もしものお話2
それは絶望的なまでに決定的な種族差だった。
魔王軍と盾の王国の総力戦。天族の介入もあり、当初こそ有利に戦を進められておった儂らじゃったが、それも奴等が現れるまでの話。
魔将。それは魔王軍最高幹部にして魔族でも最高峰の力を持つ者達。一目見て気付かされた。
格が違う。
技術とか戦略とかが介在する余地のない、一匹の蟻が象を倒せないのと同じく、それは種族差が生み出す圧倒的な格差。盾の王国を守ろうと現れた幾人もの天族達が瞬く間にやられていく中、儂らはあっという間に追い詰められた。
それでも、それでも俺達なら勝てる。
そう言って皆を奮起させつつも、何とか勝利へと続く一筋の光を見つけようと目を凝らす儂の瞳に飛び込んできたのは更なる絶望じゃった。
気付けは戦場は静まり返っていた。誰もがその存在を仰ぎ見た。誰もがその存在に恐怖した。
あれが何なのか、問う者はいなかった。疑う者もいなかった。その容姿を知る者も知らぬ者も、誰もが『あれ』こそがそうなのだと魂で理解した。
地獄の業火を思わす燃えるような紅い髪。あらゆる欲望を詰め込み、それでもなおギラギラと輝く、おぞましくも美しい黄金の瞳。
魔将を前にしてもまだ足掻こうと奮起していた盾の王国の精鋭達が一瞬で心を折られた。
儂も呆けたように魅入った。あれが、あれこそが魔を統べる者。あれこそがーー
「魔王」
呟いたのは誰だったか。直後、蹂躙が始まった。
「この国は滅ぶだろう。だが『盾』の心は受け継がれる。……娘達を頼んだぞ」
それが盾の王国の王と交わした最後の言葉となった。第一王女と第二王女を抱え、ギルドメンバーと共に撤退を決めた儂らを守護天使達が命懸けで助けてくれ、その甲斐あって逃げ切れた……かに思えた時じゃった。奴が現れたのは。
真っ黒な鎧に身を包んだ黒髪黒目の美しい女。だがこちらをじっと見つめるその視線は蛙を丸飲みにしようとする蛇を思わせた。
女悪魔が儂を指差し、言った。
「貴方、面白い」
そうして儂は王女二人とギルドメンバーを逃がすため、儂に興味を持ったらしい悪魔と一騎討ちをすることに。
「死んだら許さないからな」
「貴方は私の夫になるのよ。私、待ってるから」
「ギルドメンバーは俺が守る。お前は遠慮なくあの悪魔を叩き斬っちまえ」
今生の別れを予感しながらも、儂らは再会を信じて別れた。その間悪魔は邪魔することなく、ただ黙ってこちらを見ていた。
「待たせたな」
正直に言えば戦いたくはない。向き合えば嫌でもわかる。この悪魔、普通の上級魔族ではない。恐らく魔将に近い力を持っているだろう。
「私の名前はアクエロ。貴方は?」
「……クロス・シャイン」
「そう。戦いの最中、何度か限界を越えていた。あれ、面白い。もう一回見せて」
どうやらアクエロとか言う悪魔は戦場で上位スキルを幾つも発動させ、それを統合させることによって限界を越えた儂の力に興味を持ったようじゃ。
「言われずとも」
どのみちこの悪魔を倒すには限界を越えるしかない。儂は十を越える上位スキルを発現させ、それらを統合した。正直無茶をしている自覚はあった。だがその甲斐あって儂の力はかつてない高まりを見せた。単純な魔力だけなら上級魔族にもひけはとらないだろう。
後は積み重ねた『技』と『術』を持って、目の前の悪魔を越えるのみ。
時間はかけられない。一気に決める。儂は「凄い、凄い」と目を子供のように輝かせておる悪魔へと斬りかかった。
そしてーー
「感動した。ありがとう」
「え?」
悪魔の一撫でで粉々に砕かれる剣。気付いた時には悪魔の手刀が儂を貫いておった。
「それじゃあ、さようなら」
まるでゴミでも放るかのように腕を一振り。地面に激しく叩きつけられる。
訳がわからない。負けた? 死んだ? 儂が朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めなんとか顔を上げると、悪魔は最早儂に興味を失ったのか、見向きもせずにそのまま飛び去っていった。
屈辱だった。力を求めこの世界にやって来た。その集大成とも言うべき命がけの力をあの悪魔は文字通り一蹴してみせた。
まるで無価値なもののように。いや、実際あの悪魔にとって儂の生涯最高の力は取るにも足らぬ小さなものだったのじゃろう。
悔しかった。だがそれと同じくらいの歓喜もあった。
まだだ。まだ行ける。まだ儂は強くなれる。極めたと思った頂きはとても小さな山に過ぎなかった。
ならば、もっと、もっと先へ。それが魔術師のあるべき姿と信じるから。
「だから……俺は。まだ……俺は……」
そうして儂の二度目の人生は幕を閉じる……はずじゃった。
死に直面、否。死んだその瞬間、クロス・シャイン固有のスキルが発動する。
スキル『転生者』
死後魂が離れた瞬間、再びその肉体に転生することができる言わば自動蘇生のスキル。その際死から生へと反転するエネルギーにより肉体の損傷も回復するが、あまりに大きすぎる傷は直せない。
今回は心臓をまるまる潰されただけなので蘇れたが、体を跡形もなく消されたりしていたら、このまま死んでいただろう。
「……助かったのか」
こうして盾の王国は滅亡し、儂は完膚無きまでの敗北を味わうことになった。
だがいつまでも落ち込んではいられない。生き残った以上やれることをやるしかないのじゃ。それに魔術師としてもあれほどの『力』に引かれんはずがない。カエラを呼びだし、その日の内から肉体の改造に入った。
弱い部分を強く。強い部分をより強く。必要なら魔物や上級魔族の細胞を使って肉体を強化した。
それと同時に上位スキルを統合、制御する修行にも入る。無論発現したスキルを制御できずに何度も失敗し、死んだ。その度にスキル『転生者』で甦り、制御できるまで死と生を何度も繰り返した。
時にスキルが発動しなかったこともあったようじゃが、カエラの応急措置で蘇り、何とか事なきを得た。
そうして身に付けた『力』と共に儂らはついに再戦の日を迎える。
盾の王国奪還作戦。盾の王国が奪われてから五年。この日のために天に属する全ての種族が一丸となって準備をしていた。
『剣聖』クロードが人類側の総代将として指揮を執り、それを副将であるギンガがサポートする。儂はカエラを引き連れ、ただ一人の魔術師として巨大なる魔へと挑むことを選んだ。
天族が上級悪魔と戦う傍ら、儂ら人類はそれ以外の魔を排除するのが役割。一見地味にも見えるが、戦闘において主戦力以外の外野を黙らせておくというのはとても重要なこと。儂はただ黙って斬って斬って斬りまくった。
やがて来る。その時をただ待って。
そしてついにその時は訪れた。天軍の部隊の一部に穴が開き、そこから上級魔族が人類へと牙を剥いたのじゃ。
この日の為に鍛えに鍛えぬいた力で儂は上級魔族を屠って行く。上級魔族を倒せる勇者。そこら中で歓声が起こった。
そんな中、儂はついに待ちに待った再会を果たす。視線の先には悪魔アクエロの姿。向こうもこちらに気がついた。歓喜の声は果たしてどちらのものだったのか、儂らは絡み合う蛇のごとく激しく殺し合った。
そしてーー
「とても良かった。貴方のことは忘れない」
今度もまた、儂はアクエロの前に膝を屈した。放たれる破壊の力。これは助からんと確信させるそれから儂を助けたのはカエラじゃった。
「マイスターなら、きっと勝てるよ。だってマイスターは……」
それがカエラの最後の言葉となった。
その後、なぜかあり得ない隙を見せたという最強の堕天使を天軍最強の男ルシファが打ち破り、そこで覚醒した槍の力をもって魔王の娘をも打ち取った。
そうして盾の王国の奪還はなった。
しかし儂に達成感などなくあるのは屈辱と歓喜だった。
まだか! まだ足りないのか!? これほどの力を得ても頂の何と遠いことか。それが悔しい。それが嬉しい。
カエラの死すら省みることもできないほどの、欲求が、欲求が、欲求が溢れてくる。
強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。
ギルドからも足が遠のいていった。儂はただ研究に没頭し、そんな儂の前に一人の天族が訪れる。
彼女の名前はサリエ・ナイン・ルシフェリア。天界が誇る三大兵器の内の一つエクスマキナの創造主にして、かつて居たという天族最高の天才達三十三天の唯一の生き残り。
彼女は儂に興味を覚え、取引を持ちかけてきた。いや取引というよりも誘いだろう。
「私の使徒となる気はないか? 共にこの世界を救おうではないか」
人間の使徒化。それは魔族で言うところの眷族化と同義なのだが、種族的な特性差なのか魔族に比べて天族は使途化の成功率がかなり低いらしい。
しかしそれでも力が得られるならと、儂は二つ返事で頷いた。
結果は成功。使徒となり基本的な能力が今までとは比較にならんほどに跳ね上がった。さらにエクスマキナの技術を使徒となった儂の体に応用。地獄のような攻め苦の果てに儂はその力の一部をモノにした。
その間にも戦争は続き、天軍と魔軍はまさに一進一退の攻防を繰り広げていた。盾の王国を奪還し、最強の堕天使と魔王の娘を倒した天軍は魔族領奥深くへと進軍を開始。しかしそこで待ち受けていたのは各種族の王達。
魔の王達は魔将すら上回るその力をもって天軍を悉く返り討ちにした。
そんな王達へ挑むのは天軍最強の男ルシファ。堕天使を殺し槍を完成させたルシファは時間をかけて王を一人、また一人と撃破していく。
儂も当初はルシファと共に戦う予定だったのじゃが、妹を殺されて怒り狂う魔王の息子が魔将第一位を連れて二等区で暴れまわっているという情報を入手。そちらの対応に向かった。
そこで待っていたのは幼馴染みの死だった。
「バカヤロ。来るのが……遅いんだよ」
力を求め、儂が天界城に籠っている間もギルドメンバーは人々の為に戦い続け、そうしてその数を減らしていた。
恨み言を言われても仕方ない。そう思う儂にギンガは仕方のない奴だと言って笑った。そしてーー、
「勝てよ」
それがギンガの最後の言葉となった。直後、頬に走る衝撃。
「お前なら彼女を守れると信じてた」
それが友との決別となった。ギンガを殺した魔王の息子を追ったクロードは返り討ちに合い、その生涯に幕をおろした。
二人の死を想うと久しく忘れていた痛みが胸に走った。しかし儂は魔術師。この痛みさえも力に変えて見せよう。
思い出すのは悪魔アクエロの姿。二度と負けてなるものか。欲求が、欲求が、欲求が溢れた。
スキル『損失の代償』を獲得する。それは愛しい者とのすべての記憶を力へと変換する能力。
儂の中でギンガとクロードの存在が薄れていく。重ね合った肌の温もりが、笑い合った一時が、全て消え去り、その代わりより強い力を得た。
その力をもって挑むは魔王の息子と魔将第一位。あまりにも圧倒的な二魔の力に一人、また一人と倒れていくギルドの仲間達。
マリアが倒れた。
「結婚式。結局あげられなかったね」
国が滅んで悲しんでいたのは知っていたのに、儂は自分のことばかりで彼女に何をしてやれたじゃろうか?
力を得た。
キリカが倒れた。
「クロス。筋肉だけでは勝てないものもあるんだよ?」
ギルドのムードメーカー。だが誰よりも仲間想いで、そのせいで仲間達が次々死んでいく現状に誰よりも悲しんだ女。そんな彼女の心を知りながら儂は気にも止めなかった。
力を得た。
マーレが倒れた。
「変な意地を張らなくて、貴方に好きと言えばよかった。次があるなら今度は誰よりも近く、貴方の側……に」
ギンガ達が死んだ後、必死にギルドをまとめあげ、力に取りつかれた儂を何とか諭そうとするものの、道半ばで倒れてしまったマーレの告白。初めてのキスは死の味がした。
力を得た。
そうして誰も彼もが死んでいく。魔将第一位を倒した時には既にギルドメンバーは誰一人とて残ってはいなかった。
力を得た。力を得た。力を得た。
そうして心地良いと感じていた何もかもを対価に儂は究極の力、その一つへと辿り着く。
究極スキルーー『進化の終着点』
その力で儂は立ち塞がる全てのモノを斬って、斬って、斬りまくった。
いつしか儂はこう呼ばれるようになっていた。
史上最強の勇者『修羅』クロス・シャイン・ルシフェリア
そうして異種族間戦争は終局へと向かい加速する。