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もしものお話3

 数えきれない程の死が積み重なっていく。


 盾の王国奪還以降、戦争を優位に進めていたのは天族だった。完成された槍の力を持って快進撃を続けるルシファ。その前に獣人の王が立ち塞がる。


 獣人という種族故か、獣人の王の力はこれまでルシファが倒してきた他の王に比べれば決して高い方ではない。


 吸血鬼族や有角鬼族の王の方がよほど強い力を誇っていただろう。そしてルシファはそんな強力無比な王達を倒してここに居るのだ。


 獣人の王では力不足。敵も味方も殆どの者がそう思った。ただし獣人の王本人と彼女に従う獣人達を除いての話だが。

 

 獣人の王は確かに単体としての戦闘力で言えば他の王に劣る。しかし獣人の王は群れることによって飛躍的に力を高めることのできる群体最強の王でもあった。


 世界に存在する全獣人のおよそ半数を投入するという規格外の作戦を持って天軍最強の男に挑んだ獣人の王は、己の命と引き換えにルシファを倒してのけた。


 それをきっかけに再び押され始める天族。勇者でありながら天将番外として天軍に所属していた儂も無論最前線で戦った。


 肉体の改造とスキルの過剰獲得により、既に自我を保つのが危うい状態の儂を天将達がフォローする。


 兄を失いながらも必死に天軍をまとめる妹。


 ルシファに続き天軍最強となった寡黙な男。


 貴公子風な見掛けとは裏腹に、かなり粘着質な性格のエセ紳士。


 騒がしい双子。


 それなりに親しくもなったが、既に情と呼ばれるものを殆ど損失していた儂は彼らのことをすぐに忘れた。


 戦争も戦況も勝敗も何もかもがどうでも良かった。


 ただ力があった。それが嬉しくて、嬉しくて、気がつけば儂はーー

 ……………………

 ………………

 …………

 ……


 気付けばただただ夥しいまでの死が広がっていた。その上に儂は独りで立っていた。


 足元を見れば積み重なる幾つもの死体、死体、死体。その死体の一番上には悪魔アクエロの死体が積み重なっていた。

 それを見ても最早感慨などありはしない。どうやって勝ったのかすら覚えていない。ただ次の獲物はどこだろうかと思い、焦がれるように前へ前へと突き進んだ。


 そしてその歩みの果てに儂は出会うことになる。大量の死の上で、赤く染まった空の下で、地獄のようなその世界にあってなお輝く力の持ち主に。


「……魔王」


 今の自分が勝てないかもしれない唯一の相手。その存在を目にすることで無くしていた感情(モノ)がほんの僅か蘇ったような気がした。


「よもや、最後に妾の前に立ちはだかるのが人間とはな」


 魔王が笑う。それは牙を剥き出しにした獣のようにも、人生に疲れ果てた女のもののようにも見えた。


 だがそんなことはどうでも良かった。勝てないかもしれない相手が目の前にいる。つまりそれは可能性があるということだ。


 まだだ。まだ儂は強くなれる。今よりも、もっと、もっと、もっと、もっと、強く、強く、強く、強く、強くーー


「俺は負けない」


 力が溢れ、武器をなくした拳へと集束していく。


「凄まじい。まさに『修羅』よな」


 魔王が魔法を唱える。


 そうして最後の戦いが始まる。


究極(アルティメット)(アーツ)『修羅道 屍山血河』」

「超級魔法『運命(デスティニー)(ダイ)


 始まるーーはずじゃった。


 ザ、ザサ、ザザーー世界にノイズが走る。このままいけばこうなっていたであろう世界が観測者の介入によって書き換えられていく。


 それは機を見る能力の極み。優れた指導者は常人が気にも止めない些細な事柄から未来を予想し手を打つと言われるが、ならばこの観測者は紛れもない指導者であり、それ以上に王であった。


 王はその類い希な才能をもって未来に起こるであろう出来事を予知した。そして自らの種族を勝利へと導く為に介入を開始する。


 今、究極のスキル。その一つが発動する。


 究極(アルティメット)スキル『運命刺す・悪魔の一手』


 そして観測者(おう)は考える。勝者も敗者も等しく死に絶えるようなこの結末を覆す最良の一手は何なのかと。


 ルシファの早期撃破か?


 あるいは最強の堕天使や魔王の娘の生存か? 


 いや、盾の王国を奪還されたことこそが、後の事態を招いたのでは?


 自らのスキルで因果の流れを読み取れるとはいえ、その情報量はあまりに膨大。例え最強の堕天使であっても見ることは出来ても使いこなすことは決して出来ないだろう。


 それは究極の情報。常人なら触れただけで物理的に肉体が粉々になるであろう『知』がそこにはあった。


 魔を統べる王とて油断すれば自滅しかねない程のそれを、王は王である自覚と自負をもって制御して見せる。その胸にあるのはただ一つ。


 愛しい者達に勝利を。


 その一心で王は膨大な因果を必死に読み取り、そして一つの結論へと辿り着く。


 それは各種族の王達が殺され時でも、最強の堕天使と魔王の娘が破れた時でも、ましてや盾の王国が奪還された時でもない。


 更にもっと前、現在王がいる時間からすれば未来の出来事。しかしこの結末を観測する感覚からいえば遥かなる過去。


 それは一人の天才(まじゅつし)が異世界に転生する魔術を完成させ、実行したまさにその時。


 それこそが分かれ道なのだと王は確信し、準備に入る。己の内に器を用意し、その時をただただ待った。


 そうしてやがて王の思惑通りにその時は訪れる。


 異世界から流れてきた魂。真っ直ぐに勇者と呼ばれる器を目指すそれを、長い時をかけて完成させた魔術をもって捕らえたのだ。


 王の力により別の器へと誘導される魂。引かれる際に起こった一瞬の停滞のせいで、魂の後を追ってきた別の魂が追いつき、そして二つはすれ違う。


 そうして二つの魂はまったく同じ時に世界へと生まれ落ちることになった。


 一つは狙い通り勇者として。そしてもう一つはーー


「おお? なんじゃなんじゃ? この瞳、まるで妾を母親だと理解しておるかのようじゃ」


 目を開いた先で女が笑う。聖母のように優しげで、機械のように冷たい。それは正しく悪魔の笑みだった。


 悪魔は言った。


「おお、そうじゃ。リバークロス。それがお主の名前じゃ。お主に相応しき名を与えてやりたくて、妾が夜も眠らずに考えに考え抜いた名じゃ。気に入ったかの?」


 そうして人類史上最強の勇者から魔王の息子へと、儂の運命は反転した。

 

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