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師からの誘い

「えーと、ちょっと聞きたいんだけど。フーラとミーヤの姉妹で間違いない感じ?」

「な!?」

「うおお!?」


 突然のその声に私とマレアは飛び上がらんばかりに驚いた。


 先生達に気を取られ、半人半魔であるフーラ姉妹から視線を外したのはほんの僅かな間でしか無かったはずだ。だと言うのに気付けばいつの間にか姉妹の前に複数の魔族が立っていた。


 ウサギの耳。猫の耳。犬の耳。それはこちらの世界ではさほど珍しくない獣人の特長。そう、相手はただの獣人。それもたった三魔しかいない。なのにーー


「じゅ、獣人…ですか? 本当に?」


 杖を構えるキリカの体が震えている。いや、キリカだけではない。どんな時も余裕と笑顔を絶やさないあのマレアでさえ、全身にびっしょりと汗をかき、その体を小刻みに震わせていた。そして私もまた、全身に走る悪寒を止められずにいた。


「あ、貴方達は魔人国の?」


 半魔の商人フーラは信じられないものを見るかのように目を見開いている。助けを願ってはいても、まさか本当に来るとは思っていなかったのだろう。


 かくいう私もまさか本当にたった二人の人間のために魔族が救援に来るなんて思ってもいなかった。


 フーラの質問にウサギ耳の獣人は腕を組むと、何やら眉間にシワを寄せ始めた。


「それはちょっと難しい質問ね。確かに魔人国は私達の主が作ったものだけど、私達自体は貴方を迎えに来ただけで魔人国とは関わりないの。…いや、主が作った物だから、やっぱりあるのかな? うーん。難しい」

「何バカなことで悩んでんのよ。私達はリバークロス様の女なんだから関係あるに決まってるでしょうが」

「でも、ネコミン。私達なんの役職も与えられてないよ」

「馬鹿ね、ウサミン。私達にはリバークロス様の女っていう立派な役職があるでしょう。言わば王妃よ王妃」

「え? 私知らぬ間に王妃になれてた!? やったー…って、あれ? そういえば私って元々…」 

「ウサミン、ネコミン。遊ぶのもいいが護衛対象が困惑してるぞ」


 どこかお気楽そうな二魔の獣人を真面目そうなイヌ耳の獣人が諫める。


「えーと。その…」


 さすがの海千山千の商人もこの状況に戸惑いを隠せない様子だ。しかしその妹、ミーヤは少々様子が違った。


「わー。お姉ちゃんさん達、獣人さんなの?」

「ちょ!? ミーヤ」


 ミーヤは無邪気な笑みを浮かべるとウサギ耳の獣人の元へと駆け寄った。


「フッフッフ。その通りよ。見るといいわ、この可愛い自慢の耳を。そして尻尾を。私の名前はウサミン。かつて解体場でマイクを握っていた人気ナンバーワンの解説者にして、あの『色狂い』すらも恋に落とした魔性の女よ」

「そして私の名前はネコミン。かつて解体場でマイクを握っていた人気ナンバーワンの解説者にして、あの『色狂い』の寵愛を一身に受ける獣人界のアイドルよ」

「イヌミンだ。よろしく」


 ちょっと? ナンバーワンが二人いるわよ? そして最後の一魔、やたらとテンション低いわね。…あいつがリーダーかしら?


「わー。ねーねー。見て見て。私も獣人。私も獣人なの」


 フードを脱いで狐の耳と尻尾を見せるミーヤ。大きくな瞳にぷっくらとした唇。半魔の少女は年相応の可愛らしい顔立ちをしていた。


「なるほど、これは立派な耳と尻尾ね」

「そうね。中々やるじゃない。認めてあげるわ」


 ミーヤの耳や尻尾をウサギ耳とネコ耳の獣人がこれでもかと撫で回す。


「えへへ。ねぇねぇ。お姉ちゃん。誉められた。私、耳と尻尾を誉められたよ」


 獣人の手から離れたミーヤは姉の胸に飛び込んだ。半魔の商人はそんな妹の頭を慈愛に満ちた表情で撫でた。


「良かったわね、ミーヤ」

「うん。ねぇねぇ、獣人のお姉ちゃん達。私の耳と尻尾、おかしくないよね?」


 笑顔から一転し、ミーヤは不安そうな面持ちで獣人達へと問いかけた。


「別に可笑しくないけど。…何でそんなこと聞くの?」

「だってみんな私の耳や尻尾をみて、酷いこというし、お姉ちゃんに酷いことするし…」


 さっきまで無邪気に笑っていたのに、もう泣き顔に変わる。子供の百面相は相変わらず凄いわねと場違いなことを思った。


 ウサギ耳の獣人が怒ったように拳を握りしめる。


「何ですって? そんな奴等は私達がぶっ殺してやりますよ。ねえ? ネコミン」

「そうね。同胞を傷つける奴は誰だろうと許さないわ。そうでしょ? イヌミン」

「私達の任務は暗殺じゃなくて護衛なんだが…。まぁ、二魔がやると言うなら殺るがな」


 獣人達が何やら物騒極まりないことを言ってる。


 てっ、ちょっと待ってよ? まさかとは思うけどそのぶっ殺す相手って私達も含まれていないでしょうね?


 拙い。拙いわ。何とかしてこの場から逃げなくては。でも無理に動いて注意を引きたくないし。その姉妹は喜んでプレゼントするから、このまま立ち去ってくれないかしら。


「ねぇねぇ、同胞って?」

「仲間ってことよ」

「仲間? 仲間!? わーい。仲間、仲間」


 はしゃぎ回るミーヤ。それに比べて私達を取り巻く雰囲気はお通夜のそれだ。


 しかしそれも無理はないだろう。何なの? 一体何なのよ、あの化物達は? 群れとしては優秀でも、個としては平凡。今まで抱いてた獣人に対するイメージが一変しそうだ。


 上級魔族なら見たことはあるし、戦ったこともある。下位、中位、上位と同じ階級でもその力に差があるのも知っている。でも、だからって、ここまで、ここまで違うものなの?


 理解した。これが本当の上級魔族なのだ。人を作った創造主、天族に対をなす存在。人では決して敵わない頂きに住まう者達。


「ウサミン。こいつらはどうする?」


 そんな化物の一魔であるイヌ耳の獣人が、冷たい一瞥を私達に向けた。


 見たところコイツが一番立ち振る舞いに隙が無い。単純な性能スペックは勿論のこと、剣術や体術でも勝てる気がまるでしないわ。


「うーん。リバークロス様からは極力殺すなと言われているし。放置かなー」


 ウサギ耳の獣人は腕を組むと考え込むように首を傾げた。イヌ耳に意見を聞かれたと言うことはコイツがリーダー? 見た感じ多分体術とか基本的な技量ならイヌ耳の方が勝ってる。でもこのウサギ耳、何だか得体の知れない怖さがある。まるでウサギの皮を被った竜を見ているかのような。ひょっとすると単純なパワーではこいつが一番やばいかもしれない。


「でもリバークロス様、邪魔な者がいたら容赦しなくていいって言ってたじゃない」


 ツンと澄ました感じのネコ耳がウサギ耳に反論した。もしも戦闘になった場合、三魔の中ではこのネコ耳が一番狙い目……だと思う。しかし何だろうか? 三魔の中で一番『弱い』イメージの獣人だが、どこかそれが嘘くさい。まるでわざと自分を狙わせようとしているかのような、そんな雰囲気があった。


「邪魔というほどでもなくないか?」

「確かに。ウサミンは少し短気だよね」

「ちょ? 何よその心外な評価は」


 何やら言い争い(というかじゃれ合い?)を始める三魔。よし。そのまま私達のことは綺麗に忘れて、さっさと帰ってくれると私はメチャクチャ嬉しい。


「あ、あの、ウサミン…様?」


 言い争う獣人達に何を思ったのか、おっかなビックリと半魔の商人が話しかける。


 それに獣人達、特にウサギ耳がピタリと動きを止めた。


「い、今何と?」

「え? う、ウサミン様…ですよね?」

「さ、様呼ばわり。ふふふ。ゴホン。うん。何かな?」


 ウサギ耳のあからさまな態度にネコ耳がため息をつく。


「あんたねー。一応は王の娘でしょうが。様が付いたくらいで悦に浸るんじゃないわよ、恥ずかしい」

「ウサミンらしくて良いじゃないか」

「二魔ともシー。今このウサミン様が迷える同胞の相談聞いてるから。メッチャ良いところだから」

「あ~。はいはい。邪魔して悪かったわね。で? アンタはウサミンに何を言いたいわけ?」

「は、はい。あのですね…」


 獣人の独特のテンションに戸惑いつつも、半魔の商人はこちらを指差した。…………ん? こちら?


「そこにいる奴等は勇者と聖女です。油断しない方が良いかと」


 ちょっとおおお!? 同じ人間同士、見逃してあげようとか思わないわけ? いや、勿論私が言えた義理じゃないのは分かってるわよ。それに多分商人である彼女には分からないんでしょうね。その三魔の獣人がいかに規格外かを。


 油断? アホか。そんなもんで覆る力量差じゃないわよ、コレ。


 こうなったなら互いの実力差を正しく認識している獣人達が強者の余裕を見せてくれることを願うしかないわ。


 しかしーー


「勇者? なら軽くぶっ殺しといたほうがよくないかな、ネコミン」

「そうね。それがいいわ。リバークロス様には安全の為に殺したと報告しましょ」

「やれやれ。ならさっさと殺るぞ」


 闇の中で獣の瞳が異様に輝く。捕食者が獲物を狙うその瞳に全身の肌が粟立った。


 咄嗟に臨戦態勢を取る。取るが……駄目だ。殺られる。


 そう確信した。その直後ーー


「待て。そこの勇者はカエラ・イースターだ」


 黒い甲冑を身に纏った銀髪の女性が獣人達の前に立ち塞がった。


 その声を聞くのはおよそ十年ぶりとなるだろうか。姿や雰囲気が変わっても、聞けば安堵感を覚えるその声音だけは記憶にあるものと何ら変わらなかった。


 ウサギ耳が先生をキョトンとした顔で見つめる。次に大声を上げた。


「え!? そ、それってリストの一番上の? …危なかった~」

「き、気を付けなさいよね、ウサミン。危うくリバークロス様に怒られるところだったじゃない」

「ネコミンだって賛同してたでしょ」

「私はアレよ。ウサミンを試してたのよ」

「ハァー?」

「フゥー?」


 耳や尻尾の毛を逆立てにらみ合う二魔。そこにイヌ耳が割って入る。


「落ち着け二魔とも、それよりどうする? 一緒に連れて行くか?」

「どっちでも良いけど、潜んでるのはどうする? 何か少し厄介そうなんだけど」

「え? ネ、ネコミン。気づいてたの?」

「当たり前でしょうが、アンタ私を馬鹿にしてるわけ?」

「実は少し」

「フゥー!?」

「ハァー!?」


 再び毛を逆立てて睨み合う二魔。イヌ耳は今度は仲裁せず、何故か月明かりで伸びる私の影を指差した。


「と言う訳だ。隠れても無駄だ出てこい」


 は? 何? と思ったのも一瞬のこと。イヌ耳の言葉に応えるように周囲に澄み渡った思念が響き渡る。


「アッチャー。不意をつくつもりだったけど気付かれてたか」


 私の影が湖面のように揺れ、そこから青い髪に四枚の白い羽を生やした美女が姿を現した。


「サンエル」


 もしもの時に備えて近くに居るとは言っていたが、空間魔法を使って私の影にくっついてたなんて。…便利そうね、その魔法。今度やり方を教えてもらおう。


「カエラ達には手を出させないよ」


 私の前へと移動したサンエルの手に水の槍が形成される。それを前にウサギ耳がシャドーボクシングのように拳で風を切った。


「ウサ。ウサ。ヤるってんなら相手になるわよ。獣人の力、見せてあげるんだから。そうでしょネコミン」

「そうよ。そうよ。私達の力を思い知ると良いわ。ね? イヌミン」

「私はそれで構わないのだが…」


 イヌ耳は先生に問うような視線を向けた。先生は仮面越しにその視線を受け止める。


「俺がやる。お前達は下がってろ」

「はー!? なんで私達が貴方の言うこと聞かなきゃいけないのよ?」

「そうよ。そうよ。あんま調子に乗ると痛い目見せるわよ、元人間」

「……五月蝿い奴等だ」

「ハァー!?」

「フゥー!?」


 毛を逆立てるウサギ耳とネコ耳。二魔が好戦的なのか、それとも先生が嫌われているのだろうか。いきなり三者の間に一種即発の空気が生まれた。


「ウサミン。イヌミン。ここは引こう。リバークロス様にもギンガリバー殿と喧嘩しないようキツく言われているだろう」


 またも間に入ったのはイヌ耳の獣人だった。ウサギ耳が仕方ないとばかりに肩をすくめる。


「ふっ。どうやら命拾いしたウサね」

「まったくネコね」


 何故急に語尾にウサとネコが? 個人的な疑問はあるものの、一先ず下がる様子を見せるウサギ耳とネコ耳に、私は安堵した。


 しかしその代わりに先生が私達に近付いてきた。そのすぐ後ろにはマーレ先生の姿もある。


 仮面越しの視線がかつての相棒へと向けられる。


「サンエルか。久しぶりだな」

「ギンガ、それにマーレちゃんも」

「お久しぶりです、サンエル様。お元気そうで何よりです」


 マーレ先生が頭を下げた。こういう所を見ると昔とあまり変わってないように思える。


「君達も……というのは変かな」

「何故でしょうか? 私は素晴らしい主に恵まれ、とても充実した日々を過ごしています。サンエル様にもその事を喜んでいただければ嬉しいのですが」


 そう言って微笑むマーレ先生。あ、やっぱり前言撤回。なんか仕草というか喋り方というか、とにかく記憶の中のマーレ先生と比べて妙に艶っぽくなってるわ。これは完全にアレだわ。……うん。アレだわ。


 私と同じようにマーレ先生の内面の変化を感じ取ったのか、サンエルは沈鬱な表情を浮かべる。


「それは…ごめん。無理だよ。喜べるわけが…ないよ」

「そうですか、残念です」


 口ではそう言うが、全然残念そうには見えないマーレ先生。こう言う淡白なところは昔のままと言った感じだ。


 サンエルは先生達に恐る恐る尋ねた。


「ね、ねえ、二人とも。戻ってくる気はない? ううん。戻っておいでよ」

「お言葉ですがサンエル様。見ての通り既にそちらに私達の居場所があるとは思えません」


 マーレ先生は自身の姿を見せつけるように両手を大きく広げた。魔族、それも飛びっきり強力な者の魔力で染まった褐色の肌と銀の髪。魔法の心得がある者ならば、いやそうでなくとも目の前の女性が魔に属する者だというのは一目瞭然だろう。


 サンエルもそれは分かっているだろうに、諦めきれないのだろう。叫んだ。


「ぼ、僕が守るから!! 今度こそ君達を。だから…」


 ちょ? 不用意に距離を詰めすぎでしょ。冷静さを欠くサンエルを止めようと前に出ようとした、まさにその時だーー


「サンエル」

「な、何? ギンガ」


 先生に名前を呼ばれてサンエルの顔がパッと輝いた。しかし続く先生の言葉はとても冷ややかだった。


「お前にそんな力はない」


 直後、先生は手にしていた槍を投擲した…と思う。思うというのはその動きがまったく視認できなかったからだ。激しい衝撃波が発生したかと思えば、自然体だった先生の体勢は何かを投げ終わったかのような姿勢に変わっていた。


「え?」


 と声を出したのは私かマレアかキリカか。それは分からないが誰もがサンエルが吹き飛ばされるまでの過程を認識できなかったのは間違いない。


 もしもこれが自分達に向けられた攻撃だったら? 背筋に冷たいモノが走った。


 ………格が、違う。師弟時代何て比べ物になら無いくらい遥かに、そして圧倒的なまでに、先生は私達を置き去りにした高みに立っていた。


「ちょっとギンガリバー! 小さい子もいるんだからもう少し気を付けてよね」


 衝撃波から半魔の姉妹を守ったウサギ耳の獣人が先生を睨む。


「そいつらを守るのはお前達の仕事だ」

「ふーんだ。そんな低い声出しても夜リバークロス様に呼ばれもしない貴方なんか怖くないし」

「そうよ。そうよ。私なんか毎夜のようにスゴいことして貰ってるんだから」

「いや、ネコミンの凄いことは少し意味が違うような」

「リバークロス様も力加減が難しいって言ってたもんね」

「ちょっ!? アンタ達どっちの味方よ。特にウサミン」

「はっ!? そうだった。とにかく私達の仲間を傷つけないように気をつけてよ。じゃないとブッ飛ばすから」


 そう言ってミーヤを抱き上げるウサギ耳とフーラを背中に庇うネコ耳。


「スミマセン。気をつけます」


 そんな獣人達にマーレ先生が頭を下げるが、先生は構わず私達と向き合った。


「さて。…随分と久しぶりだな、お前達」

「……ご無沙汰しています」


 何て言って良いのか分からず当たり障りの無い言葉でお茶を濁す。ヤバイ。これってさっきとは別の意味でピンチだわ。


 そもそも死んだと思っていたら魔族に捕まって、恐らくはあんなことやこんなことをされて魔族の仲間入りをしたであろう先生二人に何て声を掛ければいいわけ? き、気まずい。


「先生!」


 そんな私の悩みを吹っ飛ばすかのような大声が響き渡った。てっ、何でアンタが?


「ビアンか」


 ちょっとビアンさん? 同じ先生の教え子として気持ちは分かるけど、アンタは副隊長として皆を逃がすのが先でしょうが。


 中継者でもあるビアンに思念を放つが、無視しているのかそれとも本気で気付いていないのか反応はない。二人の先生を見つめるビアンの瞳から涙が溢れた。


「生きて、生きておられたんですね」

「ストップだ、ビアン」


 感極まった様子で夢遊病患者のようにフラフラと二人に近づこうとするビアン。それをマレアが止めた。


 そしてマレアは抜き身の刃を二人の師へと向ける。


「ギンガ、マーレ」


 マレアの表情は戦闘中でも滅多に見せない厳しいものだった。


「何だマレア。聞きたいことがあるなら言え。らしくないぞ」

「答えられる者は全て正直に答える。約束する」


 厳しい父のようでも、優しい母のようでもある。昔と変わらない二人の反応に、マレアの顔が一瞬だけ歪む。しかしそれも一瞬のことだ。


「二人は俺達の敵…なのか?」

「それは貴方達次第」


 応えたのはマーレ先生だった。私はすかさず質問した。


「どういう意味ですか?」


 いや、大体予想はつくんだけど、今はとにかく時間を稼がないと。まったくサンエルの奴はどこまで吹き飛ばされたのよ。さっさと戻ってきなさいよね。


「魔人国に来ない?」


 マーレ先生の言葉は予想通りのものだった。なのにーー


「そ、そんな…」


 何故かショックを受けた様子のビアン。駄目だわ。今のビアンは使いものになりそうにない。


 後ろで控えているオカリナ達に念話で撤退を指示しながら、私は会話を引き伸ばす。


「私たちに魔族の奴隷になれっていうんですか?」

「奴隷ではない。部下だ。不自由は出来る限りさせない」

「特にリバークロス様は何故かカエラに御執心。来たら好待遇間違いなし」

「私に?」


 アンデットの屋敷でも聞いたが、どうやら『色狂い』が私のことを狙っているというのは本当らしい。


「何故私なんですか?」


 先生は軽く肩をすくめた。


「さあな。美人という評判と天才という評価が気に入ったんじゃないのか? どこで知ったかは知らんが。とにかく一度会ってみたいと言っていた」

「……それだけですか?」

「それだけだ」


 ど、どうしよう? 勘だけどこれ、……めっちゃマイスターぽい。マイスターきた? マイスターきちゃった? 


 いや、落ち着け。落ち着くのよ私。これで違いました、だったらかなりヤバイ。でも当たりなら? ぶっちゃけマイスターが魔族になってるなら、なっているで構いはしない。


 マイスターの傍にいられるなら性奴隷だろうが何だろうが立場なんてどうでも良い。ただあの人の側にいたい。ううん。求めて欲しい。違う、愛して欲しい。いや、やっぱりそれも違う。欲しい。そうマイスターが欲しいのだ。


 彼を所有したい。彼に所有されたい。私を拾い、育て、魔術という御業を叩き込んだ彼は私に取ってのすべて


 マーレ先生が感情を読み取らせない静かな面持ちで聞いてくる。


「それでどうする? 来る?」


 その声音はとても落ち着いた、マーレ先生らしいものだった。しかし私には分かった。静かな声音に隠された激しい葛藤を。師として弟子を案じる気持ち。そして女として別の女を好きな男の元に連れていく複雑さ。


 その気持ちは私にもよく分かる。私もそう。全てを捨てて、ただあの人を追ってきた。


 マイスターが望むなら何でも用意する。例えそれが私の望んでいないものでも。


 そう、初めから迷うことなんて何もない。


「いいわ。行くわ」


 貴方に会うためなら何処にだって。


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