ギンガを仲間にするために必要なこと
「……思った以上にグロイな」
隣の部屋に移動した儂の目に飛び込んできたのは十字架に磔にされたギンガとマーレリバー妹のあられもない姿。
手足は剣で突き刺されて十字架に固定。衣服はビリビリに裂かれ、色々な部分が丸見えで、いかにもその手の暴行を受けた後と言った感じじゃ。
極めつけに、いかにもな色の液体を分かりやすくかけられておる。人形と分かってなかったら思わずぶちギレる光景じゃの。
「あの血なんか本物のようだな」
剣に刺された部分からは真っ赤な液体がちゃんと流れていた。さすがはアクエロじゃ、芸が細かい。
「いえ、恐らく本物かと」
「え?」
シャールアクセリーナの言葉を聞いて、以前あった男のアレをチョン切っちゃう事件を思い出してドキリとする儂。
いやいやいや。今回はちゃんと手出しするなとキツく命令したし、大丈夫…なはずじゃ。いや、でもアクエロじゃし……。
あ、嫌な予感。
「あいつ、まさか……」
しかしそこでイリイリアが首を横に振った。
「いえ、アクエロさんは勇者に手を出してはいませんでしたわ。恐らく生産区で手に入れてきたものかと」
「あ、ああ。そういうあれね」
それはそれで元人間としては何とも言えん気分になるが、そこまで気にしていたら悪魔として生きてはいけん。なのでこの件はもうこれでスルーする。
「さて、何か母さんが使っていた椅子に似ているな。こういうのが悪魔の流行りなのか?」
二つの人形を磔にした十字架。少し距離を開けて設置されておるそれらの丁度真ん中辺りに、骸骨で出来た椅子が置かれていた。
正直かなり悪趣味じゃが絵にはなっておる。どれ、腰掛けてみるかの。
「ああ。とってもお似合いですわ、リバークロス様」
イリイリアが嬉しそうに手を叩いた。確かに悪魔が座りそうな感じの椅子じゃが、そんなに似合っとるのかの? いや、嘘をついて無いのは分かっておるのじゃが、イリイリアのセンスが壊滅的なだけという可能性もあるからの。
儂はシャールアクセリーナに視線を向けてみた。
「はっ! とてもお似合いかと」
シャールアクセリーナは極めて事務的に答えた。その言葉にも嘘はない。ふむ。どうやら本当に似合っておるようじゃの。儂も悪魔らしさが板に付いてきたものじゃな。
「ん? 来たか」
そこでアクエロの接近を感知した。儂の様子から事情を察した二人は何も言わずとも儂の後ろへと移動した。
直後にドアがノックされる。
「リバークロス様。仰せのとおり例の人間を連れて来ました」
「入れ」
「失礼します」
アクエロの後に続いて入室してきたのは、ムスッとした表情の不機嫌そうな少年。ギンガ息子であり、名前は確か…………ヘイツじゃったか?
ヘイツ少年は悪魔に呼び出されたにも関わらず中々にふてぶてしい態度ではあったが、しかしそれも一瞬のこと。
儂の後ろにあるものを視界に入れた瞬間、ヘイツ少年の目が見開かれた。
そしてーー
「何やってんだぁ!? テメェー!!!」
全身の魔力を爆発させ、こちらに向かって殴りかかって来るヘイツ少年。やれやれ、相変わらず無謀なやつじゃの。少しは力関係を考えんかい。
そしてアクエロよ、さらりとヘイツ少年の両足を切り飛ばそうとするではない。
儂は念話でアクエロに待ったをかけた。
「ぐわっ!?」
ヘイツ少年の方は儂が何もしなくとも、シャールアクセリーナが魔力で地面に押さえつける。
「まぁ、落ち着きたまえよ、少年」
儂はいかにも腹黒そうな悪魔風に足を組んでみたりする。
「ああぁー!! 離せぇ! 離せ! 殺す殺す殺す!!! テメーぶっ殺してやるぅー」
魔力を高めすぎたのか、興奮と怒りのあまりヘイツ少年の両目から血の涙が零れる。儂は悪魔チックな笑みを浮かべた。
「おやおうあ、何をそんなに怒っているのかね?」
「掛かってこい! 勝負しろや、この卑怯ものがぁ!!」
ヘイツ少年は口汚く儂をののしるだけで、ちっともこっちの話を聞こうとしない。
お、おう? これはアカンのう。キレすぎて会話にならんわ。やはり少年には少々刺激が強すぎたかもしれんのう。仕方ないので少し順番を変えることにする。
「アクエロ」
名前を呼んだだけなのじゃが、アクエロは心得てるとばかりに指を鳴らした。
するとギンガとマーレリバー人形の腹がパクリと開き、コレは人形です、と書かれた垂れ幕くが飛び出した。同時に人形の肌がボロボロと崩れる。その下に入っていたのは骨ではなく木じゃった。
人形はあっという間にカカシに変わった。
「があああ…………え?」
その変化に気付いたヘイツ少年がようやく騒ぐのをやめる。
「見ての通りこれはただの人形で、ギンガ達も無事だ」
「ふっ、ふざけんな!? 何のためにこんなクソ悪趣味なことを?」
「何の? そんなことも分からないのか?」
ここでちょっと怖い顔をして、魔力で少しだけ威嚇する演技派な儂。
「ヒッ!? う、く、……ハァハァ。わ、分からないから聞いている」
ほう、一瞬取り乱しかけたが何とか平静を保ちおったか。さすがはギンガの息子じゃな。何か知らんが儂も鼻が高いわい。
まぁ、粗相をしたことには触れないでおいてやるかの。自分で言うのもなんじゃが、今の儂は人間とは比較にならん化け物じゃし。蟻を摘まむかのように手加減したとはいえ、儂の威嚇を受けてむしろその程度で済んでおることを元人間として素直に称賛したい。
やはりギンガの息子と言うことを除いてもここで潰すのはちと惜しい若者じゃの。最悪の事態を回避するためにも、なんとかうまく事を運びたいものじゃな。
儂は背後の人形を指差した。
「どう思った?」
「は?」
「無惨な母と恋人の姿を見て、どう思ったかと聞いている」
「べ、別にあいつとは恋人じゃねえし」
え? 気にするとこ、そこなん? うーむ。恋は盲目というか、若さのなせる業というか、この少年やはり(人間にしては)大物じゃな。
「恋人がどうかはどうでもいい。あの姿をどう思った?」
「……言っておくがあの二人に手を出したらお前を殺す」
「それだ!」
儂が指差すとヘイツ少年はビクリと震えた。
「な、なんだ?」
「その態度だよ、少年。俺はお前の母親が気に入った。だからこそお前達には優しく接してやっているが、それで調子に乗られていつまでも黙っていてやるほど、俺はお前達に価値を感じてはいないぞ?」
「べ、別に調子になんて……」
「いいや、乗っているな。言っておくがな、少年。俺の部下には人間嫌いなんて幾らでもいるし、そいつらはやはりお前達に対していい顔をしない。魔王の息子である俺が庇っているから大人しくしているだけだ。そこで一つ疑問なんだが、そもそも何故、俺が部下の不満に晒されながらも多くの同胞を殺してきたお前達を守ってやらねばならんのだ?」
「そ、それは……」
ここで感情に任せて「お前が勝手にやってるんだろうが!」とか叫んで暴れるようなお馬鹿さんだったなら、正直お手上げだったのじゃが………よし。やはり自分の立場くらいはちゃんと分かっておるようじゃの。これなら何とか予定通りに事を運べそうじゃ。
儂は精々悪魔らしく見えるよう、不敵に笑ってみせる。
「ギンガは勇者だ。そしてマーレリバーの妹もあの年で中々強い魔力をもっている。肉としても女としても、中級辺りの魔族にさぞかし人気が出るだろうな。よく見ておけよ、少年。俺がお前達に関心を無くした後に待っているのがあの姿だ」
アクエロが再び指を鳴らした。自己主張の激しい垂れ幕が炎上して、再び人形が精巧さを取り戻す。
「く、うう」
そのあまりに無惨な、いつか訪れるかもしれない結末に、ヘイツ少年は唇を噛み締める。口の端しから滂沱の如く血を流しながら、二体の人形を見つめるヘイツ少年。
まぁ、実際には儂がギンガやマーレリバーの妹を見捨てることは無いのだが、いい加減ヘイツ少年には危機感と言うものを持ってもらわねばな。
「俺に、……どうしろと?」
よーしよし。その言葉が聞きたかったんじゃよ。計画の成功を予感して儂は心の中でガッツポーズする。
「ギンガは今は大人しいが、その内心ではお前をここから逃がす機会を虎視眈々と窺っているはずだ」
「そんなことは……」
「無いと言えるか?」
「ぐっ」
息子なのだから母親の性格はよく理解しているのじゃろう。否定してこないあたり、心当たりの一つでもあるのかもしれんの。
「いいか、俺はギンガを手に入れたい。ああ、エロイ意味じゃないぞ。普通に仲間にして傍に置きたいと言う意味だ」
「お袋を、その、……だ、抱こうとか思わないのか?」
「向こうから来るなら歓迎するが、俺からは手を出さん。出来るだけアイツの意思を尊重したいからな」
まぁ、尊重するも何も、既に同族を裏切るという真面目なギンガには耐え難い屈辱を与えた後なんじゃが、そこは我慢してもらおう。だってほら、儂悪魔じゃし。
「何故、魔王の息子がそこまでお袋に拘る?」
うーむ。当然の質問じゃが、正直この手の質問が一番答えづらい。何せ理由を説明するのが面倒というか複雑というか…。ええい適当に答えてしまえ。
「それは俺が『色狂い』だからだ」
おお!? 自分で言っておいてなんじゃが、この台詞超便利じゃな。もう今度から困ったことがあったらこれで行こう。
ヘイツ少年が納得したような、してないような、そんな微妙な顔をする。
儂は余計な質問をされる前にさっさと話を進めることにする。
「話を戻すぞ。お前を逃がそうと機会を窺っているギンガを仲間にするには、まずお前を仲間にする必要があると俺は考えている」
「俺を?」
「そうだ。お前がもう絶対に人間の所に戻れなくなれば、ギンガはお前のために、お前の居場所を作るために、それだけのために己を殺して魔族の中で這い上がろうとするだろう」
「お、俺を利用してお袋を操る気か」
「言っておくがな、ギンガは既に俺の眷属だぞ。操るだけなら命令一つでこと足りる。何よりもアイツは俺が死ねば生きられない体だ。分かるか? 少年。とっくの昔にアイツは俺のモノなんだよ」
「ぐっ」
悔しそうに儂を睨むヘイツ少年。
実際はマーレリバーと違いギンガは眷属としてそこまで弄ってないので、今儂が死ねば多分人間に戻るんじゃが、それを言うと馬鹿なことをしでかしそうなので秘密にしておく。
「お袋がお前から逃げられないのは分かった。それで具体的に俺に何をさせたい?」
「俺は近々魔人国という国を興す。お前にはそこの、そうだな……大将軍にでもなってもらおうか。そして俺たち魔族のために同族に刃を向けてもらおう。お前の悪名が人の世に広まるまで、存分にな」
「俺は…俺は…」
ヘイツ少年の瞳が揺れる。もう一押しじゃの。
「シャールアクセリーナ。少年の拘束を溶け」
「ハッ! 了解しました」
ヘイツ少年を拘束していた魔力が解除される。儂は魔法具を発動させ空間から一つの大剣を取り出した。
「少年、これを」
少年に向けて放ったのはS級魔法具の中でも比較的扱いやすい大剣。少年はそれを受けとると儂と大剣を見比べた。
「選べ。同族というだけで顔も知らない誰かのためにここで戦って死ぬか、あるいは母親と女の為に人類を裏切り、俺の四番目の眷属となるか」
ちなみに儂は眷属にアクエロをカウントしてはいない。一応アクエロこそが儂の最初の眷属なんじゃが、あやつは自由すぎて眷属という感じが全くしない。
油断のならない対等なパートナー。儂がアクエロに抱いておるのはそんなイメージじゃな。
「俺を、お前の眷属に?」
「そうだ。勿論その際にかなりの数の制約をつけるぞ。今後お前は俺に限らずどんな魔族に対しても絶対服従の身となる」
「つまりは奴隷か」
自嘲するヘイツ少年。おっと自棄になられても困るの。
「心配するな、俺の眷属となれば魔人国の中ではかなり高い身分となる。それに奴隷ではない。俺の所有物だ。馬鹿をしない限り身の安全は保証される」
魔人国を建国するにあたって階級制度を用いるのは確定事項じゃ。魔人国はあくまでも魔族の利益になる国でなくてはならん。もしも魔族と三種族を対等に扱おうモノなら、今度は儂の立場が色々とヤバイことになる。
しかし魔人国の国民を儂の所有物と言うことにしておけば、少なくとも勝手に殺されたりはせんじゃろうし、『色狂い』の名を全面に出しておけば、性的な事件も起こらんはずじゃ。
「お前を信じろと? 魔王の息子のお前を?」
「もう語ることは語った。あとはお前が決断するだけだ。言っておくがこの決断に正解なんて無いぞ。どちらを選ぼうがお前は何かを得て何かを失うだろう。俺と戦えば人間としての誇りだけは守れるが、その代わりお前は命と、そして愛しい者達の尊厳を捨てることになる。逆に俺に従えば、お前は愛しい者を守れる力と魔族の中でそこそこの地位を得られるが、その代わりに人類としての誇りは失われ、忌まわしき同族殺しと成り果てる。勿論多くの非難にも晒されるだろう」
ヘイツ少年は儂の言葉を聞きながら、手にした大剣の刃、そこに映る自分の顔をじっと見つめていた。
儂は黙秘を許さない、そんな力強い声を出した。
「さぁ、選択しろ。お前の『道』を」
「そんなもの、とっくに決まっている」
おお!? 即答じゃと? これには流石の儂も驚いた。
ヘイツ少年は儂の元まで歩いてくると大剣を床に突き刺し、膝を折った。
「この命はお袋と、何よりもアイツを守るために使うと決めた。だからお前が……いや、リバークロス様がそれを叶えてくれるというのなら、俺はこの剣と共に、リバークロス様に生涯の忠誠を捧げます」
うぉしゃ来たあああ!!
内心で大喝采。上手くいくかどうか不安じゃったが、何とかやりきったぞぉ。相手がまだ子供で行動が読みづらく、メッチャ不安じゃったが、これで年相応に生意気なヘイツ少年もはれて眷属化が可能になったはずじゃ。
ああ、やはり儂、俳優の才能があるのではないじゃろうか? ……と、いかん、いかん。せっかくいい形で纏まっておるのに、ここでポカしたら格好がつかんわい。
儂は悪魔フェイスを貫いたまま立ち上がると、悪魔の角と翼を出した。そして魔王の息子として新たなる眷属に厳かに告げる。
「ようこそ魔族の世界へ。今日からお前はヘイツリバーだ。共に天族を駆逐し、この世界に魔族の楽園を作り上げようではないか」
「リバークロス様の……お心のままに」
こうしてヘイツリバーが儂の手下となった。そしてヘイツリバーが手下になった以上、ギンガが魔族の仲間になるのも時間の問題じゃ。
ふう。最良……とは言えんかもしれんが、ようやく一つの大きな問題が片付いたの。しかし生憎と他にもやることは山積みなんじゃよな。
まずは魔人国建国。そしてーー
「マイスター。会いたかった。会いたかったよぉおお!」
思い出すのはそうはならなかった世界での再会。
「やれやれ。幾つになっても手間の掛かる弟子だ」
ふと、郷愁にも似た想いが胸をよぎる。魔術を極めんと異世界までやって来て、悪魔をやっとるような儂が郷愁?
それがあまりにも可笑しくて、新たなる眷族にバレぬよう、儂はひっそりと微笑んだ。