第96話 国滅びても民はあり
荷物を開拓村へ預け、家畜の世話を任せる指示を出し、一夜明けた翌日。
再びトリーニャに行き、ルクセンシュタッツへの道を走っていた。
南ミルディアスから向かうルクセンシュタッツは、マーニャ地方からの道のりよりも、ずっと急な山道となっている。
カデュウらは高性能な馬車と愛馬ソエカスタナのおかげで快適に移動出来ているが、普通の馬車ではきつい道だろう。
「こっち側は天然要塞という感じです」
「こんなとこ攻めたくないね」
何故アイスとユディは馬車でくつろぎながら戦争時の話をしているのだろうか。
それもこれも向かう目的地のせい、という事にしておこう。
「見えてきたよ、クロス」
「ええ、ありがとう。皆にも来てもらっちゃって、ごめんなさい」
沈んだ顔のクロスから打ち明けられたカデュウは、すぐに向かう決断を下した。
いまだルクセンシュタッツの残党が、バーゼス要塞に立て籠もって抵抗を続けているという情報をクロスが知った為だ。
滅びた王家の最後の生き残りである、クロスの役目。
それが彼らルクセンシュタッツ兵の残党を救う事であった。
「いきなり撃ってきたりはしないだろうな?」
「神経は張りつめているだろうからありうるけど、正常なら大丈夫よ」
「今の言葉、全然大丈夫そうに聞こえなかったんだが……」
バーゼス要塞。宗主国であったクレメンス連合相手の独立戦争に、その大軍をことごとく撃退してきた鉄壁の要塞である。
その指揮官はアレク・ファルネーゼ将軍、クレメンス連合との戦争を勝利に導いた若き天才であり、ルクセンシュタッツ軍の最高責任者だ。
「何者だ、この要塞に近づく事はならん。ただちに離れよ」
要塞の上から見張る兵士が警告を発してきた。
「私はクロセクリス・フォン・ルクセンシュタッツ、ファルネーゼ将軍に会いに来ました」
「姫様の名を騙るか! 姫様がトリーニャ方面から現れる道理がないわ!」
こちらの方面から逃げ延びているのなら、この要塞に助けを求めないはずがない。
兵士が主張する事は間違っていないし、敵の罠と勘繰っているのだろう。
城が陥落してそれなりの時間が経過しているのに今更になって姫が現れると言うのも怪しい話だ。
しかし事実なのだから仕方がない。
「私を偽物かどうか判断する権限が、貴方にあるというの? いいから将軍に取り次ぎなさい。その程度の手間は惜しむようなものではないでしょう」
「っ失礼しました! その仰りよう、確かに姫様と思われます。しばしお待ちください」
ところが、クロスの淡々と問い詰めるような口ぶりに、兵士の態度は一変した。
「兵士達にもそんな物言いしてたのか……」
「凛としてるというか、怖いというか……」
「怖いって失礼じゃないの? 女の子のカデュウちゃん?」
「女の子じゃないですー!」
「じゃあ、中の人に、こんな格好だけど男の子ですって紹介した方がいい?」
「それはちょっと……。わざわざ性別について触れないで……」
「いじめちゃだめ。愛でていくべき」
いじめちゃだめです。でも愛でていくって何。
ユディの謎の擁護に困惑する。
「良かった、生きておられたとは……、感無量で御座います……。大変失礼致しました、クロセクリス様。お久しぶりです」
「久しぶりね、アレク。あなたも生きていて嬉しい、良く耐え抜きました」
「ありがたきお言葉です。……さ、こんな所よりもまずは中にお入りください」
「ええ、そうね。歩きながら説明しましょうか」
クロスはこれまでの経緯を事細かに隠す事なく伝えた。開拓をしている事も。
「さすがクロセクリス様、すでに再起を図られていたとは」
「国の再興なんてしません」
「えっ!? 違うのですか?」
「私の唯一の家族、そして私の命を救ってくれたカデュウがはじめた事に協力しているだけです」
「これは失礼致しました、王家の方で御座いましたか。お初にお目にかかります、私はアレク・ファルネーゼと申します」
「あ、いえ。血は繋がっていないのです。はじめまして、カデュウ・ヴァレディと申します。クロス姫とは幼い頃から家族同然に付き合って参りました」
「左様で御座いましたか。私はあまり王家の事情に詳しくないもので……。クロセクリス様をお救い頂きまして、心から感謝致します。美しいお嬢様」
アレクのその賞賛の言葉によって、カデュウは心にダメージを負った。
やめて、恥ずかしい。
「他の方々も、ありがとうございます」
「それで、あなた達は帝国軍へ抵抗を続けていたそうですけど」
「はい、卑劣な奴らにそのまま降伏する事など出来ないと考えた者達が、こうして抵抗を続けておりました、多くの者は街へ帰るようすすめて、残った愚か者達がこの集まりです。困ったものですね」
「本当に、困った頑固者達です。王家の最後の生き残りとして、命じます。他の生き方をするか、私達の下で村の開拓を手伝いなさい。無駄死には許しません」
「……無意味な抵抗とは、誰もが感じていた事でしょう。帝国軍でさえもね。その私達に新たな生き甲斐を与えて下さるのです。喜んで命を承ります、姫様」
国が滅んでも、死なない限りはそこで生きていた人は残る。
自分の生活に手一杯な者もいれば、新たな国の為に働く者もいるだろう。
彼らのように、滅びた国の為に生き続けてしまう者達も。
その呪縛を解放する事が、クロスが望んだ王女としての最後の仕事であった。
「私共のような敗北者達でよければ、お役立て下さい。美しい御方、カデュウ様」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願い致します。ファルネーゼ将軍」
うやうやしい口調でファルネーゼは語り掛ける。
まるで高貴な御令嬢を相手にしているかのように。
「それと、私は王族でも貴族でもないので、様はつけなくて大丈夫ですよ」
「などとすぐ謙遜しちゃう子だけど、唯一残った私の家族ですからね? そこのところを理解したうえで好きなように呼びなさい」
「ちょっと、クロス!?」
クロスからの予想外の干渉であった。
そのような事を言われれば、真面目な人は本当にその通りに接してしまう。
堅苦しいので気さくに付き合うぐらいで良かったのだが……。
「なるほど……。理解致しました、クロセクリス様。後程、兵達に徹底させて参ります。カデュウ様も王家の一員と思って接するようにと」
「えええ……」
「それでは、物資を全て村に運びなさい。帝国に渡すものなどありません」
「はっ! 直ちに放棄の準備を行います」
かくして、バーゼス要塞からルクセンシュタッツ残党軍は消え去った。
総勢112名の精鋭兵が村に住む事になったのだが、人口のほとんどが傭兵と軍人で占められているとんでもない村になりつつある。
もっと普通の開拓民はいないものなのだろうか、と思いつつ村へ戻った。