天将四位との対決
かつてない力を全身に感じる。視界が広い。どこへでも行けそうな解放感。全てを破壊できそうな万能感。危険を侵し勝ち取った力の何と甘美なことか。新たに広がる視界に移る世界の何と美しいことか。これだから魔術は止められない。
(凄い。凄い。凄いよ。ああ、貴方はなんて素晴らしいの!? 心から、心から貴方を愛しているわ私のリバークロス)
俺同様に完全回復を果たしたアクエロが、俺の中でかつてないハイテンションで騒ぎまくっている。
(乗り越えた。乗り越えた。乗り越えた。私達は生きてる。あの困難を、あの絶望を、二魔で力を合わせて乗り越えた。ああ。なんて、なんてことなの!? 感動が、感動が止まらない)
ただの困難を絶望レベルにまで押し上げたのはお前だがな。とは思ったが余計なことは言わないでおいた。むしろアクエロがそういう悪魔だからこそ、辿り着けた境地でもあるのだから。
「さて」
できればアクエロと共にこの感動に浸っていたいところだが、状況的にそういうわけにもいかない。俺は遠巻きにこちらを窺っている天将へと視線を向けた。
「…………気にくわないね。その目、少し力を得たくらいで僕を倒せるつもりかな?」
「え?」
(???)
天将の思っていなかった発言に俺とアクエロは同時に首を傾げた。
「そうだが?」
むしろお前は勝てるつもりなのかと聞きたい。
(なにあれ? さっさと潰そう)
アクエロも似たようなことを思っているようだ。
「ふ……ふふ。面白い。面白いね、君。いや、君達かな。こんなに滾るのは本当に久しぶりだよ」
天将はレイピアの切っ先をを天に向けると、柄の辺りを顔に近づけそっと囁くように呟いた。
「覇王よ。支配者の由縁を見せつけよ」
第一級の空間魔法の二重名詠唱。レイピアという一つの外界から隔離された強固な空間に魔法が掛かる。
「『穿つ銀の閃光』 チェイストォオオ!」
掛け声と共に遠距離から放たれる突き。魔力を帯び光のように輝く刀身があり得ないほどの速度で伸びた。
それはまさに超速の突き。しかし俺の中に統合されたスキル『光を見切る者』や『超感覚』を始めとした幾つもの感覚強化スキルが本来上級悪魔の動体視力を持ってしても回避どころか視認も困難なはずのその攻撃を、酷くアクビの出るモノへと変える。
そんなゆっくりと流れる時の中で光となったレイピアは真っ直ぐに俺の心臓目掛けてやって来た。
その威力、速度共に天将という地位に居るだけのことはある。この攻撃を前にすれば殆どの魔族は反応も出来ずに心臓を穿たれ絶命するだろう。更にだめ押しとばかりにこちらに攻撃が当たる直前で、まるで万華鏡の世界にでも入り込んだかのように空間がズレ、同じ威力、同じ速度のレイピアが出現する。その現象は刹那の間に数え切れないほどに発生し、あっという間に俺の眼前に突きの壁を形成した。
それは第一級魔法を応用した高等技。魔力をレイピアに集束させることで今の俺の体でも貫きかねない威力を生みだし、さらにそれを空間魔法と掛け合わせることで回避不能の必殺の領域にまで高めている。
魔法具と魔力を掛け合わせると言う発想は俺の星の刃と似ており、初見の者がこれを回避するのは例えそれが魔将であっても難しいだろう。しかしスキル『第六感以降の獲得』や『超直感』を統合している俺には、突きを放たれた時点でその攻撃がそのようなものだということが何となく理解できていた。
だから焦る必要もなく、それどころか防御することさえせず、俺はただレイピアが俺の体を通り過ぎるのを見ていた。
「なっ!?」
天将が目を見開く。それはそうだろう。必殺のはずの天将の攻撃は全て俺の体を透過、触れることすら出来ず通り過ぎただけなのだから。
スキル『物理攻撃無効』と『魔法吸収』、さらに『乱れる時間』や『物質透過』などの総合的な効果だ。さすがに『物質透過』だけでは巨大なエネルギーの塊である天将の攻撃は回避できない。物質を透過させようとする力よりも、物理法則に沿って放たれた天将の魔力の方が世界に優先されるからだ。
しかしそこに幾つもの法則が重なれば話は別だ。一つでは不安定な力も多くの力と重ね合わせることで、天将クラスの攻撃でさえ無効化することができる。
「これは……驚いたね」
必死に余裕を取り繕っているのか、あるいはそう言う性分なのか、危機的な状況にも関わらず笑みを浮かべる天将。そんな天将から俺は視線を外した。
「………来たか」
新しく向けた視線の先には天族の大軍。さすがに時間を掛け過ぎた。ついに五万にも及ぶ大軍に追い付かれてしまった。見渡す限りの天族。統率の取れたその進軍の様子からは一兵卒にいたるまで鍛えぬかれた精鋭であることが容易に見てとれた。
「…おい」
だがそうと分かってもまるで負ける気がしない。天軍の手強さを肌で感じたばかりだと言うのに、むしろあの程度の人数しかいないのかと拍子抜けさえしてしまう。
「おい、君」
気づけば俺は笑っていた。かつて困難だと思っていたものを容易いと感じる。これこそ成長の醍醐味だろう。
「おい。ふさげるな! 何を笑っている? こっちを見ないか! 返事をしないか!!」
「さて、せっかく手に入れた力だ。試運転と行くか」
俺の呟きに未だに興奮冷めやらぬアクエロが俺の中で何度も頷いた。
(そうしよう。そうしよう。大丈夫。今の私たちなら…)
「ああ、そうだな今の俺達なら…」
(誰にも負けない)
「誰にも負けない」
「僕を無視して、一魔で浸ってるんじゃ~ないぞぉー! このクソッタレな悪魔風情がぁー!!」
人の良さそうなお坊ちゃま風な顔を歪めていきなり天将が叫んだ。直後、魔力が爆発し天将が持つレイピアに先程とは比べ物にならない魔力が収束する。
「覇王よ。支配者の残酷さを持って我が敵を抉れ」
先ほどと同じ第一級の空間魔法の二重名詠唱。だがそこに込められた魔力が桁違いだ。これは透過させることは出来そうにないな。仕方ない。大量のお客さんも来たことだし、さっさと終わらせるか。
「収束せよ、極限の力達」
血の刃に魔力が集う。超越者級に達した巨大な魔力に更にスキルによる特殊な効果が次々と付加されていく。
天将が技を放つ。
「一殺『抉り取る命』
同時に俺も技を振り下ろした。
「絶命技『輪廻転生』
俺の刃から放たれるのは力の極限。これ以上ないほどに高まった魔力にスキルが上乗せされたそれはあらゆる者を切り裂く必殺のエネルギーとなって、天将が放つ同じく必殺の突きと正面から激突。
直後ーー
「ば、馬鹿な!?」
砕け散る天将のレイピア。俺の放った斬撃は勢いを緩めることなくそのまま天将の腕を肩ごと斬り飛ばした。
「大人しく生まれ変わりな」
ちなみに『輪廻転生』という技名は、これは防げないから大人しく生まれ変わってね。と言う意味を込めてつけた。まぁ付けたのは俺であって俺ではないのだが、その辺りのことは考えると頭が痛くなりそうなので今は放っておく。
「うおおお!?」
血を撒き散らして地へと落ちていく天将。無論俺はそれを悠長に見送ったりなどしない。キチンとトドメをさすべく後を追った。その際に転移系のスキルや魔法が幾つも発動するのを感知する。恐らく俺が向こうを視界に入れたように、こちらの状況を認識した天軍の誰かが遠くから天将を助けようと干渉してきたのだろう。
本当に敵ながら優秀な奴らが揃っている。だがーー
「無駄だがな」
俺の中に統合されたスキルが発動する。『スキル無効』や『魔力喰い』が天将を転移させようとする幾つものスキルや魔法を掻き消した。
「終わりだ」
そして俺は一瞬で天将に追いつくと剣を振りかぶり躊躇無く振り下ろした。手応えあり。首が飛んだ。しかしーー
「なんだと!?」
俺が斬り飛ばしたのは別の首だった。金色の髪をした天族の女。幾百もの天族が天将を救おうと遠くから手段を尽くし、その中でコイツだけが成功させやがった。スキル『暴く者』や『観察者』がこの天族の女がやったことを解明する。
この女のスキルは『等価交換』。命に命を捧げることで俺のスキルを打ち破り、天将を助けやがった。
「……侮っていたか」
ハッキリ言えばショックだ。今の俺の行動をそれほど力も強くなさそうなただの一兵卒に阻止されるとは。いや、なまじ飛び抜けた力を獲得したことで大切なことを忘れていた。例えどんなに能力的にこちらが勝っていようとも本気で覚悟を決めた者達の足掻きを侮ってはいけないと言う当たり前のことを。圧倒的な優位を覆す逆転劇など元の世界ですら珍しくないのだ。力で圧倒できているからといって相手を舐めていたら次に首を失うのは俺になるかもしれない。
「見事だ」
首を失い地に落ちていく天族を見送る。罪悪感はない。だがせめて名前を知っておきたかったなと言う感傷のようなものを感じて、俺は慌ててそれを振り払った。
「リーバークロス様ぁ~!!」
そこで俺の下に風を纏ったシャールアクセリーナがカッ飛んできた。見ればそこらで起こっていた天軍との戦いはいつの間にかこちらが優勢になっていた。天将をやられたせいか、天軍の士気は明らかに低く、逆にここに残っている悪魔族を中心とした精鋭部隊の士気はこれ以上無いほどに高かった。
「よくぞご無事で。それに天将を一蹴とは。さすがは魔王様のご子息様です」
「お前達も無事なようで何よりだ」
シャールアクセリーナに続いて俺の女達が集まってくる。ちなみにアクキューレの九人は持ち場を離れたシャールアクセリーナの代わりに忙しく戦っている。だがそれよりも気になったのはーー
「……アヤルネ。下がっていろと言ったはずだぞ」
「血は止まった。もう戦える」
片腕を無くしたアヤルネ。その口調はいつもの淡々としたものだったが、瞳には絶対に引かないという意思が込められていた。反抗的ともとれるその態度にサイエニアスが「アヤルネ!」と厳しい声を出したが、俺としてはこういうグイグイ前に出てくる奴は嫌いではない。ビビッて使えない奴に比べれば百倍マシだし、いざという時の盾役にも出来るからだ。問題はコイツが俺の女で、やはり自分の女には死んで欲しくないと言うことくらいだろうか。
「アヤルネ。こっちに来い」
「………はい」
アヤルネは戦場であるにも関わらず全身に纏っていた魔力を極力抑えてから近づいてくる。折檻するなら受け入れると言うことだろう。一応は婚約者ではなく贈り物として俺の所に来た自覚はあるようだ。別にアヤルネ達を物として扱う気は無いが、あまりにも自分の立場を考えなさすぎる者を集団に入れておくと、全員の命取りになりかねないので少し安心する。
「腕を出せ」
「……はい」
アヤルネは無事だったもう一本の腕を俺に向けて伸ばしてくる。天将に斬り飛ばされた方の腕は確かに血は止まっていたが再生する気配はなかった。
「そっちじゃない。斬られた方だ」
「? こう?」
向けられた傷口に対し俺は『魔力具現化』や『気の武器化』など創造系のスキルを使用する。エネルギーを物質に変換し、術者の魔力なしに独立した物体として完全に定着させるには膨大な魔力を必要とするのだが、今の俺の魔力は無尽蔵。ついでだから元の腕よりも何倍も強力な物を作ってやった。
「これは……」
アヤルネが呆然とした様子で新しく出来た自身の腕を動かす。
「腕に幾つかのスキルを付与させたが慣れるまでは多用はするなよ」
「あ、ありがとうございます」
らしくもなく恐縮した様子で頭を下げるアヤルネの髪を俺は乱暴に撫でた。
「それとマーレリバーお前も来い」
「はい」
俺は銀の髪と褐色の肌のダークエルフを呼んだ。戦場ではマーレーリバーなりに戦ってはいたが、やはりまだまだ力不足が目立ちフルフルラやイリイリヤ、それに連れてきた魔物達に守られていた。それが悪いというわけではないが、このままではフルフルラ達が対処できない敵が現れたとき簡単に殺されるのが目に見えていた。
「お前の能力を更新させる。動くなよ」
マーレリバーの頭に手を置くと俺は以前マーレリバーを使途化させたときとは比べ物にならない魔力を送り込んだ。
「んっ」
と小さく声を出したマーレリバーだが、前のように暴れるほどではない。一度やって俺がある程度コツを掴んだというのもあるが、幾つものスキルを統合しているお陰で格段に精度が上がっているのが大きい。俺は感知系のスキルを応用してより細かに、より効率的にマーレリバーの体を組み替えていく。
「どうだ?」
「……凄い。です」
マーレリバーの全身から溢れる魔力はハーレムメンバーで最大の魔力量を誇るフルフルラに並ぶ程だった。
「あわわ。う、ウサミン。ヒエラルキーが。せっかく最下位から脱出したと思ったのに」
「短い天下だったね、ウサミン。でも私たちが先輩な事に変わりないからそこを強調すれば…」
獣人コンビが何やら言っているが、立場で言えば俺の眷属であるマーレリバーの方が各種族からの贈り物である女達よりも上のような気もしないでもないが、藪を突きたくないので黙っている。何よりも経験や実力的にもサイエニアスやフルフルラが女達の手綱を握っていた方が上手くいくだろう。
「あの、リバークロス様。この姿は?」
マーレリバーが自分の姿を見て戸惑ったように聞いてくる。その姿は青い髪と瞳、そして白く美しい肌を持つエルフのものへと戻っていた。そんなつもりはなかったのだが、どうやらつまらない感傷が出てしまったようだ。
「その姿のお前も悪くないと思ってな。心配しなくとも魔力を高めれば元の姿に戻る」
そして今はそんなことよりもーー
「来たぞ」
遠方からこちらに打ち込まれる魔力を大量に纏った幾千もの矢。アクキューレ達が頑張っていることもあり戦場で少し悠長に話し込んでしまったが、まだこの場では天族と魔族の戦いが続いている。
それなのにこの状況であの数の矢を放ってくるのかと思っていると、鑑定関連のスキルが発動。どうやらあの矢は定められた印を持つ者を避ける魔法具のようだ。そのお陰で乱戦でも魔族のみに矢が当たる仕掛けなのだが、あの数では結構誤射とか出そうな気もした。
「お任せを」
主に俺めがけて飛んできた矢に、シャールアクセリーナとサイエニアス、それにフルフルラとイリイリアが対応する。ちなみにウサミンとネコミンは大量の矢を見て「ふぎゃー」と叫んでいた。
俺は周囲で未だに争い続けている部下と天族を見回す。こちらの方が押してはいるが、やはり数の差は大きい。今はよくてもこのまま時間が経てば先にこちらの兵が力尽きてしまいそうだ。
「……ひとまずこちらを片付けるか。セット」
ディランダルの指輪に大量の魔力を送り込む。空を万にも及ぶ剣が覆い尽くした。
「ちょー!? ね。ネコミンあれ」
「何よウサミン。前を見ておかないと万が一あの四魔が防ぎ損なったら私たちがリバークロス様を守る役なのよ……って、なにあれー!?」
空に浮かぶ剣の山に悲鳴を上げるウサミンとネコミン。同じように戦場でも多くの者が声を上げている。特に天族は必死に防御を固めようとしているが、乱戦になったせいで最初の時のような数の優位を活かした強固な守りは作れないし、作る時間を与える気もない。
「恨みはないが部下の命とは比べられないのでな。悪いが死んでくれ。『星の雨』」
魔力によって光星と化した刃が地上に降り注ぐ。スキル『百発百中』や『必中の魔弾』の効果により、それらは正確に天族のみを狙い打った。
「全力で防御しろ!!」
天族の誰かが叫んだが、その誰かは次の瞬間には光弾に貫かれ絶命していた。いや、その誰かだけではなく、ほぼ全ての者が光弾に対処できずに力尽きる。ごく希に回避や防御に成功するものも、周囲の悪魔達が集中的に襲うことで排除に成功する。
元々ウタノリアを含む部下達の奮闘のお陰で一万を切っていたであろう天軍は、そのようにして全滅した。
途端、沸き立つ兵達。中には俺の名を讃える者も居て、俺はそれに軽く手を振って応えてやる。そして次に大量の矢を放って来る大軍を見た。さてーー
「戦うか、あるいは引くか」
さっきまでは力を得たことで少々舞い上がり、アクエロと共に天軍に特効を仕掛ける気満々だったのだが、天将を助けた女のお陰で少し冷静さが戻った。
突撃をかけて負ければ死ぬのは俺一人ではないのだ。仕方ないことだが一人なら悩まないような問題も多くの者を率いる立場が複雑にする。
「勝てないことはないだろうが…」
その代わりこちらにもかなりの損害が出るだろう。何よりも万が一にでも向こうに俺でも対処困難な切り札でもあれば、数的にこちらは全滅もあり得る。
「……ふむ」
暫しの熟考。そして俺は決めた。