魔物と実戦
この世界には魔物と呼ばれる生物がおる。転生してきたばかりの頃は魔術師としてその正体を解き明かしてやろうと張り切っておったのじゃが、ここで暮らしているうちに何とあっさりと判明してしもうた。
その正体はなんのこともない。魔族が地上を支配するために生み出した魔法生物だったのじゃ。
元人間の身としては何と傍迷惑なことをしとるのじゃろうかと思った儂じゃったが、聞けば地上を管理する為に天族が生み出したのが人やエルフと言った生物らしい。
う~む。その話を聞けば元別世界の人間としては儂らの世界ではどうじゃったのか、考えずにはおられん。進化論? 創造論? とても興味深いのじゃが、ここは別世界。同じようには考えん方が良いじゃろうな。
まぁ、そんなわけで魔物は魔族が作っておるわけじゃから、当然魔王城のここには幾らでもおる。それで暇な時に観察しておったのじゃが、面白いことに魔物には種族を別にした二つのタイプが存在するようじゃ。その二つのタイプとは即ち、自我を持つ固体と設定された本能通りにしか動かない個体じゃ。
聞けば自我の有無を分ける要素は様々らしいのじゃが、長く生きた個体ほど自我を発現しやすいとのことらしい。
魔術師として人工生命体である魔物には無論興味があったので、折を見て生誕の間とやらに行くつもりだったのじゃが、そこに今回の話じゃ。まさに渡りに船と言うやつじゃな。
「ここが生誕の間か」
そこは練兵場のように広く、地面には幾つもの魔法陣。そして壁には檻が備えられておる。……ふむ。思うた以上に簡素な場所じゃな。
「リバークロスはここに入るのは初めてですの?」
興味深く周囲を見回す儂に、マイシスターが話しかけて来た。
「そうだよ。以前アクエロちゃんに話だけは聞いていて、いつかは来たいと思ってたんだけど中々機会がなくてね」
なにせこの魔王城、とにかく広いのじゃ。日常的に必要のある場所はさすがに覚えたが、このように特殊な設備がある場所は儂の行動範囲から離れた場所にある事が多く、修行の忙しさと相まって中々足が向かんかったわ。
「アクエロと言えば、エイナリンの奴はちゃんとやっていますの?」
「やってるよ。ちょっと自由過ぎるところはあるけど、色々と助けられてる」
この三年でマイブラザーはともかく、マイシスターとはかなり砕けた感じで喋れるようになり、儂としても嬉しい限りじゃ。
「それなら良いのですが。…奴は所詮、元天族ですわ。くれぐれも気を許しすぎないようにするのですわよ」
「エイナリンなら大丈夫だよ」
「いいえ。それが油断ですわ。そもそもーー」
マイシスターの口からマシンガンの如くエイナリンへの誹謗中傷、後ほんの少しの事実が発射される。
やれやれ、また始まってしもうたわ。どうもマイシスターはエイナリンとは折り合いが悪いらしく、顔を合わせる度に喧嘩じゃ。
まぁ、喧嘩と言うてもエイナリンがマイシスターを軽くあしらうだけなんじゃが、マイシスター、たまにガチギレするんで、見てる方としては中々心臓によろしくない光景なんじゃよな、あれ。
無論儂としても何度か二人の仲を取り持とうと努力したのじゃが全て逆効果に終わってしもうた。なので今は放置じゃ。
「ちょっと。聞いてますの? リバークロス」
「勿論だよ、姉さん」
考え事をしていたらギロリと睨まれてもうた。危ない危ない。危うく怒りの矛先が儂に向くところじゃったわい。それにしてもエイナリンめ。居ても居なくても儂の胃に穴を開けようとするとは中々の問題児ぶりじゃの、あの不良従者め。
ちなみにそのエイナリンじゃが、今は儂の傍におらん。これはマイブラザーが従者が傍にいると甘えが出て修行の効率が下がると言って付いて来させなかったからじゃ。なので当然アクエロちゃんもここにはおらん。
わざわざ生誕の間に連れて来てその上その発言。自ずとこれから行われることも分かるというものじゃな。
「よし、では今から魔物を順番に三匹出すよ。最初はオークキングからだ」
マイブラザーの言葉が儂の予想を肯定した。
ふむ。それにしてもオークとはまた有名な幻想キャラが来たの。
以前にちょっと調べたとこによると、この世界でもオークと言う言葉は悪魔の意味を持つらしいのじゃが、悪魔が魔法で作り出しておるだけで別に悪魔族というわけではないとのことじゃ。
それと、以前の世界ではオークは豚のような容姿で描かかれることが多かったのじゃが、この世界のオークは別に豚に酷似した容姿をしとるわけではないらしいのう。
「お兄様。いきなりキングですの? ちゃんと段階を踏んで、ただのオークからにするべきですわ」
マイシスターがマイブラザーに抗議するのと同時、魔法陣が輝いてその中心からオークキングが現れた。おお、何じゃろかこの気持ち。敵の出現なのに少しワクワクするのう。
「これがオーク」
三メートルを越える長身に筋肉で膨れ上がった体躯。髪はないが顔は人間だと言っても通じる感じで、よく見れば意外と整っておる。
「大丈夫だよエグリナラシア。リバークロスの三年間を信じようじゃないか。それもとエグリナラシアは僕達の弟の努力を信じられないのかな?」
「そ、そんなことありませんわ。リバークロスは私が尊敬できるほど修行に励んでいましたもの。ただ、初めての実戦ですし、まずは殺すことに慣れさせるところから始めるべきだと、そう進言しているのですわ」
何じゃろ? 儂を心配してくれるのは嬉しいのじゃが、後半の台詞だけ聞くとマイシスターが酷く危ない奴のように感じるのう。しかしオークキングは他のオークを束ねる為に作り出された存在。マイシスターが心配しとるようにあまり油断はしない方が良いじゃろな。まぁ、それでも負ける気は全くせんが。
一先ず儂は心配性なマイシスターを安心させてやることにする。
「姉さん。僕は大丈夫だから」
「そうですの? ……無理してません? お兄様の事なら気にしなくて良いのですわよ。お兄様は笑顔で他者に出来るかどうかのギリギリの無茶を押し付けるのが大好きなだけですので、無理なら無理と言った方がいいですわよ」
何じゃ、そのドがつきそうなSっぷりは? 子供なら子供らしく……あ、儂も三歳児じゃった。
「と、とにかく問題ないよ。安心して見てて」
「……もしダメそうならすぐに逃げるのですわよ。アクエロの代わりに私が助けてあげますわ」
いつも纏っている豹のように鋭い雰囲気を消失させ、耳を垂らした犬のように弱々しくも儂のために心配を顕にするマイシスターには、本当にホッコリさせられるのう。
以外にも最近はマイシスターがアクエロちゃんと並んで儂の心の清涼剤じゃ。
もっともマイシスターが可愛いのは儂やマイブラザーに対してのみで、それ以外の者にはメチャクチャ厳しい女王様気質なのじゃ。しかしそれが逆にギャップを生み、余計に可愛く見えてしまうのじゃから我が姉ながら中々に末恐ろしい。
儂が呑気にそんなことを考えておると、マイブラザーが黄金の瞳で真っ直ぐ儂の方を見てきた。
「どうやら準備は良いようだね。それじゃあ、そろそろ初めようか。リバークロス、そのまま魔法陣の中に進んで。今回の魔物達はその中に入った者を敵と認識するようにできているから」
「分かりました」
さて、いよいよ初の実践じゃな。まぁ、とは言っても相手は自我もない疑似生命のようなものじゃし、どちらかと言えば実戦形式の修行と言ったところかの。お陰で誰に遠慮する必要もなし。むしろ早く修行の成果を試してみたいわい。
そしてオークキングが立つ大きな魔法陣。儂はそこに躊躇なく足を踏み入れた。
「ウオォオオオオオ!!」
その途端、雄叫びを上げて襲いかかってくるオークキング。流石に迫力じゃの。さぁ、転生してから初めての実戦の始まりじゃて。
「ガァア」
オークキングが突進の勢いを緩めることなく拳を降り下ろしてくる。儂はそれをヒラリとかわす。ガァンと物凄い音がしたが、床に穴は開いとらん。予想通り床と言わずこの部屋全体が中々頑丈な作りのようじゃ。
「さて、どうするかな」
声に出して考えとる間にもオークキングは儂に迫り第二、第三撃を放ってきおる。
それらを余裕を持ってかわす儂。魔法を使えば余裕なのじゃが、せっかくの機会じゃ。まずは体術を試してみたいのじゃが、体格差のせいでやりにくくて仕方ない。何せ儂の身長はオークキングの半分以下じゃ。格闘を満喫するには些か小さすぎるのう。
「仕方ない。一撃だね」
オークキングの攻撃をかわしながらそう呟く儂。やがて攻撃が当たらない事にじれたオークキングが小さな儂を薙ぎ払おうと力任せのローキックを放ってきた。
儂はそれをヒョイと飛んでかわす。ここで儂の体はオークキングの胸の辺り。つまりはベストポジションじゃ。儂は魔力『波』を纏った拳をオークキングの胸に当てる。直後、オークキングの体が小さく痙攣した。そこにすかさず魔力『突』を纏った拳を叩き込んだ。
オークキングの胸に大きな風穴があき。そして勝負はついたのじゃった。
華麗に着地する儂はふとあることに気がついた。
「しまった。二撃の間違いだったね」
そんな事を呟く儂にマイシスターが物凄い勢いで抱きついてきおった。おお! マイシスターよ。随分と大きくなって来おったの。色んな所が。
「凄いですわ! 流石は私の弟ですわ!!」
物凄い勢いで頬擦りをしてくるマイシスター。何この可愛い生物。儂はマイシスターの体に手を回し、その頭を存分に愛でた。
「今のは魔力を直接放っていたのかな?」
抱き合う儂等のところにマイブラザーもやって来る。
「ええ。最初の一撃は魔力を振動の波として送り込みました。これにより相手は動けなくなる上に、筋肉が弛緩して一瞬だけ防御力が激減します。その一瞬の隙に魔力を一点に集束した強力な第二撃を放ちます」
これぞとあるフィクションをもとに考え付いた儂の必殺魔術『二重の魔撃』じゃ。
「それはあの二魔達に教えられたのかな?」
「いいえ、兄さん。これは自分のオリジナルです」
まぁ、架空の世界に心の師はおったがの。儂の言葉にマイシスターが目を見開く。
「す、すごいですわ。魔力をそこまで精密にコントロールするだけでも信じられませんのに、そんな技まで思い付くなんて。流石は私の弟ですわ」
マイシスターは輝くような笑みを浮かべると儂の頬にキスをした。そりゃあもう熱烈なキスをする。それはやがて場所を変えてーー
「ちょ、姉さ……ん、んん?」
やめてー!! ナチュラルに儂のファーストキス奪わないで~。と言うか、鳥肌が、鳥肌が立つんじゃ~。
「す、少し離れて」
儂は多少強引にマイシスターを突き放した。魔族の常識はどうか知らんが、やはり儂にとってマイシスターはマイシスター。絶対にそういう対象にならん一人じゃな。
「もう、リバークロスは照れ屋さんですわね」
クスクスと儂の唾液に濡れた自身の唇を舐めるマイシスター。すでに人間で言えば中学生くらいに見えなくもないマイシスターじゃが、その立ち振舞いからは早くも妖しい色香のようなものが漂い始めておる。
うう、何と言うことじゃ。これでマイシスターが姉ではなく幼馴染みとかならば、儂としてもその変化を存分に楽しみつつ、若さゆえの甘酸っぱくも獣のようなエロを満喫できたのに。じゃがやはりマイシスター相手にそれは無理じゃな。
「やれやれ、君達は本当に仲が良いね」
マイブラザーが可笑しそうに笑う。
「勿論私はお兄様のことも大好きですわよ」
そう言ってマイシスターはマイブラザーにもキ……おげー。ダメじゃ~。儂こういうのダメじゃ~。とっても仲の良い兄と姉から儂は慌てて視線を外した。
「兄さん。続きを。早く続きをしましょう」
今ならかつて無いパワーが出せそうな気がする儂。
「やる気があるのは良いことだよ、リバークロス。では次の相手だよ」
そうして魔法陣から出てきたのはゾンビウルフ……だったんじゃが。
「お兄様?」
キョトンとした様子でマイシスターがマイブラザーを見上げる。気持ちは儂も一緒じゃて。
「あの、兄さん。確か三匹という話では」
はて、どう見ても二十匹はおるように見えるのは儂の気のせいじゃろうか?
「ゾンビウルフは基本的に群で敵を襲うからね。あれ全部で一匹扱いだから頑張ってねリバークロス」
そう言ってとびっきり良い笑みを浮かべるマイブラザー。何じゃろ? まさかとは思うが儂。ひょっとしてマイブラザーに嫌われて……おらんよな?
儂が中々ショッキングな可能性に思い当たった時、二十匹にも及ぶゾンビウルフ達が四方八方から襲いかかって来たのじゃった。