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魔王の暗躍

 頬に飛び散る熱を帯びた赤い液体。


 脳天から股間にかけて完全に真っ二つにしたそれは、しかし先ほどまで死闘を演じていたルシファではなく始めて見る名も知らぬ天族だった。


「またかよ!?」


 思わず毒づいた直後、ルシファの投擲した聖槍が起こす爆発の余波が背後から襲いかかってきた。


「奴はどこだ?」


 アクエロが素早く防御魔法を展開する。俺はルシファを探して周囲を見回した。


 天将第四位を逃がしたことを反省して、転移系のスキルや魔法には気を付けていたつもりだ。なのに斬るまでまったく入れ替わりに気付かなかった。予兆も何もなく、本当にそれが自然なことであるかのように入れ替わっていた。


 こんな真似が出来るのはーー


「いくら超越者級が相手とは言え、貴方らしくもない失態ですね」


 磨ぎ済まし、強化した上級悪魔の聴力が、その声を捉えた。


 ーー居た。ここから距離にして八百メートル程か、その上空にルシファを見つけた。そしてその横にはーー


「やはりあいつか」


 ルシファの横に居るのは片目を銀髪で隠した女ーー天将第五位ヒソナ。最初に戦った時に薄々気付いていたが、敵に回ったあの女はかなり厄介だな。


「返す言葉もないな。私としたことがしてやられたよ」


 楽しそうに笑うルシファの視線がこちらに向く。たかが数百メートルの距離など俺達にはあってないようなものだ。


「困った時、助けが来るのが自分だけだとでも思ったかな?」


 どこか誇らしそうなルシファ。その背後に天族がどんどん集まってくる。


 ヤバイ。あれ、どう見ても精鋭部隊だ。ルシファがいなければ問題ないが、居る状態でこれはまずいな。


 そう思っているとーー


「リバークロス様」


 風を纏ったシャールアクセリーナがアクキューレ達を連れてやって来た。


「申し訳ありません。援軍を呼びに出ておりました。またもリバークロス様をたった一魔で戦わせてしまうとは。この失態は後程必ず償います」


 そういえば盾の王国で姿が見えないなと思っていたら、アクキューレ達を呼びに行っていたのか。


 アクキューレ達もそれなりに激しい戦いの中にいたはずだが、見たところ一人もかけていない。分かっていたが、やはり強者揃いだな。千才越えが三人も居るし、数の差を抜きにしてもハーレムメンバーより強いだろうな。


「気にするな。それよりも俺が天将を殺る。その間他に邪魔をさせるな」

「リバークロス様のお心のままに」


 俺の背後で翼を広げるアクキューレ達。それに対抗するように天族も銀に輝く翼を広げた。


 ヒソナと目が合った。あの女のスキルは要注意だ。


「最優先目標。ここで倒させてもらいます。逃げた二魔も逃がしませんわ」


 ヒソナが指を鳴らした途端、ルシファのすぐ後ろにいた天族が次々と入れ替わる。


「くそおおー!! ……って、あれ?」

「避けなさいよ、バカァあああ…って、……ああ!? 神タイミング来たぁあ!! ヒソナさん、ナイス! ナイス!」


 何やら意図せず窮地を脱したらしい様子の双子。


「……む」


 拳を握りしめたまま、周囲を見回す手甲の男。天将第二位『打ち砕く者』ナンド・オル・ノルオル。


「これは……なるほど。よい判断です」


 すぐさま状況を察知して、こちらにハルバードを向ける天将第三位にしてルシファの妹トーラ。


「見つけたぞぉ、君ぃー!! 会いたかった。会いたかったぞぉ!!」


 もはやお前誰だよ、というほどに目を血走らせた天将第四位。名前は確かオルガ? いやオリン? だったか。


 それにしてもヒソナのスキル。想像以上にヤバイな。


 この状況だ。ヒソナを視界に入れたときから妨害系統のスキルをいつもでも発動できるように準備していたのだが、ヒソナのスキルの発動が早すぎる上にヒソナ自身の力が強いせいで、至近距離でなければスキルの発動を妨害できそうにない。


 気の出力を全開にしてスキルを常時発動し続ければあるいは可能かもしれないが、天将クラスを複数相手にする時にさすがにそれだけの余力を捻出できない。


 このままではまた、ここぞと言うところであの入れ替えが起きてしまうだろう。思った以上に面倒な(スキル)だ。


 ひょっとすると長期的な視点で見た場合、ルシファよりも先ず初めに倒すべきなのは、ヒソナの方なのかもしれない。


 いや、今はそれよりもーー


「またこれか」


 集結した天将を前にうんざりする。


「リバークロス様僭越ながらお願い申し上げます。私達も共に戦わせてください。必ずやお役にたってご覧にいれます」


 俺が再び転移魔法を使うと思ったのか、シャールアクセリーナがそんなことを言ってくる。だがそれは完全な早とちりだ。


「心配しなくともそのつもりだ。お前達は無理に天将を倒そうとせずにとにかく時間を稼げ。そしたらすぐにでも魔将がやってくるはず………ん?」


 突然、上空に巨大な魔力が現れた。視線を向ければーー


「風の女王よ。君臨し、蹂躙せよ。汝こそ力なり『風滅者』」


 放たれる第一級魔法。


 かなり短縮しているが、その分発動までが物凄く早い。天将に意識を奪われていたのもあるが、詠唱まで存在に気付けなかった。攻撃のギリギリまで気配を隠す手法も見事なものだ。こちらに向けられていたらアクキューレは何人か死んでたな。


 それほどの威力とタイミングで放たれた風の第一級魔法が天将達に襲いかかる。


 魔法を放ったのはよく知った顔だった。


「シャールエルナール」

「姉上!?」


 年の離れた姉の登場にシャールアクセリーナが目を見開いた。


「ほう。魔王の眷族か」


 第一級魔法に対抗するためルシファが聖槍を投擲。他の天将もそれぞれ魔法を放ってシャールエルナールの風を止めようとするが、簡単には止まらない。


 最大威力には及ばないものの、あの短い詠唱で第一級魔法の力をかなり引き出している。流石は魔王(かあさん)の眷族と言ったところか。


 俺にとってのアクエロ。それが魔王(かあさん)とシャールエルナールの関係。


 つまりシャールエルナールは超越者級に至った俺が一対一で負ける可能性が僅かなりともある数少ない相手であり、この状況では最高に心強い援軍と言うことだ。


「よし、行くぞ!」


 このチャンスを逃す手はない。俺は剣に極限の力を集束する。


「お供します」


 姉に負けてなるものかと、暴風を身に纏うシャールアクセリーナ。アクキューレ達もそれぞれに凶悪な魔力を放つ。


 そこで戦場に思念が響き渡った。


「アイギス崩壊。アイギス崩壊。魔王だ! 魔王が第一等区に現れた。リニオンダ王国が滅亡し、赤のエクスマキナも破壊された。ルシファ様、ルシファ様。お願いです。直ちにお戻りを。このままでは人間達は滅び、天界城にまで攻めいられる可能性があります。そうなれば、我々は、我々はぁああ」


 声の出所はボロボロの体で飛んできた天族から。拡声器のような魔法具を使っての念話のようだが、混乱しているのか、狙ってやっているのか、魔族こっちにまで情報がだだ漏れだ。


 なんだ、罠か? 


 いや、俺や兄さん達を最優先目標とか言っていたし、ここでこんな罠を張る意味がない。


 ということはーー


「……どうやらここまでのようだ。撤退するぞ。アイナ」


 シャールエルナールの魔法を退けたルシファが忌々しそうに言った。


「はい、お父様」


 双子の天将、その女の方が詠唱に入る。見た様子、どうやら第一級魔法を行使した大規模な転移魔法のようだ。


 予想どおりの展開だが……どうする? 一見チャンスのようにも思えるが、仕掛けるか? それともここは大人しくしておくか? 俺が優先するべきはーー 


「ここは仕掛けるべきではないと具申するであります」


 少し前まで毎日のように聞いていたのに、酷く懐かしく感じるその声。


 軍服に軍帽の美女がすぐ傍に居た。


「シャールエルナール」

「姉上」


 シャールエルナールはシャールアクセリーナに一度だけ視線を向けたが、特に何か言うことはしなかった。


 俺としてはシャールエルナールのお姉さんぶりにも興味があったのだか、流石に今はそんなことを言っている場合ではない。


 俺は無言でシャールエルナールに言葉の続きを促した。


「撤退しようとする敵に攻撃を仕掛けるのは確かに有効ではありますが、今のこちらの戦力ではその優位をいかせないと思うであります」


 シャールエルナールに言われるまでもなく、状況が変わっても戦力が大きく変化した訳でないことは分かっている。


 そもそもこちらに大きく有利なら迷わずに俺一人で突っ込んだしな。それでも追撃を少し考えたのは、天将の厄介さを身を持って理解したからだろう。できるなら、ここで倒しておきたかった。


「ルシファ達に戻られてかあ……魔王様は大丈夫か?」

「幾つかの手を打ってありますので、問題ないのであります」


 会話をしている間も詠唱は続き、やがて予想していたのよりもずっと大規模な転移魔法が発動した。


「それではまた会おう、魔王の子供達」


 ルシファが最後にそう言ってくる。次の瞬間天将とその周囲にいた精鋭部隊が全員消えた。さすがに一度で目的地まで飛べたとは思わないから、一旦どこか別の場所に飛んで、そこから先ほどと同じように双子のスキルを使って移動するのだろう。


 もっとも、それが分かっても追撃できない以上意味が無いのだが。


「シャールエルナール。俺の女を探すのを手伝って……いや、やはり姉さんが心配だ。かなりの重傷を負っていたんだ。兄さんが助けてくれたが、やはり心配だ。悪いが姉さんを探して目が覚めるまでの間でいいから傍に居てやってくれないか?」

「リバークロス様のご命令とあれば本官に嫌はありません」

「命令だ。頼んだぞ」

「ハッ! 承りましたであります」


 シャールエルナールは敬礼すると、次に風を纏って飛んでいった。


 それを見送りながら、冷静に考えれば魔将第十一位の俺が三位のシャールエルナールに命令して良かったのかと疑問に思ったが、本人が気にしてなかったので、まぁ良しとしよう。


「大丈夫か?」


 結局一言も言葉を交わさなかったシャールアクセリーナに問いかける。シャールエルナールの後ろ姿をじっと眺めていた瞳が慌てて俺の方に向いた。


「ハッ! 問題ありません」

「そうか。ならいい」


 シャールアクセリーナの毅然とした表情が何処か寂しげに見えもするが、気にしすぎだろうか? いや、今はそんなことに気を回している場合じゃないな。


 俺は一度大きく息を吸い、そして吐いた。


「さて、じゃあ探すが……頼むから生きていてくれよ」


 そして統合している全ての探査系スキルを発動した。


 広がっていく感覚。その中では撤退に入った多くの天族を魔族が追撃していた。当然だが天将はいない。こちらよりも魔王かあさんの方が問題だと判断したのだろう。


 もしもここに一人でも天将が残っていれば、魔将を始めとした魔族全員で倒してやったのだが、引き際も冷酷なほど見事だな。


「くそ、どこだ?」


 魔族の中に知っている気配があるのではないかと必死に探す。天軍は今はどうでもいい。天将が引き、軍としても撤退を始めた以上、もう俺の敵ではない。仕掛けてくる馬鹿がいれば蹴散らして終わりだ。


 そんなことよりも脳裏を過るのは、


 鍛え抜かれた、しかし女としての美を失わない体。


 上品な顔立ち。腰にまで伸びる白く美しい髪と雪のような肌。


 氷柱のように冷たくも鋭利な美貌。一見感情の起伏が少なく見えるその美貌に時折浮かぶのは、隠しきれない氷のような冷たい殺意。


 サイエニアス。フルフルラ。イリイリア。どこだ? 何処に……あっ!!


「見つけた」


 思わず叫んだ。だが歓喜はすぐに現実の前に塗り潰されることになる。


「リバークロス様?」


 シャールアクセリーナが問うてくる。俺は思わず拳を握りしめた。


「…………逝ったか」


 損失の痛みが胸に走る。久しく忘れていた痛みだ。


 分かってる。いや、分かってた。あの状況で三人全員が助かることがどれだけ難しいのかは。それでもどこかで期待してい自分がいた。


 期待があるから絶望がある。


 項垂れる俺にシャールアクセリーナがおそるおそる話しかけてくる。


「三魔は全滅ですか?」


 俺は首を横に振った。


「いいや、死んだのは……」


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