きっかけ
マイブラザーに嫌われているのかも知れない、そんなショッキングな疑惑の中、群れをなして儂に襲いかかってくるゾンビウルフ達。
その速度は人間の視点で見れば速いのかもしれんが、魔族の中でも最高クラスのポテンシャルを秘めた体、それを得た元現代魔術師最強の儂から見たら欠伸が出そうじゃ。
「せっかくだ。試すかな」
マイブラザーに嫌われちゃった? 疑惑を一旦棚に上げて、儂は左手の中指につけた指輪に視線を落とす。
ぶっちゃけると儂、能力的にアンデットはあまり怖くはないんじゃよな。だからせっかくなのでこの機会にスキルを試すことにした。
儂がつけている指輪。これは魔力をナイフに変換してくれる、とっても便利な魔法具じゃ。
魔力の物質化など口で言うほど簡単なことではないので、この指輪をアクエロちゃんから貰った時は何とか仕組みが解明できないか血眼になったものじゃ。
「セット」
儂が呟くと指輪が輝き、左手の指と指の間に投擲用のナイフが具現化される。それを儂は頭上に投げる、その数二十。ちなみにそれら全部を指に挟んでいたわけではない。この指輪は儂の周囲一メートル以内なら好きな場所にナイフを具現化できるので、手に持ったナイフを投げるのと同時に腕から射出する感じで具現化したわけじゃ。
この間およそ一秒程。あと二、三秒もあれば飢えたゾンビ達が儂の若くて新鮮なお肉にかじり付いて来るじゃろうて。
無論、それを待つ気はない。
「加速しろ。グラビティレイン」
詠唱を唱え、魔力を捧げると上に投げたナイフが凄まじい速度で落ちてくる。それにしても自分で一から十まで設定しなければならん魔術に比べて、本当に魔法は楽じゃの。誰か知らんがどうやったらこんなものが作れるのか、全くもって興味が尽きんわい。
そして興味深いのはもう一つ。
加速したナイフが真っ直ぐに落ちてくる。儂の真上に投げたわけじゃから当然その刃が向かう先はーー
「何を!?」
マイシスターの悲鳴じみた声が聞こえてくる。ふーむ。家族に心配されると言うのも中々良いものじゃな。儂は両手を広げ落ちてくるナイフを迎え入れた。直後、儂の全身に降り注ぐ刃。そしてスキルが発動する。
スキルーー『転生する衝撃』
ナイフは儂の体に触れた途端、まるで全ての力を消失したかのようにピタリと止まった。
そして儂の目と鼻の先にまで来ておったゾンビウルフが真っ二つになる。その数十二。残りの八体はダメージはあるものの、そこまでの深手ではない。運の良い奴に至っては少し毛が切れた程度じゃ。
大したダメージを負わなかった個体はそのまま儂目掛けて突っ込んできよる。
それに対して儂は儂の体に垂直に立ち、今まさに重力に引かれんとしていたナイフを魔力で操った。そしてそのままゾンビウルフ達へと発射したのじゃった。
ちなみにこの念動力のような魔力の扱い方じゃが、実は物凄い高等技術らしいのじゃ。なにせ初めてやって見せた時、普段は無表情なアクエロちゃんの表情を動かせたほどじゃからな。
まぁ、それも若かりし頃、箒に股がって空を飛ぶ練習をしていたおかげなのじゃがな。
そうして儂の超高等技術により額に深々とナイフが突き刺さるゾンビウルフ達。それでも奴等は既に命なきアンデットじゃ。この程度では中々止まらん。故に儂はきっちりと止めを差すことにする。
「アウト」
儂の声に合わせてゾンビウルフ達に刺さったナイフが爆発する。元々魔力で作られた刃じゃ。ちょっとの工夫で魔術師である儂にはこういうこともできるのじゃ。
爆発、爆発、爆発、そして壊滅じゃ。ゾンビウルフ達が召喚されてここまで十秒かかるかどうかじゃったな。
「す、凄い。本当に凄いですわ」
「……姉さん。なんでそんなところに座っているの?」
声に振り返ってみれば何故か地面にヘタリ込んでおるマイシスター。儂が首をかしげると、マイシスターは頬を赤らめキッと儂を睨んできおった。
「もう、リバークロスが私を心配させるからでしょう」
そう言ってマイシスターは立ち上がるとポコスカと儂を殴る。う~む。良いものじゃのう。
「相手がアンデットだからスキルを選んだのかな?」
そこへマイブラザーがやって来る。その顔にはいつもの柔らかな笑み。何じゃ、やはり儂嫌われて何ておらぬの。皆に愛される弟じゃの。
「……そうです。アンデットは生命力が無い分、スキルが通りやすいですから」
例えば対象を浮かすスキルがあるとする。このスキルを使って対象を浮かそうとしても、対象が生命を持っているかどうかで効果に差が出るのじゃ。
肉体の力『気』と精神の力『魔力』。それら二つを合わせて生命力と呼ぶのじゃが、どうもこの生命力が外部からのスキルの干渉を防ぐようなんじゃ。
アンデットは完全に『気』を失った魔力だけの存在。故に通常生命力に阻まれて直接敵の肉体に作用させづらいスキルもアンデットが相手ならかなりの率で通ると言うわけじゃ。
「本当によく考えているよね。ゾンビウルフの群に対して僕はてっきり魔法を使った力業で切り抜けると予想していたのに、オークキングの時もそうだけど、能力以上にまるで歴戦の兵のような経験に裏打ちされた強さを感じるよ。……あり得ないけどね」
マイブラザーの言葉にギクリとしつつも曖昧な笑みを浮かべて見せる儂。
それにしても歴戦の兵か。まぁ、実際魔術師としてある程度力をつけた百歳から二百歳までの間、儂もかなりのヤンチャ坊主で、毎日のように戦っておったからの。相手は裏社会の住人に果ては国家まで。近代兵器の強いこと、強いこと。お陰で何度も死にかけたわい。
「本当ですわ。まるで魔将達のように手慣れた戦い方、さすがは私の弟ですわね」
「いやだな兄さん、姉さん。アクエロちゃんやエイナリンのお陰ですよ」
マイシスターの称賛に謙遜して見せる儂。うーん、健気じゃて。エイナリンの名前を出すとマイシスターは目に見えて不機嫌になったが、やはりなんとか二人を仲良くさせたいものじゃな。
前世では得られなかった家族の温もりを大切にしようと考える儂。そんな儂にマイブラザーが言った。
「さて、それじゃあ次は僕とやろうか?」
「え?」
「お兄様?」
驚く儂とマイシスター。マイブラザーの顔には変わらぬ笑み。本当に何を考えているのか読めない奴じゃのマイブラザーよ。
「本当は次はシャドーナイトを用意してたんだけど相手になりそうもないからね」
シャドーナイト。この世界の人間とエルフの社会にはハンターと呼ばれる職業があるらしいのじゃが、シャドーナイトが出ればそこそこの騒ぎになり、何人もの高ランクのハンターが駆り出される。って、アクエロちゃんが勉強の時に言ってたの。
「あの、ひょっとして僕、何か兄さんを怒らせましたか?」
そんな魔物を儂に差し向けようとするとは。そしてそれに満足できず、わざわざマイブラザー本人が出てくるとは。これはもはや儂をdeathりたい、待ったなしじゃな。
「え? どうしたの? 突然」
キョトンとした表情を浮かべるマイブラザー。ふん白々しい。そんな顔したって儂、騙されないんじゃからね。
「お兄様が意地悪ばかり言うからですわ。リバークロスはこんなに大きくてもまだ三歳なのですわよ」
そうじゃ、そうじゃ。中身はその百倍以上じゃが、それでも三歳児に意地悪しすぎじゃろうが。儂でなければ修行ではなくただの処刑になっておる所じゃぞ。
儂とマイシスターが責めるようにジト~とマイブラザーを見る。すると意外にもマイブラザーは弱ったような表情を浮かべた。
「ごめん。別に悪意がある訳じゃないんだよ。ただ僕は知りたいんだ。リバークロスの強さを。そしてその秘密を」
マイブラザーの黄金の瞳が僅かに輝いた。
「秘密。ああ、何て甘美な響きなのだろうか。愛しい兄弟達よ、君達は気にならないのかい? この世の不思議が。そこに眠る秘密の数々が」
悪魔は隠された秘密を暴く、か。儂としては暴かれても……いや、困るじゃろうか? 聞けばもう少しでドデカイ戦争が始まるかもしれないとの事じゃし。そんな時に別世界……はまだ良いとして、元人間の悪魔なんぞ信用されるじゃろうか?
うーん、やはりバレないように気を付けた方が良いじゃろうな。
「お兄様の仰りたいことは分かりましたわ。しかしそれでもやはり私の可愛いリバークロスをこれ以上いじめるのは許しませんわ」
マイシスターにキッと睨まれてマイブラザーが怯む。おおぉ、何じゃこやつ、こんな一面もあったのか。どこか得体の知れない奴じゃと思うておったが、そんな表情を見せられると一気に親しみが沸くの。
「そ、そう。じゃあ。今日はもう……」
そうじゃの。止めてブラザートークでもするのじゃ、マイブラザーよ。何だか今ならマイブラザーと打ち解けられそうな気がして、儂はマイブラザーに声をかけようとしたのじゃがーー
「だから私がリバークロスの相手をしますわ」
「「え?」」
思わず声がハモる儂とマイブラザー。
「実はリバークロスの戦いを見ていて、私も今のままではいけないと猛省しましたわ。だから体が疼いて仕方ないのです。そういうわけで、さぁ来なさいリバークロス。この姉が相手ですわ」
そう言ってマイシスターの体から魔力が放出され始める。
「あの、姉さん? 今日はもう終わりで良いんじゃないかな」
「そうだよエグリナラシア。大体君は手加減が苦手だろう」
何か今サラリとマイブラザーが不吉なことを言いおったな。ここはやはり何としてもマイシスターを説得せねば。
「まぁ、何を言ってますのお兄様。お兄様が言ったのではないですか。リバークロスの努力を信じる。それが大切なのだと。私あの言葉で目が覚めた気分ですわ。姉として弟を信じる。そんな簡単で大切なことが出来ていなかったなんて、姉として恥ずかしい限りですわ」
ゲェー、まさかのチョロインじゃと? いや、チョロインとは少し違うかもしれんが、しかし資質は十分じゃろう。弟としてマイシスターの将来が不安じゃて。
「では行きますわよ。『我が声が炎の女王を呼び覚ます。幾万の炎を従える汝は美しき君臨者。さぁその命にかしずく者達よ。汝の主は誰ぞ? 汝の忠は何処に? 幾万の赤き世界にて己が価値を示せ』」
ぬぎゃー。余計なことを考えている間に詠唱に入られてしもうた。それもまさか女王と君臨者の名を使った二重名詠唱じゃと? ガチもガチではないか。マイシスターよ儂を殺す気か?
話の展開に付いていけない儂を置き去りに、天井知らずに高まっていくマイシスターの魔力。只でさえマイシスターの魔力量は儂を凌駕しておるのにこのスタートダッシュの差は不味い。
無論、アクエロちゃんの心臓を使えば魔力でマイシスターを上回ることはできる。じゃがあまり気軽に使えるものでもない上にこのタイミングではもはや間に合わん。つまりは大ピンチじゃ。
「リバークロス。君も早く詠唱に入るんだ。女王には皇帝、君臨者には革命者だよ」
おおーマイブラザーから相剋の関係を考慮した頼もしきアドバイスが飛んできおった。じゃがそれならいっそマイブラザーが魔法を使ってはくれんかの? 今からではさすがに間に合わんのじゃが。マイブラザー、対抗魔法を準備してはおらんじゃろうか? 儂が一類の望みを抱いてマイブラザーに視線を向ければーー
「いねーー!?」
マイブラザーのやつ。スタコラサッサト儂から離れていきおる。その猛ダッシュぶりと来たら、普段の落ち着いた態度が嘘のようじゃ。
「さぁ行きますわよリバークロス。魔法対決ですわ」
「いや、待って! マジ待って姉さん」
いや、いや、いや。……あれ? これ、素でヤバくないじゃろか? あれじゃよな? ギャグ補正入るんじゃよな? こんな馬鹿なことで儂の転生人生終わらんよな?
儂が半ば現実逃避を仕掛けた時、魔法が完成する。
「問答無用ですわ。受けなさいですわ、我が魔法『王炎の覚醒』
「ひぎゃーあああ!?」
直後、目映い黄金色の炎が生誕の間を暴れまわり、床と言わず、檻と言わず、ありとあらゆる物を焼き付くした。
その結果として檻に入れられていた魔物達が逃亡。魔王城にてんやわんやの大騒動を巻き起こす。スキルを発動させまさに九死に一生を得た儂も含め、マイシスター共々コッテリと絞られてしもうた。ちなみにマイブラザーはうまく立ち回って逃げ仰せよった。ーー解せぬ。
しかしマイブラザーに文句を言う暇は儂等にはなかった。何せマイシスターのやらかしたことを聞いてマイマザーがやって来たのじゃが、そのお仕置きの凄いのなんの、今思い出しても震えが止まらんわい。
「ふふ。話は聞いた。さぁ尻を出すが良いぞ、可愛いくてお馬鹿なお前達」
そう言って儂の尻を叩くマイマザー。無論三百歳を越える偉大な魔術師である儂にとってお尻を直で叩かれるなど屈辱でしかなかった。じゃがそれでもまだこの時は余裕があったんじゃ。以前マイシスターがお尻を叩かれるとビビっておったから、こんなのに怖がるなど所詮は子供じゃなと、そう思っておった。しかしーー
「ほう、中々体の成長が早い。母として嬉しいぞ」
そう言ってマイマザーの指が儂のあそこ、どことは言わんがお尻と言ったらココ、と言うほど大切な場所に容赦なく突っ込まれた。
らめぇ~! そこはダメなのじゃ~! 儂、儂、初めてなのじゃ~!
当然儂は暴れた。しかしマイマザーは儂の抵抗なぞ簡単に取り押さえ、指を好き勝手に動かしよる。その上徐々にマイマザーの指が熱を持ち始めるから、また恐ろしい。いや、本当に恐ろしいのは痛いのか気持ち良いのか分からないギリギリで儂の体と精神を翻弄するマイマザーのテクニックじゃ。
肉体と精神の限界値を完全に把握された上でマイマザーに弄ばれる儂とマイシスター。全てが終わった頃には羞恥と疲労で動くこともできず、その日儂とマイシスターは互いに慰め合いながら、抱き合い、そして眠りに落ちた。
そして次の日に実行したのが、
「やぁ、昨日は大変だったようだね。大丈夫かい?」
などと言って見舞いにやって来たマイブラザーに対する復讐じゃ。まぁ、復讐と言うよりは八つ当たりじゃな。だって基本悪いのはマイシスターじゃったし。しかしマイマザーの手で大切な所を色々と弄られて半泣きになっておったマイシスターを見た以上今さら攻める気にはなれず、それならばと儂等を見捨てて逃げ去った長男に八つ当たりすることにしたのじゃ。
「え? あの、ちょっと二魔とも?」
儂等の表情を見たマイブラザーが頬に一筋の汗を流す。儂等は情け容赦なくマイブラザーを取っ捕まえると、思う存分ボッコボコにした。まぁ、とは言っても最後の方は三人とも笑っておったのじゃがな。
そうしてこの日から儂等兄弟は急速に打ち解けて行くのじゃった。