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俺の兄さん

「姉さん!?」


 ルシファに殺されかけているところを助けたまでは良かったが、既に重傷を負っていたらしい姉さんが背後で倒れるのが気配で分かった。


「やっかいな槍だ」


 呪法具としての力で傷も通常より遙かに治りにくい。姉さん程の魔族が戦場で意識を失うほどの深手。気になるが、気にしてる暇が今はない。


 ルシファが繰り出す超高速の突きを、頬に傷を作りながら回避する。そしてそのまま脳天から股間にかけてルシファを真っ二つにする勢いで剣を振り下ろした。


「ほう、これは……」


 惜しくも剣は槍で受け止められた。その際にルシファが何やら感心したような表情を浮かべたが構わずに攻撃を続ける。


「面白い」


 そう言って笑うルシファの操る聖鎗が、その速度を増す。


 いよいよ本気になったか。


 千歳を超えるルシファと俺とでは当然だが戦闘経験に大きな差があり、その差は戦闘技術にも大きく反映されるだろう。だがーー


 見える。


 感じる。


 対応できる。


 経験も力も技も、全てにおいて自分を上回っているはずの男に肉薄している。力でも技でも負けてない。いや、まるで負ける気がしない。


 それが嬉しい。それが楽しい。魔王の鎧の下でルシファにつけられた傷が開くのもまるで気にならない。


 俺は頭の中にある修羅(げんそう)を追うように、一つ、また一つと、自分の型に変革をもたらしていく。


 より深い踏み込みを。


 限りなく予知に近い先読みを。


 今よりも合理的な体の動かし方を。


 修羅げんそうを追えば追うほどに、今までの自分がどれだけ魔族(にくたい)の性能に依存していたのかが嫌と言うほどに理解できた。


 そして理解できたと言うことは変えられると言うことだ。より強く、より速く。俺の剣はルシファの聖槍を追い越すべく秒単位の進化を続ける。


 そうして何度目、いや何万度目かの斬り合いの後、互いに意図せず間合いが開いた。


「ふむ。……これほどの驚きはここ数百年で初めてかもしれないな」


 僅かに槍を下げたルシファが突然そんなことを言った。ひょっとして会話を望んでいるのだろうか? 


 ルシファに応答で発動する類いのスキルはなかったはずだが……いや、余計なことは考えるな。どのみち姉さんを待たせている以上会話をしている時間などないんだ。


 俺は構わず前へと出た。


 斬る。止められる。避ける。斬る。止められる。受ける。


 再び開始される斬り合い。しかしルシファは既に見切ったと言わんばかりに刹那を奪い合う戦いの中で言葉を投げかけてきた。


「君の剣術にはつたないながらも師の面影があった。だがそれが今はどこにもない。実践的でありながら防御をまるで意識しない踏み込み。まるで弱者が格上を倒すためだけに考えに考え抜いた、そんな業。…この短い時間で一体君に何があったのかな?」


 俺はルシファの言葉は無視して、ただ剣のみに集中する。ルシファは気を悪くした風もなく余裕を持ってこちらの攻撃を防ぐ。丁度そこでアクエロの詠唱が終わった。


(ーー束ねた闇は刃とならん『穿つ闇』)


 全てを貫く闇の光線がルシファを襲う。


「ほう」


 それにルシファは感心したような表情を浮かべると跳躍。空中に回避する。俺はすかさずその後を追った。


「集束せよ、極限の力達」


 剣に力を集中。とっさの回避だったのでルシファの跳躍の速度はそれほど速くはなく、キチンと地面を蹴った俺の方が速い。魔法で飛ぶことは出来るがそれはこちらも同じ。


 悪くない状況。俺は決意した。ーーここで決める。


『輪廻て……

「面白い。なら、これをどうするかな?」


 銀に輝く聖槍をルシファが投擲してきた。


 …何だ? この状況で武器を手放すとは。もう追いつくぞ? 何を考えているか分からないがこれはチャンスだ。この一撃を躱し……いや、駄目だ!?


 俺は危ういところで回避するのを止め、聖槍を正面から受け止めた。


「く、てめ」

「やはり躱さないのだね、君は」


 この攻撃の角度、俺が躱せば気を失っている姉さんにあたる。


 槍自体は受け止められたが、避けようとしたせいで体勢が悪く、槍の勢いに押される。その上聖槍が放つ銀の光がこちらの魔力を浸食するかのように潜り抜けてきて、焼けるような痛みを与えてくる。


「なめるな!」


 俺は翼を大きく広げると、そこから魔力を放って力場を形成。槍の勢いに負けて地面に叩きつけられないよう、空中で踏ん張りを効かせる。そして剣を大きく振って槍を弾き飛ばした。


 弾いた途端、槍が一瞬で消えて、見ればルシファの手元へと戻っていた。


「魔法具か」


 武器を手元に呼び寄せる魔法具。単純なものだがこれだけ強い魔力の影響下で効果を発揮するとは、最高位魔法具であることは間違いないだろう。


 恐らくルシファがつけている銀のアクセサリーのどれかなんだろうが、確認する暇も、ましてやそれだけを狙って破壊する余裕もない。


「見事。では、これはどう対処するかな? 降り注ぐは裁きの輝き。『銀槍雨』」


 ルシファのスキル『創造』で作られた幾千もの銀の槍が降ってくる。


 この攻撃範囲。やはり姉さんも狙っているな。


「アクエロ」

(任せて)


(ウロ)(ボロ)()らう者』


 詠唱を唱え十分に魔力を練り込んだ第一級魔法が銀の槍を全て吹き飛ばした。


「ふむ。やはりそこに居るのは『大罪の子』か。我が師に続き魔王の息子とも縁を深めたか。…相変わらず厄介な在り方だ」


 流石のルシファも最大の威力を発揮する第一級魔法を無理に受けようとはせずに、防御魔法を発動すると距離を取ってそのまま回避した。


 今のうちだ。


「アクエロ、式を出せ」


 俺の指示にアクエロは素早く黒い蛇を三体作り出した。


(盾の王国に連れていけばいい?)


「ああ。出来ればウサンミン達に……なんだ!?」


 会話の途中で黒い蛇が空から降ってきたモノによって串刺しにされた。


 それは天将である双子を守護していた銀の天使……によく似た何か。双子を守っていた天使は銀色一色だったのに対して、こちらの天使は銀色以外の色がついており、見るからに特別製と言った感じだ。


 天使達は俺には見向きもせずに姉さんの方に向かって一直線。その露骨な行動にイラッとする。


「させるかよ」


 俺は統合しているスキルの内、加速系統のものを大量に発動させる。一気に天使四体を追い抜くとそのまま振り向き様に一太刀。


『輪廻転生』


 放たれた斬撃に胴体が二つに分かれる天使達。だが一息入れる暇も無く姉さんを狙って聖槍と一緒に幾つもの魔法が降ってきた。

 

「くそ!」


 数が多い。俺は姉さんを抱き抱えるとその場を離脱。結界を展開してルシファの放った魔法の余波から姉さんを守りながら、一旦姉さんを逃がすべく逃走に入る。


 姉さんが気絶している以上、出来れば信頼できる誰かに預けたいところだがーー


「逃がさんよ」

「うお!?」


 いつの間にか先回りしていたルシファから再び幾つもの銀の槍が放たれた。


(『大結界』)


 アクエロが咄嗟に最高レベルの結界を展開してくれたおかげでダメージはない。だが姉さんを連れたままでルシファの相手は無理だ。クソ。どうする?


「中々面白い状況だ。そうは思わないかな?」


 落ち着き払った態度でルシファが槍に力を集束させていく。斬り掛かってそれを止めるのは簡単だ。……姉さんを抱いていなければの話だが。


 思わず俺は舌打ちした。


「小狡いやり方ばかりだな」

「小狡い? いいや、違うね。これは戦法だ」


 その意見には賛成だが、それをされてはマズイ立場でそれを認めるわけにはいかない。


「つまらない駆け引きはやめようぜ。お互い同じ女を師に持つ者同士、どちらが強いか正々堂々と決着をつけよう」


 自分で言っておいてなんだが、こんな言葉に乗る奴はよほどの馬鹿か、さもなければバトルジャンキーくらいのものだろう。そして残念ながらルシファはそのどちらでもなかったようだ。


「安心するといい。師には戦場の流儀で正々堂々君を殺したと伝えよう」

「相変わらずエイナリン一筋なんだな」


 それは余裕のなさから反射的に口をついた、ただの本音。だがこの言葉にルシファは興味を覚えたようだ。


「相変わらず? 面白い言い方だ。私の何を知っているのかな?」


 お? …よし。いいぞ。話に食いついた。さっきまでとは事情が違う。今は少しでも会話を繋げて打開策を考えなければ。


「師匠の尻を追いかけるために、わざわざエイナリンに特化した創造魔法を作り出したんだろう? まぁエイナリンを殺すことで真に完成する創造魔法というのも中々独創的だとは思うがな」

「そこまで知っているのか」

「有名だぜ」

「有名ね。君がどこからそれを知ったのか、興味があるね」

「俺もどうしてそこまでお前がエイナリンにこだわるのか、興味があるな」


 先程から姉さんにこっそりと回復魔法をかけているが、やはり呪法具でつけられた傷は厄介だ。一向に治る気配がない。これは姉さんに自力で逃げて貰うのは無理そうだな。


「私はね、常に挑戦者でいたいのだよ」


 俺が頭を悩ませているとルシファが突然そんなことを言った。何のことかと、一瞬ルシファが呆けた可能性まで考えてしまったが、何のことはない。どうやら俺の興味に対する答えのようだ。


「お前ほどの力を持つと難しそうだな」


 ルシファに勝てる者はこの世界に五人といないだろう。実質天界のトップのようなものだし、これで魔族を倒せば、挑戦者どころか世界の王になっても可笑しくない男だ。遊戯とかを除くのなら、それこそ挑戦できることなど数えるほどしかないだろう。


 まぁ、もっとも世界の王には俺がさせないがな。


「だが、挑戦してこその『生』だとは思わないか? その点我が師は素晴らしい。昔から思ったものだよ、私の槍であの完璧な生物(おんな)を貫いてみたいと」

「………ひょっとしてエイナリンに惚れてるのか?」

「否定はしない。彼女程の生物(おんな)に引かれない者が居るだろうか? 君だってそうではないのかな?」


 まぁ確かにあいつは容姿も能力も文句なしだ。だが今必要なのは惚れた腫れたではなく、どうやって姉さんを逃がすかだ。


 ルシファを見る。間合いの取り方が絶妙だ。逃げても仕掛けても殺られそうだ。さて、どうやってこいつを崩すか。


 …………挑発、してみるか? 思いついたそれは中々良いアイディアに思えた。


「あいつはいい女。それは認めるぜ。だが俺はお前みたいに女々しくあいつに入れ込んだりしてないぞ。何故か分かるか?」

「是非教えてほしいね」


 掛かった?


「何故ならは俺は……」


 そこで言葉を切る。この挑発がうまくいけばキレたルシファの本気の攻撃が来るはずだ。その一撃をうまく躱して、その隙に逃げる。


 加速系統のスキルを幾つも発動させた。


「魔王の息子と言う立場を利用して毎日のようにエイナリンを抱いているからな。お前に見せてやりたいものだな、俺に組伏せられたあいつがどんな顔をしているのかを」


 さあ、果たしてルシファの反応は? 


「ほう? それは羨ましい話だ」


 あれ? 思ったよりリアクションが薄いな。


 どうする、もっと過激なことを言った方が良いか? だがそれだとリアリティーが薄れるような気がするな。


 そんな俺の内心を見透かしたように、ルシファがこれ見よがしの溜め息をついた。


「悪いがこれでも千年以上生きているものでね。その程度のことでは怒りたくても、もう怒れないのだよ」


 とか言いつつも、ルシファが握る銀の聖槍が今までとは比較にならない輝きを放ち始めた。


「それにしても、ふむ。あの師とそんな関係に。なるほど。なるほど」


 へー。それは凄いね。とばかりに何度も頷くルシファ。その間も槍の輝きは増すばかり。


 あれ? これってキレてない? でも隙は相変わらずどこにも見当たらない。


 キレているのか、いないのか。


 もしもキレているのなら怒りを完全にコントロールしていることになる。魔術師にとって感情の制御は基本にして奥義のようなもの。ただ怒らないだけならともかく、怒りの感情をキチンとエネルギーに変え、その上平常心を微塵も揺るがさないとは。これが千歳越えの貫禄か。


「さあ、この一撃を受けられるかな」


 ルシファの表情にも声音にも変化はない。ただエイナリンに特化しているはずの銀の聖槍がばっちり俺をロックオンしたかのような、そんな不吉な予感があった。


 やっぱりキレてる? くっ、挑発で事態を悪化させるとは、……不覚!


 などと反省していても仕方ない。こうなればこの身を盾にしてでも姉さんを守ってみせる。


 姉さんを抱く腕に力を込めた。その時ーー


(大丈夫。エグリナラシアは僕に任せて)


 その思念こえを聞いた瞬間、俺は迷うことなく姉さんをその場に寝かせ、ルシファを斬るために駆け出した。


「守るための特攻か。ならば受けてみるがいい。我が渾身の一撃『銀投爆』」


 そして投擲される銀の聖槍。溜まりに溜まった銀の光はこの辺り一帯を大穴に変えるだけのエネルギーを保有しているだろう。そんなもの意識を失った状態の姉さんが受ければひとたまりも無い。


 故にルシファは俺が正面からその聖槍を受けると疑っておらず、動きを止めたところを第一級魔法を使って仕留めようと、すかさず詠唱に入る。


 だが、生憎とこちらは聖槍を馬鹿正直に正面から受ける気は無い。


「なに!?」


 銀色に輝く聖槍を紙一重で回避した俺に初めてルシファが動揺を顕にする。


 自分の読みに絶対の自信を持っているからこそ、俺が避けるという選択肢を考慮していなかったのだろう。


 そして俺一人であったならその読みは外れてはいなかった。俺一人なら。


「馬鹿な!? 一体いつの間に?」


 ルシファの驚愕が思念で伝わってくる。俺の背後に何を見ているのかは聞く必要は無かった。直後、後ろからも思念こえが飛んできたからだ。


「隠れて行動するのは得意なんだよ」


 死闘の最中の隙を突いたとは言え、超越者級の感覚すら欺いてみせた悪魔が嗤う。


 普段はあまり自分の力を見せたがらないが、やる時はやってくれる。どうだルシファ。これが俺の兄さんだ。


 第一級魔法のキャンセル。主言語を唱えた以上それは簡単なことではない。無論ルシファなら可能だろうが、同格の相手との戦いの最中にそれはあまりにも大きすぎる隙だった。


 ルシファが銀色の瞳を大きく見開いた。そして邪気のない、まるで手品に驚愕する子供のように、どこか嬉しそうな表情で言うのだ。


「魔王の……子供達」


 背後で銀色の爆発が起こるのと同時に俺は刃を振り下ろす。

 

 そして鮮血が飛び散った。


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