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勝率0

 エクスマキナ。聞いたことがある。天界が誇る三大兵器。過去様々な場面で用いられ、魔族の精鋭を悉く血祭りにあげたという。唯一エクスマキナを単独で倒すことに成功したのは母である魔王だけ。質と量を揃えられない遭遇戦で出会うことがあれば、何をおいても逃げることを優先しろと歴戦の上級魔族達が口をそろえて言う天族が誇る最強の兵器。


 それが五体。エクスマキナが放つ威圧に今まで聞いた話は決して誇張されたものではないと確信する。


 五体のエクスマキナは今の俺でも簡単には倒せないであろう巨大な魔力を放っている。その源泉はその身に取り込んだ幾つもの魂だ。こいつ等の強さは単体のものではない。どうやっているかは分からないがその身に宿す魂の数だけ強さを得る仕組みのようだ。言わば何千何万の天族が目の前にいるのと同じだ。それもただ居るのではなく俺のように力を統合し、足し算ではなく掛け算で力を高めている。


「これは…」


 決めなくてはならないだろう。女達から犠牲を出すのを覚悟して戦うか。あるいはやはり犠牲覚悟で逃げるか。戦うよりは逃げたほうが犠牲は少なくすむだろうが……いや、そもそも本当に逃げきれるのか?


 俺が悩んでいるとーー


「リバークロス様。ここはお引きください」

「この場は我らが引き受けます」


 シャールアクセリーナとサイエニアスが天将達を魔力で威嚇しながら前へと出た。それに「私もやる」と言って続くアヤルネ。マーロナライアがそんなアヤルネに「あらあら」と言って平然と付いて行く。


「そうですわね。それがベストでしょう。貴方もそう思うでしょう? イリイリアさん」

「そうですね、フルフルラお姉さま。マーレリバーさんはリバークロス様の護衛をお願いしますわ」

「わ、私も戦えます」


 自分も戦えると主張するマーレリバーと、そんなマーレリバーを説得するフルフルラとイリイリア。


「……ウサミン、ここは私とネコミンが引き受けた。ウサミンもリバークロス様の護衛に回ってくれ」

「そうね。こうなったら仕方ないわ。後は任せたわよウサミン」

「……イヌミン。……ネコミン」


 ウサミンが見たことのない険しい顔で二人の友人を見つめる。その時、ハルバードを構えた女の全身から炎が吹き出した。


「貴方達がしたいことはわかりますが、残念ながら誰も逃す気はありません」


 片目を銀髪で隠した女が手を上げ、それに合わせて五体の人形(ばけもの)が動こうとしている。もう悩んでいる暇はない。俺は決断した。


「うおおおお!!」


 この体で放てる最大量の魔力を放出する。絶対にこの一撃で決める。俺はその意思を持って魔力を剣へと収束する。


「これは!」

「ほう」


 天将達はとっさに防御姿勢に入った。その瞬間を狙って無詠唱で魔法を放つ。発動させるのは転移魔法。


「リバークロス様?」

「何を!?」

「お止めください!」


 俺のやることを瞬間的に悟ったフルフルラ、サイエニアス、シャールアクセリーナが慌てて動こうとするが、それより早く魔法を発動。女達をまとめてこの戦域から逃がす。俺も一緒に逃げたかったが、さすがに逃げることを前提とした威嚇では天将達に気付かれ、転移は阻まれていただろう。


 無詠唱の上、これだけ魔力が濃い場所ではなんの準備もなしにそう遠くには飛ばせないが、少なくともこれでーー


「がはぁ!?」


 胸に突き刺さった銀の槍。目の前では銀髪銀眼の男が手の届きそうな距離で優雅に微笑んでいた。

 

 他の天将が俺の規格外の魔力を用いたフェイントに引っ掛かる中、こいつだけは俺の意図に気付き逆に利用しやがった。転移魔法を放った直後を狙った致死の突き。なんとか致命所は避けたがこの状態で俺とほぼ同格の六人と四人の天将を相手にすることは不可能だ。


 これで完全に俺の勝率が消えた。何とかしてこの場から逃げなければ。


「ふむ。想像していた性格とは随分違うようだ。自分の命よりも、王の子としての責務よりも、愛しき者の命を。それが君の選択かな?」


 歌うような美声に戦闘中であるにも関わらず、つい考えさせられる。


 ぶっちゃけ悩んだ。女達と共に戦えば勝率は低いが0ではなかった。どうせこの場を生き延びても死ぬ奴は死ぬ。今までもそうやって何人も見送ってきた。寂しいのは初めだけ。女が欲しければまた別のを探せばいい。そう考える自分が確かにいた。だがーー


「これだけの力を獲得しておきながら自分の女を死なすのを前提とした勝利? そんな根性の奴を敗北者と言うんだよ!」


 槍が刺さったこの状況はマズイ。アクエロ、頼むぞ。


(任せて。覇王よーー)


 俺の中でアクエロが詠唱に入る。その間に槍を動かされて切り刻まれないように槍を手で強く押さえる。


「その言葉、男としてはなるほどと思う所もある。しかしあまりに感傷的過ぎるな。上に立つ者としては失格と言わざるを得ない。どうやら君は王の器ではないようだ」

「王だぁ~? お生憎様だな。俺は魔術師、俺はただの強者だ。生きたいように生きるのさ」


「ではその信条を胸に逝きなさい」


 背後からバルバードを持った女が斬り掛かってくる。


「強く勇敢なる者よ。私はお前を忘れない」


 上から手甲の男が拳を固めて落ちてくる。銀髪銀眼の男は動かない。その代わり俺が少しでも槍を押さえる手を緩めれば、そのまま切り刻むと迸る魔力が語っていた。


 このままでは殺られる。


「アクエロォオオオ!!」


(『時空を跳ぶ羽』)


 第一級魔法による最上位の転移魔法が発動する。それによって俺は空間を飛び越えーー


「ぐわあ!?」


 突然の衝撃。強制的に中断される転移魔法。見れば銀髪銀眼の男からほんの十数メートルしか離れていなかった。


「可愛そうですが、逃がすわけには行かないのですわ」


 その声に頭上を見てみれば片目を銀髪で隠した女が妨害系の空間魔法を発動させてこちらを見下ろしていた。


「ちっ、やはり無理か」


 元々これで逃げきれるとは思ってはいなかったが、それでも実際に失敗するとへこむ。これで逃亡確率もグンと下がった。


 それにしてもあの女まったく気配がないな。兄さん以上の隠行かもしれない。


「申し訳ありませんが、この後も私達やることが立て込んでますの。ここらで幕としましょうか」


 そしてついに動き出すエクスマキナ達。銀髪銀眼の男に貫かれた傷は……駄目だ。やはり治りが遅い。


(ふふ。絶体絶命)


 アクエロが俺の中で嬉しそうに笑っているが、俺はまったく笑えない。エクスマキナの内三体が正面から、残りの二体が左右から回り込むように攻めてくる。更にその外側では天将が隙あらばと攻撃態勢を整えていた。


「君を殺すのはこの僕だぁー!!」


 遠距離からレイピアの突きを放ってくる天将第四位。俺はスキルを使ってその攻撃を透過、回避する。しかしーー


「ぐう!?」


 透過できない巨大な攻撃(エネルギー)の連撃が俺の全身を斬り刻んだ。エクスマキナの武器は二対の剣であったり、斧であったり、銃であったりと個体によってまちまちだ。唯一共通するのは二つの得物を使うと言うことか。


「クソが」


 一撃一撃が重くそして速い。一体や二体なら勝てる自信があるが、ほぼ同格の相手がこの人数というのはキツ過ぎる。このまま斬りあっていればそう遠くないうちに殺られるだろう。俺はエクスマキナを撒くために全力で空に向かって飛んだ。だがそこにはーー


「無駄だ」


 手甲の男が先回りしていた。拳を振りかぶる男。チャンスだ。一対一なら負けない。俺はこのまま男を斬ろうと速度を緩めず剣を構えた。


「ぐお!?」


 突然背中に走る激痛。銀の槍から放たれた魔力が斬撃となって俺を切り裂いたのだ。アクエロが魔法で防御しなければ死んでいたかもしれない。やはりあの銀髪銀眼の男、俺と同等かそれ以上の力を持っている。いや、今はそれどころでない。ダメージにより集中が乱れている。ヤバい。回避をーー。そう思ったときには既に俺の腹部に手甲の男の拳がメリ込んでいた。だがまだだ。単発ならどうとでも出来る。


 スキル発動『転生するしょうげ……


「グハァ!?」


 スキルが破られた。この男『打ち砕く者』という特殊能力を砕く(スキル)を持ってやがる。クソ! 力の差があまりないせいか、それとも追い詰められて集中する暇が無いからか、鑑定系の結果が出るのが遅い。


 男の拳を受けて地面へと真っ逆さまに落ちていく。いや、地面なんか問題じゃない。落ちる先にエクスマキナが剣を、斧を、槍を持って待ち構えていた。


「なめるな!」


 俺はとにかくありったけの魔力を用いて全方位に向けて魔法を放った。こうなれば火力にものを言わせて逃げる隙を無理矢理作ってやる。

 

 無詠唱。無詠唱。無詠唱。とにかくありったけの魔力で弾幕を張った。その結果ーーハルバードの切っ先が俺の腹部を貫通した。


「ガァ!? グ、クソ」


 口の中が血で溢れる。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。俺は首を動かして背後を振り返った。


「この状況で安易に大技に頼るのは選択ミスです」


 金髪金眼の女が言った。応えている暇はない。ダメージ覚悟で動く。女がハルバードを動かして傷口を広げる。俺はお構いなしに女へと手を向けた。


(ウロ)(ボロ)()らう者」


 アクエロが俺の中で唱えていた第一級三重名魔法を放つ。


「なっ!?」


 無詠唱と侮っていたのだろう。この至近距離で無防備に第一級魔法を受ければ天将といえども無事には済まない。それは間違いない。間違いないのだがーー。


「助かったわ。ありがとう」

「いえいえ。これくらいお安いご用ですわ」


 いつの間にか金髪金眼の女は片目を銀髪で隠した女の横に移動していた。


 あの片目を銀髪で隠した女、スキルを三つ持ってやがる。今回使ったのはそのうちの一つ、『約束の交換』。自身の血を付けた物同士の位置を取り替えるスキル。俺の魔法で消し飛んだが、金髪金眼の女の代わりにあの女の血がついた何かが現れていたのだろう。ちなみに生物の位置を変えるためには血を飲ます必要があるようだ。当然ここに来る前に天将全員が飲んでいると考えるべきだ。


 転移妨害といい厄介だな。あの女を先に片付けるべきか?


 考えているとエクスマキナが斬りかかってきた。一体二体なら何とか出来る。三体でも上手くやればどうにか出来る。だが五体が連携するとまるで手が付けられなくなる。かといって逃げようにも退路は天将達が全て消していた。


 片目を銀髪で隠した女を片付けるどころではない。これは………死ぬかもしれないな。


 魔術師としての冷静な思考が勝率ゼロの厳しすぎる現実を正確に把握する。


 更にだめ押しとばかりに先程双子が向かった先から転移魔法が発動した。巨大なそれは更に数万の天軍をこの地に呼び寄せる。最早笑うしかない状況だ。そう思っていると魔族領方面からも転移魔法が発生した。


「………え?」

 

 エクスマキナの攻撃が激しくてそれどころでないのもあるが、状況が一瞬理解できなかった。普通に考えればあれはーー


「全員、魔力を練れ。これ以上は時間をかけられない。多少の隙ができようとも構うな。全力の一撃で魔王の子供を始末する」


 銀髪銀眼の男の言葉に天将が魔力を最大限に高めていく。チャンスだ。よどみなくこちらの攻撃に備えていた天将達の動きが止まった。今のうちにーー


「って、邪魔だぞ」


 天将達が動きを止めようがエクスマキナはお構いなしに攻撃を続けてくる。


 早く倒さなければ。焦燥感が募る中、隙間もないほどの大量の矢がピンポイントで俺達が戦っている戦域へと降り注いだ。


「これは…まさか」


 エクスマキナや天将がその矢に対処しようと身構えるなか、唯一俺だけは雨のように降り注ぐ矢を気にせずに動く。知っているのだ。この矢が決して俺を傷つけることはないと。


 力任せに一体のエクスマキナを殴り飛ばし、もう一体を斬りつける。斬撃は防がれたがそのまま力任せにそいつも吹き飛ばす。


 そこで他の三体が魔力を大量に噴出して矢を防ぎながらこちらに向かってきた。そこでーー


「そこのポンコツ! 私の弟に一体何をやってくれてやがりますの!!」


 今度は人型の太陽が振って来た。魔王の剣を力任せに降り下ろす姉さん。エクスマキナの一体が太陽のごときその剣を受け止めるが、魔王の剣で増幅された姉さんの魔力(こうげき)を完全に受け止めることは出来ずに吹き飛ばされていく。


 そこで他の二体が姉さんを狙う。俺は素早く動いた。


「統合せよ、極限の力達」


 ようやくできた力を練れるこの瞬間を逃さない。正確には姉さんが剣を振り下ろすよりも早く溜に入っていたが、加速する感覚の中では人間の知覚では捉えきれない刹那が酷く長い。俺の剣へと集う魔力(ちから)(ちから)。そうはさせじと天将がこちらに狙いを定めるのが分かった。だがこのチャンスを絶対に逃すことは出来ない。エクスマキナが姉さんに気を取られたこの瞬間、この距離。絶対にここで決める。


「うおおおおお!」


 俺は例え重傷を負っても死にさえしなければ何とかなると覚悟を決めた。その時ーー

  

 全てを切り裂く刃が。荒れ狂う風が。怒れる大地が。牙持つ者が。小さくそして巨大なる者が、俺に向けて必殺の一撃を放とうとした天将へと襲いかかった。誰だ? と思う暇など無い。あるのは死へと誘う鎖が引きちぎられたような開放感。俺は何の憂いもなく技を放った。


「絶命技『輪廻転生』」


 そして放たれる極限の力はエクスマキナの一体に直撃。防御することも耐えることも許さずにその体を打ち砕いた。ようやく一体仕留めた。しかしエクスマキナはまだ四体。そのうちの一体は姉さんに攻撃を仕掛けようとしている。


「姉さん!」


 俺は姉さんが攻撃を回避するのを信じて、援護に向かおうと飛び出した。そこで今まで戦場に降り注いでいた矢が姉さんを襲うエクスマキナのみに集中。その濁流の如き勢いを持ってエクスマキナを地へと落とした。姉さんがすかさず魔法を放って追撃する。無論俺も放った。


「リバークロス」


 一通り魔法を打ち込むと、姉さんが俺の所まで飛んできて抱きついてきた。


「ちょ、姉さん。今戦闘中」

「ああ。こんなにボロボロになって。大丈夫ですの?」


 天将につけられた傷はさすがに治りが悪い。特にあの銀髪銀眼の男から受けたダメージは最悪だ。


「何故魔将の貴方がたった一魔で戦ってますの? まさか…その、全滅ですの?」


 聞きにくそうな顔で訪ねてくる姉さんを安心させるため、俺は笑って答えた。


「大丈夫だよ。確かに少なくない損害は出たけど、軍としての体裁を失うほどではないから」


 すると一転。姉さんの顔が憤怒に染まる。


「生きてるですって!? それなら何故ここに誰もいないのですの? 盾にもならない役立たず共など魔王城に戻ったら焼き捨ててやりますわ」


 姉さんの全身から炎が上がる。心配してくれる気持ちは嬉しいが、さすがに早とちりだ。


「姉さん。皆命がけで戦ってくれた。ここにいないのは俺が無理矢理命令したからだ。彼らを責めるのはやめてくれ」

「むっ。………分かりましたわ。正直全然納得できませんけど、当事者であるリバークロスがそう言うのなら我慢しますわ。…ああ、でも本当に心配したのですわよ」


 そう言ってもう一度俺の胸に飛び込んでくる姉さん。俺はその頭を優しく撫でた。姉さんは俺の腕の中で「良かったですわ。良かったですわ」とうわごとのように何度も繰り返している。俺は絶対に姉さんをここにいる化物共から守ってみせると決意した。


「エグリナラシア。リバークロスが無事で気が緩むのは分かるけど、まだ終わってないからね」


 姉さんに気を取られたとはいえ、いつの間に近づいて来たのか全く分からなかった。


「兄さん。それにーー」


 最初の交戦を終え、天将と距離をとって睨み合っているのは魔将第三位『殲滅』のシャールエルナールに同じく第四位『轟く者』エルディオン。後の二人、黒マントを着た男と一見幼女に見える女は見たことないが、纏っている魔力が雄弁に彼らが魔将であることを語っていた。そしてーー


「リバークロス、よく戦った」

「父さん」


 なんの遊びもない地味な鎧と手に持った一振りの刀。


 魔将第二位『刃』のコウリキ。今の俺が一対一で確実に勝てるか分からない数少ない相手。中性的なその美貌は見方によっては女性のように見えなくもないが、落ち着いた佇まいは弱々しさなど欠片もない刃のような鋭さを放っていた。


「後は私達に任せておけ」


 そうして天将対魔将の戦いが幕を開ける。


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