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動き出す超越者達3

 あまりにも若く荒々しい。そんな叫びに『天』が(おのの)くのを確かに感じた。


 何と言う。何と言うことなの。天界城の中を私は全速力で駆けぬけ、目的の場所に辿り着くと、礼儀などドアと共に吹き飛ばして部屋の中へと飛び込んだ。


「兄さん!」


 部屋の中、肘掛け椅子に優雅に腰掛けてこちらを呆れたように見てくる銀の瞳。もしも血が繋がっていなければ私でさえその美貌とその身に纏う強者の貫禄に容易く心を奪われていたかもしれない。


「用件は分かっている。私の部屋のドアを破壊したことに思うことが無いわけではないが、どうやらそれどころではないようだ。中々困った事態になったものだな」

「困ったどころではありません。盾の王国奪還作戦開始直後にあの百戦錬磨の軍団長ライ・ミラージュ・ノルラストが討たれ、転移を妨害された天将第四位オリン・エルベルト・ノルワを再度送り込んでみれば、この魔力反応。そもそもアイギスの欠片を使って万全を期していたはずの転移が破られること事態が異常です」

「報告ではこの魔力の持ち主は百にも満たない子供とのことらしい」

「そ、そんな!? それって、それって、まさか……」


 百にも満たないような若造にこんなことができるはずがない。昔の私ならそう言って報告を上げてきた者を蹴り飛ばしに行くところだ。だが今は違う。私たちは知っているのだ。年齢など関係のない。生まれもった種としての力だけで築き上げたこちらの技量を喰らい尽くす悪夢のような存在を。


「魔王の子供達。やはり存在してましたか」


 予想外だったその声に思わず身構える。見れば部屋の隅にいつの間にか片目を銀色の髪で隠した女性が佇んでいた。


「……ヒソナ。必要のないのに気配を消すのは止めなさいといつも言っているでしょ」

「これはこれは申し訳ありません。知っての通り私、隠れて他者を観察するのが大好きでして」


 子供の頃からの付き合いだ。今更言われずともこいつの困った性癖は嫌というほど知っている。


「そんなことよりも、魔王の子供? そんなはずはありません。間違いなく二百年前のあの時に殺したはずです」

「ええ。ですからまた生んだのでしょう」

「そんな!? まだたった二百年しか経っていないのですよ?」

「上級魔族が子供を産む周期としてはおかしくはないかと」

「それは普通の魔族の話でしょう。あの化物がそんな簡単に子供を作れるとは思えません」


 むしろあの化物が子供を生めることの方が驚きだ。なにせあの化物と何度も死闘を演じた私達兄妹の師はその手の衝動を一切持っていなかったのだから。


 生物が子孫を残すのは結局のところ種を保存する為に他ならない。生物として完成していけばいくほど、子供を残す必要がなくなっていくのだ。そうでなくとも強い力を持つ者は子供を作りにくい。なにせほんの少しの感情の変化で体温が百度を越えるなんて珍しくもないのだ。そのある意味どこよりも過酷な環境に花を咲かせることのできる種は少ない。逆に種が優秀でも優れているが故に多くの栄養を必要とするその種が花開ける土壌はやはり少ないのだ。


「トーラ。私にも娘と息子がいるのだが?」


 兄さんの言葉に若くして天将入りを果たした双子の顔が頭に浮かんだ。


「それは兄さんが超越者級に至る前の話ですよね」

「ふむ。なるほどな。確かに至った後はまだ出来てはいないか」

「あんなに沢山の方といろいろ頑張っているのに、悲しい話ですわね」

「ちょっと!? なぜ貴方が兄さんのそんなことを知っているのですか?」

「ふふ。なぜかしら?」


 こ、この女……って、今はそんな場合じゃなかったわ。


「と、とにかく。何としてでもこの魔族は今の内に消しておくべきです。幸い超越者級へと至って間もない今なら私でも殺せるでしょう。ですが完全に育ってしまえば手がつけられなくなります」


 同じ階級でも下位、中位、上位でその力が違うように、超越者級でも下位に位置している今なら力では敵わなくとも積み重ねた技量で何とでもできる。だがこれがもしも育ってしまえば話は変わる。毒も持たない一匹の虫がどんなに頑張っても巨体を誇る魔物を殺せないように。圧倒的な質量(エネルギー)はそれだけで弱者(こじん)が積み上げた技術を容易く葬るのだ。このままいけば兄さんを除き、天界にいる誰も単独ではこの超越者級を殺せなくなるだろう。


「下手をすればこの世界にもう一魔、魔王が誕生することになります。それだけは絶対に阻止しなければ」


 我々天族が魔族を上回っていた大きなアドバンテージ、種としの団結。魔王という規格外の存在が登場したことで今は一時的にかつて無いほどに纏まってはいるが、我の強い魔族達のことだ、魔王さえ消してしまえば自然と分裂していくのは目に見えている。そしてそのための作戦も着実に進んでいた。進んでいたのだがーー


「……この超越者級が本当に魔王の子供であった場合、魔王抹殺計画の根幹が揺るぎかねません」


 それは最悪の想像。しかし私の立場ではその最悪から目を逸らすことは許されない。ヒソナがいつになく真面目な顔で頷いた。


「確かにそうですわね。あれは魔王が代わりのきかないたった一魔だからこそ、どのような犠牲を払ってでも消そうと考えられた作戦です。それなのに魔王を殺してもその後釜がいるのなら、あの作戦の価値は大幅に下がってしまいますわ。ハッキリ言えば割りに合いません。計画の見直しをすべきかもしれませんね」

「見直しって、既に儀式は済ませたのよ? 彼らの魂と彼等を涙を堪えて見送った方達になんと詫びればいいのか」

「仕方ありませんわ。戦争にイレギュラーは付き物。それに対象が変わったとしても彼らの犠牲が天界を守るために用いられるのに変わりはありませんわ」

「でも!」


 叫んだ直後、感情に流されそうになった心を慌てて自制する。いけない。もう私たちは甘えが許される子供ではなく、天界の行く末を担う天将なのだ。その自覚を持たなければ。しかしそうは思っても感情の高ぶりは中々収まらなかった。

 

 魔王の後継者、絶対にそんな存在を許すわけにはいかない。あの魔王ばけものには謳われている通り、最初で最後の魔王であってもらわなくては困るのだ。


「少し落ち着くといいトーラ、私の可愛い妹にして天将第三位トーラ・ロンギ・エニスマン」


 昔から兄にフルネームを呼ばれると落ち着く。何というか私的な自分から冷静でなければならない公的な自分へと自然と切り替えられるのだ。


「申し訳ありませんでした。兄さん。そしてヒソナ。確かにヒソナの言うとおり今の状況では魔王抹殺計画も見直しが必要でしょう」

「その件に関しては既に評議員に伺いを立てている。さすがの彼らも今回ばかりは反応が早い」

「まさかここにヒソナがいたのは?」

「ああ。エクスマキナの使用許可が下りた。ヒソナにはこれからエクスマキナの調整役として動いて貰うことになる。彼女の観察眼は万が一にでもエクスマキナに異常が出た場合早急に対処するのに必要だからな。無論天将としても動いて貰うがね」

「あら、相変わらず天族扱いが酷い方ですね」


 ヒソナがそっと兄さんの手に触れる。昔は兄さんに少し触れるだけで真っ赤になって逃げ出したくせに、本当に可愛げが無くなったものだ。


「話は分かりました。この状況では天界三大兵器を使用するのも当然です」


 かつて天界に術理を極めた天才達が居た。しかし天才達は長き生の中で疲弊していた。魔族との争いに飽き、やがて生きることにまで飽きてしまった彼らはとある禁断の魔法を行使する。それは唱えた者の存在、その全てをエネルギーと変換することで持ち主本来の実力を大きく越えた現象を起こせる禁忌の魔法ーー犠牲魔法。


 三十三天からなる究極の天才達が用いた犠牲魔法によって作られたのが天界三大兵器。あるいはそれは彼らなりの贖罪だったのかもしれない。


 戦うことに飽き、生きることに飽きてしまった彼らが、それでも子孫を想い最後に残した究極の力。事実、遥かな昔から天族が魔族を押し続けてこれた最大の理由はこの天界三大兵器の力によるところが大きい。


 出せば全戦全勝。まさに私達天族が誇る最強兵器だ。この兵器が破られたのは過去に一度、あの魔王(ばけもの)との戦いだけだ。しかしあの魔王(ばけもの)ですら打ち破るのに多大な犠牲を必要とした。


 故に当然として魔王抹殺計画の根幹を成すのはこの天界三大兵器だ。それをまだ百にも満たない魔族に使う。正直惜しい気持ちがないわけではないが、いかに超越者級とは言えども生まれたばかりの赤子ならばその手を捻るのは容易いはずだ。


 無論、だからといって気軽に使用していいものではない。どんなものでも見せすぎれば対策を考えられるし、何よりもエネルギーの問題がある。地に根を張り地脈からエネルギーを吸い上げることで自動回復が可能なアイギスはともかく、エクスマキナはその起動に多大な犠牲とエネルギーを必要とするのだ。


「ではただちにエクスマキナを一体投入させましょう。それと同時に私も軍を率いて行って参ります」

「無論お前にも言って貰うが、エクスマキナは一体ではなく五体投入する」

「ご、五体? 本気ですか?」


 天才達が作った魂内蔵型戦闘人形エクスマキナは総数十二。ただし昔魔王によって四体破壊されているので現在は残り八体。そのうちの三体は他の量産型の九体とは大きく違う特別な個体であり、恐らく兄さんはその三体を残して全てのエクスマキナをこの作戦に投入しようとしている。それはつまりーー


「放っておけば魔王と同等の脅威になるということですか?」

「少なくとも私はそう見ている」


 ならば決まりだ。私の兄にして天将第一位ルシファ・ロンギ・エニスマンがそういうのなら間違いない。この時点で私はこの謎の超越者級が魔王の息子であるのを疑うのをやめた。


「聞いたわねヒソナ、出ますよ。動ける全天将に出陣命令を出しなさい」

「それでは」

「ええ。総力戦よ。それと先日の会議で魔王の子供ではないかと議題に上がっていた二魔を含めたこの超越者級を現時刻をもって正式に魔王の子供と認識します」

「この段階で確定なんて正確な情報を好む貴方らしくはないですわね」

「あの魔王(ばけもの)を相手にする以上、一つのミスが命取りになるわ。魔王の子供であろうとなかろうと、この若き三魔が年齢を考えると信じられない力を保有しているのは事実なのですから、どのみち消しておくに越したことはないわ」

「それもそうですわね。分かりました。そのように手配しておきましょう」

「では、評議員から第二級天軍指揮権限を与えられた者として正式に命令を出します。現時刻を持って盾の王国奪還作戦は魔王の因子殲滅作戦へと移行。盾の王国奪還を視野にいれつつ、最優先目標を魔王の子供達の抹殺に変更。そしてそれを守ろうと集結するであろう全ての魔族を天界の総力を持って一網打尽にします」

「了解ですわ。それにしても盾の王国が落ちた時に覚悟してましたが……百年。短い平和でしたわね」


 そんな詮無きことを呟いてヒソナは部屋から出ていった。


「では兄さん。私も行ってきます」

「いや、今回は私も出る」

「兄さんが直接? しかし天界の守りは…」

「こちらにはエクスマキナの特別個体と天将を何名かつける」


 確かにそれなら戦力として十分だろう。それにこちらには天界三大兵器であるアイギスがある。魔族のみを弾く絶対の守り。それがある限りどれだけの苦境に立たされようともこちらに敗けはない。最悪、アイギスの守護下に入りさえすれば魔族は手を出せないのだ。


「それとトーラ。戦場で『大罪の子』の反応が確認された」

「兄さん、それは…」

「師との邂逅を覚悟しておくといい」


 この状況で師に出てこられるのは最悪……ではない。だからこそのエクスマキナ五体の投入であり、何よりも兄さんには『あれ』がある。上手く行けば全ての懸念が一気に解決するかもしれない。


「では行こうかトーラ。王の子と我らが師に会いに。そして見て貰おうではないか。我らが積み上げた二百年を」

「はい。行きましょう兄さん」


 魔王の子供達? 最強の堕天使? 魔将? それがなんだ! 私達は負けない。天界の総力をもって必ずこの困難な戦局を乗り越え、この世界を我らの法で満たしてみせる。争いを無くし一つの法の下に誰もが笑って暮らせる世界を作るのだ。


 天界最強の兄に続き、私は戦場に向けて歩を進める。さあ、決戦だ。


 

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