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幸田露伴「あがりがま」現代語勝手訳(1)

幸田露伴「風流(ふうりゅう)微塵蔵(みじんぞう)」のうち、「あがりがま」を現代語訳してみました。

本来は原文で読むべきですが、現代語訳を試みましたので、興味のある方は、ご一読いただければ幸いです。

「勝手訳」とありますように、必ずしも原文の逐語訳とはなっておらず、自分の訳しやすいように、あるいはずいぶん勝手な解釈で訳している部分もありますので、その点ご了承ください。


浅学、まるきりの素人の私が、文豪幸田露伴の作品をどこまで適切な現代語にできるのか、はなはだ心許ない限りですが、誤りがあれば、皆様のご指摘、ご教示を参考にしながら、訂正しつつ、少しでも正しい訳となるようにしていければと考えています。

(大きな誤訳、誤解釈があれば、ご指摘いただければ幸甚です)


この「あがりがま」は第八番目の作品で、<6>「きくの濱松」の次に長い作品となっています。

「さゝ舟」→「うすらひ」→「つゆくさ」→「蹄鐡」→「荷葉盃」→「きくの濱松」→「さんなきぐるま」からの続きです。


実際には題名に<8>の表記はありませんが、話が次々と連続して行くので、つながりが分かるように便宜的に付け足しました。

本当は最初から、読んでいただければ、流れも分かりやすいと思います。しかし、このままでも一つの作品として充分理解出来るのではと考えています。


「あがりがま」とは「廃鎌」のことで、すでに使われなくなった鎌のこと。この作品では「其 二十四」にその存在が出て来ます。

「怒りゃ蝮蛇も人さえ殺す、かたな無いとて斬るまいものか、鎌に血を引くこともあろ」という冒頭の唄はそのままではないけれども、「あがりがま」を契機として、物語は予想もしない方向へ展開していきます。


「其 一」では、おこのがまだ榮吉と結婚する前の話。女主人とその使用人だろうか、銭湯での女同士のやり取りである。おこのを見て、その美しさに惚れ惚れしている様子が描かれる。


この現代語訳は「露伴全集 第八巻」(岩波書店)を底本としましたが、読みやすいように、適当に段落を入れたり、(*)において私なりの注釈を加えたりしました。


                           二 上 が り


 怒りや蝮蛇も人さえ殺す、かたな無いとて斬るまいものか、鎌に血をひくこともあろ、えいやな、


(*(おこ)れば蝮蛇(まむし)も人さえ殺す。刀が無いから斬れないということはない。やろうと思えば、鎌でも血を引くことだってあるのだ)


 其 一


「美しい美しいといっても、あのように美しいお人が居るかと思えば、私なんかは消えてしまいたいような気持ちにもなって、(そば)に寄るのも気が引けるよ」

「本当に。こう言ってしまっては何ですが、夫人(あなた)なんかは、まあ大抵どこに出てもお負けになるようなご容貌(きりょう)でもございませんのに、あのお嬢様とお(なら)びなさると、私は何だか(くや)しいような気がします。夫人(あなた)、もうこれからはなるたけ遠くへ離れていらっしゃいませ。そうなると夫人(あなた)もやっぱりお美しくみえますから」

「ホホホ、(たけ)がいくら気さくだと言っても、人様も聞いていらっしゃるのに、馬鹿なことをお言いではないよ。ご容貌(きりょう)自慢が鼻の(さき)に見えているそれ、あの横町の、あの何でさえ、おこのさんに比べたら鶴の傍へ家鴨(あひる)を出したようになってしまうものを、私なんかがどうなるものかね。お口元といい、目の愛らしさといい、その他のお顔の作りといい、どこ一つ取っても厭なところが無くって、そして御髪(おぐし)の見事さ、髪際(はえぎわ)()さ、(せい)がすらりとして高くもなく低くもなく、眉がなだらかで、張りもせず()けもしない配合(つりあい)の好さ。肌はといえば、今見た通り、雪のように純白(まっしろ)で、玉のように潤沢(つや)があって、お湯上がりにも少しの間だって露が留まっていられないかと思えるほどにすべすべとして、清らかなあの膚理(きめ)(こまか)さ。後ろから見ればまたその首筋のすっきりしたこと。襟足は描いた絵にも無いような具合さ。それだけでも大概の男は(ふる)いつくだろうに」

「ええもう、(おとこ)(しゅう)(ふる)えつくどころではございません。十町も二十町も離れたところから見に来る者もありますし、又、町内の若い衆達はあそこの噂になりますと、まるで気がおかしくなったみたいに、こんな事を話していると聞きました。あそこの娘はこの多町(たちょう)の花だ。一人娘のことだから、いずれ婿取りをしなくてはならないだろうが、下手な婿なんかを取らせては親父(おやじ)が何と言おうとも、江戸中響いたこの町の花に傷をつけることになるから、黙っていては俺等が笑われる。男が(みつ)(うじ)(*光源氏? もしくは柳亭種彦が書いた「(にせ)紫田舎源氏」のことか?)よりも好くって、性格も、家柄も良くって、商い上手で、合性が好くって、非の打ち所が無いというなら、一肌脱いで祝おうけれど、そうでなければ横に出て邪魔をしてでも縁組みなどさせるものかと、寄ると触ると力んでおりますそうで、ねえ、夫人(おかみ)さん、大きなお世話、余計な火吹面漢(ひょっとこ)のお節介ではございませんか」

「オヤオヤ、それは大変だね。美しいのも普通(なみ)(はず)れるととんだ苦労をこしらえてしまうもの。そうしてみると、私くらいが(かえ)って無事で好いかも知れない。ホホホ、しかし、親父(おとっ)さんも手抜かりは無いと思うが、そう三拍子も四拍子も揃った好いお婿さんがあればいいがさ、第一おこのさんに釣り合うだけの容貌(きりょう)持ちの男でさえも、探しても急にはいやしまい」

「それは他所(よそ)(ほか)を捜してもいないでしょうが、やはり彼家(あそこ)の久松なら、他のことはともかく、容貌だけは釣り合いましょう」

「オオ、()のお(うち)には、ご商売には似合わない人形のような綺麗な男がいるが、これまで名前を聞いたことがない。(あれ)久松(ひさまつ)というのかね」

「なあに、渾名(あだな)でございますよ。真実(ほんと)の名は(えい)(きち)と言うそうですが、誰が言うともなく、お嬢様をお(そめ)(あの)人を久松としてしまって、その飛沫(とばしり)で、()の頑丈な身体をした大痘痕(おおあばた)の真っ黒な番頭さんを(ぜん)(ろく)と言うそうでございます。善六にしてはどことなく意地骨が張っているように見えますが、好い面の皮の渾名ではございませんか。何でも人の噂では、渾名ばかりのことでは無くて、真実(ほんと)のことみたいに、()のお家が油屋(あぶらや)通りではないだろうかと申しますが、もしもそうなら、きっと一騒ぎ起こるのではないかと楽しみに待っております(*「お染久松」は江戸前期に起こった男女の心中事件)」

「コレ、調子に乗って、()しからん事を、お喋りもいい加減になさい。私はもう一風呂入って出浴(あがり)ます。お前もその心算(つもり)でさっさとなさい」


つづく

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