リバークロスの軍団長統括補佐
「私のスキルを技術で破るか。見たところかなり若いが…。やはりお前は危険だ。ここで確実に排除させてもらおう」
そう言って天軍軍団長が腰の剣を鞘から抜き放つ。一見冷静を装ってはいるが、その瞳の奥には部下を斬られことに対する隠しきれない怒りが見えた。
好都合だ。俺としてもこいつは絶対にここで仕留めておく必要がある。この天軍軍団長が指揮官でありながら前へ出て来たのは、自分の実力に自信があるからと言うのもあるだろうが、それ以上に前に出ることで自分を狙わせ、スキルを掛けるためだ。
俺だからこそ対応できたが、あのスキルをいかに魔族の精鋭とは言え一般兵士が戦闘中に解くのは難しいだろう。普通スキルは自分以外の肉体には掛かりにくいものなのだが、スキルの発動に条件をつけることで一種の呪術として成立させている。
もしも今からくるこちらの本隊と戦闘になったとき、こいつが先頭に立っていればどれだけの被害が出るか。それを俺は魔将として許容するわけにはいかない。こいつはここで絶対に倒す。
必殺の意思を練り、俺は悪魔の翼を広げて天軍軍団長に襲い掛かった。その瞬間、世界が狂った。
「こ、これは?」
反転する空。狂いだす色彩。いや違う!? 狂っているのは俺の感覚の方だ。慌てて体内に意識を集中させると、今までとは比較にならない『気』が俺の中に入り込み、感覚器官の全てを盛大に惑わしていた。
破ったはずのスキル、その思わぬ反撃に俺も負けじと魔力操作によって感覚の正常化を図るが、今度は直ぐには直せない。何だ? 最初よりもスキルの威力が上がっている?
「一度破ればそれで終わりと思ったか? むしろ逆だ。自力でスキルを破り私の危険性を認識した者ほど、結果としてより深く私のスキルに捕らわれる。墜落せずに今だ空中で姿勢を維持できているだけでもお前の技巧の凄まじさが分かるよ。だからこそここで消えろ年若き悪魔よ」
直後、天軍軍団長が真っ直ぐに突っ込んできた。ーー速い。流石は軍団長だ。基本的な能力も一般兵とは比べ物にならない。それに対しこちらは感覚の混乱が未だに解けていない。向こうもそれが分かっているから繰り出される攻撃は二の太刀も防御も考えない一撃必殺。
「ちぇええすとぉー!!」
耳を突く掛け声と共に降り下ろされる剣。スキルの解除は間に間に合わない。今からではどれだけ急いでも天軍軍団長の攻撃は俺には防げないだろう。だから俺はーー笑った。
「フッ」
短い呼気と共に天軍軍団長が降り下ろす剣、その横腹を殴りつける。それる軌道。俺は攻撃を回避したのだ。
「な、なんだと?」
スキルが効いている状態で出来るはずがないその大胆かつ正確すぎる防御の仕方に天軍軍団長が瞠目する。
今の攻防で乱れた体勢を何とか立て直そうとしながらも天軍軍団長が叫んだ。
「貴様、まさか中に……」
そしてそれが始めて戦った天軍軍団長の最後の台詞となった。俺が一刀の下、その首を切り落としたのだ。
「距離を取られたままなら面倒だったな」
まぁ、勝機と思ったからこその必殺の一撃だったのだろうが、こちらの方が一枚上手だったようだ。
そう思っていると手が勝手に動いた。そして変化し一部が盛り上がった魔王の鎧へと触れる。
「やはり大きい」
無表情にそう呟くのは俺の体の主導権を得たアクエロ。俺と違い優先順位など対して気にもしていなかったアクエロには、天軍軍団長のスキルは掛かっていなかったのだ。
それにしても魔王の鎧が自動的に体の変化に合わせてくれるのは便利だが性別の変化が目立って仕方ないな。
「ら、ライ様ぁー!!」
軍団長だからか、あるいはそれとは関係なく慕われていたのか、今までずって冷静を保っていた天軍が始めて動揺を顕にした。
(アクエロ。さっさと変われ)
「了解」
体の主導権を取り戻した俺は、天軍の混乱が収まらない内に速攻で包囲を突発した。
「その悪魔を止めろ!」
天族達が慌てて妨害に入ってくるが、俺は邪魔するすべてを巨大化させた剣で斬りまくった。それだけではなくーー
「セット」
もう一つの特S級魔法具を使用する。
「星の雨」
デュランダルの指輪が作り出した魔力を増幅する幾本もの剣がその身を流星に変えて地上へと降り注いだ。それは魔法具を運搬していた部隊を護衛の部隊ごと壊滅寸前にまで追い込む。そしてーー
「悪いが消えろ」
地面に降りたった俺は地を蹴り一直線に魔法具へと駆けた。大きく剣を伸ばして、スキルで強化された筋力を最大限活用して一線。星の雨を生き延びた天族ごと魔法具を斬りせた。
「チッ。……駄目か!」
ここの魔法具は確かに潰した。しかし魔法具はまだ四つあるのだ。にも関わらず既に魔法具が発動する気配がある。あるいは全部潰さなくとも何個かを潰せば発動しないタイプかもしれないが、それでも難しいだろう。
とはいえ諦めるわけにもいかず俺は再び宙に飛び上がった。するとこれ以上好きにはさせんとばかりに殺到してくる天族。周囲を見渡せば他の魔法具を守る兵達も俺の動きに精神を研ぎ澄ましている。この状況では成功確率は低いが駄目元で全方位に向けて魔法を放つしかない。
俺が詠唱に入ろうとした、まさにその時だった。雷が、氷が、音が、それぞれ警護の兵ごと魔法具を吹き飛ばし破壊したのは。恐らくは密かに動いてタイミングを狙っていたのだろう。行動に移るまでまったく気付かなかった。
何と言う嬉しい誤算だろうか。俺は三隊に分かれて見事に魔法具を破壊して見せた女達に思わず叫んだ。
「お前ら、でかした!」
(リバークロス様、ただいま馳せ参じました。ご指示を)
中継者としてマーロナライアの念話が届く。その声は流石にいつものようにのほほんとはしておらず、頼もしいものだった。
(そのまま深追いせずに外から天族を攻撃して撹乱しろ)
(了解しました。デカラウラス殿もそれでよろしいのでしょうか)
(デカラウラス?)
あいつがどうしたのかと問おうとした瞬間、肉声混じりの思念が届いてきた。
「ガハハ! 軍団長統括デカラウラス。ここに見参」
結界を潰したデカラウラスが兵を率いれて合流。天軍へと突撃してきたのだ。
(よし。よし。いいぞ。デカラウラスにも中に入り過ぎるなと言っておけ。今からデカイのを一発ブチかます。巻き込まれないように気を付けろ)
(畏まりました)
そして俺は高度を上げる。上げながら詠唱を開始。同時にアクエロにも指示を出す。
(面白そう)
そう言って笑うアクエロ。そういえばウタノリアはどうしたのかと別の場所に現れた天軍の方を見ればーー
(あの馬鹿)
何とウタノリアは二百に満たない兵力で万の兵を必死に足止めしていた。お陰で最も近場に転移してきた万の兵は未だにこちらに来てはいないが、明らかにウタノリアの率いている兵の数が少ない。二百どころか既に百にも満たないのではないだろうか。
一先ずこの魔法でここの天軍をできるだけ削ったら、向こうの手助けにいかねば……。
「君臨者よ。闇の底に鎮座せし者よ。とぐろを巻いたその巨体を起こし光を堕とせ。汝、光を飲み干す者なり。汝、永遠の愛に焦がれた者なり」
女王から入った詠唱も既に終盤、俺の声にアクエロの声が続く。
(君臨者よ。闇の底に鎮座せし者よ。とぐろを巻いたその巨体を起こし光を堕とせ。汝、光を飲み干す者なり。汝、永遠の愛に焦がれた者なり)
そして俺達の声は完全に重なり合う。
「「汝こそ紛れもない闇の民。さあ、その顎を開いて全てを飲み干せ」」
左右の手にそれぞれ発動する魔法。
「食らえ第一級二重魔法『己の尾を喰らう者』」
そうして最大威力の第一級魔法が二発同時に発動した。圧倒的な破壊力を秘めたその攻撃を前に天族達も黙ってはいなかった。
「シールドを全力展開しろ! 防御班以外は回避だー! 攻撃可能な者はあの悪魔を殺せ!」
カウンターのように魔法やスキルが飛んでくる。すれ違う力と力。そしてーー大地が消失した。
俺達二人の魔法により天軍の半数以上が消え去った。回避されなければもっと削れただろうに、やはり手強い。
「アクエロ。助かった」
こちらに撃ち込まれた魔法やスキルはアクエロが防御や妨害系のスキルを発動することで全部防いでくれた。
(あれくらい余裕。それより回復に専念して)
「分かってる」
急いで魔力と気を整える。消耗がやばい。だが悠長に休んではいられない。本隊が来る前にウタノリアが引き受けている部隊をどうにかしないと。
「アクエロ。もう一発今の撃てるか?」
(死ぬ気で行けば)
「じゃあ死ぬ気で行け」
(フフ。了解)
戦場では勝つ為の最良の手段を困難だからと言う理由で躊躇う者は生き残れない。現代で戦ったことがある俺の経験則だ。
とはいえ……キツい。もう一発あれを撃って果たして戦う力が残るだろうか? だがもうすぐ来る本隊の為にも出来るだけ削っておく必要がある。
「よし、マーロナライア。ウタノリアに連絡入れろ。俺がそちらの相手をするからもうじきやって来る本隊と合流するように伝えろ」
(……………………)
「マーロナライア? おい、聞いているのか? 返事しろ」
念話が通じているのは分かっている。いくら女には甘い俺でも流石に生きるか死ぬかの瀬戸際で訳のわからんことをされたら普通にキレるんだが……。
「ウタノリア殿からリバークロス様に最後のお言葉です。我らが吸血鬼族とお嬢様を頼むと」
「は?」
思わず問い返した直後だった。俺の放った二重魔法にも迫る威力の魔法が発動したのは。
「な、んだと~!」
この威力、ウタノリアが連れていた兵は百程度、それも天軍との戦いで数を減らしていたはずだ。俺のように無尽蔵な魔力を操れる訳でもないのにそんな数でこの威力を出す?
まさか、まさか、まさか!?
「反応消失。ウタノリア部隊……全滅です」
「クソが!」
頭に血が上る。ただでさえ制御に手こずる魔王の血が俺の理性を飲み込もうとする。
違う。違う。違う。落ち着け。落ち着け。癇癪を起こして勝てる状況ではないだろうが。
深呼吸を一つ、怒りを何とか制御する。
「マーロナライア、全員に通達しろ。リバークロス直属軍団長統括補佐ウタノリアがその命と引き換えに活路を開いた。全てはお前達を生かしてクソッタレな天族共を倒すためだ。それを無為にする者はここで死ね。勝つ気のあるやつだけ、俺についてこい」
(返答。地獄の果てでもお供しますとのことです)
その返事に俺は笑う。なら俺もやることを殺らなければな。
「アクエロ、強化系の上位スキルをさらに三つ発動しろ。選択は任せる」
(既に十を越える上位スキルを発動してる。リバークロスの力のコントロールは凄いけど。上位スキルの同時発動はとてもきけ…)
「うるせえ。いつからそんなつまらんことを気にするようになった? とっととやれ」
(ふふ。いいわよ。そうでなくては)
嬉しそうに笑うアクエロ。心に蛇が巻き付いてくるかのような感覚が俺を襲った。だが不思議と今はそれがとても心地良かった。
『狂戦士』『光を見切る者』『復讐者』『超速再生』『刹那の力』『肉体強化最大』
三つと言ったのに六個も発動させやがった。だが不満はない。むしろ笑えた。体内の気がスキルを発動しようと無理な出力と動きをするため、内蔵が傷つき血を吐く。だが直ぐに超速再生で回復。スキルを使った反動でまた血を吐く。普通ならこれを繰り返す内にもっと気が乱れ、やがて死に至るものだが、俺は魔力操作を初めとした力のコントロールがとにかく上手い。
体の中で主張し合うスキルを宥め、それぞれを一つの自然な力の形として成立させる。
(凄い。死ななかった)
俺の中でアクエロが手を叩いて爆笑してる。俺も笑った。何が面白いのかは分からない。分からないがとにかく笑った。戦場では笑えそうな時はとにかく笑うように心掛けている。そのせいだろうか?
可笑しくて仕方がない。
「恨みはしない」
上手くやれそうだった俺の軍団長統括補佐を殺した天族を見下ろしながら呟く。
そう、実際に恨みはない。こちらも既に多くの天族を殺しているのだから、その点では俺もあいつらも何も変わらない。
「だが許さん」
その上で斬る。恨みではなく怒りで、正義ではなく打算で、俺は今、ここにいる天族を斬りたくて仕方がなかった。
とても身勝手な感情だと自覚はしているが別に構いはしない。何故なら俺は魔術師、力を望む者。そして強者とはとてもエゴイストなものなのだ。だからどうか天族達よ、それをこの世で学ぶ最後の事柄として遠慮なく死んでくれ。
俺は剣一本で天族が密集する戦場のど真ん中へと降り立った。
さあ、支配を与えよう。