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ギルド『ヴァルキリー』

「あ、団長。お帰りなさい」


 ギルド『ヴァルキリー』本部。ここ数年自宅となっているその建物に入ると、白いシャツの上に黒いベストを着た右目に傷があるポニーテールの女性が出迎えてくれた。


「ニル、留守中問題は無かったわね?」


 ニル・ニルニア。ギルド『ヴァルキリー』の一員で普段は受付や連絡係などをやってくれている、私達ギルドの縁の下の力持ち的な存在。


 元冒険者で戦闘能力も高く、人手がないときは現場にも出る超有能な年齢不詳のお姉さんだ。


 右目にある傷のせいで黙っていると子供とかに怖がられたりもするが、実際は気さくで面倒見のいい人だ。


 そんなお姉さんは私の質問に人の良さそうな笑みを浮かべた。


「はい。何の問題もありませんでしたよ。ただ新たな仕事の依頼が三十件程来ています」

「三十? 多すぎでしょ」


 ここを離れてから二週間しか経っていない。それなのに三十だなんて。どう考えてもウチのような中規模のギルドが回せる数ではない。


「うわー。俺たちモテモテだな」

「嬉しい悲鳴という奴ですね。筋肉が鳴ります」


 マレアとキリカのお気楽コンビがお気楽なことを言っている。特にキリカと違いマレアは事務仕事を一切手伝わないから本当に気楽なのだろう。


「でも、討伐依頼ならまだしも今回のように調査が必要な依頼だとどう考えても無理な数よね。一先ず仕事の内容を確認するのでニアさん依頼書を見せて下さい」


 さすがは我らギルドの頼れる副団長ビアンね。もう一人の副団長さんにも見習って欲しいものだわ。


「そう思わないかしら? マレア」

「んー。良く分からないけど、多分カエラが言うのは間違ってると思う」


 い、言うじゃない。本当にこの子の勘は獣じみてるわね。


 ニアがビアンに書類を渡す。


「一応半分ほどは目を通して重要度別に分けています。残りも私が見ましょうか?」

「いえ、ニアさんには皆に支払う報酬の手続きをお願いします。明日と明後日はギルドを休みにするので、今日のうちに支払い可能にしておいてくれませんか」

「分かりました。教会からは既に振り込まれていますので、そんなに時間は掛からないと思います。あと、今回の仕事で使った魔力石は教会が出してくれるみたいなので、団長、すみませんが後で良いので使用した魔力石の数を教えてください」


 どうしようかしら? 謙虚に十と言うべきかしら? それとも大胆に三百と答えるべきかしら? 悩ましい問題ね。


「ああ。今回は魔力石を使わなかったので、必要経費だけを申請しておいて……」

「七色の魔力石を三十使ったわ。そう申請しておいて」

「……カエラさん。あなたね」


 ビアンが親友に向けるにはそれってどうなの? といった感じの視線を向けてくる。


「何よ? 私は勇者よ。どのみち申請すれば通るわ」


 勇者には各国から無条件で様々な武器や魔力石が提供される。しかし当然だが無尽蔵というわけではないので、用途やこれまでの実績を考慮し、場合によっては支給されない時もあるのだ。


 何よりも面倒なのが支給申請の手続きで、実は渡す気ないんじゃない? と思うくらいに時間が掛かる。だからこういう貰えるチャンスを活用したからと言って罰は当たらないはずだ。……多分。


 しかし私は忘れていた。ギルド『ヴァルキリー』には人一倍規則に五月蝿い聖女様がいたことを。


「カエラ! 貴女の言うことも分かりますが、規則は規則です。嘘をつくなんて私が許しま……」

「どう思う、サンエル?」

「ん? 別にいいんじゃない。それくらい」

「ははー。サンエル様がそうおっしゃられるなら」


 部屋のど真ん中でジャンピング土下座を敢行するキリカ。


 ふっ。真面目な聖女様もどうやら創造主様のご威光には勝てなかったようね。絶対的なヒエラルキーの前には個人の意思なんて所詮は儚いものよね。


「虚しい勝利だわ」


 私は天井から降り注ぐ人工の光を見上げ、思わず目を細めた。


「そう思うなら止めなさいよね、まったく。それじゃあニアさん報酬の方はお願いしますね。私は二日以内に残りの仕事も選別しておきますから」

「まだ結構ありますよ。大丈夫ですか?」

「そうですね。何処かの団長様が手伝ってくれれば楽なのですが」

「やりたい研究が沢山あるので、パスでお願いします!」

「あ、貴方と言う人は」


 駄目だこりゃ。とばかりに頭を押さえるビアン。それにしてもこの子美人に育ったわね。オッパイも大きいしマイスターが気に入りそうだわ。今度寝込みを襲ってみようかしら? ……いや、やっぱり止めておこう。マレアと違って冗談じゃすみそうにないのよね、この子。


「あの、ビアンさん。私もお手伝いします」

 

 そう主張するのは緑色の髪に尖った耳のエルフ。彼女こそウチのギルドの次期エース候補、オカリナだ。


「私はオカリナのサポートをするだけだ。しかし書類仕事はあまり得意ではない」

 

 ニメートル近い長身に筋肉でふくれあがった体。彼女こそはウチの筋肉オブ筋肉。ハンマナさんだ。


「大丈夫です。ハンマナさんは休んでいてください。私はやれます。いえやりたいんです。お願いします団長、私にやらせてください」


 おお!? 相変わらずグイグイ来るわね、この子。その調子で私に楽をさせて欲しいものだわ。


「じゃあ仕事の選別はビアンとそれからオカリナにお願いするから、好きなのを選んじゃって。あっ、分かってると思うけど全部を受ける必要は無いわよ。それからニア、これから来る依頼は時間指定のない依頼以外は断って。先ずは今来てるのを終わらせましょう」

「既に来ている依頼を断る際、理由は何と言っておきますか?」


 ニアの質問にちょっと考える。


「正直に依頼が一杯ですで良いわよ。ただしその際にそれぞれの依頼に適したギルドを紹介してあげて。それで角が立たないでしょ」


 別にギルドの仕事に拘りがあるわけではないが、一応稼ぐ手段である以上、お客さんは大切にしておかないとね。


「早急でないものなら待って貰うこともできるのでは?」


 ニアのもっともな意見に私は肩をすくめて見せた。


「いいわよ、そんなに無理して仕事を詰め込まなくても。もっと余裕をもって働きましょ」


 個人的にはいいことを言ったつもりだったのだが、ビアンにはお気に召さなかったようだ。


「まったく、ギルド創設時の働き者なカエラは何処に行ったのかしら?」

「失礼ね。今だって部下に適量の仕事を振るできた上司でしょうが」


 そもそも元々私がギルドを作ったのはマイスターを探し出すためのコネクション作りの一環だ。既に名も売れてある程度の人脈が出来た以上、無理をしてまで働くことはない。必要な分の金が稼げればいいのだ。

 

 ギルドを中規模に留めているのも、これ以上人と仕事が増えてマイスター捜しと魔術の研究の邪魔をされたくなかったからだ。


 そんな私の考えを察しているかのように、ビアンがこれ見よがしのため息をついた。


「単に他に時間を割きたいだけでしょ?」


 うっ。す、鋭いわね。流石は幼馴染み。こう言うときは三十六計逃げるに如かずね。


「何とでもどうぞ」


 それだけ言ってさっさと部屋に戻ろうとしたのだが、ニアに呼び止められてしまった。


「あっ、団長。入団希望者がまた複数来てますが、どうしますか?」

「次の仕事が決まった後に時間が作れたら作るわ。悪いけど少し待ってもらって。面接の方はいつも通りハンマナさんとマレア、お願いね。ただし余程の実力者以外は要らないわよ」

「分かった。やろう」

「りょーかい。へへ。任せとけ」


 ハンマナさんは人生経験から、マレアは獣じみた直感で人の本質を暴くのが上手い。最近ではギルドの面接は専らこの二人の仕事となっていた。


「あ、あの団長」

「ん? 何よ」


 まだ何かあるのかと視線を向けると、ニアが困った顔で微笑んだ。


「いえ、今回の入団希望者なのですが、男性も何名か希望しています。こちらはどうしましょうか?」

「男か。弱ったわね」

「はい。基本的には私達のギルド『ヴァルキュリー』は女性だけのギルドと説明したのですが、せめて自分達の実力を団長に見て貰ってから決めてほしいと」


 単なる女好きか、売り出し中のギルドに入って名を売りたいのか、理由は知らないけど、よほど腕に覚えがあるのかしら? それともただのバカ?


 うーん。魔族の動きも不穏だし、実力を見るくらいしてもいいかしら? 悩むわ~。


「俺は男でも強ければ歓迎だぜ」

「私も構わないが、異性でもめるギルドは多い。性別を分けた団長の方針はギルドの結束を高めるという点では効果的だ」


 マレアとハンマナさんの面接官コンビがそれぞれの意見を言う。


 いや、マイスターを迎え入れる時、女性ばっかりだったら喜んでくれるかなと女性ばっかりを入団させていたら周りが勝手に勘違いしただけなんだけどね。


 うーん。でもマイスターって男が居る女を抱きたがらないから、ギルドのメンバーに変な虫がくっつかないようにやはり男は入れない方針で良いかな。


 マイスターがギルドなんて必要ないと言ったら、私もギルドをビアン辺りに任せてマイスターに付いて行く気だけども、さすがに数年(マレア達に至ってはもう十年以上)一緒に居れば情も移る。


 だからこそこのギルドをマイスター好みにしておいて、再会したときマイスターに団長をして貰うのがベストなのよね。


 それに何よりもギルド内で男女間のトラブルが発生したとき、団長としてそれに巻き込まれるのが面倒すぎる。


「今まで通り男は断って。あまりにしつこいようならマレア。やってしまいなさい」

「おお。任せとけ」


 勇者ではないがマレアの実力はかなりのものだ。その上私が作った幾つもの自信作を装備しているので、『剣聖』でも出て来ない限り勇者にだって負けはしないだろう。

 

 マレアに勝てるようなら人格次第では入団を考えないこともない。


「僕は天界城への訪問で疲れたから、もう休むね。お休みー」


 サンエルの言葉にギルドの皆が慌てて頭を下げた。そのままサンエルは自室がある四階に行くのかと思えば、壁の前で何故か宙に浮かぶその体を止めた。


 あら? あんな所に絵なんてあったかしら? 


「ニア、あの絵は?」

「ああ。前回の依頼主が報酬と一緒に置いていったんですよ。せっかくだから飾ってみたんですが、拙かったでしょうか?」

「いや、私は構わないわよ」


 マイスターが居るならマイスター好みになるように内装にも気を配るが、マイスターがいないならそんな細かいところは勝手にやってくれればいい。


 それにしてもえらく熱心に見てるわね? 私はサンエルが気になって、その隣まで移動する。


 サンエルが呟いた。


「『因縁の始まり』か。久々に見たな」


 その瞳はここではない、何処か遠くを見つめていた。

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