟約となる。紙よりも確かだ」


 エドがそう言うと同時に、宙の文字がエドの元へと吸われていく。

 なんとも変わった術だ。

 そして、この盟約を破る者は血白者が処罰を執行するという、おっかない代物でもある。

 破ったら死ぬ、という呪いの誓約ではないのは、過去からの伝統や行使のコストなども理由だろうが、恐らくは融通の利かなさを配慮してのものだろう。

 術任せではやむを得ない事情があっても処罰が執行されてしまうので、あえて人の手で最後の確認をしているのかなと推測する。


「時間を使わせたな。我々はこれで消える、後は好きにくつろいでくれ。この後、飲み食いをしても会計は心配しなくていい」

「ま、他の仲間でも呼んで飯食わせたれ。儂らからのサービスじゃけぇ」


「あ、ありがとうございます! 遠慮なくパスタをいただきます!」

「にゃんと、おごりとな。これは食べるしかないね」

「……おかし、おかし、ジュース、おかし」

「私が呼びにいくしかないのね……。欲張った子達だこと……」


 クロスが呆れた溜息をついていたが、パスタなのだから仕方ない。

 思わぬおごりに、夕食まで居座り続ける作戦を敢行せざるを得ないのだ。




 喧騒の店内を出て静けさを取り戻したエドは、後に付くビクトルに顔を向けぬまま語りだした。


「我々を知って尚、卑屈にならず、感情的ならず、頭は切れ、言うべき事だけは言う。若いが見事な指導者だ、考えていたよりも遥かに」

「いやー、あんなにおもろい子だとは。儂もびっくりですわ」


 楽しげな表情を見せるビクトルも、エドと同様にその評価を高くつける。


「辺境の開拓者などにしておくには惜しい人材だな。……そうか、そういう事か」

「どういう事ですかい?」


「“幻想”が何故、今更エルフの森に固執したか、ようやく合点がいった」

「キルシュアート族のデブな長老が儂らと組んでも、何一つ文句言わんかったあの“幻想”がですかい」


 エドを同じく“黒檀の晩餐会”のメンバー、“幻想”。

 およそ俗世の事柄に興味を示さないかの女性が執着を見せるモノは決まって――。


「……おとぎ話か。……まあいい、推論に過ぎん。そして、我らはただ盟約を護るだけだ。どうなるか、見てみようじゃないか」

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