危険な賭け
「ウオオオオオオー!!」
斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬りまくった。屍山血河を築きながら俺は血まみれの道を行く。
「リバークロス様。もうすぐです」
俺の左右にサイエニアスとアヤルネ。そして少し後ろに合流して来たこちらの本隊、それを率いるシャールアクセリーナを筆頭としたアクキューレ達が続いている。
このまま天族を蹴散らして盾の王国まで撤退するつもりだが、天族もそうはさせじと必死になって道を塞いでくる。かなり数は削いだが、俺とアクエロの二重魔法とウタノリア達の命を懸けた魔法から逃れた者も多い。何よりも転移魔法により新たに転移してくる兵士までいた。
流石にあの巨大な魔法陣と比べれば転移してくる人数は極小数だが、その代わりかなり強い兵士達が送られて来ている。こちらの部隊も魔族の精鋭から編成されているので簡単に殺られはしないが、それでも早くここを離れなければ質ではなく量で圧殺されてしまう。
「アクキューレ。転移魔法を使う兵士を積極的に潰せ。サイエニアス達も俺の護衛は不要だ。遊撃隊として動き一般兵では手こずる強者を狩って来い」
「「「「了解」」」」」
俺の指示をマーロナライアが直ぐに全員に伝え、反論もなく皆、素早く行動へと移る。
その時だ、声が聞こえたのは。
「くそ、怯むなお前達。我らが守るべき法のため。何としてもその悪魔を殺せ」
軍団長、いや師団長か? 多くの兵に守られたほんの少しだけ周囲とは毛並みの違う兵士を見つけた。
……潰しておくか。俺は躊躇無く最も兵が密集している天軍師団長が居るその場所を目指し斬り込んだ。
「だ、駄目です。止まりません」
そう叫んだ天使の首をはねる。魔法が飛んできたが、全て無詠唱で吹き飛ばしてやった。
「星の刃」
俺の放った光弾が敵を紙屑のように蹴散らしていく。血が舞う。首が飛ぶ。臓腑が大地へとばらまかれる。むせかえるような血潮が綺麗だった世界を染めていく。それにーー
(あはは。きゃはは)
アクエロが笑う。普段のイメージとは大違いな無邪気な、あるいは狂気に満ち満ちた笑い声だ。それがとても心地良い音楽に聞こえる。自覚はある。今の俺の感性は完全に狂っていた。だが戦場では狂気こそが正義なのだ。
俺は一辺の慈悲もなく数多の天族を切り捨てた。
「ば、馬鹿な? な、何なのだお前は? その年でその力。こ、これではまるで、まるで……」
指揮や補助が専門だったのだろうか? 最後まで戦う様子を見せなかった師団長を真っ二つにする。
「……抜けたか」
そうしてついに俺たちは天族の壁を突き破った。たがこれはこの場から生き残るための一つの段階に過ぎない。一つの行動が終わればまた次の行動が待っている。俺は叫んだ。
「ケンタロウス。カクカクカクロウ。お前らは兵を率いてこのまま進め。アクキューレは俺と共に殿を務めろ」
別に思念で十分なのだが、やはり声に出すと気分が違う。返事はマーロナライアを通してすぐに帰ってきた。
(全員了解とのことです)
「すまん。頼む」
「カラカラ。カラカラ。お先~」
最後の二人、ケンタロウスとカクカクカクロウの返事は肉声。切り開いた道を戻る俺と擦れ違う際にかけてきたものだ。二人ともまだ俺の女達に比べて些か頼りないが、あれでも一応は王の子だ。盾の国への救援要請を含めてうまくやってくれることだろう。
俺は血に塗れた剣を手に再び天族を斬って、斬って、斬りまくった。
そしてついに生き残った全ての魔族が天族が壁のように密集する戦域を突破した。後は戦いながら盾の王国まで下がるだけ。他の場所で転移してきた天族が来るまでにはまだ幾ばくかの余裕がある。無論足の速い部隊は既に救援として何隊かやって来たが、全て返り討ちにしてやった。
「よし。俺たちも撤退を始める。まずはデカラウラス、行け」
本体を二人の王子が率いるのなら俺はここに残って問題なかろうと言って、一緒に残って戦っていた軍団長統括デカラウラスを先に行かせる。
「ガハハ。承知」
デカラウラスも今度は大人しく従った。それに続いてデカラウラス直属の部下達が戦場を去って行く。これでこっちは俺と俺の女達、後はアクキューレが率いる悪魔族が主体の精鋭部隊だけだ。
どいつもこいつも実力は折り紙つき。これならもう少し時間を稼いでからの撤退もそう難しくはないだろ……う?
ここから離れた場所に突如として現れた光が天を貫いた。巨大な魔力の反応に大気が震える。
「これは?」
(リバークロス様、ここから最も離れた天軍の中から巨大な魔力反応を感知しました)
マーロナライアの声は少し焦っていた。
「また巨大転移魔法陣か?」
(違います。この反応、これは…単体です)
個人がこれほどの力を? この力はまるで…。俺の脳裏にシャールエルナールと始めて会った日の光景が自然と浮かんだ。
「全員急いでこの場から離れろ! ……いや、間に合わんか」
天を突く光が消えた。俺は翼を広げると魔力を展開して空へと飛び上がった。
「……居る」
俺に限りなく近い力をもった存在が。こちらが向こうを認識しているように、向こうもこちらを意識している。
そう言えば聞いたことがあるな。魔族に王が居るように、天族達は評議員という最も優れた者達が考えた法を中心に纏まっていると。そしてその評議員が誇る天軍最高戦力、それこそがーー
「天将か。なるほど魔将の天族版というわけだ」
創造魔法を発動した俺なら例え相手が魔将だろうが天将だろうが負けない自信はある。あるのだが……。
「ッグ!? ゴホ。ゴホ。……クソ」
無尽蔵な魔力に肉体の方が耐えきれなくなってきた。いかに負担を減らすため体に魔力を通さず垂れ流しの状態にしても、それは結局常に水に浸っているのと同じことなのだ。口を開けて中に取り込むよりは影響は少ないとはいえ、水から上がらなければいずれは死んでしまう。それが嫌ならーー
「アクエロ。さらにスキルを発動しろ」
水から上がらずとも生きていける体を獲得するしかない。
(……死ぬ気?)
「いいや。生きるためだ」
今の体ではこれ以上の全力戦闘は厳しい。というか無理だ。根性論ではなく物理的に体が持たない。スキルを使って無理矢理にでも肉体強度の底上げをしなくては天将の相手など不可能だ。
(既に限界ギリギリ。これ以上スキルを増やせばいくらリバークロスでも荒れ狂う力をコントロールできるとは思えない。それはただの自殺と一緒。そんなつまらない最後より私はリバークロスと一緒に天将と戦いたい)
俺の体はアクエロの体でもある。さすがに正確に状況を理解していた。
「戦えれば満足か? そうじゃないだろう。戦って勝つ。その為に全力を尽くすべきじゃないのか?」
(む、確かに一理ある)
チョロいなコイツ。やることがぶっ飛んでいる奴は怯えがない分こういう時の説得が楽で良い。
「そういうわけで一丁魔生最大のギャンブルに二魔で挑もうぜ」
(挑もう。挑もう)
最初にあった躊躇いは一体どこに消えたのやら、アクエロは俺の中で楽しそうに何度も頷く。
その時だ、天将に動きがあったのは。無論動いたとはいえ、まだまだ距離はある……などと俺は考えなかった。案の定、俺が最初の結界破壊時にそうしたように天将も空を駆け、あっという間にこちらへとやって来る。
「来るぞ!!」
アクエロは勿論地上にいる仲間達に呼び掛けながら剣を構える。そこで天族と戦っていたサイエニアスとアヤルネが飛び出した。
こちら、というか俺に向かって真っ直ぐに向かってくる天将を迎撃すべく二人は空を昇るーーが、天将の転移を察したのは何も俺たちだけではない。随分と数を減らしたがそれでも最高戦力の登場に沸き立つ天族達が天将の邪魔をさせるものかとサイエニアスに殺到した。
「邪魔をするな!」
サイエニアスはそれらを雷で迎撃するが、完全に天将への攻撃のタイミングを逃した。一方アヤルネは周囲にそれほど兵がいなかったこともあり、何人かの兵士を片手で蹴散らして手甲をはめた拳を握りしめると、天将へと殴りかかった。
「星の刃」
無茶しやがってと憤る男としての気持ちと、役に立つ女だなと思ってしまう魔術師としての冷たい思考。その二つに促され俺は援護の一撃を放つ。
結果は一瞬だった。俺の放った光弾が弾き飛ばされ、アヤルネの肘から先が宙を舞った。幸運だったのは俺に一直線に突っ込んでくる天将にアヤルネがすれ違うように攻撃したので、腕を斬り飛ばされた後の追撃がなかったことだろう。いや、それでも二方向からくる攻撃をほぼ同時に対処したのだ。
もしも俺が援護を入れなければ今ごろアヤルネの首が飛んでいたかもしれない。この時点で俺はこいつを頭の中にある抹殺リストの一位に堂々とランクインさせた。
そして奴にとっての邪魔者を退け、ついに俺の所までやって来る天将。アヤルネのお陰で斬り結ぶ前に奴の獲物が分かった。それはーー
「レイピアか」
細い。剣と呼ぶにはあまりにも細い刃が日本刀のように降り下ろされてくる。本来は突くことを主体とした武器のはずだが、あれでアヤルネの腕を斬り落としたのだ。見かけに騙されるな。全力で受け止めろ。
血の刃に天将の刀身が触れた。その直後俺の両腕を強烈な振動が襲った。このレイピア、刀身に流している魔力をチェーンソーの刃のように回して切れ味を高めてやがる。上位魔族の中でもトップクラスの肉体を持つアヤルネの腕を一撃で斬り飛ばしたので最大限に警戒したのだが、どうやら正解だったな。危うく震動で剣を弾かれるか、大きく体勢を崩すところだった。
魔力の活動を隠す仕掛がレイピアに施されているのだろう。少し注視しただけでは純粋な魔力だけで『悪魔の守り』すら両断しそうなその激しい魔力の動きを見抜けない。擬装自体はよくある仕掛けだがこのレベルでやられるとそれは最早十分なオリジナルティーを持つ。
「つーか、手が痛えだろうが」
しかし無警戒の所を付け込まれたならともかく、種が分かってしまえばそれ程怖くはない。鍔迫り合いの最中、ずっとこちらの両腕を振動で揺らしてくるそのレイビアごと天将を吹き飛ばした。
「おっと、凄い力だ。魔力の比べ合いでは勝てそうにないかな」
それ以外の要素なら負けないと言わんばかりの口調。……しかし、クソ。体が重い。必要なことだったとはいえ序盤で飛ばしすぎた。
「オリン。僕の名前はオリン・エルベルト・ノルワ。天軍最高幹部が一天、天将第四位。短い間だけどよろしく少年」
金色の髪と瞳。真っ白な服にスカーフみたいな物を首に巻いていた。なんだか服装だけ見るなら貴族のお坊ちゃんがクラバットを首に巻いているみたいな感じだ。
いや、実際天将になるくらいだから天族の中では貴族のようなものなのか? まあいい。何にしろやることは変わらない。
「短い間というのはお前の命……が? …あ、あ?」
急に舌が回らなくなった。異変はそれだけではない。徐々に、いやもはや完全に体が動かなくなっている。疲労がついに限界を越えた? いやこれは……。
「僕の攻撃に『脅威』を感じた後に僕の言葉に対して聞く『姿勢』を持った者を縛り付けるスキル。『勝利への悲しき方程式』。とても残念だけど。これ、戦争なんだよね。さよなら少年」
一撃必殺の魔力を纏ったレイビアが迫る。その速度、そこに込められているであろう威力。どれもあの天軍軍団長とさえ比較にならない。まさに最高戦力に相応しい一撃だった。
(私が……)
(出るな!)
アクエロを止めた直後、レイピアが俺の喉を貫……かなかった。それだけではなく大きくはじかれる天将のレイピア。
「何だって?」
目を見開く天将。俺のスキル『転生する衝撃』が成功したのだ。そしてこの隙を逃さない。
「今だ! やれ」
直後、アクエロが俺の体から飛び出し魔力を纏った手刀を一線。天将は体勢を大きく崩した状態でありながらそれを背後に翔んで躱す。しかしアクエロも負けてはおらず手刀を振るった際、俺の無尽蔵な魔力を刃として放った。それは魔法具と思われる天将の衣服を切り裂き、大きくその腹を裂いた。だがーー。
ドクン。心臓が大きく跳ねた。全身を走る不和。壊れ始める臓器。直感的にこれ以上は無理だと悟った。
「アクエロ戻れ!」
アクエロも異変を感じ取ったのだろう。直ぐに俺の体に戻ってきた。クソ。ヤバイ。ただでさえ肉体の疲労が限界近い時に一瞬とは言えアクエロを出してしまった。その際に二人でコントロールしている創造魔法が大きく乱れ、体内で物凄い不具合がいくつも発生した。
現在アクエロと二人がかりで肉体機能の復旧を急いではいるが、正直かなりまずい状況だ。
「これは驚いたな。そこにいるのは『大罪の子』かい?」
天族は斬られた腹を押さえながらそんなことをいった。白い服は真っ赤に染まり、血は止まる気配を見せない。よし、渾身の魔力を込めただけあって回復に手こずっているな。それにしてもーー
「大罪の子?」
なんだそのいかにも幼いアクエロが好き勝手やった結果つけられていそうな名前は。こいつに似合いすぎろ。…と、いかん。いかん。馬鹿か俺は。奴のスキルを思い出せ。あいつの言葉はスルーだ。
「知らないのかい? そこの『大罪の子』は僕たち天族にとってとても大切で偉大なお方を魔へと堕とさせた罪深き者の子供なんだよ」
何か語りだしたが無視だ、無視。
(おい、アクエロ。肉体の回復は可能か?)
(一度創造魔法を解いて休息を取らないと無理。戦うなら出力は今の半分以下に落とす必要がある)
(そうか、なら…ん?)
俺はそれに気付いてゾッとした。
「止めろ!」
天将に向けて、ではない。その後ろで殴りかかろうとしていたアヤルネに対して叫んだ。
「どうして?」
俺の言葉に仕掛けようとした攻撃を中止したアヤルネが天将から気をそらさずに聞いてくる。だがいちいち会話をする気はない。俺は魔将として命じた。
「お前は一旦戦線を離れ怪我の治療をして来い」
普段のアヤルネなら片腕くらい簡単に生やしたかもしれないが、斬ったのが天将である以上そういうわけにはいかない。強い破壊の意思を込められた魔力は残留して回復を妨げるものなのだ。いまだに血が止まっていないところを見ると早めに下げた方がいいだろう。
「これくらいなんとも…」
「黙れ! 命令だ」
一瞬だけもの凄く不満そうな気配がこちらに向けられて来たが、その間も天将に対して隙を見せなかったのは評価できる。女としても部下としてもここで死なすには惜しい逸材だ。
「…了解」
そう言ってやはり僅かな隙も見せずに去っていくアヤルネ。天将がわざとらしく肩を上下させた。
「いいのかい? せっかくのチャンスだったのに」
「うるせえ。お前気づいていただろう」
てっきりまた俺にスキルを掛けようとバカみたいにペラペラ喋っているのかと思えば、まさか俺ではなくアヤルネの方に誘いをかけていたとは。さすがは天将、油断のならない奴だ。
「少々厄介そうな鬼だったから、この機会に消して起きたかったんだけど仕方ないね。女性に対して片手間で接しようとした報いかな? 君はどう思う?」
「さあな。女に対する接し方なんてそれぞれで好きにしろよ。お前のこだわりなど俺は知らん」
「おや? 答えてくれるんだ。てっきりスキルを警戒して僕の話を流しているのかと思ったよ」
「いや、お前の話があまりに退屈だったんで女とイチャついていただけだ」
今からやるギャンブルが成功すればどのみちこいつの小手先のスキルなど気にする必要はない。むしろまだ他にも何かあるなら今の内に見せてこいよ。
そんな思いから挑発混じりの言葉を吐いたのだが、天将はヘラヘラ笑うだけでこちらの言葉を気にした様子を見せない。
「ハハ。それは酷いな。僕も女性は好きだけど、時には男同士というのも悪くない。そうは思わないかな?」
「そうだな。特に敵対するなら断然男に限る」
「全くもってその通りだよ。僕達どうやら気が合うようだね」
とか言いつつも天将がレイピアの切っ先をこちらに向けてきた。クソ。それだけでその実力を嫌と言うほど伝えてきやがる。……駄目だ。今の体調で勝てる相手ではない。やはりやるしかない。
(覚悟はいいか? アクエロ)
(バッチ来い)
不安などなく、むしろワクワクとした感情が伝わって来た。こいつのこういうところは本当に凄いと思う。
「……何か狙っているね?」
「さあな。知りたいならビビってないで掛かって来いよ」
「出来ればそうしたいんだけど、さっきの現象が気になってね。あれはスキルかな?」
やはり俺のスキルを警戒しているのか。まあ俺が向こうの立場でも正体の分からないスキルなんて普通に警戒するよな。
「教えると思うか?」
「だよね。しかし困ったな。君を殺すのにあまり時間を掛けるつもりはなかったんだけど」
「そうかい。なら遠慮なく俺から行くぜ。時間を掛けたくないのはこっちも同じなんでな」
「どうぞ。どうぞ」
どこまでも飄々とした奴だが、その態度からは隠すつもりもない自信が溢れていた。やはり勝つには強化スキルの同時発動により、一時的にでも無尽蔵な魔力を扱える強靭な肉体を獲得するしかない。
「アクエロ、スキルを発動しろ」
(了解。頑張ろう)
そうして俺達は限界を越える為、何よりも勝つために危険な賭けへと踏み出したのだった。