幸田露伴「あがりがま」現代語勝手訳(30)
其 三十
又もや、心が折れた榮太郎、身を縮ませたまま小さくなっていたが、時間が経ってくると自らを励まし、三度例の物に指を触れた。今度は全く音もさせずに手に取ることが出来たので、怖さの中にも悦びがあって、素早く包みを解いたところ、中から出て来たのは十円、五円の紙幣……ではなく、意外なことに、長いのやら短いのやらの女の櫛か、裁縫の篦のような形の薄い木片が大小合わせて十余枚、何に使うのかも分からない怪しい器物ばかりであった。確かに剰余を元に戻したように見えたけれど、見損ないだったのか。探してみても金のかの字も見えず、あまりの不思議さに愕然として、何をする気持ちも出ず、茫然としている時、背後に「フフ……」と小さく笑う声がした。
「いや、この小僧め、太い奴だ。引っ捕まえてお上の手へ突き出したらどうするつもりだ」と、低い声で罵るのは、何時の間に目覚めたのか、この蓙包の持ち主である。
逃げようと思えば、それも出来たが、いかんせん隠しようも無い状態なので、
「ああ、ご免なさい、ご免なさい。何も取ってはいません。私が辛いのはいいとしても、私がお上へ突き出されれば母様までが死んでしまいます。どうかお慈悲を、お許しを」と、立ちもできず必死になって涙で頼むその切々とした声は憐れみを帯びている。
鎌九郎という男はこれを見ると、打ち頷き、
「ムム、許してはやれないことだが、何でテメエみたいな歳もいかない奴が盗みを働こうとしたのか、きっと訳があるはず。シッ、声が大きいわ。馬鹿め、テメエの身の上だぞ、他に聞かれたら疑われる。深夜に親子が旅宿なんかで長話をしていたら、誰が聞いても不審がるわ。これ、怖いことは無い、めそめそ泣くな。突き出してやるくらいなら、最初から俺が声を立てるわ。いいか、こうしな。初めて会った時から、これは尋常ではないなと見て取った、憐れを誘うテメエの身の上、一切隠さずに、どういう訳で俺の包みに眼をつけたのか、一応言ってみな。次第によっては力になってやらないこともない。これ、ここに入れ、怖くは無いわ。そうして夜具の中で話をすれば他所へは聞こえることも無い」と、左の手には自己が掛けていた掻い巻きを少し持ち上げながら、耳に口を近づけての密々話。あれこれ考えようも無く、今は男の言うままに従うしか他に出来ることもなく、榮太郎は言葉も尽き、恐る恐る同じ夜具の中に石のように身を固くして入れば、
「エエ、まあ何と冷たい身体になっていることだ。これ、そんなに固くなって塩を掛けられた海鼠のようにころりとしていられては寒くてならんわ。母に抱かれた気で、遠慮なくのさばればいい。何も恐がることは無い。いやまあ綺麗な胸元だぞ。一緒にこうして寝てみれば、近優りがして、眉つき、眼つき、何から何までよくもよくも全部上出来に出来ているな。ハハハ、恥ずかしがるな。ほんとに惚れ惚れとしてしまうわ。業平(*在原業平。平安時代の歌人。容姿が美しく美男の代名詞となった)が幼かった頃でもこうは行くまい。見ている中に、俺の身体が唾液になって流れてしまいそうな気持ちがしてくる。ハハハ、テメエが女じゃ大変だが、男では俺も罪は作らねぇ」と、戯れ言を言いながら夜具を引っ被れば、問うも語るも、その声は中に籠もって外へは聞こえなくなった。
つづく




