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勇者第三位

「急げ。急いで出立の準備をするのだ」


 光源が一切存在しない、本来なら我らアンデッド族にとっては揺り籠の如き部屋で、しかし常の安寧など何処にもなく、我輩は慌てふためく部下達を怒鳴り散らしていた。


 その時、突然ドアが勢いよく開け放たれる。何事かと視線を向ければ、ドアの向こうに立っていたのは我輩と同じスケルトン。


 ただし肉纏いを使っている我輩とは違い、その体は人骨の形だけで成り立っていた。見張りの一魔だ。我輩は猛烈に嫌な予感を覚えた。


「ヘッケラリー様。勇者です。勇者が来ました」


 恐れていた事態に我輩は思わず床を蹴る。


「おのれ勇者め! ついにきおったか。……今回の『荷』は?」


 こうならないように細心の注意を払い行動してきたつもりだったが、それでも嗅ぎ付けられたか。やはり人間共は侮れない。


「既に出発の準備は整いました。ヘッケラリー様もお早く」

「我輩のことは良い。荷を一刻も早く魔人国へと、あのお方の元へと届けるのだ」

「ハッ! 全ては偉大なるあのお方のために」

「全ては偉大なるあの方の為に。……行け!」


 部下は一度頭を下げると肉のない体をカチャカチャ、カチャカチャと鳴らして走り去っていく。


「迎え撃つぞ。全員戦闘準備」

「「おお!!」」


 闇の中に頼もしき部下達の声が木霊する。その声は戦意に溢れ、恐怖に震える者など一魔もいない。

 

 勇者よ、来るなら来るがいい。貴様を恐れる者などこの場には誰も居ない。誰も居ないのだ。


 吾輩は再び声を張り上げた。


「気張れよ、お前達。今こそあのお方へのご恩を返す時」

「「おお!!」」


 恩。そう、恩があるのだ。


 我らアンデット族はスキルに弱い。それ故に強力なスキルを駆使する天族は勿論のこと、上級魔族のアンデットですら人間の勇者に敗北することがある。


 そのような事情があるのだから、当然のようにアンデット族が戦場で戦果を上げるのは難しい。そして魔族は徹底した実力主義でなり立っている。強者の子供が特別扱いされるのは、単に強者の子は強者になる可能性が非常に高いからであって、もしも実力を示せないようであれば例え王の子であっても見向きもされなくなるだろう。


 最初はどの種族も対等であったと言われる魔王軍。だが我輩が魔王軍に入隊した時は既にアンデット族の権威などあってないようなものだった。


 時には我等の王の意思でさえも、魔将や他の魔族の言葉に容易く流される。種族の代表、種族の顔たる我等が王の言葉がだ。


 これほどの屈辱があろうか。しかしどれだけ我輩達がアンデット族の地位向上のために奮闘しようが、月日が経てば経つほどに、魔王軍におけるアンデット族の発言力(いばしょ)は無くなるばかり。


 もはやアンデット族は魔王軍において不要の存在なのか? そう自問していたのは我輩だけではなかったはずだ。


 しかしあのお方はそんな我らに目をかけて下さった。


「俺が理想とする世界のために、是非とも君達の力を貸して欲しい」


 あのお方との出会いを思い出す。


 魔王の息子という立場を利用して好き勝手やる愚か者。上げた武勲も恐らくは他の誰かの者を自分の手柄のように語っているだけで、その本質は魔王軍の士気を上げるためだけに利用されている、哀れな道化(こども)。そう思っていた。実際にお会いするあの時までは。


「鳥は空を飛び、魚は海を泳ぐ。全ての者には自らに相応しい居場所がある。俺の元でそれを共に探してみる気はないか?」


 心の中で見下し、まるで心構えが出来ていなかったからだろう。その黒金の瞳を一目見たとき、吾輩はただただ無様に怖れ戦いた。


 同時にこれほどの男に求められているという事実が、命無きこの身に言い様のない歓喜をもたらした。


 こんな、こんな魔族(おとこ)がいるのか。


 年齢など関係ない。成体となった一般の人間が造られたばかりの魔物に勝てないように、それは初めから世界にこうであれと決められた格差。


 そう、私はこの時に悟ったのだ。低迷し続けるアンデット族の地位を取り戻し、憎き天族共を打ち倒すのに必要なのはこのお方なのだと。


 我輩は一も二もなく偉大なるあのお方の傘下に入った。


 そうしてあのお方の指示の元に魔人国が建国され早五年。今や天族達の足並みは面白いほどに乱れている。


 勿論、まだまだ天族の権威は健在だ。しかし分かるのだ。天族領内に潜伏し、様々な工作が任務だった我輩には、天族と三種族の間にあった決して揺らぐことのなかった関係に大きな溝が生まれつつあることが。


 今回我輩達に接触してきた『荷』もそんな人間達だ。天族の下にいるのを由とせず、魔族(われら)の元へと下った愚かで愛らしい下等生物共。

 

 ある者は魔族への進化を夢見て、ある者は人の世に留まれぬ罪ゆえに、ある者はただただ流されて。当初想像していた以上の『荷』が魔人国へと送られていく。


 クックック。笑いが止まらない。なんと、なんと愚かな人間達なのだろうか。お前達などあのお方にとっては所詮は戯れの玩具。天族の団結を乱す傍ら、あの方の無聊を慰める贄に過ぎんというのに。


「今回の荷を送ればこの国では丁度二百人ですか。殆どが犯罪者とはいえ半年の成果としては最高ですね」


 部下の一魔が話しかけてくる。肉こそ纏ってはいないがスケルトンにしては流暢な言葉遣いで生きて来た年月を窺わせる。


 重宝している部下の一魔だった。


「ああ、あのお方にも喜んで頂ければ良いのだがな」

「きっと喜んで頂けるはずです」

「だと良いのだがな。あのお方のお心は吾輩如きには計り知れん」


 あのお方の見ておられる世界は我輩達が見ている世界とは根本的に異なる。そうでなければ魔人国などという、下手をすれば己の立場を危うくするような国を誰が興そうと思うものか。


「ヘッケラリー様はあのお方によくお会いになられるんですよね。いやはや、羨ましい限りです」

「よく、と言うほどではない。一年に一、二度お目に掛かれるかどうかだ」

「それでも羨ましいですよ。私も一度で良いのでお会いしたいものです」


 吾輩を見る部下の肉のない顔にハッキリとした羨望の色が浮かんで、我輩は言葉に詰まる。


 最近似たような事をよく言われるのだ。特に若い者ほどあのお方にお会いしたいと我輩に訴えてくる。そんなことを言われても軽々しく取り次ぎなど出来るわけもない。


 吾輩が黙っていると、部下は残念そうに顔をそらした。あまりにも露骨な態度だが、その気持ちは分からんでもない。


 今やあのお方を知らぬ者など、それこそ魔族、天族を問わず何処にもいないのだから。特に百歳未満の魔族には絶対のカリスマとして君臨しつつある。


 いや、カリスマどころの話ではない。自分達と年もそう変わらない者が魔将となり、あまつさえ決して口にはできないが、魔族の象徴とも言うべき王を越える力を持つのだ。すでに伝説と成られている魔王様の子供である事実と相まって、最早一部では神格化されかねないほどの人気だ。


 そのせいでと言う訳ではないが、アンデットである我輩があのお方の部下であることが気に入らない者から、つまらないやっかみを受けることもある。だがそれすらもが我輩があのお方の部下である証のようで誇らしい。


 吾輩がそんな淡い気持ちに浸かっているとーー


「ギャアアア!」

「なんだ?」


 屋敷中に響き渡る悲鳴。今のは先行させた部下の声? まさか………まさかもう来たというのか?


 吾輩が何か言うまでも無く、部屋の中の空気が一瞬で剣呑なものへと塗り変わった。


「見て参ります」


 部下の一魔が駆け出し、ドアに手を掛けようとしたその時だ。


 ギ、ギギ、ギーー。古い館の錆びたドアが悲鳴のような音を立てながら勝手に開いていく。


 見ればその向こうには双剣を持った一人の女の姿。


「き、貴様は……」


 左右で色が違う黒銀の瞳。生気に溢れた艶やかな黒髪の中に走る銀の輝き。


 光の中に闇を宿しているかのような、あるいはその逆であるかのような、そんな不思議な印象を与えてくる女だった。


 相反する異なる輝きを内包したその姿はまるであのお方のようで、同時にそんなことを我輩に思わせた女に対して怒りを覚える。


 噛みしめた歯からガリッと大きく音が鳴った。


「そうか。ついに、ついに貴様が動いたか」


 会うのは初めて。だがその姿を知らぬ者など、少なくとも天族領内で活動している魔族にはおるまい。


 若干二十一歳の若さで勇者第三位まで上り詰め、その実力は既に第一位である『剣聖』を凌ぐとまで噂されている。今や上級魔族を除く全魔族の恐怖の対象。


 その名はーー


「『天才』カエラ・イースター」


 次の瞬間、天才の姿が消えた。同時に部下の首が飛ぶ。


 速すぎる。


 これでも私は中級の上位。すなわち本来なら人間などが及びもつかない身体能力を有しているのだ。そしてこの場所は我等アンデット族のテリトリー。


 死を纏った闇は我等に力を、生者に恐怖を与えるはずだ。……はずなのだ。なのにーー


「ぐはぁ!?」


 胸を剣で貫かれ、その勢いのままに壁に串刺しにされる。何と言うことか。攻撃されるまでまるで反応できなかった。


 天才は我輩を壁に縫い付けたまま、もう一本の剣で次々と部下達を倒していく。その動きの何と言う精密さよ。こやつ本当に人間か?


 いや、仕掛けは見た。見たぞ。奴が身に纏っている銀の鎧。その足から魔力が噴出されるのを。いや、足だけではない。肘や背中など様々な部位から必要に応じて魔力を噴出し速力を得ているのだ。


 仕掛け自体は単純だが、しかしこれほどの速度と機動性を獲得できる魔法具となるとS級であることは間違いない。……いや、待てよ?


 そこで天才が天才と言われる由縁を思い出す。錬金系に特化した前代未聞の勇者。そんな勇者が作り出す兵器は様々なところで魔族の重大な脅威となりつつある。ならばまさかあの鎧も?


 拙い、拙いぞ。あのような鎧が大量生産された日には、人間と魔族の力関係に変化が生じかねない。


「お、おのれ勇者てんさいめ」


 我輩が胸に突き刺さった剣を抜いた時、既に勝負は決していた。


「お、お前達」


 天才の足元に転がる部下達の成れの果て。共にアンデット族を再興させようと誓い合った彼等の戦いは、ここで呆気なく終わりを迎えた。そして恐らくは吾輩もーー。


 勇者が静かにこちらを見る。強い魔力を纏っているからだろう、人間とは思えないほどに美しい女だ。不思議なことに一本の剣のように研ぎ済まされた、凜としたその立ち姿を見ていると、無性に可笑しくなり我輩は思わず腹を抱えた。


 あるいはそれは単なる虚勢に過ぎなかったのかもしれない。だが構うものか。誰も、誰も貴様など恐れはしない。恐れはしないのだ。


「クックック。愚かな、愚かな勇者め。あのお方はお前を見ているぞ」

「……何ですって?」


 天才の眉が微かに動く。会話に乗ってくるとは思わなかったので、吾輩の機嫌は更に良くなった。


「偉大なるあの方に見初められた以上、お前はもう逃げられない。あのお方に組伏せられ、ただの雌となるのだ。天族共を裏切ったあの王妃のようにな」

「あのお方と言うのは、ひょっとして……」


 恐らくはあのお方が誰か思い当たったのだろう。ここで初めて目に見えて『天才』が揺れた。


 さすがは、さすがはあのお方だ。その名だけで我等に力を与えてくださる。最後にお仕えできたのが貴方様で本当に良かった。


「我らが王と魔王様。そして偉大なる『色狂い』に栄光あれ! うおおおーー!!」


 全魔力を放出して天才へと襲いかかる。勝てずとも荷を逃がす時間を稼がなければ、何よりも我輩にも意地がある。


 せめて一矢。その想いで我輩は勇者てんさいへと挑む。


「ピースメーカーモード『銃』発射(ファイア)


 一瞬で天才が持つ武器が剣から銃へと変わった。そしてーー





「『色狂い』が私を狙ってる? まさかとは思うけど…」


 古びた館の一室。そこに転がる大量のアンデットの死体を魔法で丁寧に燃やしながら、その意味を考える。


 ここ十年足らずの内にその名を世界中に轟かせた魔王の子供達。『混沌』『炎獄』『色狂い』。この中で最も有名なのが色狂いと呼ばれる年若き悪魔だ。


 推定年齢は恐らく私とほぼ同じ。過去に色狂いの部下と交戦したことも無かったはずだが、何故そんな奴が私を?


「まさかとは思うけど、……いや、まさかね」


 口では否定しながらも、この数年もしかしたらと思い続けてきた可能性がいよいよ現実味を帯びてきた気がする。それはーー


「おーい、カエラ。大丈夫かい?」


 闇が支配する場所に似つかわしくない明るい声に振り返ってみれば、そこには羽を広げた光輝く存在が宙に浮いていた。


「サンエル様。私は大丈夫です」

「もう、様なんていらないぞ。君と僕の仲じゃないか」


 サンエルは肩に届くかどうかの蒼い髪を揺らしてこっちにやってきた。猫を思わす大きな瞳が私を見つめる。言葉遣いのせいかボーイッシュな雰囲気が付きまとうサンエルだが、正面から見るとやはり普通に美人だ。


 そんなサンエルが身につけている白い鎧は一見軽そう、と言うか事実軽い。だが天界の技術で作られているだけあって質量の割には驚くほどに頑丈だ。まぁ私の鎧の方が高性能だとは思うのだが、材質には興味があるので今度貸してくれないか頼んでみよう。


「何僕の体じろじろ見てるの? あ~。ひょっとしてカエラ、同性に興味あったり? もう、エッチなんだから。困るぜバカヤロウ」


 私の肩をバンバン叩いてくるサンエル。同姓に興味? 普通にありますが何か?


「そんなことよりもサンエル。意外と手強くて冷や汗を掻いたわ。後の処理は貴方がやりなさい」

「え? と、突然の命令口調? い、いや、カエラが望むのならやってあげるけどね」


 頬を若干ひくつかせながらも、言われたとおりにアンデットを焼くサンエル。まぁ焼くと言っても一瞬だ。サンエルのその体が青く輝いたかと思えば、部屋にあった大量のアンデットの死体が一瞬で燃え尽きた。


 これが上級天族の力。私でも同じことは出来るけどあの速度と威力の無詠唱はさすがに今はまだ無理だ。やはり種族差と経験の差は大きいわね。


 私は魔術師として嫉妬が表情に出ないように気をつけた。


「いくら私の守護天使と言っても貴方は天族なんだから、そこまで私に気を使う必要はないのよ?」


 社会的な地位でも生物的な能力でもサンエルは私の上にいる。気にくわなければ私の命令なんて無視して逆に命令してくれば良いのに、何故か私が命令するとサンエルは律儀にその全部に従う。


「そうなんだけどさー。なーんか不思議とカエラには強く出られないんだよね? なんでろう」

「先生の事、まだ気にしてるの?」

「ギンガのことは……うん。そうだね。気にしてるよ。だからかな?」


 サンエルは元々今世の師匠であるギンガの守護天使だった。しかし盾の王国での戦いの際に魔将の攻撃から先生を守り気絶。目が覚めたとき、すでに先生の姿はどこにもなかったという。


「先生は別に貴方を恨んではないと思うわよ」


 戦いの中で生きているのだ。どうしようもないことなどそれこそ山のようにある。先生もそれは分かっていただろう。


「そうだけどさー。やっぱり悔しいじゃん。だから決めたんだ。ギンガの弟子である君達は僕が絶対に守ってみせるって」


 サンエルはそう言うと、宙に浮いたまま背後から私を抱き締めた。


「そう、それなら私に永遠の忠誠を誓って貰おうかしらか」

「どうしてそうなったし」


 さすがに今度は頭を叩かれた。十分な手加減をしているのでしょうけれども、それでも結構痛い。叩くなら鎧を叩きなさいよね、鎧を。


 サンエルは私の頭に顎をのせると、私を抱きしめたまま呆れたように言った。


「あのさー、カエラ。良い機会だから言っておくけど、そういう発言天族によってはメッチャ怒るから気をつけてね。特に今はすごいデリケートな時期だから、本当に気をつけてね」

「軽い冗談でしょ。私を問題児のように言うのはやめてよね」


 これでも私は無駄に波風を立てないように気を配ることのできる出来た女なのだ。問題があると言えば精々マイスターを誘惑しようとしていた時の癖で、綺麗な女性を見るとつい手を出してしまいそうになることくらいだろう。


 ただサンエルにいろんな態度で接するのは何処までなら許されるかの確認の意味もある。上級天族ともなればそれは最早歩く爆弾のようなものだ。今までのようにほんの数日の付き合いならともかく、守護天使としてしょっちゅう一緒に居るのなら取り扱いの方法を学ばなければならない。


 幸いサンエルは中々大らかな性格をしていて、一緒に居るのが苦にならなくて助かってはいる。ん? 誰か来た?


 部屋の入口に視線を向けると、白い法衣を纏った女性が腕を組んで何やら怖い顔でこちらを睨んでいた。


「貴方は十分に問題児ですよ、カエラ」

「……キリカ」


 そこに居たのはギルドの仲間であり聖女順列第二位、キリカ・キンラシカだった。


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