第100話 これなるは、伝説を覆すための物語 3
再び、指示された位置に着き、集中をする。
視界が変わる、移り行く、古の昔、伝説の瞬間へと。
いまだ健在なる魔王城、数多の魔物と冒険者達、そして英雄達と、毒竜。
通常の毒竜は多数の頭を持つと言われているが、ベルベ・ボルゼの頭は1つ。
名称こそ同じだが、別の種なのかもしれない。
液体が放たれた。ベルベ・ボルゼの毒液。
極めて強力な、死に至る猛毒。
「うわ、危な……」
避けなければ、と思った瞬間には、すでに軽々と躱していた。
「身体の速度が違う。これが、大地の記憶で再現されたという英雄の力……?」
普段とは比較にならない動きやすさ。
動体視力までがとても精密になっている。
「私でも、その怨念の原因はわからない。戦いの中でそれを見つけ解消しなさい」
頭の中に声が響く。ルチアの声。
まずは、戦ってみなければ何もわからないのだろう。
「……? ……これは?」
気が付けばカデュウの手には1本の剣が握られていた。
不思議な感覚だ、はじめてのはずなのにいつか見た事がある、その剣の名は。
クイン・カシュナルト。英雄ランチノイドの魔剣である。
魔剣をふるう。
ただの一振りが、ただの二振りに変わり、魔竜を切り刻む。
単純だが強力な魔剣、それを英雄の記憶の技のままに振るう。
ありえないような極技、馴染むようにその英雄の技を振るう。
「凄い……。この速さと精密さ、この剣の切れ味もあるけど。どういう風に、どういうタイミングで、どういう速さで斬ればいいのか、全て頭に、いや、身体が知っている」
力自体ももちろんあるが、それよりも圧倒的に技量が優れている。
剣など通さない硬い竜の皮も、あらゆるものを弾くという竜毛も、いとも簡単に切り裂く。
「知らないのに、僕は知っている。これが英雄の記憶……っ」
しかし、その傷はすぐに修復された。
毒竜がもつ驚異的な再生能力。
別の多頭の毒竜は頭を切り落としても再び生えてくるという伝説も残されている。
他の仲間達を見れば、やはり戸惑っている。
無理もない事だ、自分の身体なのに別人のように動けるのだから。
「なんで私が槍なのよ、しかも妙に身体は動くし、変な感覚ね」
同じようにクロスもまた、混乱しながらも英雄の記憶の力を引き出していた。
その手に持つは英雄スロートの槍、ドライ。
古代ミルディアス帝国最初期の作、伝説の付与魔術師リデムによる至高の槍。
使った事がないと言いながら、見事な動きで敵を突き刺し、攻撃を受け流している。
だが、槍では相性の悪い敵のようだ。少し突き刺したところですぐに再生してしまう。
「私なんかでっかいハンマーなんだけど。はじめてのはずなのに使いやすい不思議」
ユディが構えたその武器は英雄ガバチョの戦槌、マンチキン。
凶悪無比な破壊力で、立ち塞がる全てを叩き壊してきたウォーハンマー。
伝承によれば、とある迷宮にて、ガバチョはその戦槌を振るって壁ごと破壊して突破したと残されている。
「こんなの軽々振り回してるのがすっごい不思議感覚、新感覚」
毒竜の尾が振るわれるが、それをユディが戦槌で叩き返す。
尾がちぎれて飛び散るが、それもすぐに再生した。
「ふふーん。大きさこそ違うけど、いつものやつです。超名刀です」
異国の剣士ヤマトゥーの剣、マルコギツネ。
ヤマトゥーは複数の名剣を所持していた英雄だ。
腰に差すもう1本の剣、マルコガラスも伝説上の剣として記録に残っていた。
これらヤマトゥーのコレクションはコトーブレード呼ばれ、いまでは大陸各地に散らばっているのだが、戦いにおいてはこの剣を最も使用していたとされる。
「今回の主役はヤマトゥーの役となるアイスだ、頼んだよ」
「まっかまかです!」
静かに構えるアイスに毒竜の爪が叩きつけられる。
微動だにしないまま、鋭く振るわれた剣で、それを弾き返す。
何度も何度も振るわれる爪を悉く弾き返し、振るわれた尻尾の叩きつけを華麗に跳躍して躱す。
そこまでの動きはお見通しだったのか、空で身動きの出来ないアイスに毒のブレスが吹きつけられた。
「……こうか!」
下から剣圧を飛ばし、カデュウがそのブレスを打ち消した。
英雄の記憶無くしてはとても使えないものだ。
「槍なんかよくわからないんだけど!」
よくわからないと言いつつ、精妙な槍捌きで毒竜を突き刺す。
防ごうとする腕の動きをかいくぐり、3連の突きを見舞った。
「ルルル……」
その傷もすぐに癒える。
信じられないぐらいの回復力。
――これが伝説の毒竜か。
「そーれ、よっと」
ユディがウォーハンマーで狙った先は、竜の頭部。
口を目掛けてハンマーを振るうが、毒竜はそれを首だけで器用に躱し、逆に噛みつきに行く。
「――【風土の二重壁】」
が、それはクロスが防ぐ。
精霊術の風と土の加護で勢いを逸らし壁で防いだのだ。
「精霊術って変な感じ。それだけじゃなくて、魔術も、導聖術も使えるみたいだし。万能っぷりが、さすが英雄って感じね」
「ありがと、クロス。でっかい癖に素早いね、こいつ」
ユディが着地し、再び武器を構える。
カデュウも含め英雄の力を試しながら、という面もあるが、どうも振り回されている印象だ。
いつもと違う事が出来るのが面白い、という気持ちもあるだろう。
「みんなバラバラで戦ってるね……。よし、僕がフォローに回るよ」
的確なタイミングで的確な働きをする事で、全体の連携を整えるのだ。
特にこの英雄ランチノイドの記憶は、カデュウ自身の動き方とよく似ている。
先生に教わった技術体系とかなり似通っているので、普段の動き方をすればより効果的だと考えたのだ。
これが恐らく、巷でいうランチノイド流という剣術流派なのだろう。
英雄の名を冠したこの流派は、主要な剣術として今にも伝わっている。
その特徴は二刀流――ダブルブレードと、もう一つ。
必要な時、必要なタイミングで、必要な力をこめるという教えにあった。
まさに、この英雄の記憶による動き方と一致する。
「……! 危ない!」
竜の身体から毒液が湧き出て、宙を舞い、雨のように降り注ぐ。
小さくしかし高速で打ち出される圧縮された高濃度のブレスと共に。
それら全てが猛毒、そして全てが致命傷。
それは数多の英雄を死に至らしめた、神代の毒であった。




