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第一王女の恐怖

 私の名前はマリア・シュバルツ。


 人類を異種族から守ることを使命とする盾の王国、その第一王女として生まれた。


 魔族領土にもっとも近い国の王族。そんな私に求められるのはまず何よりも力だった。


 朝から晩までの稽古、その合間に王族としての礼儀作法も叩き込まれた。


 正直王女なんて柄じゃないと自分でも思うが、生まれに文句を言っても仕方ない。


 課せられた試練を淡々とこなした結果、手足が伸びきる頃にはそこいらの冒険者など比較にもならない力を手にいれていた。


 このまま成長していき、やがては兵を率いれ魔族と最前線で戦うか、あるいは盾の王国を任せるに足る強い男を伴侶として、その男を支えながら生きるか。


 個人的には後者の方が良かったが、私より強い男は中々いないし、いても王族なんて柄じゃないという連中ばかりだ。


 私もいまいち好みの相手が見つからなかったので、せっかく見つけた強者も本気で口説かず、のんびりとやっていた。まぁ、本当の有料物件が見つかれば好みなんて言ってる余裕はないのだろうが。


 何せ私は盾の王国の第一王女なのだ。この身は人類の利益のための道具。


 私は個人などというものが存在しない王女としての在り方にウンザリしつつも、これも盾の一族に生まれた定めと思い、ただ己を鍛え続けた。


 だがそんな覚悟も全ては王国の崩壊と共に徒労と化す。


 捕らえられた私達を待っていたのは虜囚の辱しめ、ではあったのだが想像していたのとは大きく違った。


 傷を最低限治療され、男女別れた場所に監禁。食事は一日三食出て、お手洗い専用の個室まで作られる。


 正直に言えば少しだけ安心してしまった。盾の王国の王女である私は捕らえた魔族を人類がどうするかをよく知っていたからだ。


 勿論勝つために敵を知るのは必要だ。魔族の生態を調べるために、異種族を捕らえて研究するのは確かに必要だろう。ただ、その内容が目を覆いたくなる程に悲惨と言うだけの話。


 特に獣人には様々な需要があり、戦争に関係なく欲望の為に社会の裏で売買されている。


 無論魔族、とりわけ悪魔との姦淫は大罪とされている。


 悪魔族には強い魔力を持ち、肉体や精神に影響を与える類いの能力すきるを持つ者が多く、性行為を通して魔族に懐柔あるいは隷属される危険性が伴うからだ。


 しかし悪魔に比べ獣人は突出した個体が極端に少ない上に精神を操作する類いの能力(すきる)を持つ者も殆どいないので、非合法が専門の闇商人達にとっては使い勝手の良い便利な商品なのだ。


 そんな事情から非合法組織である闇ギルドに獣人狩りの依頼が来ない月はないらしい。


 闇ギルドお抱えのハンター達に捕まった獣人達はそのまま闇商人達によって売られていく。それをどの国の政府も知ってはいるが、放っておけば獣人を狩ってくれる闇ギルドを敵対してまで取り締まる国は存在しない。せいぜい注意止まりだ。


 私も何度か闇で売買された獣人の末路を見たことがあるが、悲惨の一言だ。皮をできるだけ多く剥ぐためだけに生かされ続ける者。性的、あるいは憂さ晴らしなどの目的で嬲られ続け、ボロボロになったあげく最後はゴミのように殺される者。


 人の欲望の裏側を見るのは盾の一族の者として避けられない道だとしても、それを知ってからしばらくの間は人に会うのが怖かったのを今でも覚えている。異種族に囚われると言うことはこういうことなのだと、その時に学んだ。


 そして今、かつての獣人達の立場に自分がなっている。


 私は自分でいうのもなんだが美人で何よりも人間の中では魔力が強い。用途など、それこそいくらでもあるだろう。


 母が重傷を負って弱っている今、私が妹を守らなければならないと言う想いから強がってはいたが、この先起こるであろう現実を思うと何度自ら命を絶とうと思ったことか。寝れない夜が続いた。


 捕まってからの最初の数ヶ月は盾の王国内で監禁され、そこから一か月ほどかけて別の場所へと移動した。長旅だったが魔馬車を使っての移動だったので特に肉体的な疲労はなかった。


 途中、転移門を潜る前に何やら騒ぎがあったようだが、すぐに収まった。そうして恐ろしい気配が漂う身の毛のよだつような山を越え、ついに辿り着いてしまった魔族達の巣窟ーー魔王城。


 そこで数人を除いて盾の王国の者達と離れ離れにさせられる。別れ際の彼女たちの顔が忘れられない。だが塞ぎ込む暇なんて私にはなかった。


 ついに私たちの処遇が決まったのだ。その内容は驚くべきことに魔物との決闘だった。


 勿論それが決闘と言う名の処刑であることは理解していた。だが妙な話、捕らわれて初めて私は心の底から安堵した。むろん魔物などに殺されたくはないが、拷問され辱しめられた末に死ぬことに比べれば、戦って終われる結末はまるで救いのようにさえ感じられたのだ。


 そして処刑当日。怖がる妹の手を引いて魔族共で溢れたその場所に立った。


 そこにいる魔族は信じられないような力を持った化物達ばかりだった。試合を実況するらしい獣人でさえも信じられないような力を持っている。


「お姉ちゃん?」


 妹ーーイリアが私を見上げる。震えているのは私なのか、それともイリアなのか。ただ繋いだ手を決して離さないように強く握りしめた。

 

 そして処刑が始まり、護衛の奮戦むなしく、その時が近づいてくる。最後までせめて王女として、なによりも姉として振る舞おうと覚悟を決めたその時、奇跡が舞い降りた。


 どうしようも無いと思っていた魔物を圧倒的な力で蹂躙する美丈夫。夜のような漆黒の髪と瞳。整いすぎたその容貌は唯一無二の芸術品に命が宿ったかのよう。


 物語の英雄が助けに来てくれた。そう思った。


 なのに私達を助けてくれたそいつはこともあろうに盾の王国を滅ぼした元凶の息子で、助けた理由は母のことを気に入ったからだという。

 

 悪魔の誘いに迷う母。気持ちは分かるが、例えそれで命を拾っても果たしてそれは救いと言えるのだろうか?


 弄ばれた末に死んだ獣人達の姿を思いだす。それに重なるように悪魔の腕の中でボロ雑巾のようになっていく母の姿が思い浮かんだ。


 私は止めようとした。だが母の決意は固かった。いや、違う。私も助かりたかったのだ。こんなところで見世物として(いたずら)に殺されたくなんかなかった。だから本気で説得することを躊躇ったのだ。


 そしてそんな情けない私にお似合いの末路。母共々、魔王の息子に弄ばれる日々が始まったのだ。いや、始まるかと思っていた。


 何故か魔王の息子は私達の生活環境に気を配るだけで特に何かしようとはしなかった。


 拍子抜け。まるで幻覚だと自覚できる幻覚の中に放り込まれたような気分だ。


 最初の日に護衛の性器を悪魔の従者が顔色一つ変えずに切り落としたときには、今度こそ地獄が始まるのだと覚悟したものだが、蓋を開けてみれば以前より快適な日々が待っていた。


 もっとも快適なのは肉体面に限った話で精神面ではかつて無いほどに一杯一杯だった。


 一体あの悪魔は私達をどうしたいのだろうか?


 私は優しさが恐怖をもたらすことがあるということを初めて学んだ。


 そんなある日、魔族が何やら慌ただしく、何事かとフルウに聞いてみれば、何やら大きな戦があり、そこで魔王の息子が大活躍したらしい。


 その事を語るフルウか少し嬉しそうに見えたのは邪推のしすぎたろうか? しかしそんなどうでもいい疑問は次のフルウの話を聞いた瞬間にぶっ飛んだ。


 どうやら魔王の息子が大切にしている女の一人がその戦いで死んだらしい。その死を嘆いているのか、魔王の息子は魔王城に戻るなり一週間以上もの間、部屋に籠ったとの話だ。


 そこまでなら魔王の息子の癖に引きこもりかよ、と思うくらいだったのだが、先日部屋から出た魔王の息子が私と母を呼んでいるらしい。


 自分の女が死んで、荒れている時に受けた呼び出し。


 私と母はついにそのときが来たのかと覚悟を決めた。頼んでもないのに無駄に数を揃えられた服の中で、精々色っぽく見える物を選んで着替える。


 悪魔に気に入られるためにおめかしをする。深く考えると、ここのところずっと痛かった胃に最後の一押しを加えそうで、私は無心で鏡と向き合った。


「お綺麗ですよ、マリア様」

「……ありがと」


 着替えや化粧を手伝ってくれているフルウが鏡の中で微笑んでいる。なんだろうか? フルウに違和感を覚える。


「ねえフルウ。貴方、化粧でもしてるの?」

「え? 私がですか? 仕事中に私がそういうことしないの姫様知ってますよね」

「そうよね。でもフルウ、何だかやけに綺麗になってない?」


 というかよく見てみれば、フルウの魔力が昔とは全然違うような……あれ? これ、ひょっとして私より強くなってない?


「そうですか? ……ああ、でも確かにここ最近やたらと体が軽くて、とても調子が良いんですよ」


 そう言って、グッと体に力を入れるフルウ。本人は自覚無いようだが、ほんの僅かに高まった魔力は上級魔族に匹敵しそうな勢いだ。


「貴方、あの悪魔に何かされた?」


 そうとしか思えない。成長とか努力とかそんなレベルではない。これが眷属化の影響なのだろうか? でも何故今頃?


「急にどうしたんですか、マリア様。それとーー」


 フルウは私の肩にそっと手を置くと、耳元に口を寄せてきた。そして囁くような声で言うのだ。


「リバークロス様をあの悪魔、何て呼んではいけませんよ」

「そ、そうね。気を付けるわ」


 ゾクリとした冷たいものが背中を走った。


 今のはどういう意味なのだろうか? 誰が聞いているか分からないから言葉には気を付けた方が良いという忠告なのか、それともまさか自分の主に無礼な口を叩くなという警告なのだろうか?


 フルウのことだからきっと忠告のはずだ。


 だが私はそれを確認するのが怖かった。魔族、とくに悪魔との姦淫が大罪とされる訳を思い出す。行為に対する強い依存性。または悪魔固有のスキルで行われる隷属の強制。それらを用いて心を砕き、過去には多くの人類を謀反させたこともあるという。


 私の知らないところでフルウがそんな目に合っていたら? そして次は私の番だとしたら?


「マリア様? 大丈夫ですか?」


 フルウが心配そうに聞いてくる。その姿はいつものフルウだ。だがその内面はどうなのだろうか?


 私の脳裏にボロボロになった獣人達の姿が浮かんだ。


「……いいえ。大丈夫。大丈夫よ」


 震えそうになる体を意思の力で制御する。いっそさっさと抱かれでもすれば、このいつ足元が崩れるか分からないような恐怖から解放されるのだろうか?


 そんなことをほんの少しだけ思ってしまった。


「さぁ、行きましょう。リバークロス……様をお待たせする訳にはいかないわ」


 悪魔が私達をどうしようと、どのみち今の私たちに拒むすべはない。私は考えるのを止めて、魔王の息子の元へと出向いた。


 そしてーー


「どうした? 口に合わないか?」

「いえ、とても美味しいです」


 出されたお菓子を飲み込み、ニッコリと愛想よく微笑む。まさかというか、やはりと言うべきなのか。恐ろしい行為を覚悟して訪れた私達に、魔王の息子はまるで友人に接するかのような態度で茶菓子を勧めてきた。


 それに私も母も表面上は嬉しそうな態度を取る。


 悪魔なんかに愛想を振り撒かなければいけない自分の境遇に泣けてきそうになるが、今の私はこの悪魔に飼われてる身だ。つまらないことで悪魔の機嫌を損ねたくはない。


 それに実際この紅茶もお菓子も私の好物で美味しいのは事実だった。


「そうか、肉もあるから好きに食えよ」


 魔王の息子が指を鳴らすと悪魔のメイドが皿を運んでくる。その上には噛めば血が滴りそうな程よい焼き加減のレアステーキ。


「え?」


 私は思わず目を見開いてしまった。


「なんだ? 言っておくが人肉ではないぞ」

「あ、いえ、そのようなことは。ありがとうごさいます」


 紅茶とお菓子の後にお肉? 普通ならあり得ない組み合わせだが、私はこの食べ方が大好きなのだ。昔から甘いものを食べると、その後無性にお肉が食べたくなる。


 あまり周囲の反応がよろしくないので、母など一部の者しか知らないのだが……。


 母が言ったのだろうか? 横を見れば、母は余所行きの笑みを浮かべて紅茶を飲んでいるが、その姿はどこか戸惑っているようにも見えた。


 よく見れば母の前には肉が出されていない。その代わり魔力量が多い母がよく口にしていた魔力石入の紅茶が追加で置かれていた。


 此方の嗜好を知られている?


 まるで勝手に頭の中を覗かれたかのような、言い知れぬ恐怖を覚えた。


 私は堪らず魔王の息子へと声をかける。


「あ、あのリバークロス様?」

「なんだ?」

「リバークロス様にお声をかけて頂けるのは嬉しいのですが、今日はどういったご用件でしょうか?」


 こちらから用件を催促するような態度は取りたくなかったが、いい加減この悪魔の考えを何でもいいから知っておきたかった。真綿で首を絞められていくような状況はいい加減うんざりだ。


「お前達と話をしたかったが理由ではダメか?」


 いいわけないでしょうが、この悪魔が! などと言えるはずもなく、私は頬が引きつらないよう気を付けながら、嬉しそうに笑ってみせる。


「そのようなことは。嬉しいですわ。ねぇお母様」


 返事がない。いつもの母ならここから角の立たない無難な会話を展開してくれるのだが……。


「お母様?」


 母はジッと魔王の息子を見ていた。その視線は不躾でハッキリ言って上位者に向けていいものではない。


「なんだ?」


 案の定、魔王の息子が母の視線に気づく。


 それでも母は真っ直ぐに魔王の息子を見つめるのをやめない。その覚悟を決めたとばかりの表情にとても嫌な予感を覚えた。


「あの、お母様」


 とにかく間に入って空気を変えなければ。しかし母は私の言葉を無視すると、魔王の息子に言うのだ。


「リバークロス様にお願いがあります」

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