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聖女様と影の人

「キリカ、何一人で行動しているのよ、最低でも二人一組で動くよう厳命したはずだけど?」


 補助関連のスキルに特化した聖女でありながらも、個人としての実力もピカチイなキリカではあるが、基本的に魔族の方が能力面で上なのだ。


 チームも組まずに一人で魔族と戦うなんて、よほどの凄腕かただの馬鹿だ。私だってこの『向上の鎧』の試運転と言う目的がなければ一人では戦わなかった。

 

 私はギルドの団長としてあまりにも迂闊な行動をとった年の離れた友人を睨みつける。しかし向こうはもっと怖い顔で睨み返してきた。


「貴方がそれを言いますか。私が一人でいるのはどこかの困った団長のせいなんですけどね」

「その点については説明したでしょ」

「念話で一方的に新しい鎧の性能を確かめたいとだけ言って、こちらの意見も聞かずに勝手に突入するのを説明したとは言いません」

「し、仕方ないじゃない。突然この鎧での戦い方を閃いたんだから。都合良く目の前に試せる相手が居れば試すでしょ、普通」


 マイスターだって閃きは大事にしろって言ってたし。うん、マイスターが言うんだから間違いないわ。


「と言う訳で、私は悪くないわね」

「何がと言う訳なんですか? 悪いに決まっているでしょう。今はサンエル様がおられますが突入時には居なかったですよね?」

「え? ど、どうだったかな?」

「居なかったよ-。天界城に顔を出してたからね。戻ってきたら丁度カエラが大量のアンデットを一人で焼いてるんだもん。その姿のマジラブリー。愛おしいったらありゃしないぜ」


 私を抱く腕に力を込めるサンエル。つーかこういう時は私に話を合わせなさいよね。相変わらず気が利くのか利かないのかハッキリしない奴ね。


「まったく、貴方という人は…」 


 キリカが頭痛を堪えるかのようにこめかみに手をやる。いけない。このままではお説教コースに突入してしまう。私はさっさと話題を変えることにした。


「敵の主戦力は潰したわ。そっちは?」

「こちらもあらかた片付けました。外はマレアさん達が見張っているので一魔たりとも逃がさないはずです」

「なら、後の問題はあれね。……どうしようかしら?」


 この館の地下には魔族達が『荷』と呼ぶ人間達が居るはずだ。これが捕らえられただけの人間なら何の問題も無いのだが、何と驚いたことに、ここにいるのは自らの意思で魔族の元に向かうと決めた人間達なのだ。


「どうするもなにも、彼らを保護したのち、その身柄を一旦教会に預けるしかないでしょう」

「それしかないわよね」


 預けるとは言うが事実上の拘束、恐らくは厳刑に処されるだろう。何よりも自らの意思で魔人国に行こうとした人間が大人しく教会まで付いてきてくれるとは思わない。かといってあまり手荒なことをするのもあれだし。


 ……鎧の試運転も終わったし、帰っちゃ駄目かしら?


「はぁ、こういう問題があるからこの手の仕事は受けたくなかったのよ」

「仕方ありません。教会からの指示です」


 私達勇者や聖女がどの国でも優遇されるのは天族との窓口になる教会の力あってこそだ。である以上、教会の意思を無視することはできない。例え教会から得られる様々な恩恵を捨てたとしても、どの国にも顔が利く教会に好き好んで逆らうような理由などないのだから。


「別に私達じゃなくとも教会には優秀な手駒がたくさん居るでしょうに」

「天領第二等区の人間が自ら進んで魔人国へ行こうとしているのです。この事実を重く見たのでしょうね」


 この世界は魔力渦というものに囲まれた長方形の形の大陸で出来ている。大陸の丁度中心に盾の王国があり、そこから第四等区、三等区、二等区、一等区、0等区と分かれている。


 天領第0等区は天族達が住まう場所で、天族達の本拠地である天界城がある。同じように魔領第0等区には魔王が住むと言われる魔王城があるらしい。ちなみに第0等区の更に後ろには特区と呼ばれる場所があるらしいが、それについての詳細は不明だ。


 アイギスという強力な結界に守られて長い間天領第一等区に住む者達は戦争とは無縁で居られたらしいのだが、何年か前の戦いで魔王がそのアイギスを破壊してくれたお陰で、人の世にかつてない大混乱が起こった。


 その混乱に拍車をかけるように『色狂い』が魔人国なる国を建国。そこに天族を裏切った三種族を堂々と住まわせ始めた。またこの国の初代女王となり『色狂い』から魔人国の一切の統治を任されているのが、あの盾の王国の元女王だというのだから驚きだ。


 今や女王は人類史上最悪の淫売とまで呼ばれ、その悪評はとどまるところを知らない。しかし逆に女王が有名になればなるほどに、人間が統治しているならばと、犯罪者を中心にこちらの世界に居場所を見つけられなかった者達が魔人国へと流れて行く。その流れは年々上昇傾向にあった。


「はぁ。魔族と戦うだけならともかく、人間も相手とか。何処の世界も結局は変わらないわね」


 魔人国で二番目に有名なのは『色狂い』の忠実なる臣下、魔人国大将軍ヘイツリバー。彼については一方的に複雑な想いを抱いているので、出来れば戦いたくはない。


「カエラ。貴方の実力は認めますが、愚痴が多いのが欠点ですよ。もっと筋肉をつけなさい」


 そういって着ていた法衣を脱ぎ捨て、ポージングって言うんだったかしら? それっぽい格好で力こぶを出してみせるキリカ。法衣の下に一応インナーを着てはいたが、それでも隙あらば脱ごうとするそのスタイルは何なのだろうか。


 あれかしら、裸族なのかしら? それとも露出狂? 何にしろいくらサンエルが居るからと言っても油断しすぎだ。


「こんな所でストリップなんか止めてよね」

「ストリップではありません。肉体美です」

「いや、確かに綺麗だけどさ」


 綺麗に六つに割れた腹筋はモデルのようにスラリとした体によく似合っていた。


 何よりも一見まともそうに見えて拘る場所では常識を外れるその性格は、私達魔術師に似ていて親近感がわくので嫌いではない。


「勇者様。聖女様。ご心配には及びません」


 おっといけない。私としたことが油断してたわ。


 いつの間にか部屋の入口に黒い仮面と装束に身を包んだ一人の女性が跪いていた。


「おや、貴方は確か…」

「影の人じゃない」


 教会を裏で支える実動部隊『影』。今回の依頼を持ってきたのも彼らだ。そういえばサポートするとか言って付いて来てたわね。新しい魔法具のアイディアに気を取られてすっかり忘れてたわ。


「周囲の安全は我ら影が確認いたしました。間違いなくおぞましきアンデット共は全て浄化されました」

「そうですか、ご苦労様です」

「なら後は『荷』をどうするかね」

「カエラ! 同じ人間に対してそのような言い方は止めなさい」

「わ、悪かったわよ。謝るからそんなに怒らないでよね」


 相変わらず聖女のくせして沸点の低い奴ね。私これでも団長なんだけど、もっと敬ってほしいものだわ。


「はぁ」


 と、溜め息を着いた私を影の人が仮面越しにジッと見つめてくる。


「ん? 何?」


 私が問うと影の人は恭しく頭を下げた。


「ご安心ください。勇者様、聖女様」

「いや、何のこと?」


 急に安心しろと言われても、私もキリカも別にビビってなんかいないんですけどね。


 訝しむ私達に影の人は言った。


「荷は私達の方で全て焼却しました。勇者様と聖女様のお手を煩わせることは決してありません」


 その衝撃の事実を。


「しょ、焼却? 貴方達は一体何をしているのですか!?」

 

 キリカは青い顔で叫ぶと、次に黒装束を睨めつけた。その全身から強い魔力が放たれる。


「彼らは人間ですよ!? 分かっているのですか、貴方達は同族を手にかけたのです」


 『影』は聖女第二位の怒りを正面から受けても小揺るぎもしない。


「いいえ、聖女様。彼らは人類を、ひいては天族様方を裏切った大罪者です。もはや同じ人ではありません」

「弱さ故に、情故に、時には無知故に、人とは過ちを犯すものなのです。誰しもが完璧ではない。一度の罪で人で無くなるのならば、やがて社会は心を無くした機械人形だけが住めるディストピアと成り果てるでしょう。隣人の愚かさを憎悪するよりも、愚行に走らなければならなかった隣人の環境に胸を痛めなさい。それが人間でしょう」

「恐れながら、人である以上罪にも許されるものと、そうでないものがあると愚考いたします」

「それを決めるのは貴方ではない!」

「教会から権限は頂いております」

「くっ。そ、それでも…」


 悔しそうに拳を握りしめるキリカ。キリカのことだから殴りかかるなんて事はしないとは思うけれど、早めに止めておいた方が良さそうね。


「キリカ、もうよしなさい。影の人も仕事をしただけよ」

「仕事ですって? 人の命は淡々と回っていく書類ではない。今日失われた命は永遠に戻ることはないんです。これは決して仕事だからと言って片付けて良い問題ではありません」

「貴方の言いたいことは分かるわ。私も余裕がある時は考慮してあげる。でも影のような人達がいるからこそ成り立つものもあるのよ。分かるでしょう?」


 少しばかり理想論が強いが、私個人としてはキリカの砂糖をぶっかけたかのような甘い考え方は大好きだ。だが魔術師としては教会を影ながら支え続けてきた実働部隊『影』の必要性を無視はできない。


 人が多く集まれば集まるだけ、必然的にそれらを纏め上げるのは難しくなる。大勢の個を纏めるため、苛烈なる合理主義の実行者というのはやはり必要なのだ。


 キリカとて戦いに身を置く女。その事はよく分かっているのだろう。握りしめた拳から力が抜けた。


「それは……そうですね。すみませんでした。決して貴方方の職務を軽んじたかったわけではないのですが…」


 力なく謝罪の言葉を口にするキリカに影の人は首を振った。


「いえ、その優しさこそが聖女様の力の源泉です。その優しさで救われる者の数は私達『影』の愚行などとは比べようもないことでしょう。どうかそのお心を大事になさってください」

「……ありがとうございます。私もまだまだですね。できれば貴方のお名前を窺いたいのですが」

「私はただの『影』です。名などありません」

「そうですか。ですが名など無くとも、私の未熟さを教えてくれた貴方のことを私は忘れませんよ」

「それは……その、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。さあ、立ってください。共に人類のために戦う者同士、ならばその視線の高さは同じてなければならない。そうでしょ?」

「私のような者にそのような寛大なお言葉。ではその言葉に甘えさせていただきます」


 キリカの手を取って立ち上がる影の人。ああ、互いの思想をぶつけ合った後に訪れるこの甘い空気。良いわ~。大好物だわ~。


 私は下着姿のキリカの体をねぶるように見た後、次に影の人を観察して、ふとあることに気がついた。


「ねぇ、貴方ひょっとして…」

「……何でしょうか? 勇者様」


 黒い仮面と装束のせいで個人の判別はできない。でも、たぶんこの人って……。


 どうしようか? 私は結構真剣に悩んだ。


「いや、何でも無いわ」


 やはり止めておこう。縁を切ったとまでは言うつもりはないけれど、元々接しにくい人だったし。例え本当にそうでも驚きはしないけど、触れないでおくことにする。


 私の一方的な言葉に影の人は「さようですか」とだけ言って心なし顔を伏せた。


 その時、私はこの部屋に近づいてくる複数の気配を察知した。


「おーい。キリカが怒鳴っていたみたいだけど、何かあったのか?」


 部屋に入ってきたのは、肩より少し長い黒髪とシャープな眼差しが印象的な二刀を腰に差した女、長幼馴染みのマレアだ。後ろに同じく幼馴染みのビアンもいた。


「何でも無いわ。それよりも何勝手に持ち場を離れてんのよ」


 影の人達が敵の掃討を確認しているから危険はないだろうが、団長の指示もなしに持ち場を離れるとはけしからん奴等ね。


 今回の突入は私とキリカを入れた五人だけで、残りのメンバーは敵の逃亡を阻止するため、包囲網へと割り当てた。


 まぁ、正直に言うと私も良く勝手に動くのであまり人のことは言えないのだが、だからといって他の者まで勝手を許していたらチームとして機能しなくなってしまう。


「心配しなくとも大丈夫よカエラさん。索敵魔法で館に居た魔族の反応が消えたのは確認済み。また念のために他のメンバーは館を包囲したままにしてあるわ。ここにきたのは私とマレアだけよ」

「ビアン」


 腰にまで届く波打つ金色の髪と月を思わす瞳。三種族の中で最も美しい種族と呼ばれる美の体現者がそこにいた。


「指揮は?」

「オカリナが取ってるわ。そろそろあの子も人を率いることに慣れて貰わないといけないでしょう? いい機会だと思って任せたの」


 オカリナは私達がギルドを結成して最初に入団してきた女の子で確か今は十八歳とまだまだ若いが(そうはいってもマレア達とほとんど変わらないが)、素質は中々良いものを持っている。我がギルドの時期エース候補だ。


「それはいいけど、オカリナだけで大丈夫?」


 我がギルドのエース候補は真面目で実力も申し分ないのだが、若さ故か少しそそっかしいところがある。テンパって無いといいのだが。


「心配はいらないわ。ちゃんとハンマナさんにお願いしたから」

「なるほど。ハンマナさんなら安心ね」


 ハンマナさんは元々オカリナとチームを組んでいた冒険者で、キリカよりも年上の四十四歳。女性にしては大柄で鍛えたれた体は逞しいの一言。下級の魔物なら素手でも勝っちゃいそうなほどだ。


「ええ。あの筋肉なら間違いはありません」


 ハンマナさんをリスペクトしているキリカが頷く。同じ筋肉好きでも体質の差なのか、キリカはハンマナさんのようなマッチョマンになれないことを結構気にしている。


 何せそのことを以前酒の席でマレアにからかわれてガチギレしたくらいだ。あの時の店の修繕費、団長だからと何故か私が支払う羽目になったのだが、実は未だにそのことが納得できていなかったりする私なのであった。


「お話終わったー? 僕そろそろ飽きたから帰りたいんだけど」


 私の頭の上に顎をおいたまま、だらしなくグターとしていたサンエルが突然そんなことを言ってきた。


 影の人が分かりやすいほどにうろたえる。


「サ、サンエル様がお望みであれば、すぐにご帰還なさって頂いて結構です。後の一切合切は我等にお任せください」

「ん~。そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、僕はギンガの判断に任せるよ。オーライ?」

「サンエル様がそう望まれるのでしたら」


 何だか見ていて可哀相なくらい影の人が萎縮している。私は思わずため息をついた。


「アンタね、何がオーライよ。なら最後まで黙ってなさいよね」

「ごめん。ごめん。ほら僕って基本的にお喋りじゃん? 相手してくれないから寂しいんだぜ、コノヤロー」


 サンエルが私の頬をペチペチと叩いてくる。う、うざい。しかしこれでも意外と気が利く奴ではあるのだ。さすがにギルドのメンバーはサンエルの存在に慣れて来てはいるが、それでもやはり天族という創造主を前にすると人は萎縮する。


 だからサンエルは周囲に人間が居る時はあまり喋らない。まぁ、あまりに長く放っておくと今のように構ってちゃんモードになるのだが、気が使えるだけマシというものだろう。


 私は苦笑すると団長としてギルドメンバーに撤収の指示を出した。


「それじゃあウチの天族様もこう言ってることだし、帰りましょうか。私達のギルド『ヴァルキリー』に」


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