第97話 魔村長の食料管理
ゆるゆるな傭兵達と、規律にうるさい兵士達で揉めないように、事前に色々と協議しお互いに問題を起こさないよう配慮を行っていた。
そういう思想の違い、ぶつかり合いというものが軋轢を生じ、揉め事が起きるのだ。
その芽を早期に摘み取り、不用意に対立を生まない為に、管理者としてカデュウは注意を払わなければならない。
共に働いたり、訓練をしたり、お互い認め合う事が出来ればうまく回るだろう。
多かれ少なかれ人数が増えれば揉め事が起きるのは予想出来る。
法律というと仰々しいが、決め事も考えていかなければならない。
村に戻ったカデュウは、農家のパラド爺さんに種や苗木を渡しに向かった。
「色々買ってきただな。ほう、こりゃデュラム小麦か」
「はい、ぜひお願いします!」
「ああ、ええよ。他の麦の品種も揃っとるべ。これで試せって事だべか。他にゃタマネギにトマトやジャガイモ、ニンジン……。果物もようこれだけ見つけてきたべや」
「トリーニャに行ったので、丁度大きな市場がありまして。そこで基本的なものは大体仕入れておきました」
畑が思ったよりも広いので、豊富な種類を作ってしまおうというわけだ。
最大の問題はその労力だが……。その辺りは無理のない範囲でやってもらうしかない。
「そういや、婆さんも、ここいらで自生しとる変わったやつを色々拾ってきてただよ」
「へえ、それは面白そうですね。物によってはこの地の名産品になるかもしれません」
「この辺特有の茶の木だべや、ありゃ。作るにゃ、もうちっと高い場所の方がええな。あそこら辺の山地で試してみてええかね?」
と、パラド爺さんは白き水棚方面の山を指す。
報告では上側は台地のようになっている、との事だった。
「茶の上物には高度が必要なんでしたね、確か。わかりました、ターレスさんに伝えておきます」
「よお、帰ったか。頼んでたブツは買ってきてくれたかいの?」
「はい、なめし用の道具やナイフでしたね」
鹿らしき魔物の皮なめしを頼んでいたノヴァドが、何やら肉の加工も行っている。
「今、燻製しとるんじゃよ。肉も熟成も進んで、手を加えないと腐っちまうからの」
「ベーコンですか。美味しそうですね」
「儂は肉屋じゃないから、ソーセージだの生ハムだのは作り方がわからんがな」
「十分ですよ! 出来上がりが楽しみです! パスタの材料になりますし!」
「カデュウの嬢ちゃんはグルメじゃのう。ソトの奴と一緒じゃな」
ソト師匠は傭兵団の中でも味にこだわる代表格らしい。
さすがは師匠、などと妙な連帯感を抱いた。
「肉屋さんかー。こうして開拓してみると、街って本当に色んな人材で出来てるんだなぁ。わかってはいたけど、随所に専門職が重なっている。面白いなぁ」
水夫姿の小太りの男、ハッチに仕入れた小麦粉を調理場に運んで貰った。
とても力持ちなのであちこちで荷物運びやら畑仕事やらで重宝されている。
「以前、こいつでパンを捏ねてましたわ。懐かしいもんですねえ」
「それは意外ですね。パンが作れたんですか?」
「田舎のパン屋で働いてた事がありやしてね。あっしが捏ね、船長が斬り、ジジイが仕上げ、魔女のチャウチャウって娘が焼いてましたわ。冒険者達も何人か働いてやしたね。アザラシのプペペっつうナマモノも」
「……なんとも、奇妙なパン屋さんですね」
何故、普通の従業員がいないのだろうか。
魔女とかアザラシとか……。
「それじゃあ、パンは作れるんですか?」
「もちろんでさあ。なんならやりましょうか?」
「いいですね、ぜひお願いします」
「船長とウミルのジジイにも声かけときますわ。久々に本職の仕事、腕が鳴りますわ」
本職は海の男じゃなかったのだろうか……?
海賊ルック全開なのに。
「楽しみですね。出来立てのパンは美味しいですから」
「魔女仕込みのパンを楽しみにしてくだせえ」
だからなんで魔女がパンを……?
あちこちの視察にと村の大通りを歩いていく。
毎日少しずつ建設され出来上がっていく光景は良いものだ。
そして、服を改修して以来、村を歩くと、いつもと異なる声を聴くようになっていた。
「カデュウちゃんの為に俺、頑張るよ!」
「フルトさん、頭大丈夫ですか?」
「私の事はお姉ちゃんと呼んで構いませんよ。立派なエルフに育てます」
「何でお姉ちゃんなんですか、エルバスさん!? あと、ハーフエルフなんですけど」
「ビューッティフゥーッ!! 石像を作るからちょっとそこに立っていたまえ!」
「石像はいりません、ターレスさん。その辺にエルフの人がいるでしょ、そっちにして」
「めんこいのぉ。ほれ、きのこさ食え」
「ありがとうございます、エウロ婆さん。あとでパスタにしますね」
「カデュウお姉様、素敵です!」
「レティシノちゃん、……ありがとうね」
おまけに、解放した奴隷の女の子達からお姉様扱いをされていた。
おかしい。他に慕うような女性一杯いるのに、なんでこんな目に……。
「凄い複雑そうな表情してる」
「ああ、楽しい。凄く良い表情!」
ユディとクロスにからかわれたり。
特にクロスが酷い。キラキラした顔で困ってるとこを楽しまないで……。
「おお、かわいそうなカデュウだ。よしよし。石を私に買うと良いぞ」
速攻で物欲丸出しな辺りが実にソト師匠らしい。
「ソト師匠。ゴーレムで建築なんかは出来ないんでしょうか?」
「単純な労働力にはなるが、職人仕事は無理だぞ。街そのものを全部ゴーレムにしちまうなら理論上は可能だが、すごーい予算が必要になる」
「うわーやっぱりダメそうですね」
そんな潤沢な予算があったらソト師匠の魔術費用を渋ったりしないのだ。
「一時的なゴーレム化と、年単位で稼働出来るゴーレムは必要な魔力も変わってくる。以前のゴーレム上下水道は魔力供給のサイクルを作ってのものだしな」
「何でも都合良くはいかないんですねえ。やっぱり魔術にも限界がありますか」
「うむ。応用が利くところもあるが、向いてない事はどうしても出てくるな」
そもそもソトのゴーレム魔術自体がオリジナルで組み上げた術式なのだ。
そんな魔術自体が規格外、上下水道を作ってくれただけでも十分助かっている。
「ん、まてよ? 氷のゴーレムは作れますか?」
「アイスゴーレムか。そりゃ材料があればな」
「それを部屋に置いて、食料の腐敗を防ぐのはどうでしょう?」
「なるほど、氷室か。うむ、良い着眼点だぞ! それならば可能だ! 大量の氷と、少しの石があればな!」
「氷……」
「氷だな……」
最大の問題に突き当たった。
緑は腐る程あっても氷は見当たらない場所なのだ。
「魔術で作る事は……」
「私はそんな魔術は使えんぞ」
「まぁ……、見つかったら考えましょう」
「そだな……」
――そして、ある日。のどかなる日常に見えたその日。
“幻想”の名を持つものが姿を見せた。
すなわち、ダークエルフ達との契約、ルチアによる“幻想”の試練。
「お待たせ。試練の時は訪れたわ。覚悟は良くて? 勇敢なる英雄諸君?」




