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魔人国建国に向けて

 盾の王国の戦い以降、儂の行動はもっぱら魔人国という人間、エルフ、ドーワーフの三種族を魔族に迎え入れるための国の建国を中心に回っておった。


 ある程度構想がまとまり、さらには前回の戦いで傷を負い、マイファーザーやシャールエルナール、そしてエラノロカなどごく一部の者を除いて、儂等子供でさえも面会謝絶となっておったマイマザーがようやく職務に戻ったので、快復のお祝いついでに魔人国の許可を求めに言った。


 するとーー


「面白そうじゃな。良い。良いぞ。妾の可愛いリバークロス。存分にやるが良い」


 と二つ返事で許可が下りた。案外乗り気の様子に思わず安堵したのじゃがーー


「魔王様、現状で即戦力にもならない国の建国などに力を割かれては困ります」

 

 と、エラノロカに待ったをかけられてしもうた。


「いや、しかしじゃな…」

「困ります」


 取り付く島もないその冷たい物言いにマイマザーは、


「ぬ、う、うう」


 と口を閉ざしてしもうた。


 いやいや、そこで諦めるではない。頑張れ、頑張るんじゃマイマザー。お主の息子はお主を超応援しておるぞ。


 それにしてもエラノロカめ、相変わらず従者のくせに態度のでかい奴じゃ。ここは一度超越者級へとパワーアップを果たした儂がマイマザーに変わりガツンと言ってやるかの。


 そう思ってエロノロカをキッと睨む儂。その視線に気付いたエラノロカが、


「何か?」


 と、とても静かに凄んでくる。その迫力につい儂はーー


「ぬ、う、うう」


 と呻いてしもうた。ア、アカン。怖すぎる。アクエロとエイナリンが今世の儂の師だとするなら、このエラノロカは教育係のようなもの。幼い頃にマイシスターと共に刻まれたトラウマが蘇ってくる。


 儂は改めて彼女を見てみる。


 大悪魔エラノロカ。アクエロと同じ悪魔族でアクエロと同じくメイド服を着ておるのじゃが、さすがのアクエロも彼女の横に並べられればただの小娘に成り下がる。


 絹のような黒髪、大きすぎず、しかしけっして小さくない胸。普段は鋭利に細められておるが、ふとした瞬間に元の大きさを取り戻す夜空のような瞳。


 元の世界で月のお姫様を題材にした昔話があったが、まさにそのお姫様が従者をやればこんな感じになるのではないのかと夢想してしまう。彼女の纏うオーラにはそんな威厳じみた品格があった。


 儂の知るところではマイマザーが頭の上がらない唯一の相手。


 しかし儂とて何も無策で来たわけではない。基本的に儂等子供に甘いマイマザーとは違い、エラノロカが反対するのは織り込み済みじゃ。


 いつまでもビビってはおられん。


「聞いてくれ、エラノロカ」


 そうして儂は魔人国建国の意義について語り始めた。


 やはりそれは何を置いても天族の誇る強みの一つ、種としての団結を乱せることじゃろう。三種族は天族に創られた存在。それ故に天族を神の如く敬っており、その団結は魔王という象徴が現れた現在の魔族ですら及ぶところではない。


 しかし魔人国に国民が増えれば増えるほど、神聖な絵に泥を塗りたぐるかのごとく、天族の権威は地に落ちていくはずじゃ。


 それは戦略面においてとても大きいな意味を持つ。そう必死に力説したんじゃが、


「駄目です。確実性に乏しい上に、予算がありません」


 と、一言で切って捨てられた。


「ふ、ふふ。そう来ると思ったよ」


 そう。そこまでは予想済みじゃ。なので儂はマイマザーの援助抜きで建国できるか既にあらかたの試算を出しておる。


 そもそも魔族においての資本とは主に人材と魔力石、そして魔法具じゃ。上級魔族ともなれば数十名居れば土地を拓いて国を作ることは出来る。しかし建造物を魔法で造るにはそれ相応の技術がいる。


 儂ならかなり大規模な現象も魔法で起こせるが、それだけで国は興せん。ただ強い者が一人居れば解決、とはいかんのじゃ。


 なのでアクエロやサイエニアス、そしてイリイリアを中心に協力者を集めたところ、国を作るくらいなら可能な人数が既に集まっておる。


 建築の技術が高い者には獣人と捕虜のドーワーフがいたのじゃが、どちらも儂に対する好感度は高くないので、獣人には魔力石を報酬として、ドーワーフには魔人国建国の際に住民として迎え入れることを条件に採用した。


 獣人はともかくドーワーフは無理矢理命令も出来たんじゃが、適当な仕事をされても困るので、やる気の出るよう報酬をつけた。


 獣人に支払う魔力石は魔将就任の祝いと盾の王国での褒美があるので問題ない。唯一問題なのは獣人の人間に対する好感度の低さじゃが、ウサミン達を通すことで穏健派に位置する者達と交渉できた。何よりも獣人は引き受けた仕事に対しては報酬分キッチリ働くことで有名なので恐らくは大丈夫じゃろう。


 一応はドーワーフには獣人の仕事を、獣人にはドーワーフの仕事をそれぞれ監視させるつもりでおる。さらには仕事の終わりと始まりに悪魔族の嘘を見抜く能力を使った宣誓の儀(真面目に仕事したことを口に出して言わす)を取り入れることで、建築の際に妙な仕掛けを施されることは無くなるはずじゃ。


 じゃからマイマザーから援助があれば助かりはするが、無くともやってはいける。そこの所を強く説明したらーー


「分かりました。魔王軍に迷惑が掛からない範囲であるのならば認めましょう」


 という感じでエラノロカの許可も下りた。その間マイマザーは、


「妾が魔王なのに」


 と、少し拗ねておったが、まぁドンマイじゃ。


 エラノロカの他にも、やはり本当にそんな国は必要なのか? などと言った声は上がってはくるが、盾の王国での功績と魔王の息子であることを前面に出して黙らせた。


 そんな感じに、魔人国建国は今のところはおおむね予定通りと言ったところじゃな。


「それなりに見栄が良くて頑丈な物を作るなら、やはり工事は上級魔族に頼みたいが……協力を取り付けた魔族で上級魔族はどの程度いた?」


 主に書類仕事をするのに利用しておる儂の執務室。背後には護衛であるシャールアクセリーナと儂の三番目の従者にしたイリイリアが控えていた。


 イリイリアが答えた。


「すぐに動けるのは五十前後になりますわ。ただ皆さんお忙しいので長期的に拘束できるのは十魔ほどになるかと」


 今は天族との戦争のまっ最中。そして上級魔族はエリート兵士達じゃ。天族達が奇襲を仕掛けて来たときに人間を住まわす国を作っていたので駆けつけられませんでした。では済まされん。


 何よりもそんなことになれば儂の評価まで地に落ちるじゃろう。


「時間がある時は俺も手伝うつもりではいるが、上級魔族を使ってもやはりそれなりに掛かるか?」


 魔王の息子である儂は権力に物言わせてある程度自由に動けるが、それでも魔将の一人である以上、あまり魔王城を留守には出来ん。


 基本的には中級から下級の魔族が中心となっての工事になりそうじゃな。


「見掛けや内装に拘らずにただ建物の形を作るだけなら簡単らしいのですが、やはり人間がそれなりの時間暮らせる物を作るとなると、作業時間にもよりますが中位の上級魔族が十名いても数ヶ月。拘った物を作ろうと思えば半年は掛かるかと」


 ふむ。これは積極的に儂がやった方がええかの? しかし儂も魔力で一から建物を作るノウハウがあるわけでもなし。……やはり時間が掛かりそうじゃの。


「……そうか、分かった。それと建国中に作業員達が天族の奇襲を受けた場合の避難経路はどうなっている?」


 魔人国は天族が負けるのではと恐怖に負けて魔族に鞍替えする者達を迎え入れる予定なので、人間がその気になれば自力でも来れるよう盾の王国よりも少しばかり魔族領側にある辺境の地に作る予定なんじゃが、そのせいで天族の攻撃を受ける可能性がある。


 もっと魔族領奥深くに作ろうか悩んだのじゃが、魔人国が有益であることを示す必要があるので、あえてその場所を選んだ。


 何よりも魔族領奥深くに作ればそれで安全というわけでもないじゃろうしな。


「転移用の魔法陣を三つほど設置しますわ。後は転移の力を持った魔法具を各自に渡す予定なのですが、戦闘中でも機能する長距離移動の魔法具となれば数が限られますので、今のところ二十が限度です」

「……上級魔族に優先して渡すしかないか。不満を呼ぶかな?」

「その辺は大丈夫ではないでしょうか。今のご時世、優先順位は殆どの者がわきまえているでしょうから」


 つまり全員ではないということじゃよな。いや、それも当然か。それが必要と頭では分かっていても、自分でない者ばかりを優遇する雇用者を好きになれんのは自然な感情じゃ。


 しかし上級魔族とそうでない者では失った時の損害が大違いなのも現実。儂もそれに沿った選択をせねばな。


 そのとき部屋がノックされた。


「入れ」

「リバークロス様。ご注文の品が出来ましたので持って参りました」


 ドアを開けたのはなんちゃって従者モードのアクエロ。入室してくるアクエロの後ろを魔力式念動力で浮かされた二つの物体が一緒になって入ってくる。


 二つの物体は布でぐるぐるに巻かれておるが、大きさを見るにアレが頼んでおいた例の物で間違いないようじゃの。


「さすがに時間通りだな。さっそくだが見ても良いか?」

「はい。ご確認を」


 儂の前に二つの物体を置いたアクエロはスカートの端をつまんで大げさに頭を下げる。


 ちなみに盾の王国での戦果が評価されてアクエロはエイナリンの従者補佐から儂の従者へと復活した。


 着ているメイド服もその際に新調したもので、細部までこだわって作られておる。その肩には儂が商業組合で登録した証明印である、盾の絵の中にある逆十字の文様が描かれていた。


「それじゃあ開けるぞ」


 魔力を放って布を破る。布の下に居たのは人間。ギンガとマーレリバー妹じゃ。


 儂は二人に近付きその体に触れる。体温、肌の感触、まるで本当に生きているかのようだった。


「見事なできだ」


 儂は一人の魔術師として素直にギンガとマーレリバーの妹……によく似た人形の出来映えを誉めた。


 式神魔法が得意なアクエロに頼んでおいたのだが、パッと見、儂でも一瞬本物かと思うてしもうたわい。


「ありがとうございます」


 儂が誉めるとアクエロは嬉しそうに微笑んで、頭を下げた。


「ギンガとマーレリバー妹は三日前から隔離してあるな?」

「はい。ご命令通りに」

「そうか、それなら予定通り隣の部屋にあいつを連れて来い」

「畏まりました。これは私が設置しておきましょうか?」


 これとは勿論二つの人形のことじゃ。


「ん? ああ、頼む。分かっているだろうが、いかにも的な感じで頼むぞ」

「お任せください」


 アクエロが二体の人形を魔力式念動力で浮かす。儂はそんなアクエロをジーと見つめていた。


 その視線に気付いたアクエロが小首を傾げる。


「何か?」

「……いやに従順だな、お前」


 確かになんちゃて状態のアクエロは有能な部下だが、それにしても最近大人しいというか、毒が無いというか、過去の経験から何か企んでいるのではないかとついつい疑ってしまう儂。


「リバークロス様の従者ですから」


 アクエロはにっこり笑ってそう言った。あまり表情に変化がなかったのが嘘と思えるくらい良い笑顔じゃ。


「……なんか企んでないよな?」

「リバークロス様の従者ですから」


 アクエロはにっこり笑ってそう言った。やはりとても良い笑みじゃった。


「……怪しい」

「うふふ」


 微笑むとアクエロは何故かその場でバレリーナのようにクルリと一回転。スカートがフワッと浮いて、ドヤッとした顔がこちらを向く。…………いや、何なん? お前?


 ひょっとして盾の王国の戦いでアクエロの頭に異常が…あっ、いやそれはいつも通りじゃな。


「それでは失礼します」


 アクエロは一礼すると二体の人形を持って出て行った。扉を閉める際、「うふ」とか笑って儂にウインクしてくる。……いや、何なん? お前?


「アクエロさんは従者に戻れて嬉しいのだと思いますよ。新しいメイド服を作った時も暫くそれを抱きしめて動かなかったそうですから」

「あいつが? まぁ、あいつならそういうことも……ある、かな?」


 アクエロは楽しむためならどのような努力でも惜しみなくする。真面目な快楽主義者とも言うんじゃろうか。ある意味では究極の努力の人とも言える。


 厄介なのはアクエロが今何を楽しもうとしているのか理解してないとその行動を読めないことじゃ。


 例えば『従者』を楽しもうとしているなら、アクエロは従者を力の限りやるのでその行動も読みやすい。しかしそこに『リバークロスを乗っ取ろう』と言うことが加われば途端に難しくなる。


 何せ従者を全力でやりながら、儂を乗っ取ることにも全力を尽くす。その上であやつは裏切りに対する罪悪感が全くないので行動が読みにくい。いや、そもそも裏切っている意識すらない。


 ただ、楽しみたい。あやつにあるのはそれだけ。観察するにどうやら困難を乗り越える、あるいは努力が実を結ぶ的な行為にエクスタシーを感じておるようじゃが、それだけでは行動を予測するには情報が足りなすぎる。


 無駄に機嫌が良かったようじゃし、暫く要警戒じゃな。


「アクエロさんはきっとリバークロス様に恋をなされたんだと思いますわ」

「……だと良いんだがな」


 儂にアクエロが惚れてくれれば、それはとても都合が良い。当初予定していた都合の良い女のできあがりじゃ。しかしあやつがそんな単純な女じゃろうか? ……いや、単純ではあるの。


「まぁ、あいつのことは良い。今はそれよりもギンガだ。もう少ししたら隣の部屋に移動するぞ」

「例の人間ですか?」


 シャールアクセリーナが聞いてきた。こやつは普段護衛の仕事に徹するので滅多に喋らんのじゃが、逆に仕事に関わることならこういう風に積極的に聞いてくる。


「そうだ。少し暴れるかもしれないが殺すなよ」

「ハッ! 了解しました」


 さて、多少悪趣味ではあるが、ギンガを仲間にするため、つまりは儂のために才能に溢れる若者を悪魔の罠へと御招待じゃ。

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