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輝き

「その代わり魔人国に行くのは私だけよ。他の皆には手を出さないで」


 魔人国に行くことを承諾した私は、マーレ先生に交渉を試みる。個人的な勘では『色狂い』は恐らくマイスター……だと思うのだが、もしも違った場合、どんな目に遭うか分かったものではない。


 最悪の場合貞操は……仕方ないので諦めるとしても、さすがにギルドの仲間まで酷い目に遭わせたくはない。


 この状況で私に選択肢なんて殆んどないと分かってはいるが、それでも言うだけはタダだ。何よりも『色狂い』が本当にマイスターなら、この交渉は決して無駄ではないはずだ。


「構わない。リバークロス様は出来る限り貴方の要望に沿うようにと仰られた」


 マーレ先生はあっさりと承諾した。


 よし。これでギルドの団長として最低限の責務は果たしたわ。そしてそこまで配慮してくれるなんて、ますます『色狂い』=マイスターの可能性が上がったわね。


 マイスターがどうやって私を見つけたのかは分からないけど、あのマイスターのことだ。きっと私なんかでは想像も付かないような手段を使ったに違いない。


 こちらの世界に来てからずっと人族の目ぼしい強者を調べ続けていた私は、何時の頃からかひょっとするとマイスターは人族以外の種族に転生したのかもしれないと思うようになっていた。


 思いつつも確証が持てなかったのは、人であった頃の記憶が異種族として暮らすことに与える心身への影響が未知数だからだ。


 肉体の機能面だけではなく、常識や倫理の違いも大きい。今まで人として生きてきたのに、いきなり別の種として生きて行くというのは口で言うほど簡単なことではないのだ。


 マイスターの性格からして人間種を選ぶと思っていたし、事実残された資料では人間の勇者を目指していたはずだ。それが何故(恐らくは)魔族になっているのかは分からないが、マイスターが居るならそこが私の居場所であることに変わりは無い。


 マイスターが魔族だった場合、唯一の気がかりはどうやってビアン達と別れるかだったけど、意図せず最良の形で別れられそうね。


 さようなら皆。私は彼に捕まって、彼にメチャクチャにされて、彼のモノになっちゃいます。次に会った時は……その時はその時考えよう。


 今はマイスターとの再開に合わせてお肌の手入れをしないと。ふふ。今の私を見たらマイスター何て言うかしら? 少なくとも、もう娘みたいだなんて言わせないんだから。


 などと、私が呑気に考えているとーー


「ふざけるなよ」

「え?」

「ふざけるなよ。ギンガァアア!!」


 突然マレアが先生に斬りかかった。話が纏まるかと思われた矢先の出来事。マイスターの事で頭がいっぱいの私は反応が遅れ、マレアを止められなかった。


 先生がマレアの二刀、そのうちの一刀を片手で億劫そうに払う。もう一刀に関しては防御すらしなかった。


 僅かに露出した口元を正確に狙ったその刃はしかし、鋼同士の衝突を思わす音を立てて止まる。


 マレア渾身の一太刀は、防御もろくにしない先生の肌を傷付けることすら叶わなかった。


「……どういうつもりだ?」


 そうよ、どういうつもりよ?


「カエラは連れていかせない。うおぉおおお!」


 スキル『気祝』氷雷。氷と雷を纏った二本の刃が先生を様々な角度から切りつけるが、先生はそれを薄く纏った魔力だけで全て退ける。十センチにも満たない魔力が何て厚いの。


 誰の目にも実力差は明らかだった。


「無駄よマレア。下がりなさい」


 しかしそこで私の言葉を遮るかのように、百にも及ぶ矢が降り注いできた。矢は私達を避け、先生や獣人達を狙い撃つ。これはオカリナ? 攻撃の命令なんて出してないわよ。


「団長を守れ!」


 ハンマナさんを筆頭に、待機させていたギルドの仲間が武器を手にこちらに駆けてくる。


「何をやっているの? よしなさい。退却よ」


 まさか実力差に気付いてないのだろうか? いや、ウチのギルドにそんな馬鹿はいないはずだ。


「フッフッフ。どうやら私達の出番のようね」

「そうみたいね」

「二魔とも殺すなよ」


 オカリナの放った矢を軽い魔力の放出で容易く打ち砕いた獣人達。まさに舌舐めずりせんばかりの表情でハンマナさん達を見ている。その瞳は完全に獲物を狙う獣のそれだ。


「待ちなさい!」


 私がそう叫んだ時には、既にイヌ耳を残してウサギ耳とネコ耳の姿が消えていた。どこに? なんて考えるまでもない。


 私が慌ててハンマナさん達に視線を戻すとーー


「ウーサウサウサウサ!」

「ネーコ、ネコネコパーンチ!」


 二魔の獣人が暴れ回っていた。適当に腕を振り回しているようにしか見えないのに、それだけで馬鹿みたいに人が飛ぶ。


「ハンマナさん。モブミ。モブモ。モブナ」


 イヌ耳は殺すなとか言ってたけど、人が蟻を摘まむ際にうっかりと握り潰してしまうことがあるように、獣人達の攻撃は手加減に手加減を加えられ、それでもなお人が死ぬには十分すぎる威力だった。


「ちぃ」


 さすがにこれは見過ごせない。私は剣を抜き放つと二魔の獣人目指して駆け出す……つもりだったのだが腕を引かれた。


「待ちなさい。カエラ、貴方は逃げなさい」

「キリカ!?」

「あの二魔は私が何とかします」


 そう言って私を強引に下がらせるキリカ。いや、私もそうだけど、貴方にも何とかできるとは思わないんだけど?


 そう思ったのはどうやら私だけではなかったようだ。


「無謀だな。勝てないと分かっているだろう」


 声をかけて来たのは先生だ。その声はとても冷ややかだった。こちらに向けられたその顔は次に正面のマレアに向けられる。


「お前もな」


 先生は未だに二刀を使い激しい攻撃を繰り出し続けていたマレアを軽く指で弾いた。


「がぁ!?」


 デコピンにしか見えないその攻撃で、マレアは大地にヒビを入れながら地面を何度もバウンドする。


「勝てるから戦う訳ではありません。見過ごせないモノを見過ごさないために戦うのです」


 それを見たキリカの全身から魔力が放出される。人間の中では上から数えた方が早いキリカの魔力も、比較対象が変わるだけでここまで弱々しく映るモノなのか。これではまるで嵐に拳一つで対抗しようとする愚者のそれだ。


 その嵐が言った。


「あいつ等に挑み、万が一にでも本気にさせようものならお前は死ぬ。そうなるくらいなら俺が殺すぞ?」

「いいでしょう。同じ釜の飯を食べたよしみです。私が引導を渡してあげましょう」


 圧倒的な力量差を前に、しかしキリカは怯まない。自らの信仰に殉ずる者の如く、その瞳が宿すのは不退転の決意。


 直後、先生に炎の魔法が襲いかかる。だがそれはキリカの放ったものでは無い。先生は炎に包まれながらも、それでもなんの痛痒も感じてない様子で炎の発生源を見た。


「お前もか、ビアン」


 仮面越しの一瞥にビアンの肩が大きく跳ねる。


「スミマセン、先生。……私、私、先生達が生きていてとても嬉しかったです。今でも二人のことを尊敬しています。でも、それでも、カエラは……仲間は渡せません」


 こ、こんな状況でなんて甘いことを言ってくれるのだろうか。普段はしっかり者のくせにここぞと言うときに情を優先してしまうビアン。ああ、何て可愛いのかしら。久々にときめいたわ。幼馴染みだからと遠慮してたけど、何とかベットに連れ込んでお姉様と言わせてやりたくなるわね。


「それではどうする気だ?」

「決まっているだろうが。ギンガ、お前を倒す」


 先生にあしらわれ続け、今や満身創痍のマレアがそれでも強い意思を瞳に込めて立ち上がる。血にまみれた相貌は、しかしマレアにこれ以上無いほどよく似合っていた。


 魔術師としてはここは逃げか交渉の二択だと分かっている。それでも……ああ、もう! 仕方ないわね。この私が仲間のために絶望に挑む、この甘美なる光景を前に動かない訳がない。


「…マジックエンジン起動」


 体の中に埋め込んでいた魔力石が魔力を放出する。それは擬似神経を通って私の全身を活性化させた。


「全リミット解除。『機械仕掛けの体』起動」


 魔法と科学の融合。錬金のスキルを用いて自分の体を弄り続け、強化人間となった私は人間を超える能力を獲得した。


 ただし体に埋め込んだ魔力石の出力に生身の部分が耐えられないので、全力を出せるのは数分だけだ。だが数分間なら私の力は上級魔族にも引けをとらない。そう、相手が並みの上級魔族なら。


「ウサ?」


 私の変化に気付いたのだろう、ウサギ耳がこちらに視線を向ける。


 正直先生達だけならともかく、獣人とは出来れば戦いたくはない。ないが、団長として目の前で部下を殴られて黙っているわけにもいかないだろう。


 よくもウチの可愛い子達をボコボコにしてくれたわね。見てなさいよ。


出し惜しみはしない。私が持つありったけをぶつけてやるわ。


「『向上の鎧』全機能かい……」

「ウサパーンチ」


 瞬間、世界が廻った。天と地が何度も何度も入れ替わり、続いて激しい衝撃が私を襲う。


「ガハッ!?」


 思考にノイズか走る。理解不能。理解不能。いや違う。落ち着け。落ち着いて、全身のコントロールを取り戻せ。


 ダメージのスキャニングを開始。……大丈夫。肺に刺さった肋骨が厄介だけど、治せないレベルじゃない。


 『向上の鎧』は……クソ! ダメだわ。完全に砕かれてる。何よりも問題なのは、第一番魔力石破損。第二、第三、第四同じく破損。体の中に埋め込んだ魔力石が全て破壊された。


 まさか……狙って?


「ガッハ。…ゴホ。ゴホ」


 吐血を何度か繰り返した後、顔を上げるとそこには月光を浴びて妖しく輝くウサギが一匹。


「んー。何だろう? 貴方、ここで殺しておいた方がいい。そんな気がするなー」


 血に飢えた獣を思わす、赤い、赤い、真っ赤な瞳が私を見下した。


「誰が……ゴホ……アンタ何かに」


 左手の人差し指に付けていた指輪を親指で押す。指輪から針が飛び出し体内に回復用マジックナノマシンが投与される。治癒魔法と併用することで人外の回復速度を実現する。


「殺られるもんですか!」


 斬りかかる。刃が獣人に届くまでの刹那の間、私は確かに見た。


「これは事故ね」


 今までの無邪気さが残らず消失し、一目で残酷さを知らしめる笑みを浮かべたウサギの形をした化物(なにか)を。


 そしてウサギ耳の拳が私の頭をーー


「そこまでよ」


 衝撃波が突風となって私の髪を撫でる。私とウサギ耳の間に割り込んだのはマーレ先生。マーレ先生はウサギ耳の拳を右腕で、私の剣を左手の人差し指と親指で挟んで止めた。


「なっ!?」


 先生(ギンガ)の方ならともかく、マーレ先生にまでここまでの身体能力が? 私はただ唖然とするしかなかった。 


 ウサギ耳が鋭い目付きでマーレ先生を睨む。


「マーレリバー、何のつもり?」

「貴方こそ。カエラは殺すなとリバークロス様に厳命されたはず。……リバークロス様に逆らうつもり?」


 マーレ先生の言葉を受け、ウサギ耳の体から巨大な鎚を思わす超重量の殺気が放たれた。しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間にはウサギ耳は元のお気楽そうな態度を取り戻していた。


「…………やだなー。分かってるわよ。人とは思えない力を見せたから少しマジになっただけ。他意はない……ウサよ」


 ウサギ耳は片目を瞑り、片足を上げて可愛らしいポーズを取って見せるが、マーレ先生は相手にせず私を見た。


「勝負はついた。行くわよ、カエラ」


 辺りを見回せば、なるほど。もはや立っているギルドの仲間は誰も居なかった。


 マーレ先生の言うとおり勝負はついた。ここで付いて行けばマイスターに会えるかもしれない。団長としての最低限の責務も果たした以上、ある意味最良の別れだろう。


 その事実に心が揺れる。それでも、それでも私はーー


「……私を連れて行きたかったら力尽くでお願いします」


 剣を構え、マーレ先生達に向かって徹底抗戦の構えを見せた。


「ウサ?」

「どういうつもり?」


 本当にどういうつもりなのだろうか? 今すぐ剣を捨ててマーレ先生に付いて行きたい自分と、これで良いんだと確信している自分がいる。


 二つの自分があまりに拮抗しすぎているために、判断に迷うが今はまだ戦闘中だ。反射的とは言え剣を向けてしまった以上、私は後者の自分を信じることにした。


「別に。ただこれでもギルドの頭をやっている身です。団員があそこまで根性見せた以上、私がヒョイヒョイついて行くわけにはいかないんですよ」

「上等ウサ。それじゃあ私が……」


 拳を鳴らしながら意気揚々と前に出ようとするウサギ耳をマーレ先生が止める。


「リバークロス様はカエラの意思を最大限尊重するように仰られた。来たくないと言うのなら、それが貴方の意思と伝えとく」

「良いのか?」


 そう言ったのはマーレ先生の横までやって来た先生(ギンガ)だ。


「私はリバークロス様の言う通りに動くだけ。それに今回の目的はそこの半……獣人。もう目的は果たした」


 フーラとミーヤの二人は戦闘の間もイヌ耳に守られ、全くの無傷だ。さすがに戦闘の迫力にミーヤは涙目で姉に抱きついているが、逆にフーラの方は自分達を迎えに来た者の実力に感動している様子だ。


 先生が一つ頷いた。


「それもそうだな。それなら……」

「ええ。帰ろう。私達の主の元へ」


 マーレ先生が持つ杖から光が溢れる。どれだけの距離を跳ぶ気なのか、信じられない程に巨大な魔力だ。一対一ならサンエルも勝てないのではないだろうか? これなら先程の身体能力も納得だ。


「それじゃあカエラ、気が変わればいつでも来ると良い。待ってる」


 マーレ先生のその言葉に何故かいつかの別れを思い出した。胸にくるものがあって思わず二人の先生を見る視界が歪む。


 そんな私に先生(ギンガ)は一言、


「またな」


 そう言った。その言葉はぶっきらぼうだけど何処か暖かくて、それはまるで昔のよう。だからこの時だけは私も一人の弟子に戻る。


「はい。また、また会いましょう先生」


 次に会う時どうなるのかそれは分からない。ひょっとすると今度は本当の命のやり取りになるかもしれない。でも、それでもまた会えるというのは素直に嬉しいことだと思った。


 ふと獣人と目が合う。


「ウサ」

「ネコ」


 先生達に見えないようにこっそりと中指を立てる二魔の獣人。私はそれに舌を出して応えた。


 そしてマーレ先生の転移魔法が発動する。先生達が消えたあと、私は両膝から地面に崩れ落ちた。


「何なのよ、もう。…………最悪」


 手加減された、たった一撃が全身に重大なダメージを残している。治療用のナノマシンを総動員しているが、完全回復まで暫く掛かりそうだ。


「よう。平気か?」


 マレアが地面にうつ伏せになったまま声を出した。


「何よ。起きてたの?」

「いや、今起きた。ちなみに動けん」

「でしょうね。少し待ってなさい。後で診てあげるわ」


 マレアが倒れている地面は真っ赤に染まっていた。常人なら死んでも可笑しくない出血量だ。先生も容赦がない。いや、それとも容赦をしてアレなのだろうか? どのみちマレア達が五体満足でいられるのは先生の優しさと見ても良い気がする。むしろ獣人にやられた他の皆の方が気掛かりだ。


「どうやら手加減されたようですね」


 地面に大の字で倒れているキリカが不機嫌そうに言った。天族への忠誠心が厚いキリカは、魔族に手加減されるのが屈辱なのだろう。


「さすが先生達だわ。強いわね」


 逆に先生を未だ強く慕っているビアンはどこか嬉しそうに笑った。私もつられて苦笑する。


「そうね。強いわ」


 ここまでコテンパンにされたら素直に認めるしかないだろう。そして同時に思う、この世界は凄い。


 向こうの世界では心から魅せられた生物はマイスターただ一人だった。彼だけが特別で、彼だけが輝いていた。だがここではーー


「ねえ、皆」


 私は倒れ伏す仲間達を見回しながら声をかけた。


「何だ?」

「何ですか?」

「何?」


「強く、なろうね」


 いつかの誓いをもう一度口にする。あの日も今日みたいに先生との力の差を叩きつけられた。


 あれから十年近く、皆必死に修業してきた。それなのに力の差は縮まるどころかどうしようもないほどに開いていた。


 全力でここまで走ってきたからこそ、越える目処すら立たない壁を前に心が折れたって可笑しくない。二度と立ち上がれなくなったって不思議はない。だけどーー


「「「当然」」」」


 誰もが諦めていなかった。このままでは終われない。終わってなるものかと、その魂は環境(くなん)を克服するという宿命を背負った、美しい生命ならではの輝きに満ち溢れていた。


 ねぇ、マイスター? ここはあまりにも眩しい輝きが多くて、多すぎて。ともすれば天上(あなた)の輝きすら星々が覆い隠してしまいそうになるわ。


 それでも、それでも私の貴方に対する気持ちは揺るぎない。だからもう少しだけ寄り道を楽しむ私をどうか許してね。


 仕方のない奴だ。


 そう言って苦笑するマイスターの声が今にも聞こえてきそうで、月を見上げる私の頬を涙が一粒だけ伝って落ちた。


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