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有角鬼族の意地1

 生まれてからの百年はただ戦いの中に生きた。


 有角鬼族は力を信奉する。その例に漏れず私も力だけを愛し、求めた。


 元々才能もあった私は戦場でその素質を完全に開花した。類い希な魔力操作の腕前で、膨大な水を操る私はいつしか水鬼と呼ばれるようになっていた。


 エクスマキナやアイギス、更に恐るべき創造魔法を駆使する天族最強の女。遥かな昔から魔族は天族に押され続けていた。


 勝ち戦にも負け戦にも命令ではなく自らの意思で赴いた。戦って、戦って、戦って、そしてそんなある日、王から声をかけられた。


 好色で知られる我ら有角鬼族の王。グランヘル


 性に関して大した興味や拘りを持たない私は、王との決闘を条件にその話を受けた。


 別に王をどうこうしたかった訳ではない。ただ戦いたかったのだ。力を愛する心のままに。


 そうして私は王と戦い、そして破れた。


 負けた私を王は乱暴に、それでいてどこか大切なモノを扱うように抱いた。彼の腕の中で私は『女』を知った。


 王に抱かれることが日常に組み込まれ、前よりも少しだけ戦いから遠ざかったある日のこと、私の前に一人の女が現れる。


「初めましてイリイリアさん。私はフルフルラ。今日から貴方の教育係ですわ。気軽にお姉様と呼んでくださいな」


 それは美しい女だった。陽の光を浴びて輝く雪のような髪と瞳。着ているドレスも高価な魔法具(しな)だと一目で分かった。


 自然が人の形を持ったかのような美がそこにはあった。そんな彼女に比べて同じ白でも私の髪は灰のようにくすんでおり、格好だって胸や下半身を最低限隠すだけのもの。当然戦闘の最中に何度も破れたが、そんなことは気にせず戦ってきた。


 美女と野獣とでも言えば良いのか、私たち二魔の間には『女』として明確な差があった。目の前の彼女に比べて私はなんとみすぼらしいのだろうか。少し前までならきっと気にもしなかったであろう、そんなことが気になった。


「姉と呼んで欲しければ実力を見せてみろ」


 私は苛立ちを紛らわすかのように女へと襲いかかった。女はまるで動じない。ただ子供のヤンチャを見るかのように優しく、それでいて上品に微笑んだ。そしてーー


「噂通りの方なのですわね」


 気付けば私は空を仰いでいた。視界の先でこちらを見下ろす彼女の髪が風に揺れる。それは舞い散る雪のようで、敗北の悔しさも忘れて、ただただ魅入った。


「こんなご時世ですもの。そんなに嫌わなくてもいずれ別れはやって来ますわ。その時まで本当の姉妹のように、どうか私と同じ時を過ごしては頂けませんか?」


 その言葉通り、その日から彼女はどんな時でも私と一緒に行動した。天族と戦う時も、王に抱かれる時も、いつでも一緒。


 まるで血を分けた本当の姉妹のように私達は同じ時を過ごした。


「私の髪が綺麗? まぁ、嬉しいことを言ってくれるのね。でもね、イリイリアさん。本当は貴方の髪だってとっても綺麗なのよ」


 彼女が私の髪を梳いてくれる時、私は戦場に居るのとはまた違う不思議な充足感を覚えるようになっていた。灰のようにくすんでいた髪が彼女と同じ雪のような白さを手に入れる頃には、既に彼女に対する反発はどこにもなかった。


 いつしか私は彼女を本当の姉のように心から慕うようになっていた。


 だから王の女を何魔か最近噂の『色狂い』へと贈る話が出て、それにフルフルラお姉様が立候補したときも、私は躊躇わずついていくことを選んだ。


 フルフルラお姉様からは珍しく強く反対された。当然だ。贈り物として送られれば、贈られた者の処遇は完全に受け取ったもの次第となる。ましてや相手は魔王の子供。よほど手酷く扱われたとしても、今の情勢下で正面切って魔王と対立するような真似は出来ない。


 だが、だからこそフルフルラお姉様についていきたかった。何かあったとき、少しでも支えになれるように。


 それに若い頃ならいざ知らず、齢を重ねて成長した今なら余程のことでもなければ我慢できる自信があった。


 むしろ一緒に送られるアヤルネという小鬼の方がよほど心配だ。


 彼女との接点は殆どないが、その噂はだけはよく知っている。なにせ若い頃の私によく似ているからだ。


 実際初夜で何やらやらかしたようなのだが、私達の新しい主となった『色狂い』が気にしていないようなので、それが問題となることはなかった。


 そう、噂の魔王の息子は実に甘い性格をしていたのだ。


 贈られてきた私達を見るなり目を丸くし、事情を知ると送り返す選択肢も含め親身になって様々な提案をしてくれた。


 正直、そのせいで第一印象はあまりよくない。確かに年齢のわりには強そうだ。お優しい性格のお陰で私達は快適に暮らせそうだ。その点は悪くない。


 だが将として見た時、目の前の利益を感情で放棄するその行為は愚かとしか言えなかった。


 私達を仮に送り返せば、我らが王との間に角が立つのは目に見えているし、何よりも私を含め今回贈られてきた女達は魔族の精鋭だ。


 有用な武力の獲得の機会を些細な感情に流されて放棄する。ハッキリ言ってこんな男が魔将で大丈夫かと心配になった。一魔を助けようと百魔を危険にさらす将。言葉で聞くなら美化も出来るが、実際それで戦争に負ければ万を超える仲間が死ぬことになるのだ。


 私の不安にフルフルラお姉様は言われた。


「リバークロス様に足りない所があるのなら、私達で補えばよろしいのよ。私と貴方のようにね。そうでしょう? イリイリアさん」

「ええ。本当に、本当にその通りですわね、フルフルラお姉様」


 フルフルラお姉様がそのようなお考えであるなら私はその通りに振る舞うまでだ。それから暫くして『色狂い』が眷属であるダークエルフを連れてやってきた。


 どうやら私達に面倒を見ろとのことらしい。中々に可愛らしいダークエルフだったので別に構わないのだが、フルフルラお姉様とのやり取りを見て、甘さが目立つ性格であることを再確認した。


 才能はあるが、将としての資質に疑問のある男。それが『色狂い』に対する私の評価だった。


 しかし初任務で意図せず天族と交戦。そこで『色狂い』、いやリバークロス様に対する評価は一変する。


 創造魔法を発動させたリバークロス様を見た時に脳裏を過ったのだ。始めて王と戦ったあの日のことが。


 気付けば私は拳を握りしめていた。それは歓喜だったのか、あるいは嫉妬だったのか。それは今でも分からない。だが思わずにいられなかったのだ。


 その年齢でそこに居るのか!? と。


 力をただ求めていた若かりし日の情熱が蘇った気がした。


 そして私は巨大な力を纏ってただ一魔で天族の結果(わな)を喰い破ろうと飛び去るリバークロス様の後ろ姿を見送る。


 どこまで行くのだろうか?


 力を信奉する者として、力に愛されてるとしか思えない(おとこ)の未来が気になった。


 だからーー


「いい加減。邪魔ですわよ」


 魔力の籠った飛び道具、チャクラムを水で弾き返す。リバークロス様を逃がすため残ることを選んだ私達は天族の精鋭に囲まれ、皆浅くない傷を負っていた。


 獅子奮迅の活躍をしていた堕天使もルシファの登場により分断された。だがその際、エクスマキナも堕天使を追って行ったので、ここにいる天族を倒しきればリバークロス様の後を追うことが出来る。


「君臨者よ、雨降る地に汝の民を住まわさん『爆流』」


 私が召還した高水圧の水が周囲の天族を押し流す。その直前ーー


「君臨者よ、凍れる大地に涙する民に最後の慈悲を『氷縛』」


 別方向から放たれた第二級魔法が私の水を氷柱のような形で凍らせ、流れる水の勢いのままに天族を貫いた。


「これで終わりのようね。そうでしょう? イリイリアさん」

「ええ。その通りですね、フルフルラお姉様」


 私の魔法(みず)を凍らせたのは両耳の上に二本の角を生やされたフルフルラお姉様。その姿は傷つきボロボロだった。だが血に塗れたそんなお姿でさえ気高く美しい。破れたドレスでさえ、元からそう言う作りであるかのようにフルフルラお姉様を彩っている。


 もう何百年もフルフルラお姉様のようになりたくて努力しているが、どうしてもここぞという所で地が出てしまう私のような粗忽者には、気品に溢れたあの美しさを手に入れるのは不可能なのかもしれない。


「どうかしましたか? ひょっとしてどこか痛むのですの? イリイリアさん」


 小首を傾げるフルフルラお姉様。私は慌てて首を振った。


「いいえ、何でも無いですわフルフルラお姉様。それよりもサイエニアスさんは?」

「彼女でしたら片腕と両足を切り落とされたので、向こうで再生を試みていますわ」

「そうですか。生きているなら何よりですわ」


 サイエニアスさんは私の半分程度しか生きてない若輩者だが、魔将の娘だけあって将来に期待できる有能な鬼だ。死なないに越したことはない。


「まったくその通りですわね。それではイリイリアさん。サイエニアスさんが動けるようになり次第私達もリバークロス様を追いかけるとしましょう」

「リバークロス様はうまく逃げられたでしょうか?」

「心配はいりませんわ。ウサミンさん達は中々強かですし、何よりもシャールアクセリーナさんがいらっしゃったでしょう。逃げるだけなら問題ありませんわ」


 シャールアクセリーナ。あの『殲滅』のシャールエルナールの妹。姉に似てとても優秀という噂に違わず、かなりの実力者。天将クラスが出てこない限り確かに心配は要らないかもしれない。


「それにリバークロス様は恐らく気を失っているでしょうから、先程のようなことはないでしょう。ねえ、貴女もそう思うでしょ? イリイリアさん」

「はい、フルフルラお姉様。あれには本当に困りましたわ」


 天将を前に一体何を考えたのか、本来であれば真っ先に逃げるべき魔王の息子が、私達を逃がす為にただ一魔死地へと残ったのだ。


 正直に言えば百年ぶりくらいにカチンときた。もう三百年くらい若ければ立場を忘れて殴っていたかもしれない。それほどの怒り。


 フルフルラお姉様が笑う。


「でも、ああいう若さも可愛らしいと思いませんこと? ねえ、イリイ…」


 そこで唐突に言葉を切るフルフルラお姉様。私も直後に気付く。


「お逃げなさいな。イリイリアさん」


 フルフルラお姉様の叫びと同時にそれは降ってきた。


 鋼鉄の翼を持った死の天使。手甲をつけた両腕は夥しい魔族の血で真っ赤に染まっていた。


「エクスマキナ」


 奴は機械らしく何も語らず、また警戒した素振りも見せずに此方へ襲いかかってくる。


 まるで虫でも踏み潰さんばかりのその態度。腹が立つ。


「舐めるな」


 私は愛用の二本のナイフを手にエクスマキナを迎え撃つ。勝算は限りなく0に近い。しかし逃げに徹したところでここまで接近を許したエクスマキナから逃走出来る可能性など、それこそ0と似たようなものだろう。


 ならば戦う。そして勝つまでの話だ。迫る死の天使を前に私は魔力を限界以上に高める。


「貴方の相手は私ですわよ」


 もう少しで互いの間合いというところで、エクスマキナの横合いからフルフルラお姉様が思いっきり杖を振るわれた。


 白い杖の先端には氷の刃が魔法で作られており、その切れ味はそこいらの刀剣など比較にもならないほどに鋭利だ。だがーー


 パリン。と音を立てて砕け散るフルフルラお姉様の氷の刃。


 一見美女の柔肌を思わすエクスマキナの体はその実どんな鋼よりも硬い。だがそれは別に驚くことでなはい。相手は長い間魔族を狩り続けてきた伝説の天使。その程度、分かっていたことだ。


 私はフルフルラお姉様に拳を振るうエクスマキナへ背後から斬りかかった。


「くっ!?」


 鋼の翼が一線。ナイフ二本で何とかそれを受けることに成功したが、力の差はどうしようもなく、そのまま弾き飛ばされた。


「イリイリアさん」


 フルフルラお姉様が魔法を連続で発動して、エクスマキナが私に追撃を駆けてこないように引きつける。だがーー


 スッ、とフルフルラお姉様に手を向けるエクスマキナ。直後、その手から離れるのは無詠唱でありながら第一級魔法に匹敵する光線。


 フルフルラお姉様は咄嗟に回避するが、右半身を大きく削られる。右腕と足を失い、雪のような肌に重度の火傷が刻まれる。


「貴様ぁー」


 怒りの形相を浮かべて斬りかかる私に、エクスマキナが同じように手を向けてきた。


 目の前で見せられた攻撃が通用すると思われるとは、随分舐められたものだ。


 先程の魔法を脳内で思い描き、それを回避するために必要な動作をする。


 次の瞬間、エクスマキナから光線が放たれる。だがそれはフルフルラお姉様に放たれたのよりずっと速くてーー


「え?」


 頭の中に思い描いていたのとはまるで違うその速度に、私はまるで反応できなかった。そのまま防御することもできずに必殺の一撃を正面から受ける。


 粉々に砕かれる……私を模した水の分身。


 エクスマキナがフルフルラお姉様を攻撃している際に入れ替わったのだ。本物の私は既にエクスマキナを間合いに捉えている。


「命を流せ。魔技『水命断』」


 ありったけの魔力を込めたナイフをエクスマキナの首へと突き刺す。いや、突き刺したつもりだった。


「くっ!?」


 突然発生したシールドに渾身の一撃はあっさりと防がれた。エクスマキナが此方を向く。マズイ。私は水を召喚し、エクスマキナへと放った。


 私の攻撃など気にもせず、エクスマキナは真っ直ぐに襲いかかってくる。魔法は全てシールドに弾かれる。


「チッ。…来い!」


 こうなればカウンターだ。近接戦闘を仕掛けてくるのなら拳を繰り出す際に球型のシールドは解除するはず。そこを突く。


 エクスマキナから繰り出される拳。私はそれに合わせてナイフを振るった。


「え?」


 虚しく空振るナイフ。目の前に居たはずのエクスマキナが居ない。空間移動? 超速度? 私にはどちらか判断することすら出来なかった。


 そしてーー


「がはぁ!?」


 胸から生えるエクスマキナの拳。背後に回り込まれ、そのまま拳の一撃をもって心臓を破壊されたのだとすぐに理解した。


 エクスマキナの魔力が体内に流れ込んでくる。致命所だ。私は死ぬ。だがまだ終われない。


「まだだ。まだ私は…」


 このまま私がすんなりと死んでしまえば、ただでさえ絶望的な戦力差が更に開いてしまう。そうなればいくらフルフルラお姉様でもどうしようもなく、どこかで休んでいるサイエニアスさんもすぐに見つかるだろう。


 何よりもーー


「私達は、足手まといじゃない」


 その想いがある。


 思い出すのは戦力外とばかりに転移させられた時の屈辱。長年積みかせねてきた(もの)を否定されたかのような怒り。ここで全滅何てことになれば、きっともう二度あの男は有角鬼族(わたしたち)を兵隊として見ないだろう。


 女として後生大事に守られるだけの存在。


 その事に文句を言える立場じゃないのは分かっている。


 だが、それでも力を信奉する者として意地があるのだ。私は胸を貫くエクスマキナの腕を掴んだ。


「み、水よ…」


 そして死が迫るその直前、私は最後の力を振り絞る。


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