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リバークロスの目覚めとアヤルネの想い

 目を開くとそこは覚えのある場所じゃった。


「盾の王国か」


 ドーワーフの国へ調査に行く前に一泊した部屋と同じ作り。恐らくは場所も同じじゃろうな。それにしてもーー


「………随分前のような気がするな」


 前回宿泊してからまだ三日と経っていないはずなのじゃが、何だかここに宿泊したのが何十年も昔のような気がするのう。


 原因は……考えるまでもないか。


 儂はゆっくりと体を起こした。気怠さのようなものがあるが、他にこれと言った問題もなさそうじゃ。さすがにルシファとトーラに付けられた傷は塞がってはおらんが、随分マシにはなっておる。全快とはいかずとも、どうやらちゃんと回復したようじゃな。


「リ、リバークロス様?」


 声に視線を向ければ、ベットのすぐ脇でマーレリバーが椅子から腰を上げてこちらを見ておった。


 その顔が、この状況が、酷く懐かしい。


 ふと、初めてのはずの状況にそんな感慨を抱いた。


「マーレ……リバー。怪我はないか?」

「え? あ、はい。私は大丈夫です。それよりもリバーく…きゃ!?」


 儂は反射的にマーレリバーの腕を掴むと、そのまま強引に引き寄せ、有無を言わさずにその体を抱きしめた。

 ちゃんと加減はするつもりだったのじゃが、思わず力がこもる。眷属にしていなければ危うく抱き殺してしまっていたかもしれんの。


「あ、あの? リバークロス……様!?」

「………すまなかった」

「え?」


 マーレリバーの困惑が腕越しに伝わってくるが無理もあるまい。なんせ儂自身一体自分が何に謝っているのか、まるで理解していないのじゃから。


 世界の深奥に触れて見ることが出来た『もしも』の世界。そこでの儂はやはり魔術師(わし)だったと思う。


 今は魔王の息子として周囲に気を配れるほどの余裕ちからを持っておるが、何を犠牲にしても得たい力があるのならば、勝ちたい相手が居るのならば、儂はやはり『修羅』の道を歩む。そんな確信があった。


 分かっていても突き進むであろう道。そう言う意味では、なるほど。確かにあの夢は最もそうなる可能性が高かった、限り無く現実に近い『もしも』だったのじゃと思う。


 だからこそ、そんな自分の道を否定できないし、するべきでは無いと感じた。


「いや、やっぱり今の謝罪はなしだ」


 どこまでもただ自分の道を。それが世界すら越えて見せた魔術師(わし)の矜持なのだから。

 それでも許されるならーー


「好きな相手くらいは守りたいよな」

「え!? あ、あの? 隙? スキ? 好きぃ!?」


 勝手に自己完結する儂の言葉に、マーレリバーが見たこともないほどに狼狽しておる。その様は普段の冷静なイメージからかけ離れたモノで、正直とても可愛いかった。


 儂は堪らずそんなマーレリバーの頬に手を伸ばすと、顔を上げさせその唇を奪った。


「あっ」


 この部屋で一夜を過ごしたとは言え、まだ慣れていないのじゃろうな。身を強張らせるマーレリバーだったのじゃが、すぐに儂を受け入れるようにその強張りがほどけた。


 何度目かの口づけはとても甘美な味がした。


「あー。リバークロス様が起きてる。そしてマーレリバーとさっそくエロいことしてる」

「ちょっとウサミン。失礼でしょ」

「だが起きて早々色に走るとは。ここまで来るとある意味頼もしく感じるな」


 部屋の外で警備をしていたらしいウサミン達が殆どノックもなしに入ってきた。


「お前達も無事だったか」


 騒がしい獣人達の姿にホッとする。寝ている間にハーレムメンバーが全員死んでいたら、流石に悔やんでも悔やみきれないからの。


 そこで思い出すのはサイエニアス、フルフルラ、イリイリアの後ろ姿。儂がベットから降りるとマーレリバーが慌てて寄り添ってきた。


「まだ休んだ方が」

「いや、大丈夫だ。それよりも……」


 感知系統のスキルを発動。ーー近い。ここは盾の王国で間違いないだろうに、すぐ近くで……というか王国内で戦いが起こっている。


「押されているのか」


 儂の問いに答えたのはイヌミンだった。


「はい。天軍の戦力十二万に対し此方の戦力は八万。さらに魔将第七位ナナノイラ様が天将に討ち取られ、数の差が大きく出始めました。徐々に天軍の勢いを押さえきれなくなり、今も戦線は押され続けています」

「ナナノイラ?」

「吸血鬼族の魔将です」

「あの黒マントか」


 拙いの。ただでさえ総合的な戦力では天界の方が上だったのじゃ。その上さらに魔将が一人抜けたとなるとーー


「このままだと、ここ奪い返されちゃうのかな?」


 ウサミンの呟きはこの場にいる者だけではなく、恐らくは戦場で戦っている全ての魔族の心の内を代弁したものだったじゃろうな。


「その可能性がないとも言えないわね。盾の王国って位置的にすごく狙われやすいところにあるけど、逆にこの場所を押さえておけるかどうかは戦略的にとても重要だし」


 ネコミンのいう通りこの世界は巨大な『魔力渦』と呼ばれるものに囲まれていて、その外に出ることはできない。世界地図を見てみれば丁度魔族と天族で世界を二分するかのように長方形が出来上がっている。


 盾の王国はその長方形の丁度中心に位置する。それ故にとても狙われやすい場所ではあるのじゃが、ここを支配できるかはどうかは異種族間戦争において、勝利に繋がる重要な要素(ファクター)となるじゃろう。


「心配するな。俺がさせない」


 断言する。夢のせいで色々と気持ちが揺らいではいるが、魔術師として一つハッキリしていることがあった。

 

 それは負けて良い戦争なんてあるはずがないということじゃ。


 支配された方が暮らしが良くなる。あるいは殆ど変わらないとか、そんな妥協が一切存在しない異種族間戦争において負けると言うことは、それ即ち地獄への片道切符を押しつけられるのに等しい。


 マイシスターやブラザーを初め、アクエロやマーレリバー、それに儂の人生を潤してくれる女達を地獄なんぞにやるわけにはいかん。


 だから勝つ。『もしも』がどうであろうが今の儂はリバークロス。せっかく手にした魔術師として理想の環境を、人として尊敬できる家族を、男として文句なしの女達を、奪わせてなるものか。

 

 とは言えこの状況。どう打って出るのが一番か。スキルを使用して感覚を研ぎ澄まし、戦況を観察する。


(サイエニアス達は無事か?)


 エクスマキナの前に立ち塞がった三人。あの場にはエイナリンが居たとは言え、危険なことにはかわりない。


 どこだ? どこにいる? アクエロのサポートなしで自分の手足のようにスキルを操りながら、儂は戦場を俯瞰する。


 そこで見つけたのはーー


「姉さん?」


 盾の王国から少し離れた戦場で向き合うのは魔王の娘と天軍最強の男。


 拙い。拙い。拙い。そもそも既に『もしも』とは随分ズレた現実(せかい)に居るとは言え、本来この盾の王国奪還作戦で死ぬのはーー


「起きてるな? アクエロ」


 突然余裕を無くした儂の態度にマーレリバー達が目を見開くが、今はそれどころではない。アクエロが起きていようがいまいがマイシスターを助けに行くつもりじゃが、相手は天界最強の男。アクエロの参戦の有無で勝率は大きく変わるじゃろうな。


 祈るような儂の声に、果たして返事はあった。


(……おはようリバークロス)


 アクエロ来たぁあああ! と叫びたくなる所を儂は必死に我慢した。気のせいかアクエロの声も弾んでいるように聞こえる。


「おはよう。アクエロ。どうした? やけにご機嫌な声だな」

(フフ。とても楽しい夢を見てた)


 それがどんな夢かは聞かないし聞く必要も無い。コイツは何を知ろうが知るまいが何も変わらない。そんな確信があった。


「それは良かったな。……行けるな?」

(当然。行きましょう。二魔で、どこまでも)

「ああ、行こう」


 そうして儂は…いや、俺達は詠唱へと入る。





「……数が多い」


 近くにいた天族の頭を一撃で粉々にする。続いて二体、三体。体の調子がとても良い。新しく作ってもらった腕から力がこれでもかと流れ込んでくる。


 普段ならこのまま血に酔って好きなだけ暴れるところだが、生憎と今は事情が違った。


 リバークロス様を盾の王国の王城に連れていって、暫く交代で体を休めていると、魔将を討ち取って波に乗る天軍の一部が盾の王国に攻めてきた。


 うかつにリバークロス様を動かして天将クラスの敵に狙われる訳にはいかない。


 一先ず眷族であるマーレリバーと獣人達にリバークロス様の護衛を任せて、マーロナライアと共に迎撃に出てみれば、敵の数は予想を上回っていた。……盾の王国は奪還されるかもしれない。


(アヤルネ、これ以上敵が侵入するようならその時はリバークロス様をお連れして魔王城へ帰還するわよ)

「了解」


 同じことを考えていたのだろう、マーロナライアの念話こえにもいつもの余裕がなかった。かくいう私も少し焦っている……かもしれない。


「リバークロス様」


 知らずその名を呟いてしまった。


 近年急激に力をつけ、最早各種族の王すら越えるカリスマを発揮し始めた魔王。私は有角鬼族の立場を魔族の中で少しでも優位にする為の道具として魔王の息子に送られた。


 生まれて大体三百年くらい。戦乱の中に生まれた私はただただ戦いに熱中し続け、色とは無縁で生きてきたが、百年も休戦状態が続けばさすがにそういうわけにはいかないらしい。


 ある日突然、魔将の娘であるサイエニアスが贈り物として魔王の息子に渡されると聞き、それに驚いたのも束の間、何と彼女の部下である私も一緒に送られるらしい。


 これにはさすがの私も驚いた。 


 なにせ私は自分でも驚くくらいとっても短気だ。今までも気にくわない上位者と些細なことで対立し、時には殺されかけたこともある。


 百歳を超え上級魔族でも私に勝てる者が一握りになってきてからは、そのようなつまらない争いも随分減ったが、それでも時折上位者に噛みつく私を他の者達は『狂鬼』と呼んだ。


 そんな私だから、リバークロス様との初夜も大変だった。


 本当にいいのかと意思確認をされ、それに「構わない」と答えた後、得意気に私の服を脱がそうとするリバークロス様の態度に何となくイラッとした私は、その顔面を思いっきり潰してやりたくなって殴りかかったのだ。


 それにリバークロス様は見事に反応。確実に決まったと思った攻撃を見切られ、久しく戦から離れていた血が騒ぎ出す。私はそのままリバークロス様に襲いかかった。


 しかしまるで歯が立たない。いや、戦闘技術で言えばそこまで差があるとは思えない。だがそもそも支配者の儀を終えたばかりの者と差が無いこと自体が異常なのだ。


 結局その場は私がサイエニアスとマーロナライアに拘束されることでお開きとなった。


 サイエニアス達が必死に謝っている横でこれは死んだかな、と思っていると、リバークロス様は「そんなに嫌ならそう言えば良いだろうに」と苦笑して許してくれた。


 別に性的な行為に嫌悪感があったわけではない。他の者がそういう話や行為をしているのを見ても、生物だからやることをやってるんだろうくらいに考えていた。


 サイエニアス達が抱かれているのを傍で見ることになっても、精々重心の動きや魔力の流れが戦闘とは少し違うんだな程度の感想だった。


 その程度のこだわりしかないからか、結局送られて一週間が経った頃には私も抱かれていた。そもそもその為に『色狂い』の元へ送られたのたのだから、それが自然な流れというやつだろう。


 初めての交わりはモゾモゾするような変な感じだった。くすぐったいと言うべきなのか、とにかくこんな感じなのか、と思うだけだった。


 中には痛がる者もいるらしいが、この程度を痛いと思っていてソイツは戦場で役に立つのだろうかと少し疑問だった。


 それから自分達と同じように送られてきた獣人とも暮らすようになった。

 獣人は時折わざとらしくリバークロス様の前でふざけたり、あるいはしてもいない嫉妬をして見せたりして、どこまで自分達の行動が許されるのかを冷静に計っている。


 正直、私ならぶん殴っているような態度を取る時もあるが、今のところリバークロス様が怒ったことはない。


 私は政治だとか駆け引きだとかは面倒なので、そんな獣人達とはあまり関わらないようにしている。


 リバークロス様に対してもそうだ。思ったよりは悪くない相手だったと思う程度で特別入れ込んでいるわけではない。適当な距離を保っている。


 一応は初めての相手とやらなのだが、三百年も生きてるとその程度のことは「だから何?」といった感じだ。


 しかしそれが今は違う。切っ掛けはやはり天軍との戦いだろう。戦の中で発揮されたリバークロス様の本当の力。まるで宇宙を行く流れ星が目の前を横切ったかのような、圧倒的なまでの存在感。目が離せなくなるその美しさ。


 魅せられた。どうしようもないほどに。


 この男に抱かれているのかと思うと、少しだけ胸がドキドキした。


 だから天将達が現れた時もリバークロス様の為に死ぬのなら、まぁ、それはそれで悪くない終わりだと思った。


 だと言うのにリバークロス様は私達だけを逃がした。


 意味が分からなかった。それ以上に屈辱だった。


 もしもこれでリバークロス様が殺され、私達だけ助かるようなことがあれば私達は役立たずと一生後ろ指を指されて生きていくことになるだろう。いや、それとも役に立たない道具は処刑こわされて終わりだろうか?


 しかしそんなことはどうでもよかった。問題なのはリバークロス様が私達を盾とすら見ていないことだ。


 勿論道具としてリバークロス様に送られた以上、私達をどう扱おうが本来は文句を言える立場ではない。


 それでも悔しかった。強くなりたい。昔からただそれだけを思ってきた。でも今ほど強く想ったことは無かった。


 リバークロス様に頂いた右手が熱い。近くの天族を殴り殺す。まだだ。まだ足りない。もっと速く。もっと強く。


 スキル『超越者の加護』を獲得。


 力が溢れてくる。天族の集団に飛び込み鏖殺を開始する。


 まだだ。まだ私は強くなれる。あの輝きに追いつきたい。あの輝きに求められたい。胸が……焦がれる。


 スキル『狂化』を獲得。


 まだ、まーー


 その時、光弾が星の如く降り注いだ。


 星はこの混戦した状態にも関わらず、天族のみを正確に狙い撃つ。


 強い天族も、弱い天族も、武具が厚い者もそうでない者も、まるで関係なしに星は貫いていく。それも数百、いや数千規模でだ。見たところ魔族への被害はゼロ。一体どれだけの技術があればこんな神業が可能なのか、検討もつかなかった。


 空を見れば、翼を広げた黒金の流れ星が新たな戦場を目指して飛び去っていく。


 一瞬だけ目が合った……ような気がして胸が高鳴った。


(あらあら。リバークロス様ったら、どんどん魔王様染みていくわね)


 マーロナライアの思念(こえ)はどこか嬉しそうだ。今までは気にもしなかったそんな些細なことが、どうしてだか気になった。


(さて、私達はどうしようかしら? 一体ウサミンさん達と合流する? それとも…)


「付いてく」


 空に視線を戻せば、すでに星は流れた後。…………遠い。でもあの輝きを追っていたい。そう強く思った。


(あらあら? アヤルネ貴方まさか………いえ、いいわ。そうね、行きましょうか)


「うん。行こう」


 そうして私は走り出す。空高く輝くほしを目指して。


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