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幸田露伴「あがりがま」現代語勝手訳(43)

 其 四十三


「あまりの乱暴に、私も驚いて止めようとは思いましたが、怖さに(すく)んで手出しもできず、そうこうする内、平九郎は拳の下から悲しい声を出して、

『ああ、ご免なさいませ、謝罪(あやまり)ます。(わたし)()が悪うございました』と言ったので、手を緩めて、

『さあ、皆白状してしまえ。貴様と辨次郎との間で機関(あや)をこしらえてお須磨を食おうとしたに違いあるまい。不埒な奴めが』と言えば、鋭い言葉に抵抗(あらが)えず、

『恐れ入りました。仰る通り、辨次郎が一計を案じまして、此女(これ)を一旦隠した上で、扇面亭の方は半分踏み倒して、その後、別に籍が出来次第、遠い国へなり遣ってしまおうという企画(もくろみ)でございました』と、聞けば恐ろしい悪計(わるさ)の数々、段取りを白状。そんなところに飛んで来て、割って入ったのは辨次郎。平九郎よりは沖を越えた(あく)(とう)の本性をあらわし、鎌九郎にも負けておらず、赤くなったり青くなったりしながら、最初は何やかやと口を利いていましたが、既に平九郎が泥を吐いてしまっているので、迫力がありません。

『偽籍を作り、それにお須磨を()めて食おうとした不埒者め、許さんぞ。愚図愚図言うなら、赤い筒袖(*当時の囚人服)を着させてやろうか。この俺をただの者だと思ったら大きな間違いだぞ。今では京都に住んでいるが、お須磨の親とは兄弟分、代言人(*今で言う弁護士)もしているから公事(くじ)訴訟ならお手のものだ。出るところへ出て、何時でも白黒をつけてやる。お須磨はどうあっても今日俺が連れて行くから、そう思え。止め立てするなら腕尽くでも、裁判沙汰でも持って来い。お須磨が世話になっていた間の食い扶持は一文も遣らない代わりに、貴様等に悪計(わるさ)をさせてやらないから、有り難いと思って、犬が這いつくばる格好をして、三度辞儀をしながら礼を言え』と、どこまでも強い一言(いちごん)。辨次郎も敵わず、屈して言葉が出なくなったのを機会(しお)に、

『お須磨、さあ来い。扇面亭へ一応渡りをつけて置いて、(おふくろ)のところへ連れて行く』と、私を引き立てれば、そうはさせるかと襲いかかる辨次郎。

『エエ、この馬鹿め、(あく)(とう)にしては思い切りの悪い奴めが』と、蹴倒(けたお)して、私を無理矢理扇面亭へ連れて行って、又一ト談判。

 最初はもの柔らかに、

『前借りした分をお返しさせていただいて、引き取ります。お役にも立たず、飛んだご迷惑をおかけしました。私はお須磨の叔父でございます』と、言い入れて主人に気を緩めさせたが、前借金の証文を見るや否や、態度ががらりと変わり、

『やい亭主、貴様の家は娼妓屋(じょろうや)をしていて、お須磨を娼妓(じょろう)に雇ったのかと思えば、ただの料理茶屋。お須磨はただの酌女(しゃくおんな)。それをどうして枕を持たせてお客に添い寝させようとした。この証文に何とある。お須磨は鑑札をどこから受けた。この証文で処女(きむすめ)に前尻(*女陰)で稼がせようとは怪しからん』と言いざま、突然(いきなり)証文を傍らの火鉢に投げ込んで、

『ハハハ、亭主め、有り難いと思え、ただ三十両の損だけで、テメエはお須磨とは何の関わりもなくなった。文句があるならどこへでも言え、碌でもない営業(よわたり)のおまけとして、たまには俺のような者に会うのもそっちの災難払いのご祈祷代わりになるというものだわ』と、取り付く島もない強い勢い。食ってかかろうにも、歯の立つ隙さえ見せない相手なので、強いに人にかかれば、又あのような者は弱いもので、一言(ひとこと)も返せず、泣きそうな顔をしているばかり。遠慮も何も無く、私を連れて、ずいと立って外に出ても、扇面亭は考えがあってか、黙ったきり。こっちはまるで空吹く風のように悠々と出て行きました。

 私をある家へ連れ込んでから初めて聞いた彼方(あのかた)の身の上話。榮太郎が訳あって私に会いに来て、それが叶わず無念の思いで帰るその途中、ふとしたことから聞き合ってみれば、(うち)親父(おとう)様はあの方の兄弟分だったと分かり、そのことから一ト肌脱いで下さったのです。先ず、私を危うい世界から出して下さったという一部始終ですが、お話しを伺ってみて、私も段々平九郎と辨次郎等の企画(たくらみ)の内容を解ってくれば、思い当たるところも一つや二つではなく、ほんに母様、慄然(ぞっ)としました。(うち)のお父様があの方の兄弟分になった(もと)というのが、あの方の歳がまだ若かった時、恋に迷って無分別な情死(しんじゅう)とやらをなされかかったところを、(うち)のお父様が助けておやりになったというもの。それがそもそもの発端(はじまり)であり、そして又、最終(おわり)というたった一度の邂逅(めぐりあい)で、その時あの方が(うち)のお父様に、『今月今夜、生命(いのち)のご恩になっただけではなく、他国に行く旅費までもご用立て下さったお情けは何時お(むく)い出来るか分かりませんが、決して忘れはいたしません』と誓われ、弟分になってお別れされたとのこと。それから年を経て、江戸に出る度にお尋ねになったことも一度や二度ではないけれど、一向に知れなかった由。そんなことで、お蔭で私は身の周囲(まわり)もこれこの通りにしていただき、小遣いにしろと、お金もいただき、母様にもこうして会えることも出来るようになった嬉しさはまるで夢のよう。ただ、扇面亭や辨次郎その他が又何やかんやと言って来ないかとそれが心配でなりませんが、あの方の仰るには何と言ってきても、先方(むこう)は無証文、怖れることなどまったくない。言いがかりだと言い切れば話にも掛からないとのお話でした。私は呆れたり驚いたり、(いま)だに魂が身に添わないような気持ちがしております。勇造の方もきっと今にたちまち片をつけて下さいましょうが、何だか後が恐ろしいようにも思えます」と、悦びの(うち)にも弱い女気(おんなぎ)前途(さき)を気遣って語るのであった。


つづく

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