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戦力比

「撤退する。シャールアクセリーナ。兵をまとめろ」


(ええええええええ!?)


 アクエロがこれ以上無いほどに不満そうな叫びをあげる。俺の命令を聞いたシャールアクセリーナは直ちに動こうとしたが、未だに降り注ぐ矢を大規模な魔法で防いでいるので動くに動けない。


 フルフルラが言った。


「マーレリバーさん。代わりに入りなさいな」

「わ、わかりました」

「サポートしよう」

「ありがとうございます」


 慣れない巨大な魔力をコントロールしようと四苦八苦するマーレリバーにイヌミンが自分の魔力を使ってサポートする。


「ね、ネコミン。私達も何かした方がいいかな?」

「なに言ってるのよ。護衛だって重要な仕事でしょうが。皆が手一杯ならいざというとき誰も動けないでしょうが」

「なるほど。さすがネコミンね」

「ふふん。当然よ」


 いつも通りの二人の横ではアヤルネが新しい自分の腕の感触を試すように何度も気や魔力を通していた。


 ちなみに俺はサボっている訳ではない。無尽蔵な魔力と究極とも言える体を手にいれはしたが、元々一時しのぎの為に行った方法だ。今のところ驚くほど安定しているが、不足の事態に備えて肉体と精神のチェックをするため、力を極力使わない省エネモードに移行している。


 撤退を決めはしたが、ここまで天軍に接近を許した以上、戦闘せずに逃げ切るのは無理だろう。いざと言う時にへばらないよう、任せられる仕事は部下に任せるに限る。


(ああああああ!! 戦いたい。戦いたい。戦いたい!)

(やかましい!! ガキかお前は)


 撤退を決めてからずっと叫び続けているアクエロをついに無視できなくなり心の中で怒鳴りつける。


(何で引くの?)

(仕方ないだろ。俺たちだけならまだしもここにはまだこれだけ兵がいるんだ。魔将として無駄死にはさせられん)


 シャールアクセリーナの命令を受けて素早く撤退を開始した悪魔族の数は大体五百ほどか。こちらが倒した数を考えれば軽微とも言えないことはない損害だが、連れてきた悪魔族の半分が死んだのはやはり痛い。


(私より彼らの方が大切なの?)


 なんだその質問? 呆れはしたがこのクレイジー女を侮ってはいけない。俺は慎重に、それこそ爆弾を解体するような気持ちで応えた。


(勿論お前は俺にとって特別だ)

(本当?)

(ああ、本当だ)


 他の女達も特別だがな。と心の中で付け足しておく。


(なら証明して)

(え?)

(私の方が特別なら私を優先してくれるはず、さあ一緒にあの大軍に突っ込もう)


 うわ~。チョロくて便利な女かと思えば、粘着質で面倒な女にもなる。状況で印象が変わる者は珍しくはないが、こいつの場合は相当だな。


(兵を逃がしたあとでな。それまで我慢しろ)

(う~。………分かった。我慢する)


 兵を盾の王国まで逃がした後なら好きに動けるし、その頃には盾の王国からの援軍が来ているだろうから、無茶をしてもリカバリーが効くはずだ。


(リバークロス様。怪我人を含めた生存者全員撤退に入りました)


 マーロナライアから念話が入る。


「よし、良いだろう。セット」


 再び万の剣を作り出した。これだけの数を作ってもまだまだ余裕がある。が、消耗とは一気に来るときもあるので油断は出来ない。帰ったらこの力をどれだけ持続できるかの確認から始める必要があるな。


(メテオ)(エッジ)


 こちらに向かってくる幾千、幾万もの矢を蹴散らして俺の放った光弾が天軍へと襲いかかった。


「盾構え~! シールド展開!」


乱戦で集団的な防御が出来なかった先程の軍とは違い、盾を綺麗に構えて巨大なシールドを展開する天軍。最初の方は防がれたが万にも及ぶ光弾はやがてそのシールドを打ち破り天軍へと降り注いだ。


「凄い」


 魔力を高め再びダークエルフの姿になったマーレリバーが、天災にでも巻き込まれたかのような天軍の有り様に呆然と呟いた。


「はわわ。やっぱり魔王様の血だよこれ~」

「お、落ち着きなさいよウサミン。頼もしい限りじゃない」

「確かにこれは凄いな」


 マーレリバーのサポートを終えたイヌミンがネコミン達の所に戻る。


「魔王の麒麟児とは聞いてましたが、私もまさかここまでとは思いませんでしたわ。貴方もそうでしょう? イリイリアさん」

「はい。フルフルラお姉様。これはサイエニアスさん達をもっと鍛える必要があるかと」

「御指導よろしくお願いします」

「私ももっと強くなる」

「あらあら。まあまあ。それじゃあ私も頑張りますわ」


 有角鬼族の五人が何やら可愛いことを言っていた。是非その調子で強くなって欲しいものだと思う。


「それじゃあお前ら。俺達もさっさと撤退……を。……なんだ?」


 直感系のスキルが猛烈な悪寒を与えてくる。それに促され見てみれば、天軍と俺たちのちょうど中間辺りに位置する空間が揺れていた。そしてその揺れた空間から姿を現す二人の天族。


「ジャジャ~ン。転移成功。どうどう? 私の天才ぶり。すごいでしょ? 天界城からこの距離を何の補助もなしに飛べるって私ぐらいじゃない?」


 紅い鎧と両手に斧を装備した金色ツインテールの女が得意気に言った。


「確かに凄いけど、今はそれどころじゃないだろ。ほら見なよアイナ。こっちを恐ろしい者達が睨んでいるよ」


 青い鎧と剣を装備した銀色の髪の男が此方に視線を投げ、それにつられて女がこちらを見る。


「ん? ぎゃー!? 何あれ? 何あれ? お父さん並みの化け物が一匹居るんですけど!?」

「全くアイナは仕方ないな。話を聞いてなかったのか? あれが魔王の子供だろ」

「ヤバイ。めっちゃ怖いんだけど。ちょっとマルロ。早くお父さん達呼んでよ」

「分かっているよ。それじゃあスキルを発動させ……」


「いや、悪いが死んでくれ」


 突然現れた恐らくは天将と思われる力を持つ天族。なんか放っておくと酷く面倒なことになりそうな予感を覚えた俺は、一瞬で距離を詰めると剣を振り上げた。


「え?」

「ほえ?」


 他の天族に比べるとかなり若い部類。それでも恐らく百歳はいっているだろうが、性格の問題なのか目を見開いてこちらを見るその瞳はやけに幼く見えた。まぁ、それで剣が鈍ったりはしないがな。


 双子と思われる二人を斬り捨てるべく剣を降り下ろす。


 先ずは何かしようとしていた男の方から。マルロとかいう男は持っていた剣で対応しようとするが……遅い。まだ先程の天将第四位の方が速かった。


 殺れる。


 確信した攻撃はしかし、男の青い鎧の表面から突然飛び出して来た銀の液体によって阻まれた。


「なに?」


 まさか今の俺の一撃をこんな訳の分からないモノに止められるとは思わなくて、少し驚く。


「マルロから離れなさいよこの悪魔」


 女が両手に持った斧を振りおろす。


 かなり速く威力もありそうだが、今の俺ならどうとでも対処できる攻撃だ。たが得体の知れない銀の液体が不気味だったので一旦下がることにした。


 その間に銀色の液体は二対の剣を装備した天使のような姿へと変わる。何かどこかで見たことのある姿だなと思った。


「ビビったー!! 父さんマジありがと。そしてスキル『招くもの』発動」

「よっしゃー。さすがは……って怖い!?」


 男の方は面倒そうなモノが守っているので、それでは女の方はどうかと思って刃を振るってみれば、やはり同じものが出てきて女を守った。


「……スキルか」


 鑑定系のスキルがここでようやく銀の天使の正体を暴く。


「さすがは魔王の息子ね。そうよ。これは私たちのお父さんのスキル……てっ、きゃーー!?」


 双子を守る二体の正体を看破した俺は魔力を全開にして力任せに銀の天使を斬り伏せた。


 一撃で倒せたが、かなりの魔力を込めたので見かけほど楽勝というわけではない。……なんだか酷く嫌な予感がした。このスキルの持ち主と対面するのはマズイ。そんな直感。


「なにこいつ? 反則でしょ?」


 銀の天使を目の前で斬り伏せられた女が両手に持った斧を慌てて構える。


「アイナ。クソッ。いけ!」


 男が自分の分の銀の天使を俺にけしかると同時、剣で斬りかかって来た。


「そうはさせんぞ」


 そこにシャールアクセリーナが風を纏って男へと攻撃を仕掛け、フルフルラ、サイエニアスもそれに合わせる。俺は男の方は放っておいて、先ずは女を仕留めることにした。


 男の指示で掛かって来た銀の天使を先程と同じように一撃で始末する。女はその間に俺から距離を取った。ヤンチャそうな性格からして、斬りかかってくるかと思えば中々冷静だ。


「寿命が少し延びた程度だがな」


 俺は構わず女を追った。二対の斧を構える女。時間をかけたくないので多少のダメージを覚悟しても一撃で仕留める。そう思ったその直後ーー


 銀の聖槍が降ってきた。


「な!?」


 突然空間から槍が出てきたことに驚いたわけではない。鑑定系のスキルでマルロとかいう男のスキル『招くもの』が対象を空間を超えて引き寄せると分かっていたからだ。


 だがそのスキルは俺の『スキル無効化』を初めとした幾つもの妨害系スキルで封じたので、先に転移魔法を得意とするらしい女から片付けようとしたのだが、マルロの頑張りでほんの僅かに繋がった空間を向こうからこじ開けるようにして槍が投擲されてきた。


 術ではなく力付くで空間を突破するだけのエネルギー。スキルによって出来た僅かな穴を正確に射貫いてくる観察眼と技量。何よりもこの槍の威力……これはーー


「やばい」


 不意を突かれたこともあり、魔力による踏ん張りがきかずに吹き飛ばされる。槍の攻撃自体は剣で受け止めたのでダメージはないが、衝撃でスキルの妨害が緩んでしまった。


 そうして現れる頂上者達。それは天族という一つの種の頂点に座す者達。


 それはハルバードを持った金髪金眼の女。

 それは鞭を持った片目を銀の髪で隠した女。

 それは両手に魔法具と思われる手甲を装備した精悍な男。

 

 そしてその三人の前に立つ銀髪銀眼の恐ろしいほどに整った容姿の、あまりにも強すぎる力を持った男。


 聞かなくとも分かる。全員が天将、その中でも上位に位置する者達だろう。さらにーー


「見つけたぞーぉおお!」


 天軍の方から物凄い形相で飛んでくるのは先ほど逃がした天将第四位。俺に斬り飛ばされ片腕を失っていながらもその身から放たれる力は減衰どころか強化されているようでさえあった。


「チェイストォォォオオ!」


 レイピアが伸びる。放たれる超速の突き。こんな時に面倒なと思っていると、女達の中から飛び出す者がいた。


「させない」

「今度は潰す」

 

 マーレリバーが天将に魔法を放ち、アヤルネがレイピアを叩いて軌道を変える。


「邪魔だぞぉお! このクソビッチどもがぁああお!」


 マーレリバーの魔法をレイビアで切り刻んだ天将四位が獣のように叫ぶ。


「うわ。オリンさんがヒスモードに入ってる」

「ちょっとマルロ。オリンさんがメッチャ粘着質なのしってるでしょ。余計なこと言ってオリンさんの意識をこっちに向けないでよ」

「そ、そうだったね。ごめん。ごめん」


 双子が物凄く嫌そうな顔で化けの皮が剥がれた、なんちゃって紳士の天将第四位を見ている。


「アイナ、マルロ。任務ご苦労。そして悪いがすぐに第二フェイズを実行してくれ」


「分かったよ。父さん」

「私に任せて父さん」


 銀髪銀眼の男に言われて双子が天軍の方へと飛んでいく。あいつ等はどう見ても空間系に特化している。できれば叩いておきたいのだが……。


「さて、初めましてだね。魔王の息子殿……でいいのかな?」


 銀髪銀眼の男がそう言って笑いかけてくる。その間にハルバードを持った女と手甲の男がさりげなく攻撃できる位置へと移動する。


 サイエニアス達もそれに気付いて攻撃に備えようとするが……レベルが違う。サイエニアス達は確かに魔族の中でも精鋭中の精鋭だが魔将や天将に比べると、どうしても見劣りする。このままぶつかれば勝てたとしても生き残れるのはごく僅かだろう。


 戦いが始まる前に女達を逃がすべきか? だが俺一人でこいつ等を倒すことができるのか? やばい、どうする? 戦うにしろ逃げるにしろ、死者を出さないで済ませられるイメージがまるで沸いてこない。これは……拙い。


「ルシファ。あの子達を出しても良いかしら?」

「ああ。頼むよ」


 片目を銀髪で隠した女が鈴のような魔法具を鳴らした。


 カラン、カラン。カラン、カラン。


 直後、あの双子が現れたときのように空間に波紋が広がりそこから何かがやってくるのが分かった。


「こ、これは……」

「クッ。拙い。拙いぞ」


 珍しくフルフルラとサイエニアスの二人が声を荒げる。気持ちは俺も同じだ。来る。絶対的な力を持った何かが。信じられないことに複数でありながら、一人一人が持つ力が俺に限りなく近い。そんな常識外れの存在がやってくる。


 そうして姿を現したのは五人……いや五体の人形。どの個体もまったく同じ容姿だが製造者の好みなのか髪型や服装を弄られ個性を与えられている。

 

 天族の女を模した圧倒的な力を持った人形。それを見た誰かが呟いた。


「……エクス、マキナ」


 この瞬間、この場での戦力比は圧倒的に向こうへと傾いた。 


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